【day3】-[8]-(1)
「タオ様、貴方様からしたら、またのらりくらりと遠回りをされているようにお思いかもしれませんが、少々ご勘弁くださいましね。――最初から整理させて頂きます、我ら三者、イリグマギ、オーチャード、ピンリーが同調してサウザー様へご連絡を差し上げようと申し合わせましたのは、昨日そちらで催されました会議の後でございます。ですが、今、この会談に三者が揃いましたのは、タイラー様が仰った通り、たまたま『同じ機』を見たことになったからでございます。さて、――それはどういう意味かお判りでしょうか?」
「さあね」
タオは最早、頬杖を突いて素っ気ない声を出した。カロラインはそれを気にすることも無く続ける。
「エグメリーク王国の会見を見届けた後――になったからでございます」
「……」
タオは頬杖を解き、卓の上で拳を作って身を乗り出した。
「――私などは午前中のニュースの段階で直ぐさま、ご連絡を差し上げたくなったのですが……、総統はカラス様やタイラー様と同様、もう少し冷静でいらしたようで、会見があるのならそれを確認してから、とのおつもりでいらして――その割りに、御本人は、もっと己の欲求を刺激することが出てきたら、飛び出していっちまう御方な訳ですが――」
「……」
「タオ様は、エグメリークの会見内容をご確認なさってます?」
「詳細はまだだ」
タオの隣りに座るフーコーは、「この女」が既にそれを把握していること、自分がまだ把握しきっていないことに、何だか「悔しい」気分が湧いて来て、軽く唇を噛んだのだが、タオ本人は、食いつくように軽く身を乗り出し、真剣な声でそう云った。
――今この会議室で、全く話が見えないのはリオンだ。
〝エグメリーク〟という言葉が出てきたので、彼には話が見えているのかもしれないと思い、ゴクン、と唾を飲み込んだアサギの二の腕を、リオンが軽く突く。
「ねえ、何の話? エグメリークの会見…?」
アサギは、同じく小さな声で早口に、
「エグメリークの〝一番えらい人〟が亡くなったそうなんです」
「えっ?」
「僕も、ついさっきルナールさんから、ちょっと聞いただけなんですが……、王宮から出された公式発表だそうで、それについての会見があったらしく」
「そ、そうなんだ……」
狼狽――そして、興味も、リオンにだって唐突にやってきていたが、先ほどのアサギと同じく、彼も今の会見を見届ける気分が強かったので、それ以上は何も云わず、「球」に視線を戻した。
「エグメリークの事情が、君達にとって、サウザーとの同盟を促すような格好になる、ということなのか?」
タオが訊ねると、カロラインが曖昧に小首を傾げ、「是とも否とも云いがたいですわね」と、一瞬苦笑を浮かべた。
「我ら自身はエグメリークと何の関係も、興味もございませんから、直接にソレが我らの動機に繋がった訳ではございませんわね。それに、タオ様もそれをお望みでは無い上、タイラー様が仰いましたとおり、我らとて、所詮人の世の〈同盟〉というしがらみを望んでいる訳ではありませんが――サウザーの麾下に入ること、それが叶わぬならサウザーとその同盟への協力を、最悪、互いの邪魔をしない協定、それを望むような状況にはなったのです」
「……」
「シェリー・マティルダが死亡したとの広報は、我らにとっても衝撃ではありました。――で、タオ様。礼儀正しいサウザーでございますから、観光をするなら敵国のCFCだけ、他の国に『観光客』はいらっしゃらないと思いますが……」
「……。別に俺は『隠語』としてそれを使ったつもりは無いから、もっと率直に云っても良いよ。要は、他国内部に〝スパイ〟は派遣してないのかって意味だろ?」
「ええ、まあそういうことですが。――派遣してらっしゃるとしても、我らほど厚かましい礼儀知らずではないでしょうから、情報量に違いもございましょうねえ」
「何が云いたい?」
「タオ様、ルォーバン連邦のパトリシア・カナーン大統領と、ミンジュリー王朝のベイブ・ハーティ宰相が死去したのはご存知?」
「何ですってぇ!?」
思わず高い声を上げたのは――当然と云えば当然、フーコーだった。思わず立ち上がりそうになったが、またしても「尻軽」など云われるのは真っ平なので、そこは何とか堪え、その代わり拳で卓を叩いてしまった。
タオも喉元まで「何だと」という声が来ていたのだが、フーコーから先を越されたので代わりに苦笑し、彼女の拳に手を乗せてグッと握った。それからサンハルやディナムら領主代理、それからアサギとリオンにも、軽く目配せをした――「こっちは口にするなよ」と云いたそうな目だ。
リオンとアサギも、グッと息を飲んでしまった。特にリオンは円卓の下で膝に乗せた手を拳にし、歯を食いしばる――「驚愕」や「動揺」をしたのも確かなのだけども、彼には同時に強烈な好奇心、それが故の「疑問」も湧いていた。よって、それを「口にしてしまいそうになる」のを必死に我慢する格好になり、武者震いを兼ねた貧乏揺すりを抑えようと、拳に相当の力を籠めて膝を押さえつけていた――。
複数人の間で意味ありげな視線の交錯があったことに、カロラインも気付いてはいたが、彼女も、何か訊ねたとてサウザー側から答えがあるわけじゃないのを良く分かっているので、気にしないことにして続ける。
「まあ、前者――〝パット〟の死亡は私たちがコソコソと探って分かったことですので、正式に広報があるまで信じようが信じまいがどちらでも宜しくてよ? ただ、ミンジュリーの〝狸〟の方は、国外に向けた報道こそまだ〝厳禁〟されてますけど、国内に限定して政府広報がされてます――人の口に戸が立てられないのはこの世の真理ですから、いくら禁じようが、国外にそれが知られるのも時間の問題でしょうけどねぇ」
冷静にカロラインは云い、タオは表情だけは真剣に――というより、無表情にそれを聞いた。
「で……、CFCは、奥に行けば行くほど〝臆病者〟が増えますので警備が物凄くて、我らにもなかなか探りがたく――それに、そこまで突っ込んで探る必要も我らにはありませんから捨て置いてます。また、イー・ルも、ここ数日やたらめったら〝賑やか〟なようですが、彼処は一度入ったら出るのが難儀になりますので、文字通り『さわらぬ何とか』の諺にならい、遠巻きに眺めるだけになっております」
「……」
「そちらは直接の関係者であるサウザー様ですし、サヴァナのお若い方もいらっしゃるのですもの、皆様の方が動向はご存知でしょうしね。――それにしても、ねえ、タオ様。〝五大国〟のうち、三国の『最高権力者』が、一両日中にばたばたと逝っちゃうなんて、何が起きてるのかしら」
言葉は質問だが、タオは無表情のまま答えない。フーコーやルナール、マッカンは球から目を逸らして眉を寄せた。
カロラインはタオの無反応を気にすることなく、微笑を浮かべる。
「勿論、我ら『道化師』の仕業でもありませんことよ? やるんならとっくの昔にやってますもの」
――云ってることが、タオと同じだ。背筋に何か這うような感触を覚え、アサギとリオンがほぼ同時に、肩を強ばらせた。
「何にせよ……。先日の〈核〉がどれもこれも〝不発〟に終わった以上、結局何の変化も無く、今の〝大戦〟は引き続き膠着状態に入ったまま、と申しても宜しいでしょう。それがいきなり、物凄い『お祭り騒ぎ』になりそうだと、お思いになりません?」
サンハルは「大火事」と表現したが、カロラインは「祭り」と表現した。道化師ならでは……か。
「それこそ、引っかき回す君達には、喜ばしい『祭り』じゃないのかね」
特に皮肉めくこともなく、タオがあっさりした声で云うと、カロラインは苦笑し、小さく肩を竦めた。
「そうですわね、あの黒い裂け目が無ければ」
「……」
「あの問題さえ無ければ、人の世の無秩序な乱痴気騒ぎを、思い切り盛り上げてやるのですけど。――我らも、その役目を奪われそうな事態になっておりますの、……サウザーやフリュス、サヴァナのような『秩序』を持った方には、まだお分かりでないのでしょうが」
「――どういう意味だ、それは」
カロラインの意味ありげな呟きに、タオが眉を寄せて詰め寄る。カロラインは、冷たく目を細め、
「タオ様、それはわたくしが申し上げることではありません。……交換条件としての『秘密』ということでもございませんの――いずれ分かることですから」
「君達が近くに見ている『世界』の滅び、その予兆という意味じゃないのか。そこに口を噤むようじゃ、結局のらりくらりじゃないか!」
「少し違います、タオ様。我々が感じていますのは、今のところ、『世界』の滅びの予兆じゃありませんの――人の浮き世の崩壊です。……だから『我らの役目を奪われそうだ』と申し上げましたのよ。それは別に、我々には大した問題じゃありませんもの、今、タオ様が納得するためだけに情報を差し上げるのは、〝奉仕〟というものですわ――ああ、結局交換条件みたいなことになってしまいますのね、失礼しました、結果的に前言撤回いたします――我らが〝麾下〟に入ってからならそれも当然ですが、今、我らが貴方に奉仕する必要などございまして?」
「……」
「カラス様も仰いましたでしょう? 我らが何となく予感しているのが、『人の世』の崩壊なら、楽観出来ます。『世界』の滅びになるのなら、出来ません。――タオ様、今、『強いカード』を持っているのは、わたくしですわね。タオ様が人の世の崩壊も楽観しないのならば、成る程、我々と――少なくとも『足並み』は揃いませんでしょう」
「カロライン君――」
タオが苦々しい声を絞り出すと、カロラインが大げさに「まあ、ファーストネームで呼んで下さったわ」と嘆息した後、――これは道化てのことなのかどうか良く分からない――微苦笑を浮かべた。
「タオ様、わたくし、意地悪で『秘密』にしているのじゃありませんのよ。我々が予感している人の世の崩壊を、口で伝えたってしょうがないと、判断しておりますの。いずれ解ります。いつまでたっても解らずに済むなら、それこそ、サウザーが唯一無二の証、でもございますわ」
「――一体全体、どれだけ俺を〝スゲーヤツ〟だと思ってくれてんだかな。……良いだろう、何にせよ、この世を引っかき回す道化師が、もうその役目を放棄しても良いと思うくらいのことになってるらしいのは伝わった。そしてそれは、俺自身が経験しなくては、意味が無いのだな?」
「そういうことです」
苦々しい顔のまま念を押すような声でタオが云うと、カロラインが真剣な顔付きで頷き、次にはまた、微笑を見せた――これは決して冷笑ではなく、小首を傾げて肩を竦めながらのものだった――。
「わたくしが意地悪や交換条件を云っているのではない証拠に、一つタオ様に申し上げておきますわね。――タオ様は我々を、ある意味『究極的に中立な立場』と仰いましたけれど、本物の『究極的に中立な方々』も、既に何か感じとってらっしゃると思いますことよ」
「何? ――〝スヴァイツ機関〟が動いてるっていうのか?」
タオが目を見開く。ディナムやサンハル、フーコー達も身を乗り出した。




