【day3】-[7]-(3)
タイラーが、
「全くつれない御方ですなあ。――ええ、それは分かっておりますので、取りあえず、カロライン殿とカラス様とのご会談を進めて頂けますか? 私は居ないものと思って」
苦笑を浮かべ、溜息混じりにそう云った。――じゃあ、何で貴方が〝外電〟使ってまで面会要請してきたのよ、とアエラが、聞こえないような小さい声で、苦々しく独り言を呟く。
「じゃ、そうしましょう。――カラス翁、何故今更、そんなことを?」
――イリグマギの〝総統〟が居るならどちらに声を掛けるべきか迷うところだったが、こうなると、三者の中で〝真打ち〟はナハト・カラス、オーチャード総帥だ。
タオが大げさな表情や声色を止め、真摯に彼に問う。
同じくナハト・カラスも、淡々としながら重厚な声で答えた。
「我も〈魔術士〉だからだ、タオ・サウザー」
「――」
タオが目を細め、その向かいでディナムも、感慨深げに目を閉じた。
「……君が、サウザーという領地の領主、責務を他者に預けてまで、『世界』の問題に立ち向かおうとする、その心中如何なるものか、量っても量りきれぬ。だが、その問題の重さを理解しているのは、サウザーだけではないのだよ、タオ君」
「――」
「我らが『切り札』にも『糞』にもなる道化師との評価は、真そのとおり。この世をひっかきまわす役目を好き好んで負うておるのは、全く否定せぬ。だが、それも人の浮き世に於いてだけのことよ」
カラスがそこで一つ息を吐く。眼光が鋭くなり、真っ直ぐにタオに届いた。
「浮き世にて道化師の我らも、『世界』に於いては、〈精霊〉の流動にただ身を任す『人』であり、しかし〈精霊〉を友と契った〈魔術士〉。――単に人の世が無くなるなら、我らも道化の役など最早要らぬ。それは本望。だが、〈魔術士〉であることを捨て、友たる精霊の作りし『世界』の滅びを待つことを、本望とは思わぬ。浮き世に負うた役を敢えて捨て、〈魔術士〉は〈魔術士〉として団結すべきと、道化の儂とて、思うておるのだ」
タオが目を細め、眉を寄せた。
「カラス殿。――貴方ほどの方が其処まで仰るというのは、何故で? 世界が無くなる可能性を既にお考えだと云うのですか?」
「人の世が無くなるだけなら、それも構わぬ、と楽観しておる。しかし、『世界』が無くなるなら、それを止めねばならぬのは〈魔術士〉と悲観しておる」
「……」
「タオ・サウザー。儂らがサウザーに――その末裔として『成った』とまで云えるタオ、君に、〈魔術士〉として敬意を払っておるのは真なのだ」
タオが鬱陶しそうに軽く首を振ったが、カラス翁は真面目な声で、
「これは意味のない世辞ではないのだ、真摯に受け止めよ、タオ・サウザー。ディナム・タイクーン、君からも云ってやってくれ」
そんなことを云い、ディナムの方にチラリと視線を振った。
珍しくタオが、微かだが狼狽したような表情を見せ、正面の師匠に顔を向ける。
――師匠は、カラス翁に対して声や態度で応答をすることは無かったが、正面の弟子を真っ直ぐに見つめ、
「タオ。ナハト君の言葉を、きちんと聞け」
と重厚な声で云った。
「身内である儂が云うても説得力がない。師匠である儂が云うのも相応しくない。いつ己の行く先を引っかき回しても可笑しくない、己の利にも害にもならぬ『道化』の云うことを、まず真摯に聴け。彼が言うことに、間違いはない」
「……ディナム師匠。それが『師匠』であろうと『道化師』であろうと、貴方やカラス翁のような方から、まるで唯一無二の〈魔術士〉みたいな云われ方して、素直に聞き入れることなど出来るわけないでしょう。俺とてまだ修業は足りない、まだまだ進歩の余地はある。俺は『世辞』――社交辞令としての賛辞に限らず、心からであっても、『褒められてる』とは思えませんよ。むしろ『もう頭打ち』と云われてる気がして、正直、愉快じゃありません」
タオが顔をしかめて師匠に云うと、ディナムは軽く首を振った。
「そういうことではないんだ、タオよ」
そこまで師匠は云って、――カラス翁に視線を向け、彼に続きを託した。
カラスが再び口を開く。
「タオ君。……例えば、君がまだ、〈土〉以外の〈マスター〉には至っていないとか、まだ覚えていない、極めていない〈術〉があるとか、そんな『修業が必要なこと』とは関係が無いのだ――君一人に限ったことでもなく、サウザーの、『〈魔術士〉でありながら領主』歴代が持っていた、敬われるべき独自性は」
「……」
「〈世界〉を作る〈精霊〉は、ただ一言、混沌だ。慈愛、憎悪、献身、傲慢、利己、利他、残酷、慈悲、正誤、善悪、美醜、全てが同時に同じだけの重みで存在し、流動する。混沌たるものが〈精霊〉だ。――君は、君自身が〈精霊〉であるかのように、その全てを内包し、表現する――いや、表現することに躊躇わない。同時に、君には、確固たる『芯』、『軸』があり、『理』がある。――混沌たる〈精霊〉が存在するだけで〈世界〉は存在しない。そこに『理』があって初めて、秩序を得た世界は〈世界〉たり得るのだ」
「……詩人ですね」
タオの方が余程世辞めいて、そんな嘆息を吐いた。カラスは素知らぬ顔で続ける。
「君は、混沌たる〈精霊〉を体現しながら、秩序を持った〈世界〉を具現しているのだ。――タオ君。サウザーの〈魔術士〉は、皆、そうした〈魔術士〉としての理想に、限りなく近い者だったのだ。しかも、『領主』という人の浮き世の役目も負いながら、その粋美なる〈魔術士〉の姿から逸れもしない。――君は、儂を『貴方のような御方』などと持ち上げたが、儂は、混沌たる〈精霊〉の〈魔術士〉としての己が最も大事であるから、『道化』なのだ。君は、〈魔術士〉たる己を確たるものにしながら、一人の人間としての己を大事にしない――というより関心がない。儂にはオーチャードを、君のように『治める』ことなど出来ぬ。それをしようと努めていたら、今こうして君と対面することも無かったろう」
「……」
「『無秩序であること』と『混沌』は違う。儂は、無秩序の醜さと混沌の持つ美しさの違いが分からぬ輩には、容赦せぬ。自国民でも守る気など湧かぬ。だから儂は、人の世の『無秩序』をひっかきまわして『混沌』を望む道化師役を好んでおるのだ。――だが、君は違う。『ひと』のことになど何の関心も無い〈精霊〉の混沌と、『ひと』など居なくても存在はしうる〈世界〉の理と、なのに『領民』を守る責務を、『全て』『当たり前のように』実現してきた。そんなサウザーは――、末裔に至ってそれが『結晶化』したと云えるくらいの君は、〈魔術士〉たる領主として唯一無二、『最初で最後の魔術士』と云っても良いのだよ」
――殊更に熱弁を振るっているという口調ではない、老人がただ見てきたことを喋っているような淡々としたものだったから、タオとしても殊更否定しようとは思わないが、そんなことは自覚が無い以上、「で?」という気分にしかならない。
タオが、「老人の昔話に飽きてきた子供」のように、のっぺりした声で云う。
「師匠も、貴方の言葉を聞けと仰った上に、今に至っても否定はしない。ならば成る程、それはそうなんではありましょうな? ――しかし、だから? それじゃ俺の質問に答えてないです、カラス翁」
タオの声を聞いて、ナハト・カラスは一度ぱちくりと瞬きをし、拳を口元に持って行って「くくっ」と喉を鳴らした。
「こういうぶれの無さこそ、真、サウザーの『粋美』――」
カラスが独り言のように云う。タオはそれを無視して、続きを待つ。
「だからこそ、……〈魔術士〉が集結して団結するなら、それはサウザーの麾下以外にはあり得ぬ。やっと古来の通りに『道化師』が『王』の下に侍る時が来たのだ。クラウンがクラウンの下に帰る、今はその時」
「……。いや、もう詩の暗誦はいいです」
タオが呆れたような声を出して肩を竦める。カラス翁は再び「くく」と喉を鳴らして、
「……行儀の良いサウザーと比べ、行儀の悪い道化師は、君の云うとおり、『世界の滅び』を肌に予感している。――具体的なことは、オーチャードよりも機動力のある道化師たちから聞いてくれたまえ」
それだけ云うと口を閉じ、目も緩く伏せた。その言動に促される形で、自然とタオが正面のカロラインに目を向ける。
――カロラインは拗ねたように口を尖らせ、
「つくづく、人からの情報を引き出すのはお上手な割りに、こちらからの要望にはつれない、狡い御方、タオ様。我らが貴方のご質問に答えられたら、我らのお願いを聞いて下さるのかしら?」
恨めしげにそんなことを云う。タオは平然と、
「じゃあ、無理に喋れとは云わないよ。俺、もう最初に『嫌だ』って回答したじゃないか」
笑みを浮かべてそう返した。カロラインは顔をしかめ、爪を噛む。
タオから顔を背け、
「わたくし、このつれない殿方には、どんなみっともない恨み言を吐いてしまうか分かりませんわ。全く総統がいらっしゃれば、こんな女の醜さを曝すこともございませんでしたのに。キムさん、お願い出来ます?」
カロラインが吐き捨てるような口調でタイラーに促す。
タイラーが薄笑いを浮かべて、「はあ、畏まりました」とやけに恭しく云い、一つ「コホン」と咳払いをした。
――タオの視線が、カロラインから自然と外れ、キム・タイラーに移る。そんなタオに、カロラインは再び恨めしげに爪を噛んだ。
「さて、タオ・サウザー様。カラス様の詩的表現はさておき、〈同盟〉を申し入れた真意はお解り頂けておりますでしょうか?」
「……まあ、分からんことはないね」
如何にも「出来るビジネスマン」風に、物腰と口調は穏やかながら、声には張りを持たせてタイラーが云うと、タオの方は暢気な声で曖昧に返した。
そんなタオに気を悪くする様子も無く、タイラーが続ける。
「もっと踏み込んで申し上げれば、正式な〈同盟〉というほど『条約』に縛られた関係を、オーチャードもイリグマギも、本当はお望みでは無いのです。『道化師』の方が余程、そんなしがらみを嫌悪なさるものです」
「でしょうね」
「にもかかわらず、それを申し上げるほどの強烈な危機感をお持ちだからだ、という真意を、ご理解頂けましたね?」
念を押すようにタイラーが云い、タオは
「解らんことは無い、と、今云ったよな、俺」
と、彼の方こそ「真意」――本当のところ何を考えているのかが分からないような、しらけた口調で云う。――こういう場合は、「先を促されている」のだと、タイラーにも分かる。クフンと軽く咳払いをして、続けた。
「正式な〈同盟〉というほどの『条約』は特に重要視しておりません。国家・組織間の関係として外にも分かりやすい〈同盟〉という形が、申し入れるのに手っ取り早かった、というだけでございまして。『特殊対策本部』――〝スプープ〟でしたな――に、オーチャード様とイリグマギ様も、参加させて頂きたいと、最たるお望みは、そちらでございます」
「……」
「それが不可能であるならば、せめて、お二方よりスプープへ、一方的なものとしてでも協力をさせて頂きたい――それを拒否しないで頂きたい。それすらも駄目だと仰るならば、互いの邪魔だけはしない。口約束としてだけでも、その『協定』を確たるものにしておきたいのであります」
白けた顔をしていたタオが、そこで訝しげに目を細めた。
「貴方方が、そこまで云うんですか」
タオがカロライン、カラス翁へ視線を滑らせる。彼らをよく知らないリオンとアサギは兎も角、ディナム翁やサンハル、フーコーにブランシュ――「彼らを知っている者」は皆、不思議そうな顔、訝しげな顔を中央の「球」に向けた。
カロラインがこくりと頷き、「申し上げて何がお悪いの?」と拗ねた声を出した後、真面目な声で、
「カラス様が仰ったように、クラウンもクラウンの麾下に戻りたい、そんな事態なのですわ。だけども、王様が最早、切り札など要らぬと仰せならば、道化は道化で王様の邪魔はせぬようお役に立ちます。だから、王様も道化の邪魔をなさらないで。わたくしたちは、そう申し上げておりますの」
「……君らが君らで動くことが、俺の邪魔になることだったら、どうするんだ」
「だから、そうはならぬように、『道化師を侍らせて下さい』と申し上げているのじゃありませんか」
最後はやはり少し拗ねた口調になり――しかしそれは道化てではないらしい――、カロラインが云う。
タオが思案げに顎髭を扱きながら、鋭い視線をカロラインに向けて、
「――具体的に、君らは何がしたくてそんなことを云ってくる」
独り言を呟くような口調だが、「真面目に答えろよ」と釘を刺す厳しい声だ。




