【day3】-[6]-(1)
食いながら、などとタオは云ったが、本当に食事をしながら〝シビア〟な話はなかなか出来ない。皆が皆、タオのように首無し死体の想像をしながら食事出来るほど剛胆とは限らないのだし、しばらくはそれぞれ、暢気な雑談を交わしたり――これは主にバーナードとオリヴィアが中心となった――、ふと頭を過ぎった考え事に気を取られて手と口が止まったり、そしてハッと気付いて囓りかけのサンドイッチを慌てて頬張ったり――しばらくはそんな調子だった。
ぽつぽつと「ご馳走様」の声が聞こえ始め、サンドイッチを頬張るよりもお茶を啜る者の方が多くなってきた頃に、タオが、
「……んじゃ、具体的に〝何する〟か、一先ずアイデア出したいとこなんだけど」
と、全体に視線を巡らせながら云った。
――お茶を啜っていたアサギや、サンドイッチにかじりついたところだったリオンが、グラスを置いたり口元を慌てて押さえたりしているのに気づき、タオは苦笑して、
「良いんだよ、食いながら飲みながらでも」
と手を振る。
「君達も。――年寄りが多いもんだから、普通の一人前換算じゃ多かったようだな。残してしまう方が勿体ない、食べなさい、若人達」
――ディナムも、三つ子が円卓にグラスを置いて、椅子を少し下げようとしているのに気付き、敢えて命令口調を使って云った。三人とも戸惑った顔をしていたが、「恐れ入ります」というふうに頭を下げ、近くの大皿に残っているサンドイッチを手に取り、グラスも「自分の分を確保」というふうに、膝の上に置く形で掴んだ。
タオが若者達にそれを促すように、敢えて自分も一口お茶を啜ってから、肘をついた緩い姿勢で云った。
「サンハルが今持って来た情報だと、――ああ、師匠達はまだご存知じゃないですね、簡単に云うと、サウバー山系の向こう側が不穏なんです。ウェシュタインから難民が入ってくる可能性もある」
「……ウェシュタインは開戦までの間に、移民の形で東に避難させていたのではなかったか?」
ディナムが目を細め、重々しい声で弟子に問う。タオは「ええ」と頷いた後で、軽く首を振った。
「それでも、全ての国民が現サウザー領に避難できてたわけじゃない。老人・子供・女性を優先して少しずつ、でしたしね。より西側――首都に近い側は特に〝戦闘適齢期〟の男性が、敢えて残りもした。勿論、旧政府の幹部・官僚とその親族・関係者も幽閉されたり軟禁されたりの形で残ってる。で、不穏なのが正に、首都ヴォッグらしいんです」
「……」
「CFCの最前線はトートン村に駐屯してる。首都で〝どかん〟と花火が上がったら、――誰が上げるのかにも依るが、トートンの駐屯兵が此方に流れ込んでくる恐れもある。どうも、サウバー山系の尾根周辺で、CFCの斥候が、最近ちょろちょろしてるって話もありまして」
窄ませた手の平を天井に向けて「パッ」と開きながら云う。そこでタオが、片方の口角を上げる――冷たい表情だ。
「それはそれとして備える、のは『この世の都合』、スプープはどうすっか。――そんなことになってると、西側、グロス草原の〝筋〟の調査はリスクが高い。少なくとも、民間魔術士やシダー君のように、一般の協力者を派遣する訳にはいかんな。よりによって俺自身が見たグロスが後回しになるのは、何とも歯がゆいんだが、まずは東アルクスやポーラ市国のように戦の前線からは離れた地域を優先させて調査を進める……そんな感じかな」
そこでタオはシダーとマッカンへ顔を向ける。二人とも「まあ、それが良いでしょうね」というふうに頷いた。
「城から目と鼻の先と云える城壁前の〝筋〟は、この総本部で調査が出来るのですし、そちらも行って然るべきでしょう。ただ、既に前線と云っても良い最西端の直轄地です。警護のことも考えましたら、城下は調査員をそもそも〈軍〉で編成した方が良いと思います。民間の協力は前線から離れた土地で仰ぐべきかと――と云っても、総本部に既に居る研究者は民間人といえど、同行させなければ独断で何をするか分かりません」
ちらりとシダーを見て、マッカンが随分あっさりと云う。シダーが「くっ」と喉を鳴らし、タオも
「そう、だからこそ、俺の邪魔はされないように、総本部で確保したんだ」
同じように軽く笑いながらそう云った。
「で、シダー君。城下のを相当の初期段階に観測した君としては、現段階で具体的にどういう調査が出来ると考えている?」
「そうッスねぇ……――と、その前に、タオさん」
目玉を上に向けて何か考える顔をしたシダーだったが、ふと何か思い出した声を出す。
「城下の分は、市民がほぼ城壁に入ったままなんで良いとして、ポーラや東アルクス等の〝筋〟は、今、どういう警備体制にしてるんです? 俺はさっき此処に来たばかりだから、昨日から今に掛けて、行政幹部がどういう通達出したのか知らんのですが」
「ああ……」
そうか、とタオが軽く頷いてから答えた。
「一先ず、〝筋〟が生じた――というか、確認出来た段階で、各自治体が先に『爆発物が発見された時』と同様のマニュアルに沿って周囲を立ち入り禁止にしたそうだ。自治体毎に『どんな爆発物』かは異なるらしいが――」
そこでタオは東アルクスから来ているオリヴィアに視線を向けた。オリヴィアは、
「東アルクスの場合は、〝筋〟を中心にして『焼夷弾』が一個落っこってきた時に燃え広がる範囲、を想定してたそうですよ。まあ、理論上ですけどね、焼夷弾一個しか落とさない空襲なんざありゃしませんから」
「一個にしたって、結構な半径で避難させられた人が出たでしょう」
シダーがそう云うと、オリヴィアは軽く肩を竦めた。
「まあ、それなりにね? でも、ラッキーと云えばラッキーで、東アルクスの〝筋〟は――シダーさん、ご存知かしら?――中央広場の大時計台、その真上くらいだったんですよ。あの辺りは、どっちかったら『商店街』ですからね。だから、住居と兼ねて店舗構えてた御方やらお商売休業しなきゃならない方には不運にも慌ただしいことでしたけど、いちばん住宅の多い〝ネス地区〟に出てたら、公民館やらの避難所が足りなくなってたでしょうから、もっと大変だったわねぇ」
「ほう……」
「その後、本部からの正式な通達としては、それが可能であれば、半径五百メートル圏内で一般人の立ち入りを禁止。不可能な場合は、〝有毒ガス〟に備えたマニュアルに沿うよう云ってある」
「――それは『市民の安全のための備え』としてですよね。調査機関であるスプープのための通達はまだ?」
タオがオリヴィアに引き続いて云うと、シダーも続けて質問をしてきた。タオは、
「科学機関と公務魔術士が共同で、周囲をモニタリングするように云ってある。魔術士は各〈精霊〉〈層〉の異変、科学者には、気象状況や元素濃度、放射線量……等々。当然、〝筋〟そのものの形状や色等、変化が無いか、目視もな。それに、出現時の目撃証言も収集してる。変化があれば、状況に応じて避難範囲は広げるように」
「成る程。――抜かりがないッスね、流石タオさん。取っかかりが無いんだから、どんなデータでも集められるだけ集めたいってのは、俺も同感です」
シダーがニッと笑みを見せる。
タオにしてみれば「君は〝取っかかり〟を持っていないのか」というつもりで訊いたから――シダー本人にそのつもりが無いとしても皮肉な表情に見え、領主は軽く眉を寄せた。
「で、君は何か意見が無いのか、って訊いたんだよ、シダー君。君からしたら、その警備体制は、厳重すぎるのか、それとも甘いのか? 特に注目すべき収集データはあるのかないのか、無駄になる可能性があるからモニタを止めても良いものはあるのか無いのか」
「ですよね~……特に無駄なことをやってると、人材含めてコスト高だし。――しかしなぁ…」
少々ふざけた声色で相槌を打った後、シダーは眉を寄せてポリポリと頭を掻いた。
「それでも、俺も『良いんじゃないッスか』しか云えないですよ――『半径五百メートルの立ち入り禁止は大げさかも』とは思いましたけど、それでも俺にも根拠は無いし、適当なこと云ったと思われても不本意なんで、忘れてください。――これからのことを考えれば、そうやってモニタリングして『少しの変化も見逃さない』ってスタンスじゃなきゃ安全確保に問題があるし、っつか、そのためにやってることが結果的にスプープのためにもなるかも、っていう、『虱潰し』作戦しか、今は無いんじゃないッスかね」
「そうか……」
「強いて云えば――、かなり初期、かつ、意識して注視してたのは俺くらいだとしても、やはり、より初期、〝筋〟が生じた直後くらいに気付いた人、〝異形〟が出てきた時とその前後を、偶々でも良いからそれなりに見ていた人、そういう人を見つけて、どんなに些細でもいいから証言を集めること、それを念入りにするのが良いと思います。というか、俺自身がそれを渇望してると云っていい。俺が観測して得た情報とそれらの証言を『照合』したいんです」
「ふむ……?」
「出来たら、民間でも良いので魔術士、一般人でも〝意志の疎通〟かその手前まで行ってるような人、〈要素〉の僅かな乱れや異変を感じた人が居たら、それを具体的に知りたい。勿論〝出た〟瞬間は気付かんかったとしても、グロスの丘でごくごく初期の〝筋〟を見ているタオさん達も、その時のことを良く思い出して、教えて下さいよ」
少し身を乗り出してそう云った。タオは笑みを浮かべ、「解ってるよ」と頷く。そして、サンハルにもチラリと目線を振った。
「今の話だと、サンハル。君の〝その時〟の感覚も、シダー君には伝えて然るべきのようだぞ」
「そうみたいだな」
素直にサンハルが頷く。シダーが食いついて、今度はサンハルの方向に首を突き出した。
「マルッさんも何か見てたんスか」
「見てはいない。見てた君よりも〝筋〟や〝異形〟を確認したのは遅いさ。目視するまでは『感覚』だけだ」
サンハルがそう云うと、シダーは目を輝かせ、
「そういうの、逆に良い、マルっさん! 視覚から来る〝恐怖〟〝驚き〟っていう心理的なものが混じってないから、凄くデータとして興味深い!」
卓を叩いて「ヨロシク!」と云ってきたシダーに、サンハルが苦笑する。――その様子を見ていたリオンとアサギも「やっぱり似てる、この人」と俯き加減になって顔を見合わせた。
そしてディナムは口元に拳を当てて、〝マルっさん〟などと呼ばれている孫に「くく」と喉を鳴らした。
[5.3-5.6は、10:00/20:00の1日2回投稿にします]




