【day3】-[8]-(3)
「それを踏まえた上で、今のミンジュリー体制に『満足している国民』は、たったの一人も居りません、居たとすれば〝狸〟本人でしたでしょうが、それも死にました。せいぜい『甘んじている』者、そうでなければ当然『不満を持つ者』」
カロラインが冷たい声で云い放つ。
「そして、またそれぞれの立場に『派』がある訳でございますよ。ハーティが陛下を差し置いて権力を行使していたことに不満を持っていた〝軍部〟の一派には、元々『ハーティの粛正』を目論んでいた者が居ります。また、最高権力者がハーティだろうが陛下だろうが、国の体制を変換するため『反乱』を目論む者――この中にはまた、軍が権力を持つための所謂『クーデター』を狙う派と、民間のレジスタンス組織と協力して『革命』を狙う派もございます。市民の間ですと、大雑把に云えば、そもそも〝政治〟に不満を持つ者が殆どな訳ですけども、その矛先が微妙に異なり――、まず〝狸〟とその一味に対する『反政府』派。『反皇帝』派というのもあるのですがコレにも土台に微妙な違いがございまして……未だに陛下が最高権力を持っていると思っている素直な馬鹿者と、ハーティのような独裁者に政を預けきっていることに不満を持っているという形の卑怯者、そしてそもそも、『民主化』を望む派。加えて、忘れてはなりませんわね、ミンジュリーは王朝でございますから、その内側には小国がございます、それぞれには『独立』を狙うものも当然あります」
「……」
「それらの『派』にはまた、当然、鷹と鳩が居りますのよ」
そこでカロラインは、再び微笑を見せた。代わりに、まずフーコーがしかめっ面をし、ルナールは眉をハの字にした。タオは軽く目を細める。
――カロラインの微笑は無理に作ったものだったらしく、彼女の表情も直ぐ、先ほど垣間見せた「胸の痛み」を表すように、再び歪んだ。そして、自分の胸にある「澱」を一度吐き出すため、「こほん!」と大きく咳払いをした。
「何にせよ、今〝聖帝陛下〟が置かれている状況に思いを馳せ、哀れみ、お救いしようと思っている者は、全くと云って良い程、ミンジュリーに居りません。己が置かれている状況に甘んじている者は陛下の骨身をしゃぶり、不満を持つ者は陛下に唾を吐いているのです」
「……」
「辛うじて、軍部に於ける『ハーティの粛正』を狙っていた派には、本当に皇帝陛下に忠誠を捧げるが故にそれを望んでいた者も居なくはありません。が、ごく少数。『ハーティ粛正』の主流は一言で『反政権』ですから、必ずしも陛下や皇家の御為に存在するものではありません。――今や陛下は、民衆が『既に形ばかり』と思っている祭祀に駆り出されるだけ。しかし陛下御自身は〈精霊〉との友誼を深め〈世界〉と繋がり、民衆を守るため愚直に御身を〝祀る〟〈術〉を、誰から感謝されることもなく務めていらっしゃる。謂わば人身御供。しかし、本来、ミンジュリーのような〝国〟は、その代わりに、『王』が最大の権力を握り締める筈ですわ。なのに、その『お供え物』を〝狸〟は自分ばかりが食い散らかし、民衆のお腹を満たす撤饌にもせず、かと云って『責任』は陛下のものだった――それを知らない者はどこまでも愚民。知りながらに矛先を陛下へ向ける者は卑怯者。知ろうが知るまいが、黙って成り行きに身を任す者は臆病者かつ卑怯者。――今、ミンジュリーで一番の〝弱者〟は、全ての民衆に足蹴にされながら何の権力も持たない、陛下なのですわ」
舌打ち混じりに云ったカロラインの言葉に、リオンとアサギが思わず顔を見合わせる。それから、二人ともちらりとギンの方へ目を向けた。――ギンは、カロラインの顔が浮かんだ球に顔を向けたままだったから、二人に何らかの相槌や目配せをすることは無かった。が、ギンも、昨日の、自分自身の「講義」を、思いだしているのじゃないかと……若者は二人ともが思った。
「それで――聖帝様の骨身を最もしゃぶってきたベイブ・ハーティ宰相の死亡が、政府広報に乗ったことは申しましたわね。――それは、ただ『死去のお知らせ』だけじゃございませんの。正式な日程は未だわたくしの耳にも入っておりませんが、この一ヶ月のうちに『国葬』を行うとの報もなされたのです」
カロラインがギュッと眉間に皺を寄せる。
「お分かりかしら? 今のご時世に、血税削って『国葬』なんて、〝かちん〟どころじゃありませんわよね、フラストレーションの『爆発』ですわよ。ただでさえ、ハーティが実権を握っているのを知りつつ『反皇帝派』に属していた卑怯者は、『形ばかりで何の役にも立たない祭祀に税金突っ込むことは反対』という理屈を唱えてたんですから――しかし『民主化』を唱えることは反ハーティを表明することに繋がる。それは怖いという臆病者は、ハーティより優しい陛下に矛先を向けて自分の不満に折り合いを付けていた訳ですわ。……『国葬』を報じたのはハーティほど怖くは無い腰巾着ですが、既に自分が『反皇帝派』であると信じ、自称した連中は、もう軌道修正もしませんでしょう、そんな『祭祀』が行われることなど、決して許しはしませんわ」
「……」
「どの『派』に自分が居るのかなど自覚も意思表示もせず、成り行きに身を任せていた一番の臆病者ですら、冗談じゃないってところでしょうね、今の〝大戦〟で自分の身内のお葬式すら出来ていないのに、〝狸〟を『国葬』ですわよ? さて、そんな爆発の火種を、恐らく〝狸〟の一味が撒いたんですから……そもそも『反政府』派、『反皇帝』派――合わせて『反・現体制』と申しても宜しいかしら――の特に『鷹』は、恐らく、決起しましょうね。そして、その日程すら、ハーティの身内はお膳立てしたようなものです、このひと月の間、と。――『クーデター』『革命』も同様、『その日』を目安にするでしょう、極めて解りやすい象徴的な『日』ですもの、最終的な結果がどうあれ、歴史の教科書にも載せやすい記念日になりますわよね」
皮肉な笑みを見せカロラインが云い、タオは冷静な顔で、
「それは、イリグマギの『想像』に過ぎない筋書きという訳ではないのか? 君達が皇帝を強奪するための理由を主張してるだけじゃないだろうな。そういう『予測』が立てられるほどに、ミンジュリーのそれぞれの『派』の内状も把握した上で云ってんのか」
そう云った。カロラインは気を悪くした表情を作り、
「そら、ご覧なさいな。タオ様は口で云われただけでは、そうやって、何処かで疑ってかかるじゃございませんか。我らが予感している『滅び』とて、口で伝えただけでどれほど親身になってくださるか判りませんわ」
ふて腐れた声でそんなことを云った。タオはバツの悪い様子を見せることも無く、
「ああ……、成る程。それもそうだな…」
と、まるで他人事のように、己の性質を納得する呟きを漏らしただけだった。
カロラインは「ふん」と鼻息を飛ばした後で、
「想像力を豊かにして『創る』んなら、道化師のわたくし、敬愛するタオ様には、もっとエキセントリックでエキサイティングなサーガを詠ってみせますわ。ミンジュリーの民衆が我々の上を行ってくれるほどの想像力を持ち合わせていないから、陳腐な筋書きしか出てこないのです。――ええ、仰る通り、行儀の悪さを発揮して〝取材〟した結果に顕れた、想像上のドキュメンタリーでございますことよ」
再び、皮肉な笑みを見せて、タオに答えた。
「……ミンジュリーの民衆が、もう少しだけでも想像力豊かなら、陛下の境遇に同情すること、せめて疑問を持つことくらい出来るでしょうに。それが自分の不満を何とかするのに頭が一杯だから、特に『鷹』の奴らは誰も『まずは陛下の安全を確保』と考えないのです。――これも我々の図々しさの賜物なのですけどね、皆様――特に『クーデター派』と、『民主化支持の過激派』が前々から練っていた計画書の中には『ベイブ・ハーティ宰相暗殺』『その一派の監禁』、『当代皇帝リオ・カルム・ビアンコ四世とその三親等以内の親族・姻戚の処刑』という文字列もありますのよ」
「――」
そこでディナムが、微かながら眉を寄せた――。
「――日程こそ未定のままであれ、〝狸〟の一派、腰巾着も、最後まで陛下の御身をしゃぶり尽くすつもりらしく、『国葬』は当然、陛下が執り行いますわ。フラストレーションの溜まった民衆の前に、『一応最高権力者』の陛下を引っ張り出すのですよ。本当の意味で『人身御供』にするつもりなのかと、イリグマギの豊かな想像力は、己自身を戦慄させましたわよ。無論その想像が外れて欲しいのも切なる願いでございますが……最も怖いのは、どの『一派』の『計画』にも当てはまらない、『一番の臆病者』が爆ぜることです。連中は、結局何を考えているかが解りませんから、収拾が付かなくなったらお終い、どんちゃん騒ぎも良いところ――既に足蹴にされている陛下の御身の上を、そんな民衆どもがどさくさ紛れに駆け抜けていかないとも限りませんわ」
「……」
「勿論、そんな『内乱』が起きたミンジュリーを、ルォーバンが放っておきもしないでしょう。〝パット〟の死去は、ルォーバンでは公にされていないどころか、知ってる者はごく僅かの腰巾着だけですもの、むしろ連中は、〝パット〟の影武者を立てて一気に制圧する好機と見るでしょうね? そこまで考えることが出来れば、そもそもハーティの身内は『国葬』なんてイベントを発表しなかった筈ですけれど――そんなことも想像出来ないくらい暢気な連中を『馬鹿めら』と評すことに、わたくし、躊躇いはしませんわ、どんなにディナム様のような偉大な老師に戒められようと」
ディナムは微かに首を振り、
「――儂は、君を戒めはせんよ。君は、ちゃんと立つ場所と視線を合わせて真正面から云っているではないか」
カロラインに対しての言葉ではあるが、口調は独り言のように云った。――アサギは再び、「考え事」に囚われかけたが、二度目のその言葉で、何となく「答え」が出たような気もしたので、それをしっかり覚えて後で整理することにして、今は「球」とタオ達幹部の会談の「傍聴」に集中する。
ディナムがやはり独り言のように視線はそちらに向けないまま、しかしナハト・カラスへ、
「……ナハト君。君は、リオ・カルムの置かれている状況を知っていたのか」
と問うた。カラスは、球の中で小首を傾げた。
「――カロライン君が云うほど『酷い状況』について訊いているのなら、儂も、知らなかった、と答える。ベイブ・ハーティに『実権』を握られたのは知っていたが、〝飾り〟の皇帝として隠居を強いられているような調子かと……」
「儂もだ――」
「とんでもない! ディナム様は兎も角、まさかカラス様までご存知なかったなんて!」
呆れたのか怒ったのか、カロラインは大きく目を見開き、苛ついた口調で、
「――ちょいと、マッカン博士! その〝投影機〟をわたくしにお貸し頂ける? こちらと繋いでちょうだいな」
マッカンに顔を向けてまくし立ててから、手元を見下ろして、そこにある何かを探すように顔を右左に動かした。
マッカンはたじろぎ、意志を伺うようにタオへ目を向ける。タオは手を差し出しながら頷きを見せた、「要求に応じろ」ということだ。
戸惑いの表情を浮かべたまま、マッカンは手元の調整機器を弄る。――まず、シダーの後ろの地図が消え、
「まどろっこしいですわ、こちらをご覧になって!」
カロラインがそう吐きながら、手元で何か叩くような仕草をした、少しして、〝写真〟らしき画像が壁に映し出される。
――アサギやリオンは知らない、しかし、造りからして、何処かの都市を空撮したらしい「風景」だった。それがミンジュリー王朝の「都」であることを、タオ達幹部は知っている。




