【day3】-[6]-(2)
「――となると、やはり今できることは、証言を集めることと、監視……だけか」
気を取り直してタオが云うと、シダーも「そうッスねぇ」と肯んじた。
――グロスの丘に居たのは自分も同じだから、「良く思い出して教えろ」と云われたので反射的に記憶を掘り起こしていたリオンだったが、そこでふと、不思議そうに小首を傾げて、小さく挙手した。
「ねえ、タオ。ちょっといい? あ、いや、いいデスか」
タオと他の者も思わず苦笑した。タオが代表して、
「もういいよ、そんな無理に丁寧な言葉を使おうとしなくても。普通に喋んなさい。何だね」
そう云って、リオンに「どうぞ」と云うふうに手を差し出す。
「――サウバー山系の向こうがきな臭いから、そっちに近いグロスの丘は後回し、って云ったよな」
「ああ」
「その、ウェシュタイン?ってのは元々サウザー領だった所なんだろうから、まあ、取りあえず良いけど、トートン村?のCFC駐屯兵が入ってくるかもってのは、尾根越えて攻撃とか脱走とか、そういう予想?」
「……? まあ、そうだな」
何でそんなことを君が今訊く、と不思議そうに目を細めつつも、タオが肯んじる。
「じゃあ、その防衛ラインとか、難民のキャンプ候補地のリミットとか、そっちの想定はしてんの?」
「――リオン君、君がそういう、〈軍〉の作戦面で煩う必要は無いんだぞ?」
と、サンハルがタオと同じような顔をして云った。リオンは
「あ、うん。いや、〝センソー〟の作戦とかって、そういう意味じゃなくて」
タオとサンハルに向かって軽く手を振ってみせる。
「ちょっと、素朴な疑問というか、嫌な予感っていうか……そんなの思いついたんだよ。サウザーの人達は、〝筋〟と〝異形〟をもう知ってるから、きっと不安はあるけど、何とか落ち着いてるよね。でも、CFCの兵隊は、知ってんのかな」
「――」
サンハルやタオ、ルナールとフーコー、三つ子達も顔を見合わせる。
「ウェシュタインの人も未だ知らないんなら、それも含めてさ……。サウバーの尾根越えて東に入って来た時、グロスの〝筋〟に気付いて、最悪、そんときにまた〝バケモン〟出てきたりなんかしたら、改めてパニック起きて、すっげーメンドクサイことになんない?」
――「嫌な予感」とも云ったが、声色は、「素朴な疑問」という言葉の通り、随分あっさりとしていた。
タオは大げさに顔をしかめ、腕を組んで椅子の背もたれに身を預けると、天井に向かって、
「うわぁ~…」
と溜息をついた。そして
「あり得そうでこええ」
と呟く。
「――整理しながら考えた訳じゃないから、脈絡は無いんだけど……、色々と、想像が浮かんでさ」
リオンが軽く頭を掻いて云う。タオが目線だけ彼に向け、
「今は、それも良い。自分で想像だと思いながら云う分には、俺達にとっても『想像の想像』にしかならんからな。整理はこっちでしてやるよ」
――昨夜のことを連想させるように薄く笑みを浮かべながら云い、リオンに「どうぞ」と手を差し出した。
リオンが「うん…」と頷いて続ける。タオだけでなく、シダーやサンハル達もリオンに注目した。
「グロスに出た〝筋〟、そこから出てきた火の玉と百鬼夜行が、CFCの基地襲撃したってんだから――あれ、これ、云っても良かったんだっけ」
リオンが焦った顔をして咄嗟に口を覆う。
「それは構わんよ。――シダー君やオリヴィアさん達にはまだ云ってなかったが、グロス草原の〝筋〟から出た〝異形〟は、どうもCFCの基地まで向かったらしくてね――」
とタオが云っている間に、彼の隣で少し慌てた顔をしたアエラ・フーコーが、卓の下に手を持って行き、リオンに向かって、ツッと〈糸〉を伸ばした。
リオンが足の裏に「ちくっ」とした感触を覚えたのと同時に、
『〝市長の件〟は絶対秘密よ!』
と、フーコーの声が、脳みそに直接ペタッと張り付いたかのように一瞬で響く。リオンはフーコーに「コクッ」と小さい頷きを見せた後、一つ息を吐いた。
「え、ええと……。でさ、トートンの兵隊も、後衛の基地がやられたってことくらいは、当然、――少なくとも隊長クラスは聞いてるだろうし、それをやったのが、CFCから見て東側から来た〝ばけもん〟な訳だから、『サウザーの魔法使い』が何かやったとか思われてるだろうし、――そんで、斥候がサウバーの尾根辺りでちょろちょろしてるってんなら、高いとこに居るわけで、そっから〝筋〟も見えてんのかなとか、もしかして、侵攻のためってより、あっちはあっちで〝筋〟の様子探るために見に来てんじゃないか?とか――」
口が滑りかけたのをごまかすように、早口でリオンが云う。
彼が何かを「ごまかす」ためにそんな口調になったことには気付いている。が、その内容のほうに意識を取られたので決して「微笑ましい」という気分にはならず――故に苦笑を見せることもなく、シダーが、今度はリオンに向かって身を乗り出し、真剣に耳を傾ける。
「――でも、グロスの草原からサウバーの尾根は、遠いからそんなちゃんと見えないし……、そう云えば、グロスからお城に戻ってくるまでに見た――俺達からすれば二個目の、城壁前の〝筋〟も、だいぶ町に近づいてから気付いたんだし、タオ、俺らもあの時、高度を調べようとしたけど良く分かんなかったじゃん? そ…そんなだから、そもそも、CFCの奴らとかウェシュタインの人らって、どのくらいちゃんと知ってんのかなあ、とか、そんで、あの時の俺達みたいにビビったりして、身内でもないヤツが沢山パニックになっちゃ、収拾付かなくなりそうだなあ、って……」
「リオン君、君、偉いな」
途中アサギとチョウにも「そうだったよね」と確認するように視線を振りつつ、相変わらず慌てた口調で語ったリオンに、シダーが随分真摯な声でそう云った。リオンが目をぱちくりとさせてシダーに顔を向ける。
シダーはリオンに向かって、指先だけで「拍手」する仕草を見せた。
リオンは戸惑いの表情を浮かべたが、シダーは直ぐにタオに向き直り、
「得てして、『素朴な疑問』は初心に立ち返らせてくれますね、タオさん。リオン君のおかげで、『やらないよりはマシだが、目的を見いだせない監視』以外に、スプープにとって具体的な『課題』が出てきましたよ。あぁ~、俺もまだ修業が足りない、こんな基本的な設問をすっ飛ばすとは!」
大げさに嘆く声を出したシダーに、タオが苦笑を見せた後で
「――座標の特定、か」
そう云った。シダーがコクリと大きく頷く。
「〝三次元〟の経緯度と高度だけでなく、〈層〉も含めて。あの筋、〝裂け目〟は一体どこからどこまで裂けてるのか? それを漠然と『あそこらへん』と思ってるだけじゃ、監視だってお門違いの場所を睨みつけてるだけになりかねん! ――考えてみれば、〝中心〟が特定できてないのに『半径五百メートル』もへったくれも無いッスわ、今リオン君が云った〝良く分かんなかった〟って何なんスか、タオさん、調べたんスか!? そんな大事なこと忘れないで下さいよ」
自分も思いついていなかったのだから、逆ギレみたいなものであることは分かっている。シダーはわざと大げさに窘めるような声を出して、卓をばんばんと叩いた。
タオが両手の平を胸の前で見せ、「まあ落ち着けよ」と苦笑する。
「中心がハッキリしてないつっても、立ち入り禁止区域は決めとかなきゃ色々と困るからだよ。視覚の常識でだけでも見当付けてのことさ、それが一キロになる分には一向に構わんのだし。――調べたってのも、あの時は帰路、最後の丘を越えたときにいきなり俺達の進行方向に出てきたんでな。このまま直進しても良いのかどうか、『安全性』を調べたんだ。結局、具体的な高度が分かりはしなかったが、取りあえず、自分達の進行方向に異常は無いって、そういう意味で」
シダーが「ふっ」と鼻から息を吐き、落ち着いた声で問い返す。
「じゃ、半径五百メートルってのも、その時の経験からッスか」
「それを『そうだ』と云っちまうと、ただの瓢箪から駒だな。当てずっぽうさ、その時の経験まんまを照らし合わせるなら、もっと半径は狭めても良い」
タオが肩を竦め、リオンとアサギ、チョウにちらりと目を向ける。――実際その通りではあるが、「より念入りに安全策をとった」訳だから、当てずっぽうなどと云わなくても良さそうなものだ。三人ともがそう思い、微かに呆れた表情を浮かべた。
シダーが思案げに顎を擦り、不意に眉を寄せ、何かに不満を持ったように口を尖らせた。
「どうした」
タオが訊ねると、シダーは「いやぁ……」と曖昧な溜息を漏らした後、やはり何だか不機嫌そうな顔のままで
「〝位置〟の特定、と思ったら、そもそも……、俺達、サウザー領とサヴァナ、フリュスに出たことしか知らないンスよね。他国には出てないのか、出てるとすればソレはどうすんだ、って何か……イライラしてきたというか」
そう云うと、聞いたタオは苦笑して肩を竦めた。
「それはしょうがないさ、シダー君、このご時世だもの。もしやCFCの方やイー・ルなんかにも出てるとしたって、調査のしようが無い。もしかしてサヴァナとフリュスとサウザーにだけ出てるってことになれば、それはそれで敵方の仕業なのか?って、何だか突破口にも思われるじゃないか」
「まあ、それはそうですけどねえ……、あれがもし、CFCが仕掛けた『何か』なんだとすれば、思ったよりずっと『簡単』な問題なのかもしれないし」
「そうでないなら、停戦、国交の回復を〝この世〟で待ってもらうより他に無い。――頼むから、シダー君、〝イライラ〟に任せて、独断で動くのはやめてくれよ」
タオは苦笑したまま、釘を刺すようにシダーに指を向けた。
「俺達に直接関係のない国にも出てるとしても、謎は〝一種類〟と考えた方が良いんだよ。いずれ、俺達の調査と研究が、他にも応用出来るのかもしれないし」
「まあ、それもそうですが」
「で、今、やっと光明として『何をすれば良いか』が具体的に出てきたんじゃないか、即ち〝座標特定〟。〝筋〟の〝数〟で云ったら、サウザーにサヴァナ、フリュスでもう腹一杯だ、他の国まで目移りしてる場合じゃないだろ」
「……〝筋〟自体の座標特定も重要ではありますが…」
そこでふと、マッカンが呟く。シダーが振り返り、タオも「うん?」と彼に目を向けた。
マッカンはつい、独り言を呟いてしまったらしく、失礼しました、と指先で口を押さえた。
タオが、「いいよ、何だね」と問う。マッカンは、改めて小さく挙手をしてから、続けた。
「……私は領主代理でもありますので、そちらに偏重して申し上げれば――リオン君が最初に云った危惧への対処としての『座標特定』が、重要課題だと考えます。〝筋〟自体の『位置の特定』が基本課題であることに私も異論はありませんが――早急に解答が出せるとは限りません」
シダーが目を細め、タオは「ふむ」と鼻を鳴らした。




