【day3】-[8]-(2)
――初めて聞く言葉が出てきたので、リオンがまたアサギの肩を突く。
「タオ、何つったの? しゅば、すばいつきかん?」
リオンには聞き取りづらく喋りにくい発音だったらしい。アサギが、「スヴァイツ、です」と云い直す。
「あんた、知ってるの?」
「フリュスだと〝世界史〟や〝地理〟でも習う名称なので……」
アサギが軽く頷いて答える。リオンが目を細め、「ふぅん?」と鼻を鳴らした。
「――あのカロラインって女、その『スバイツきかん』が、ある意味自分達と同じような立場って、云ったようなもんだよな。でも、あんた、オーチャードとかイリグマギは、習ってないんだな? 『スバイツ』は『学校で習う』ような基礎的知識なのに?」
「……そういえば…」
アサギが目をぱちくりとさせる。自分は前司祭から、イリグマギやオーチャードについて「関わらずに済むならそれで良い相手」とだけ聞いたのだった。それは、「知らずにいるならそれでも良い存在」という意味でもあったのだろう。
しかし、スヴァイツ機関はそうではない、ということか。
リオンが、
「まあ、俺は、どれも知らなかったんだけど……」
軽く肩を竦めて云う。――では、サヴァナでは、オーチャード、イリグマギ、スヴァイツ機関のどれも、「必ずしも知ってなきゃいけない訳じゃない」と見なされているのか……アサギの方はそう思った。
「どういう組織なの? 〝機関〟ってんだから、国じゃないんだよな」
リオンが問い、アサギが困ったような顔をして「えぇと…」と口ごもる。
「説明が長くなりますけど……?」
かなり「私語」になってしまうが、それでも良いのか、という意味でアサギは小首を傾げた。
リオンはチラリとカロラインの顔が浮かんだ「球」に目を向けてから、小さく首を振った。
「そうなんだ。……だよな、学校で習うようなことなんだもん、一言で済むわきゃないか。今はいいや」
「一先ず、――今、あの方が仰った通り、『究極的に中立な方々』というのは、そうです」
それを聞いて「ふーん」とも思ったが、アサギに対して「マジで丁寧っつうか、礼儀正しすぎるっつうか――」と苦笑も浮かんだ。カロラインに対して「あの方」「仰った」という言葉が出てくるとは――。
再び、二人とも「球」に集中する。
カロラインが拗ねたように口を尖らせ、
「んもう、その食いつき様ったら……わたくしたちには見せて下さらなかった反応ですわね。――動いているかどうかは知りませんわ、『究極的に中立』な方々ですもの。きっと我々よりも、タオ様よりも、ただひたすら『成り行きに身を任すのが仕事』と云ってもようございましょ?」
「……」
「ただ――、引っかき回す『役』を選んだわたくしどもと比べて、自分からは何もしない『大人しい』方々ではありますけれど、サウザーよりは行儀がお悪いですわよね。あの方々が、世界中を観光するのがお好きだとは、タオ様もご存知でしょう? そういう意味でなら動いていない方がおかしいですわね。――ならば、わたくし達ほどではないかもしれませんけど、タオ様よりは、『危機』を感じてらっしゃるのじゃないかしら――そりゃまあ、あの方々がそれを『危機』と感じるのかどうかは定かじゃありませんけどね、タオ様同様、『成り行き』としか思わないのかもしれませんが?――。彼らならば、わたくしと違って口で訊いただけで素直にお答えくださるかもしれませんよ」
カロラインが微笑を浮かべてそう云うと、タオは少しばかり考え込む顔をする。
「……。それを俺に伝えることが、君の『意地悪ではない』証拠ってわけか」
「ええ。タオ様が言葉だけの『情報』でも構わないから一刻も早く『欲しい』と仰るのでしたら、その方法がありますよ、と申してますの」
「だが、君自身は、『俺自身が〝体験〟しなくては意味がない』と、真摯に思うのだろう?」
「ええ、それもわたくしの、〈魔術士〉として真摯な判断、タオ様への願いです。――ただ、もしかしてタオ様は、御自身で〝体験〟することが、絶対に無いかもしれないとも思いますので、それはそれで『時間のロス』を生じるやもしれませず、痛し痒しでしょうが」
「……つくづく、引っかき回してくれるね」
今度はタオも、皮肉や嫌味のような悪意は含まない苦笑を浮かべて、そう云った。
「何にせよ、人の世が今までと段違いの乱痴気騒ぎに陥りそうな予感は、タオ様も、してきましたでしょう? ――折角〝スプープ〟を組織しましたのに、危機感を持たない暢気な連中が、貴方様の『邪魔』をしそうな気がなさいません? 少なくともわたくしたちは、貴方様の邪魔だけは致しませんよ」
「――」
タオが何とも返答せずに居ると、カロラインはそれを気にせず続ける。
「――我らが、『スプープのためになることだったら何でもする』と申したのは、そういうことですわ。CFCとの戦もまだ終わらず、その上〝黒い裂け目〟の調査まで並行するのは、何とも難儀なことでございましょう? 引っかき回すためでもなく――タオ様が我らを麾下に入れて下されば、わたくしたちは、元からサウザー軍であるかのように規律正しくサウバーの防衛に当たることだって出来ますのよ、そして、タオ様やサウザーの正規軍の方々は、スプープの活動に専念して下さっても一向に構いませんの」
「そりゃあ、随分有り難い申し出ではあるね。だが、君らと手を組むのに、ウンとはまだ云わないよ」
軽く笑ってから、タオは随分と白けた声で云った。
「――君に、俺がどうするかを今云う必要は無いから、これ以上は君にも、君達が予感していることを問い詰めはしないよ。――君らが道化の役を捨てても良いと思うのに加え、〝スヴァイツ機関〟ですら『動く』可能性がある状況になっているらしい、と、それだけ心しておく」
「……つくづく、真意を見せて下さらない御方」
カロラインが拗ねたような溜息をつき、次には――随分淡々とした「ビジネスライク」というふうな声で続けた。
「ああ、そう……それで、タオ様は――『具体的に何をしたくて』、協定の申し入れをしてくるのだ、とも仰せでしたわね。そちらが、まだでしたわ」
「あああ、そこもまだ『具体的に』あったのかよ」
タオが溜息混じりに云うと、カロラインが「ほほ…」と一度笑い、「恐れ入ります」と添えた。
「実は、ヴォイド総統が今いらっしゃらないのも、それと関連してのことなのですが」
カロラインが声色を再び淡々としたものに変えて云うと、タイラーが「おや」と小さいものだが驚きの声を上げた。
「これはオーチャードやピンリーとは関わり無く、わたくし――イリグマギからの『具体的』なお願いでございます」
カロラインはタイラーにも意識を向けてそう云った。――その様子からするに、タイラーやカラスが、少なくとも「総統の不在」とその理由を知らなかったのは事実のようだ。
「タオ様。――イリグマギは何より、サウザーに、イリグマギの『邪魔をなさらないで』とお願い申し上げます」
「だから、何だよ」
「今、総統直々の指揮の下、イリグマギの精鋭はミンジュリーの王都に潜入を謀っております」
「……」
カロラインは、睨むような目をしてタオに厳しい声をかけた。
「総統は、ミンジュリー王朝の皇帝陛下と皇后陛下……皇家の方を誘拐しに行っておりますの」
「はぁあ?」
今度こそタオが、呆れたような驚きの声を上げた。だが、カロラインは道化た反応も返さず、冗談を云ったつもりも無く、相変わらず鋭い目つきで続ける――が、その険しい表情の目には焦りの色も見えた。
「我々の意識としては、『救出』です。……が、ミンジュリーからすれば――、いえ、世界中の殆どの『傍』から見ても、現象として『誘拐』『拉致』『強奪』でしょうから、我ら自身もそう申し上げます、何を云われようが、屁でもございませんし」
「――ただ引っかき回したくてやってることじゃないようだな」
タオも険しい目つきになって云う。カロラインは大きく頷いた。
「時間が無いのです。――我らもその情報を持っておりますけど――サウザー様は、ウェシュタインの『不穏な動き』が気になっておられましょう。ですが、ウェシュタイン、UCFCの『動き』はまだ切羽詰まってはおりません。また、エグメリークは――タオ様達はまだ会見の詳細をご存知で無いようですけど、どちらかと云えば『良い方向』に向かうであろうことは確かですわよ。ですが――今、〝五大国〟で『乱痴気騒ぎ』の起きる可能性が最も高く、そしてカウントダウンが始まっているのは、ミンジュリー王朝なのです」
「……それは語るんだね」
「語らなければ、サウザーは『邪魔』をなさるかもしれませんでしょ? タオ様、――それにシダー教授、ディナム様。これはわたくし、貴方方から何を云われようが悪びれませんわよ――」
カロラインはシダーやディナムにもねっとりと視線を巡らせて、まずそんなことを云った。シダーはぴくりと目を細め、ディナムは取りあえず表情を変えずに居る。
「タオ様。今、ミンジュリーがどんなに腐り果ててしまっているか、一体ご存知? 〈魔術士〉の〝粋美〟を具現化したのがタオ様ならば、己の身を世界に捧げたと云える、謂わば〈魔術士〉として『最も〝聖性〟を持った御方』であるミンジュリーの〝聖帝陛下〟が、己が国の愚民どもから、どんなに虐げられているか、ご存知でらっしゃいます?」
声も険しくなり、カロラインが云う。タオもディナムも返答はしない。――シダーも、カロラインの「無念」が、先ほどのタイラーのものとは異なっているのが伝わってくるので、口を挟まなかった。
カロラインは返事が無いことに苛つくことも無く、ただ先を続けた。
「無論、ただその身を己が国に捧げていらっしゃるのは聖帝様御自身のご意向ですから、人の浮き世の『国家の事情』に、我らとてそう簡単に首を突っ込みませんわ。わたくしたちは何処までも『道化師』、恐怖で愚民を黙らせる『支配者』や、世界を壊す『テロリスト』になりたい訳ではありませんから。――ただ、今から起きるであろうミンジュリーの『祭り』は我らが楽しめるものではないのです、だからその前に、この道化師が先に『乱痴気騒ぎ』を引き起こすのです、あるいは、連中は楽しめる『祭り』の準備をするのです。そのために、総統自ら、ミンジュリーに向かいました」
「それは――〝リオ・カルム〟の『命』が危ない、ということなのか、カロライン・ロザリウム君」
タオでなくディナムが、重々しい声で云った。傍からは「強奪」「誘拐」にしか見えぬほど強引に「救出」が必要だと、イリグマギが総統自ら動くほど……時間もなく。
カロラインが大きく頷く。
「左様にございます、ディナム様。それも、実は今ご病気で危篤状態、ということでもなく、今まで骨身をしゃぶってきた愚民どもからどさくさ紛れに命を『奪われる』やもしれぬ、という意味で」
「それは一体、どういうことだ」
「ですから、わたくしに問う前に、サウザーの方々にも、少しはお行儀悪くなって頂きたいものですわ!」
言葉だけなら道化た皮肉だが、カロラインの声は、胸が詰まったというふうに少し震えた。
それが自分でも解ったらしく、ぶるっと首を振り、カラフルな髪を掻き上げ、カロラインは気を取り直して続ける。
「ミンジュリー王朝に存在する『派閥』――国政幹部に限らず、民衆も含めて割れている『派』の内訳は、皆様ご存知かしら? まず大きく分けて二つ……『〝狸〟が皇帝陛下のはんこだけを借りて最高権力を握り締めている』のを知っていたグループと、それを知らない『本当に皇帝陛下がミンジュリー王朝の最高権力を握っている』と思っているグループ」
「……」




