【day3】-[7]-(2)
一通り、この三人が「まだ知らない者」のことは紹介し終わったと、タオも三者も思ったらしく、真ん中に浮かんだカロラインが口を開く。
「お若い方とて、――サヴァナの坊やは〝エアロ〟って以上、筆頭殿の御縁でございましょ? アサギさんとやらも、〝ヴィレ・フリュス〟と仰るなら、フリュスの〝お家〟の御方、幹部も幹部じゃございませんか。その上、元帥はブランシュさんに、マルス・サンハルさんもいらっしゃって。もしかして、『特殊対策本部』の会議中でいらしたのかしら?」
「――ッ」
「その上、オーチャードはカラス様が、ピンリーはタイラー様が直々にだったなんて、まさかまさかでございますわ! イリグマギばかりがわたくしのような〝下〟の者、代表以外の者が図々しくお目にかかることになるなんて存じませんでした。お恥ずかしい上、申し訳ないことですわ、タオ様。イリグマギの総統と来たら好奇心の塊で、やりたいことを思い立ったら直ぐ飛び出しちまいますの。同じくらい好奇心の塊でも、グッと堪えて椅子に腰掛けてるタオ様の爪の垢を煎じて飲ませたいものですわ」
やけに芝居がかった口調で、立て板に水という言葉を具現したかのように、淀みなくつらつらと語る。
――いい加減、痺れをきらしたと云うように、「ばんっ」と大げさに音を立てて卓を叩き、フーコーが立ち上がった。
「いい加減、白々しい台詞はおよし、カロライン・ロザリウム。私たちが今、集まっていることは既に分かっていて、そして頃合いを見て、打ち合わせて外電を入れたんじゃないの!? それを、カラス殿とタイラー殿が居ることすら、さも今初めて知ったかのように!」
真ん中のカロラインに指を突きつけて、フーコーが怒鳴る。カロラインは大げさに呆れた顔と声で云った。
「いやぁね、アエラちゃん、落ち着きなさいな。相変わらず尻が軽いわね」
「……ッ!!」
何処のあばずれが私を尻軽だなどと! 一瞬声が出ずに大きく口を開けただけのフーコーだったが、隣のタオが、卓に手を突っ張った彼女の肘を軽く掴み、
「落ち着け、アエラ。こういう意味だよ」
苦笑しながらそう云った後、フーコーが使っていた椅子の肘掛けを軽く叩いた。
ぐっ、と口を閉じて息を飲み、しかめっ面でアエラが着席する。
アエラ・フーコーをからかうような笑みを浮かべ、カロラインが
「もしかして、アエラちゃん、私たちの内通者がお城に居るとでも思ってるの? まあ、酷い〝官僚〟ね」
大げさに、嘆くような口調で云う。
「それは、貴方の領主様が一番お嫌いな疑心暗鬼というものよ。貴方の真面目な部下達が可哀想だわ」
「じゃ……じゃあ、何故、領主が代理になったことなんか知ってるの! まだ外交ルートに広報はしてないのよ」
「あら、貴方、バカなの? アエラちゃん」
今度は目を見開いて、あっさりとカロラインが云う。
「昨日の今日で、もう忘れちゃってるの? それこそ貴方の領主様が仰ったのよ? 折角会議を公開してるのに、観光しない〝旅行者〟は、怠惰なんでしょ? 私たちは勤勉なのよ」
「…………ッッ」
ふてぶてしいカロラインの笑顔に、アエラは奥歯を噛みしめる。
「――ロザリウム君の云うとおりだね、アエラ。おまえのは〝疑心暗鬼〟と〝短絡〟だ」
タオも、苦笑しつつあっさり云った。アエラが今度は狼狽えて、隣のタオに顔を向ける。
「俺は、彼らの〝情報収集係〟が城内に入り込んでるなどと、案じてはいないよ? この会議のことも、『特殊対策本部』としか云わなかったじゃないか。俺は『昨日の会議中継を見ていたんだな』としか思わなかったぞ、そして俺は、何処の〝観光客〟がサウザーの何処に居ても当たり前だと思っている」
苦笑を消して、タオが冷たい声でアエラに云う。アエラは「ごめんなさい…」と小さな声でタオに呟いた。
今度はタイラーが、薄笑いを浮かべてカロラインの後を引き継ぐ。
「まあ、もともとお行儀の悪い国や組織には、こちらとしても遠慮など致しませんが。我々はサウザー様には、敬意を払っておるのです。非合法な侵入、内通などもってのほかです。――フーコー女史の仰る通り、ピンリー、オーチャード、イリグマギで、サウザー様にコンタクトを取ることは、まあ、昨日の会議を拝見した後に打ち合わせてはおりました。が、『今』になりましたのは、三者ともが同じ『機』を見ただけでございましてね。今、こうも皆々様が勢揃いしていることなどは当然存じませんでしたし、カラス様は兎も角、ロザリウム殿がいらっしゃることは、私も此処で初めて知りましたよ? これはロザリウム殿の仰る通り、私は――恐らくカラス様もだと思いますが――、〝ヴォイド・ツェッロ〟総統が居て下さるのを期待していたのですが」
「……」
やたらねっとりとした口調でタイラーが云う。己の浅慮は反省するが、この三人に頭を下げることは絶対に釈然としない。アエラは奥歯を噛みしめたまま、卓の上で拳を握り締めている。
――向こうも、別にアエラに、濡れ衣を謝罪して欲しい訳でもないらしく、ナハト・カラス翁が淡々とした口調で
「では、その会議、『特殊対策本部』という名称ではなくなったのかね、タオ君よ」
タオに向かって云う。タオもあっさりと、
「ええ。〝SPOUP〟という正式名称、または〝SU〟という略称が付きました」
そう答えた。すると、アエラだけでなく、ルナールも背後で焦った顔をして、「ちょっとタオさん」「タオ師」と小さな声を出す。
「どうせ分かることさ。大っぴらに広報はしないが、民間に協力も求めるんだ。組織の名称程度を重要機密だなんて誰も思わないさ、そのうち小さな子供だって口にしだすだろうよ。俺だってこの組織を〝秘密組織〟だなんて思ってないんだから」
タオが、「何を神経質になってる」と呆れたような顔をフーコー達に見せ、あっさりとそう云った。
「で、何か用ですか」
タオが薄笑いに戻し、率直にカラス翁へ云った。
カラスは瞬きをした後、ふわりと口髭を動かし――それは笑みに見える形だった――、
「相変わらず、自分のペースを堅持して喋る。君との会話は、君自身が何を考えているのかが分からなくて怖い」
と、まず呟いた。タオは薄笑いを浮かべたままで、
「貴方のような方から怖いと評されるなら、それは『有難う』と云うべき褒め言葉ですな」
そんなことを云い、再び、「で」とやけにハッキリと云う。
カラス翁でなく、カロラインが答えた。
「タオ様がそう率直にお訊ね下さったのですから、此方も単刀直入に申し上げますわね。タオ様、わたくし達と手を組みません? ――もう少し堅い言葉を使うなら、サヴァナやフリュスと同様、〈同盟〉関係を、我らと結んで下さいませんか?と――」
「嫌だ」
微笑を浮かべたカロラインが全部云ってしまう前に、タオは即答である。――アサギとリオンは、何故か「意外」な気がして、少々驚いた顔を見合わせた。
カロラインは目を見開き、これまた大げさに、
「そんな、にべもない……、少しは迷う素振りも見せてくださいませんこと? アエラちゃんは兎も角、タオ様ならもう少し考えて下さると思いましたのに」
嘆く口調で云った。
ああそうだ、と若者二人が、カロラインの言葉を聞いて合点する。タオなら、「回答」する前に、質問や議論をしそうな気がしていたのに、即答だったから、「意外」で驚いたのだ。それこそフーコーは、既にこの三者に対し、感情的に受け入れがたい部分があるようだが、タオにはそういうものが無いように見えていた……のに。
タオはカロラインと同じくらい大げさに、顔をしかめた。
「ていうか、俺が考えた末になら『うん』て云うことがあると、思ってたのかね? あり得んだろう。君らとて、俺達と〈同盟〉なんか、願い下げだろうに」
「あら、それはご謙遜ですの? 本来、世界中のどんな国家より、〈同盟〉関係を結ぶ価値があるのはサウザー領です、それを置いて他にありませんわ! 自分から敵対するなんて、CFCは、身の程を知らないおバカも良いトコですわよ」
「俺は謙遜なんかしてないが、君は君で世辞が上手いな。――そうだ、サウザーは今、CFCと敵対している、〝戦争〟してんだよ。そんな中、君らと〈同盟〉だと? 話をややこしくせんでくれ」
溜息をつき、タオが煙か虫でも払うように手を振る。そして、睨むような目でカロラインの顔が浮かんだ球を見つめた。
「君らとて自覚はある筈――というより、それが君達の存在意義の筈だ。君達は、〝世界〟をひっかきまわす『道化師』『ジョーカー』としてこの世に在るんだろう。自分の好奇心と欲求の赴くままに振る舞うことが、誰かの助けにもなり害にもなる。だからこそ、君達以外の他者は、君達を『敵』に回そうとはしない。かと云って、敢えて『味方』にも付けようとしない、何故なら君達は『劇薬』だからだ。――君達はこの世に於いて、全く理を持たないが故に、ある意味、究極的に中立な立場の筈だ。それが、〈同盟〉だと? あり得ん」
「普通の御方なら、そんな率直な評価を口にはしないものですけど――だから、貴方には敬意を払えるのですわ、タオ様」
カロラインの嘆息を素通りさせる体で、タオが続けた。
「そんな君らがサウザーの〝同盟〟になったなんてCFCに思われちゃ、ややこしいにも程がある。まるで、『こっちには全くその気が無いのに、勝手に自分の妻を寝取られたと思った夫が決闘を申し込んできた』みたいな、馬鹿馬鹿しいカタストロフを想像しちまったぞ」
「まあ、ホホホ……。それはまた、言い得て妙ですわね。でも、完全に当たってもいませんわ、だって、わたくし、CFCと『誓約』した覚えなどありませんもの。独り身の女が、一度や二度、己と寝たからって〝自分の味方〟だと勘違いするようなウブな坊やに、イリグマギは興味ございませんわ」
――タオが出した喩えに乗っかっただけだが、そこから「そういう喩え」を平気で引き続けられるところが、この女の「あばずれ」度合いを示しているのだ。タオの隣でアエラが渋い顔をしている。
「……。そうかな? 少なくとも、ピンリー商会は、契約ならしてるんじゃないのか? CFCと」
タオが今度はキム・タイラーの顔が浮かんだ球へ、鋭い視線を向けた。
タイラーは軽く肩を竦めた後で、微笑を浮かべ、小さく手を振った。
「ご心配なく、タオ領主殿。三年ほど前に、CFCとは完全に契約が切れ、現在は全く『取引』をしておりません」
「……三年前ならしてたんですな」
溜息混じりに、タオが独り言のように云う。今度はタイラーがその呟きをスルーして、大げさに苦々しい声を出した。
「まぁ~あ、顧客としては酷いものですよ、CFCは。契約が切れたというよりも、取引を中止したのです。そもそも支払いは滞るわ、契約違反は物凄いわ、にも関わらず、契約期間の満了だけは堅持し、延長もしつこく要求されましてね。こちらこそ『派遣社員』が負った損害の賠償を請求したいところでしたが、会長の私としても堪忍袋の緒が切れまして。臍をかむ思いは致しましたが、こちらから『違約金』を支払う形で、三行半を突きつけさせて頂きました。ご安心ください、弊社は現在、CFCと何の関係もございません」
「……」
タイラーが最後に、にっこりと笑う。タオは一つ、「はぁあ」と大きな息を吐いた。
「……。先を続ける前に、ちょっと整理と確認をしようか。その〈同盟〉を望んでる『我ら』ってのは、オーチャードと、まさか、マジで平零商会も含まれてるのか?」
カロラインに視線を戻してタオが訊くと、彼女はまたやけに嘆く顔を作って、
「酷い! イリグマギが入っていなければ考えても良い、と仰るの!?」
などと云った。――作ってのことなのかどうか判別が付かないが、タオも分かりやすくうんざりした顔をして、
「そういうことじゃないよ。三者ともがその用件なのか、って確認だ」
「そうだよ、タオ君」
「同じく。――とは云え、ピンリーは〝企業〟でございますから、〝同盟〟というのは少々、語弊がありますが」
カラス翁とタイラーが、タオの確認に肯んじた。
タオは直ぐに、
「あー、じゃあ、取りあえず、ピンリーさんの用件だけは先に片付けとこうか。いくらCFCとの取引が今は無いからつっても、今後サウザーとの『取引』をお望みなら、完全にお断りします。サウザーに営業掛けても無駄足だってことは、何百年も前からご存知でしょう」
申し訳なさそうな顔を――これはわざとらしく――作り、タイラーに云った。




