【day3】-[7]-(1)
程なく、三つの〝球〟それぞれの内側で、滲むように一つずつ〝顔〟が映し出された。
――真ん中の球には、随分と……一言で云えば〝派手〟な女性が、タオから見て左側の球には細身の壮年男性が、右側の球には……ディナムと同じくらい貫禄ある老人が、映し出されている。
左側――リオン達から見ると右側の球に顕れていた男性が、
「先ずは、アポイントもなく、よりによって領主様へ直接のご面会をお願いしたことを、何よりお詫び申し上げます、どうも失礼致しました。かつ、ご対面が叶いましたことに御礼申し上げます」
……と、礼儀正しく、しかし聞きようによっては慇懃に、そう云った。バーナードとタオ達の間くらいの年齢だろうか、目尻や口元の皺、黒と白が混じってグレーになった頭髪からすると、そのくらいに見える。リオンやチョウ達くらいの、まだ「若造」とも呼ばれる年齢の者が迂闊に身につけると「チンピラ」になってしまいそうな、光沢の有る黒ストライプ生地のスーツを、上品に着こなしていた。
黄褐色の肌に一重瞼の目を、少し色のついた眼鏡で覆っている――その顔が、たまにタオが見せるような「にやにや」とした薄笑いだったから、先の言葉が本当の「礼儀正しさ」から出たものでなく、慇懃な社交辞令にも聞こえたのだろうと、リオンは思った。
「んまぁ、お歴々がお揃いですこと! まさかこんな大物が揃っているなんて思ってもみませんでしたわ、さっきの若い殿方、『その他』だなんて仰ってたんですもの」
次に、真ん中の女性が、大げさな驚きの声を上げた。
こちらの年の頃は、フーコーと同じくらいだろうか、ルナールよりは年上に見える。何度見ても派手だ――「年甲斐も無く」という枕詞を付けたら、恐らく相当ムッとするに違いないくらいの年齢ではあろうと、リオンは思った――。これはフーコーと違って日焼けで褐色なのだろう肌に金目、そしてクルクルと色んな方向に曲がりくねった長髪は、赤や茶色、白や黄色と随分カラフルだった――地色はどれなのか、それともどれも違うのか分からないほどに混ざっている――。フリルをふんだんにあしらった白いブラウスの胸元を大きく――ボタン三つ分くらいは――開いており、女性が身につける上半身用の下着……つまり「ブラジャー」が見えてしまっている、いや、見せているのか――肌の色が日焼けで褐色なのだろうことは、そのせいで分かった――。
そして、最後の一人……、ディナムと同じくらいの年に見える老人は、やはり彼と同じような低い声で、
「やあ、ご無沙汰していた。――おや、随分若い子が居る」
と云った。こちらは、殆どが「ディナムと似ている」。総髪、立派に蓄えた口髭に顎髭、少し瞼に掛かるくらいに伸びた眉毛、ディナムと同じくらいに刻まれた目尻の年輪、柔和に見えて底知れぬ眼光。静謐な空気と、途方も無い存在感。
――ただ、肌の色を除いて色が逆だ。肌はディナムも彼も同じくらいの薄い褐色なのだが、彼は髭と髪と眉毛が黒――そのため、ディナムよりは若いのかもしれないふうには見える――、そしてローブが白色だ。
アサギは、老人のローブの色に少し驚いた。「法師」でもある自分――フリュス家の者の「法衣」は白が使われているが、〈魔術士〉、特に〈マスター〉のローブは、特別な意味があって「黒」と決まっているのではなかったろうか。この老人も、フリュスの者と同様、〈魔術士〉とはまた別の「立場」にもあるのだろうか――あるいは、こんなにもディナムと似た大魔術士の雰囲気を醸しているにも関わらず、もしかして〈マスター〉ではない、とか……?
若い子、とは自分達のことだろうか……。リオンが、今度は目を見開く。老人が自分達に言及したことでは無く、別のことに驚いたせいだ。
――この「機械」は、サヴァナから技術提供されたものであるはずだ。球の内側に見えている顔は、平面ではなく立体的――顔というより「首」、「胸像」が本当に浮かんでいるようなのだが、それは「面向不背」の状態であり、三百六十度どこから見ても、ちゃんと相手の顔が見える。だから自分やアサギ、ディナムと同様、向かいに居るタオ達にも彼らの顔が見えている筈で、シダーやバーナード達も同様である。また、向こうにも、こちらの三百六十度が見えている筈……、だから「お歴々」の全ても、「若い子」――自分達のような、向こうからしたら〝部外者〟も、居ることが認識出来ている。そういう機械であることを、リオンは良く知っている。
だが、それは、向こうにも同じ機械があってのことだ。
……サウザーが「敵対しても可笑しくない相手」なのに、サヴァナから「技術提供をしても可笑しくない相手」でもあるのか…? 少々混乱してきた、リオンは困惑して首を捻った。
「あらまあ、本当。どちら様かしら、可愛らしい方!」
派手な女が、やはり高い声を出して云った。
「むっ、シダー博士までいらっしゃるではありませんか。――全く、タオ様と来たら、こういう時ばかり御手が早い。他者に全く興味を示さず情の無い冷徹かと思えば、人材だけはいち早く懐に入れてしまう。シダー博士をスカウトするために、我が商会がどれだけ世界中を探し回ったとお思いです」
……やはり先ほどの挨拶は「社交辞令」だったのだろう。その嫌味めいた嘆息の方が、余程本音に聞こえた。シダーが、相手に聞こえても聞こえなくてもいいくらいの声量で、
「探し回るって。俺が好きな時に故郷に居て何が悪いんだ?」
と独り言を云った。
「あらぁ、随分、私好みのイケメンもいらっしゃるわぁ、タオ様、紹介して下さいません?」
……女が、大げさに猫なで声を出し――どうも視線は三つ子の方へ向いていた。あまり似ていない三つ子である、一体誰を指して「イケメン」などと称したのかは、流石に――いくら高品質なサヴァナ製であっても――機械越しであるから定かでない。
タオが、真意の全く見えない薄笑いを浮かべて、
「それより、君らの方から先に自己紹介してくんないかな、彼らに。彼らからしたら、君らの方が初対面の来訪者なんだ。知らない人間がずかずか自分ちに入ってきて『おまえ誰だ』といきなり云ったら、愉快じゃないだろ?」
特に女の顔が浮かんだ真ん中を見ながら、そう云った。――その言葉使いだけで、タオは彼女のことなら知っている、ことは分かる。
女はピクリと目を細めた後で、「あら、御免遊ばせ」と、やはり大げさに恐縮そうな顔を作った。
促されたのが彼女であったので、まず彼女から――
「失礼。わたくしは、〝イリグマギ結社〟の〝右脳〟――まあ、皆様方に分かりやすく申し上げれば『参謀』の一人、ってことになりましょうか?――カロライン・ロザリウムでございます。以後お見知りおきを」
と、今度は大げさに気取ったりもせず真面目な声で云った。
「私は平零商会の会長を務めております、キム・タイラーでございます――お若い方が不思議そうな顔をしておいでですが、世の中には〝政財界〟という言葉も当たり前にございますとおり、〝企業〟もある程度になれば、それなりに『国家』と肩を並べてお話も出来るものでございますよ――」
女の次には細身のスーツ男が。そして最後に、「黒くて白い」老人が、
「オーチャード・ノル・ユニオンの総帥、ナハト・カラスだ」
と端的に云った。
三人の自己紹介が終わったところで、タオが、
「では、時間の短縮のために、君らがまだ知らないだろう人物を、私が纏めてご紹介しよう」
と少々早口に云った。向こうに口を開かせる間を与えず、
「まずは年功序列で――ショート・バーナードさんはお三方ともご存知だね? その隣に居られるのは、東アルクスの〝魔術士連合会〟婦人部会長を務められたことがある、オリヴィア・チーフ・ライネンさんだ」
とオリヴィアを手で指して云った。オリヴィアが、ちょこん、と小さくお辞儀する。
真ん中に浮かんでいた女――カロライン・ロザリウムが、またしても大げさに驚いた顔をして、
「んまぁ、貴方がオリヴィア様! お目にかかれて嬉しいですわ、わたくし、お母様の代からライネン工房の大ファンですの! 引退なさったのが残念ですわぁ」
自分の胸と肩に手を当てながら、そんなことを云う。今着ているのもライネン工房のものだ、というアピールなのかもしれない。
オリヴィアが、「あらまぁ、そう~、それはどうもありがとう」と云った――が、
「でも、うちのファンだと仰るなら、下品な着こなしはしないで頂ける? そんな着方されちゃ悲しいわ、おっぱいが大きくなって閉まらないの? あたくし、引退はしたけども、仕立て直しくらいはしてあげるから、今度、工房にいらっしゃい」
小首を傾げてオリヴィアが素朴な口調で云うと、カロラインはグッと息を飲む。――「ファン」という言葉はお世辞やお為ごかしではなく、オリヴィアの言葉を皮肉や嫌味とも受け取らなかったらしい。気分を害した様子は無く、カロラインはバツが悪そうに俯き加減になり、そそくさと胸元のボタンを二つ留めた。
その様子を見てオリヴィアも、
「ああ、やっぱり、バストのサイズが合ってないのね? 合わせに隙が出ちまってる、直し入れた方がよろしいわ。――有難う、随分長いこと着てくれているのね」
微笑しながら素直な口調で云った。――どちらかと云えば男性陣の率が高い場で、おっぱいだのバストサイズだの平然と口にするのは「デリカシーが無い」と云えるだろうが、もともと「見せて」いたのが向こうなのだから、オリヴィアをそうやって責める筋合いも無かろう。
カロラインは、少しだけたじろいだ表情を見せた後で、意味もなくカラフルな髪を掻き上げた。――リオンは、そのやり取りを見て、「訳が分からない…」と一層首を傾げる。何だか「気持ち悪くなってきた」気もして、彼も、意味もなくふて腐れたように口をへの字にした。
タオが薄く笑い、次、と一度シダーの方へ手を差し伸べかけたが、
「ああ……、シダー君のことは知っているふうだったな。じゃあ、その隣り」
と手の方向を変えた。
「サウザー軍魔術士部隊の若手三人だ。シダー君の隣が、見・ナーヴィ、続けて聴、吟。三つ子の兄弟なのでファミリーネームは同じ」
「ほう、貴方方が! お噂はかねがね。サウザーの〝トリオ・ザ・センシング〟ですな?」
スーツ男――キム・タイラーがそんなことを云う。三つ子は三人とも訝しげな顔を見合わせた。〝例の三つ子〟、〝サウザーの三つ子〟とか、そんな云い方ならされたことはある。だが、そんな通り名など持った覚えは無い……、外ではそんな名で「噂」されているのだろうか。
そんな疑問が三人とも表情には出てしまったのだが、本来無口でもあるので、特に質問や相槌も無く、ぺこりとお辞儀するだけだった。ただ、真ん中の女、カロラインが、
「ギン君と仰るのね、うふ、青い目が綺麗」
……等と云いながらウィンクを見せてきたので、ギンは思わず、「嘘ッ、僕?」と小さいながら驚きの声を上げる。そして、俯き加減に顔を背け、「絶対、ケン兄かチョウ兄だと思ったのに……」と冷や汗をかきながら呟いた。
何となく「釈然としない」に近い気持ち悪さがあったリオンも、それには少し笑ってしまい、彼も俯いて誰にも顔を見せないようにしながら、への字に下がっていた口角を上げた。
そして最後にタオが、リオンとアサギを指し、
「ご指摘の若い子は、サウザーの者じゃない。金髪の彼は、リオン・エアロ、サヴァナからのお客人だ。銀髪の彼は、フリュスからのお客人、アサギ・ヴィレ・フリュス」
「ほう……。成る程、〝シロー君〟と、〝クレア嬢ちゃん〟に似ている」
それを呟いたのは、黒くて白い老人――ナハト・カラスだ。タオから手で指され慌てて顔を上げたリオンは、延長で驚き、目を見開く。アサギも「えっ」と瞬きをした。
〝シロー〟というのが、リオンの母の祖父、つまりリオンの曾祖父であり、〝ギーチ〟の従兄なのだ――故人である。
〝クレア〟はアサギの母の母、つまりアサギの祖母――フリュスの前々司祭である、こちらも故人だ。
――オリヴィアも自分に〝ギーチ〟と似ているとしか云わなかったのに……しかも「君」だって?
――〝クレアおばあさま〟を「お嬢ちゃん」と云う人なんて、フリュスの長老にも居ない……。
リオンとアサギは二人とも、確認し合うことは無かったが、この老人はやはり相当の齢を重ねている、と確信した。




