【day3】-[7]-(4)
カロラインは、それには臆することも無く返した。
「特殊対策本部、〝スプープ〟のためになることでしたら、何でもやりますわ? 正式にサウザーの同盟、あるいは麾下に入った場合に、命令を聞くのは当然として――。例えば我々に思いつくことを申し上げますと、スプープのためには、CFCとの戦をさっさと終わらせることも重要案件でしょうから、イリグマギがサウバー山系の防衛ラインに加入することや一般・魔術士問わず〈兵員〉をご提供することも喜んで」
「それが一番困るんだってば」
タオが苦虫を噛みつぶす。カロラインが一度コロコロと笑った。――声色こそ余り変わり無く淡々としたものだが、どうも薄く口元に笑みを浮かべているらしいカラス翁が、彼女に引き続いた。
「サウザーとCFCの戦に参加というのでなく――、今のところの〝世界大戦〟で高みの見物を決め込んでいるオーチャードが、新たにCFCに宣戦布告し、背後からの奇襲でとっとと首都を制圧するという手もあるぞ。それならば、君らとCFCの間で〝ややこしいこと〟にはなるまい?」
「――まさしく、道化師の考えそうな作戦でございますな…」
溜息混じりにタオが呟く。そして次にタイラーをチラリと横目に見た。
「平零商会も同様の心積もりは出来ております。――サウザー様がピンリーと〝取引〟を行うことなど、創業時より代々『あり得ぬ』と承知はしておりますが、今のような非常事態でございますから、もしやこの機会にお近づきになれやしまいか、期待が無くはなかったのですけどもね――やはりサウザー様にブレは無いようでございますので」
「ええ、その通り」
「しかしながら、弊社にとり、オーチャード様とイリグマギ様が長らくお引き立て下さっているお得意様であることは間違いございませんで。サウザー様がお二方との〝協定〟を受け入れて下さるようならば、平零商会も其処に一枚噛んでいることは前もってご承認頂かねばなるまいと、私、会長のキム・タイラーも同席させて頂いている次第でございます」
「……ピンリーが一枚噛んでるというならオーチャードやイリグマギとも協定など交わせぬ、と私が云ったら?」
「そこまで嫌がられていると思うと、かなり私もショックなんですが……。それは仕方ありません、オーチャード様やイリグマギ様のご意向にもよりますが、我が社は我が社で、可能な限りサウザー様の邪魔にならぬ場所を選んで首を突っ込み、邪魔になりそうなら即座に撤退する、と、そういう方針で参ろうと思います」
「……」
「私自身と致しましては、この非常時ですから、サウザー様と取引が叶わぬとしても、せめても無償のご協力をしつこく申し出ることも吝かでは無かったのですがね――しかし、それはそれで、この世が無事に救われた後のことを考えますと。〝奉仕〟を原因に社が倒産しては本末転倒、私は社員の将来も預かっておりますので」
「……タイラーさん、貴方まで、そんなことを――そんなことまで云うのか」
今度は呆れたような声でタオが云った。微笑しつつ、タイラーが頷く。
「〝世界〟が無くなるなら、我が社とて商売する相手も場所も無くなる訳ですからね、人材も技術も資産も、惜しむ意味などございません。しかし、〝世界〟を残すために、カラス様が仰った人の世の無秩序を引っかき回す必要がございますなら、大の得意、望むところでございます」
「……」
「タオ・サウザー様、貴方様のような〈魔術士〉は、今、愚かな人間が数知れず繰り返してきた愚行に付き合っている場合では無いのでございます。世界が無くなるやもしれぬ危機が迫る中、〈魔術士〉がその危機に立ち向かうことを邪魔する戦、その危機を感じることも出来ぬ、たかが人間風情が身の程も知らず〝世界〟の表面に線を引く行為など、とっとと終わらせねばなりません。サウザー様のような〈魔術士〉たる王が、CFC市長のような愚民の中の愚民に煩っている場合ではないのでございます。そんな雑用は――」
「おい」
――と、そこで不意に、シダーが鋭い声を出した。領主と「世界の道化師」のトップ会談に口を挟むことなど、誰もやろうとしなかったのに。問題児ならでは、か。
シダーが腕組みをして、上目遣いにキム・タイラーの浮かんだ球を睨みつける。
「キムさんよ。そういう、『人間』より〈魔術士〉が上に居るような云い方、すんじゃないよ。――俺が相当な問題児の自覚あっても、平零商会のスポンサードを嫌がるのは、そういうとこだよ」
タイラーからの返答は待たず、シダーはそう吐き捨てると、ムスッと口を閉じてタオに「割り込んですいません」というふうに軽く手を上げた。タオが肩を竦める。
直後、ディナムが
「シダー君の云うとおりだな。先を越された」
と随分、頼もしい声で云った。
「タイラー君。儂も以前、君に云ったことがあると思うのだが、愚か者に愚かと云う時は、ちゃんと立ち位置を合わせ、目線を同じにして云いたまえ」
シダーほど「不快感」を表した声色ではなかったが、有無を云わせぬ重い声でディナムは云った。――キム・タイラーはコホンと咳払いをし、間を保たすためか、特に緩んでもいないネクタイのノットをキュッと上げる仕草を見せた。
――シダーから引き続き、ディナムの言葉を聞いて、アサギが少し意外そうに目を見開いた。
ディナムの言葉は、何だか、普通と違っている気がする。
村の子供を「教育」「躾ける」役目も負う自分は、「他人に『ばか』とか『あほ』とか云ってはいけません」と云う立場だ。シダーが云ったことは、そういうことだったように思う。だが、ディナムは、そうは云わなかったんじゃないだろうか。
アサギが少し俯いて思案げな顔をする、ディナムの言葉を頭の中で「解釈」し、「自分に説明」するように。
そんなアサギにリオンが首を傾げ、
「どうしたの?」
と軽く肩をつつく。
「あの……」
と、アサギがリオンに顔を向け、小さな声を出しかけたが、キム・タイラーが殊更大きく「オフン」と咳払いをし、
「失礼しました、シダー教授、ディナム陛下。――いやはや、つい。CFCに長らく飲まされた煮え湯の味と違約金の額が鮮明に思い出されましたもので、恨み言を吐いたようになってしまいました」
と少々大きな声で云ったので、アサギは一旦口を閉じ、「いえ、ちょっと考え事です」とだけ云って軽く首を振った。
「考え事? 何か気がかり?」
「――いえ、大したことじゃないんです」
アサギは、今じゃなくても良いと思い、そう云って小さく手を振った。
タオは「退屈なら寝てても良い」と云ったけども、今となっては、この「道化師」とタオの会談を、見届ける気分の方が大きい。今思いついたことを「私語」で話題にすると、「会談」を聞きそびれることになるかもしれない。
それはリオンにも分かっているらしく、アサギに食い下がることは無く、「ふーん」とだけ返し、再びキム・タイラーの顔が浮かんだ「球」に目を向けた。
タオが薄く笑い、
「恨み言というよりは愚痴だね。俺は恨みの対象じゃない訳だから」
そう云うと、タイラーは、「タオ様にも失礼致しました」と早口に云った。次には、
「しかし、サウザー様にとってCFCとの戦が最早、『雑用』に過ぎないことは、事実でございます」
と冷徹なまでにキッパリと云った。
「一刻も早く『黒い裂け目』への対応――スプープに集中出来るよう、人の世の戦をとっとと終わらせるためならば、我々は協力を惜しみません。――無論、サウザー様はCFCの制圧など考えておられないこと、それは良く存じております、ただサウバー山系より東へCFCの軍を入れないことだけを考えていらっしゃる。故に、イリグマギや我が社から直接〝兵力〟を提供したところで戦が終わる訳ではありませんから、それは『協力』にはなりますまい」
「……」
タオは軽く目を細める。タイラーが口角を上げた――ちょっと、「ゾッ」とする表情だ。リオンは、「もしかしたらガフは〝黒い魔女〟の、こういう笑顔を見たんじゃないだろうか」と思った。
「我らには我らで、『策』もございます。それを実践するかどうかは定かではありませんが、サウザー様とは何の関係も無いところで、行儀の悪い我らが『何らかの動き』を見せたとしても、それが戦を終わらせるのに有効であるならば、邪魔をせず、黙認して頂きたい」
「……。そういう考えがあるんなら、『黙って』やれば宜しい。サウザーは、〈同盟〉になった組織や国が己の理念に逆らうことをやるようなら、黙っちゃいない。そのくらい知ってるだろうに、何故わざわざ、名乗りを上げたんだ」
タオが溜息をつく。タイラーもそんなタオに呆れたような声を出した。
「カラス様が仰ったではありませんか、タオ・サウザー様。――道化であれ王であれ、〈魔術士〉が『団結』しなければならぬ事態であると、問題の重さを理解しているからでございます。――タオ様。私が申すようなことではありませんが、『腹を括』らねばならぬのです。人の世の秩序を行儀良く守って世界の滅びを招くのか、世界を守るために人の世を捨てるのか」
「――本当に貴方から云われるようなことじゃないね」
タオが苦笑してそう云った。次には張りのある声で、真っ直ぐにタイラーを見つめて云う。
「俺はどっちを選ぶつもりもない。どっちかを選ばなければならないと云うのなら、完全に破談だ。良いだろう、貴方方は貴方方でやるべきことをやれ、その邪魔を、俺も敢えてやりはしない。だが、貴方方が俺のやるべきことの邪魔になるなら、その時はその時に応じた、互いにやるべきことを、またやろう。その結果、人の世が滅ぶか人の世もろとも世界が滅ぶかするなら、それは成り行きと云うんだ。俺の腹はとっくに括られてるさ、どんな結果であれ、そこに『悔恨』や『呪詛』を持ち込まない、とな」
タイラーが身を引き、うっ、と絶句した。――カロラインが「ほう」と溜息をつき、カラス翁は口元に拳を当て……笑ったようだった。
「タイラー君。分かるかね、こういうところなのだ、サウザーの〝粋美〟とは。この〈精霊〉そのものを思わす混沌と、人の世を越えた〝世界〟を造る理……。君もまだ〝人の世〟のしがらみから逃れられぬのだな、今のはサウザーの領主にとって、決断を促す言葉にはならぬ」
「……仰せの通り。私は商人でございますからね。何だかんだ、人の浮き世の醜さに呆れながらも、其処から離れた哲学など、そう簡単に持つわけに参りません」
ふて腐れたような溜息混じりにタイラーが云い、後を引き継ぐようにそのままカラス翁がタオを真っ直ぐに見つめた。
「タオ君。どんな結果が将来に待っていても、君に呪詛や後悔が無いことを、儂は知っている。君というより、サウザーの領主がそうであることを。――しかし、な。礼儀正しく行儀の良いサウザーにはまだ見えていない将来が、行儀の悪い者には、かなり近くに見えているのだよ。少なくとも、人の世は終わるのかもしれないとの未来がな……。だから、こうして会談と、協力を申し出ている」
「ですから、俺は、随分最初の方で、それを、訊きましたよね。答えてないのは、そちら、ですよね」
大げさに顔をしかめ、殊更に言葉を区切りながら、タオが球体に指を突きつける。
「〈同盟〉、あるいは『協定』に、同意がなければ、『行儀の悪い道化師』が持っている情報を、こちらに渡す訳にはいかない、ということなんですか? その情報を得たければ、同意せよと? ――『だったら結構です』というのも、随分前にロザリウム君に云いましたよ」
呆れた声のタオに、「ああ……」と嘆息混じりの声を出して、カラス翁が微苦笑を浮かべて手を振る。
「いいや、そういう訳では無いのだ。済まなかったな、君には『のらりくらり』に思われてしまったか」
「……」
「――儂が口を開くと、どうも『詩的』になるらしい。カロライン嬢、頼む」
カラス翁が促す。「頼むと仰られても…」とカロラインは少々拗ねたように口を尖らせた後で、溜息をつき、
「仕方ありませんわねえ、結局、殿方お二人が頼りになりませんこと。――何処から申し上げたら宜しいかしら……」
独り言を呟きながら何か考える顔をする。三十数えるほどの間が空いて、次に「タオ様」と正面を向いた。
その顔は、先ほどまでとは打って変わって、随分と冷静であり、かつ、微笑であった。
今度はアサギが、ひくりと喉を鳴らした――この女性には「残酷」な内面がある……、それを垣間見たような気がした。そしてリオンは、ここに至って、さっき感じた寒気の正体が分かった気がした――タオ曰く、そして彼ら自身曰く、この「道化師達」が、昨夜具体的に想像してしまった、「怖ろしい〈マスター〉」なのではなかろうか――と。




