【day3】-[5]-(3)
「そういやあ、ほら、職種が違うから、そんなに頻繁に顔合わせる訳じゃあないんだけど、年近いじゃない。倅は親しくさせてもらってるみたいだわ。ああ、そうそう、メルちゃん本人と倅よりか、奥さん同士が結構仲良いのよ。あたくし、倅か嫁に、聞いてみましょうか」
「ふむ、そういうとこから繋いだ方が、メルちゃんも緊張せんで良いかもしらんなぁ」
〝メルティング・パイン〟へのツテを考えているようだ。
「メルちゃんって、腕は良いけど商売ッ気が無いっていうか、良い仕事出来りゃそれだけでいいって職人でしょ。シダーさんみたいな〝先生〟出身だからかしらねえ、『出来上がり』にしか興味ないっていうか。そんなもんだから、お大尽やらお役所やらが面白くない仕事持って来ても、腰が重いんですってよ」
「……まぁ、職人ってのはそんなもんさ」
「だからって、台所預かってる奥さんからすりゃ、堪ったもんじゃないわよ。腕が良い職人は、稼ぎも良くなくちゃいかんのよ、あたくしはそう思うわね。だって、そうじゃなきゃ後継が続かないでしょうよ」
「そりゃそうだ」
「だから、奥さんに先に話持ってって、お尻叩いて貰うの方が、余程話が早いかもしらんわね。何たって、お城からよ。元々シダーさんから頼まれて、自分でも興味持った仕事だった訳でしょ」
「ふむ……」
――そんな会話を小耳に挟んだシダーは、苦笑を浮かべる。商売ッ気の無い職人に商売にならない仕事を頼んでいたのが、彼女の云う「元々」である自分だ。それに〝国家予算〟がついて〝官製〟になるのは、単なる流れ――というより、タオのほぼ「思いつき」である。
オリヴィアは気付いていないようだが、間接的に小言を云われたようで、シダーは耳が痛い。
軽く首を振ってから、意識してバーナードとオリヴィアの声を耳に入れないようにし、メモ帳に視線を戻した。
メモ帳を見下ろし、既に文字を書いているページを何度も繰って見直している――そんなシダーの後ろ姿に、マッカンが一つ息を飲んでから、
「……ジェイ」
と声を掛けた。
「ん?」
とシダーが振り返る。マッカンが一呼吸ほど――迷うような間を空けて口を開き掛けた時に、会議室の扉をノックする音がして、ドアが開いた。
入って来たのはフーコーとサンハルだ。
シダーとマッカンも、そちらに視線が向かう。
「今のところ、スプープに急いで必要そうな情報は無いみたいだわ、タオさん。エグメリークの会見の整理は、外務と一緒にやってるみたい」
そう云いながら脇目も振らず、タオの元へフーコーが近寄る。手にしていた一枚の紙をタオに渡した。
「一応、今のところの〝箇条書き〟だけコピー貰ってきました。――どうも、良い報せになりそうよ、思ったより早く流優さんがこっちに集中出来るかも」
「ふん、そうか」
言葉通り、フーコーの声色は少し明るかった。
それを聞きつけて、シダーが――マッカンから声を掛けられて振り向いたのだが、自分にも疑問が湧いたので――小首を傾げて尋ねる。
「ツゥリー、――今、アエラ女史が云ったの、何だ? エグメリークの会見とか、リューが集中出来るとか……」
それを聞いて、マッカンは――自分が掛けようとしていた言葉を一度忘れるために――軽く首を振ってから、迷うような顔をしてアエラとタオに目をやった。
その視線に気付き、フーコーが「あ…」と微かに慌てた顔をして口元に手をやる。現段階でシダーは「一般の民間人」だ。彼が居るところで口にすべきではなかったか……?
タオは苦笑を浮かべ、フーコーに向かって手を振ってみせた。
「いや、良い知らせになりそうなんだったら、別にシダー君に云っても良いだろ――ハレとケで云えばケガレではあるが。どうせ明日明後日には〝新聞〟にも出るさ、いいよ、マッカン君、シダー君に説明しといてくれ」
マッカンにも顔を向けてタオが「どうぞ」というふうに手を差し出す。マッカンは軽く頷きを見せてシダーに向き直った。
「……簡単に云うと、エグメリークのオバハンがくたばったって広報があってな」
――フーコーの〝クソババァ〟ほどではないが、マッカンも「同級生との会話」という場面で猫かぶりを止めると、言葉がかなり通俗になるらしい。それでシダーも理解出来るのだから、「簡単に」終わらせようと思ったらその方が適宜なのだ。
シダーがパチパチと瞬きをする。
「マジか。それも、広報だって?」
「朝に、まずソレの第一報と会見予告の公式発表があってな。流石に会見場に入れる連中は限られてたが、録画映像をワイドに発信するとは云ってたんだ」
「ああ、じゃあ……情報部と外務で、それを今の間に纏めてたってことか。女史はそれを聞きに行ってたって」
「そういうことだな。タオ様の云う通り、近いうちに〝新聞の一面〟にも載るかもしれない。――流優様が思ったより早く集中出来るかも、ってことは、もしかすると、会見で〝停戦〟に触れたりしたのかもしれんな…」
そう云って、タオの手元にある紙に、マッカンがチラリと視線を向けた。
「ふぅむ…、だったら、そこまで『ガチのケンカ』は想定しない編成になっても良かったのかな」
シダーはそう呟き、自分の手帳を覗き込んだ。
マッカンが首を振り、軽く眉を寄せる。
「それは楽観しすぎだ。〝一番偉い奴〟が『戦争止めるよ』って云って直ぐに末端の『戦闘』が止むとは限らないんだから」
「まあ、そりゃそうか」
「それに、〝停戦〟が目の前に見えてるかもしれないからって、本当に『平和になる』まで待ってるのも、スプープにとっては暢気だ。君だって、早いとこバーナードさんやアサギ君達がフリュスに向かって、あっちのデータを持って帰って来て欲しいだろ?」
「ああ、それもそうだな。リューのレポートってのも早いとこ検討したいし…」
「? レポート?」
今度はマッカンが首を傾げる。
「あ、おまえは、そっちをまだ聞いてなかったのか。リンデンが云ってたんだけど……」
今度はマッカンが――シダーから「簡単に」説明を聞いて、彼もイムファルと同様、「ほう!」と目を輝かせた――。
サンハルも手に紙を持ち、タオとブランシュの方へフーコーと共に歩み寄っていた。――こちらは、冷静ではあるが顰めた声で
「こっちは、あんまり明るくない知らせだ。〝良くないこと〟が起きるかもしれない」
――タオとブランシュにだけ耳打ちするような格好で云う。「聞こえても構わない」くらいのことではあるらしく、バーナードやオリヴィア、シダーの耳を気にするふうは無かった。が、「貴方方に〝云っている〟つもりは無い」と示すかのように、彼らの方に視線は向けないままだった。
タオが目を細め、「何があった」と問う。
「特別な何があった、って訳じゃあない。ただ、サウバー山系の向こう側がきな臭い」
「――」
「サウバーの友軍からの連絡では、CFC軍の斥候隊が、尾根周辺でいつもちょろちょろしてるらしいんだが、『結局何がしたいんだ』って首捻るくらいに〝それだけ〟なんだそうだ、その後、本隊が動き出す訳でも無く。サウザーに関係ある最前線はそんな調子なんだが、……〝無知〟が探ったところだと、ウェシュタインの首都に駐留してるCFC連合軍と、吸収された旧共和国軍の軋轢がかなり深刻になってるようだ」
「ふん。……そりゃそうだろうな」
「アエラ。イムファルは、そっちのことは云ってなかったのか」
サンハルがフーコーに目を向けると、彼女は軽く首を振る。
「私はエグメリーク関係だけ教えて貰ったわ。そちらはテリーインさんにもう行ってる情報だから、私にも云うとダブるか、それとも混乱させるかって思われたのかもね」
「ああ……そうか。――それに加えて……CFC対旧共和国の図式だけじゃなく、CFC連合軍の中だけでも派閥が生じているらしい」
「何じゃ、それは? 派閥じゃと」
サンハルがタオに視線を戻して云うと、それを聞いたブランシュも眉を寄せ、サンハルに訊いた。
「元々の大義――サウザーへの侵攻・制圧を貫徹するつもりの派。それは当然ですが――対して、『本土』CCFCの方針に不満を燻らせている〝派〟が生まれています。それもまた、旧共和国政府官僚・軍と同調してUCFCからの解放を狙う派と、完全に軍事クーデターによる独立を目論む派とがあるようで。当然、民衆の方にもCFC、軍部への不満が積もり積もってますから、いつ大火事になっても可笑しくない火種が、ウェシュタインだけでも、幾つも生じてます」
「……? 随分、意味ありげな云い方をしたの、マルス君。ウェシュタインだけでも?」
「ええ。今云ったのは軍内部の派閥です。――CFC連合軍は、ウェシュタインだけでなく、CCFCからウェシュタインまでの間に制圧・吸収してきた自治体にも駐留しています。それらの旧政府や旧軍にもそれぞれ思惑があるでしょう。そこんとこ持って来て、同盟関係のエグメリークがああなりましたからね、動くのか、動くならいつか、各派に『機を見ている』者は多くあるんじゃないですか」
「……空中分解も甚だしいのぉ」
呆れたような声でブランシュが溜息混じりに云う。
思案げにタオが顎髭を扱きながら呟く。
「――難民とCFCの脱走兵が〝こっち〟に入ってくる可能性があるな……」
「……」
「一先ず、それも想定して備えておくよう、サウバーの友軍に告げる必要がある。それと、いつでも難民キャンプを張れるよう、サウバーからグロスまでの間でキャンプ地を策定しておこう。今駐留してる友軍との交替人員も含め、〈軍〉と〈魔術士隊〉で増員を頼む」
「了解」
懐から手帳を取り出し、タオが淡々とした声色で云いながら、白紙のページへ文字を書き付ける――内容は今話したことと同じだ。サンハルも厳かに頷いた。ブランシュも傍でこくりと頷く。
「今のうちにテリーインへ云いに戻るか」
サンハルが聞くと、ほんの少し迷う目を見せてからタオが首を振った。
「そろそろ〝昼飯〟が来る頃じゃないか? ルナールが手伝いに行ったんだが、彼女以外にも誰か来るならその人に頼もう。――そのために書いたんだ」
そう云って、タオは文字を書き付けた手帳の一枚を破って摘まむ。
「ルナールだけが戻って来たら?」
「その時は、誰か呼ぶ。君がそう何度も往復しなくていい、そうしてるうちにこっちの会議が滞り兼ねない」
――と、そんなことを云っている間に、再び扉をノックする音がした。反射的に皆がそちらを見ると、まず、観音開きの扉をアサギとリオンの二人が大きく開け、その間からワゴンを押してルナールとメランジュが入って来た。その後に続いて、ディナムと三つ子が戻ってくる。
タオがニッと笑って、
「ナイスタイミン。良かった、メランジュ君が来てくれたよ」
サンハルの顔を見上げてそう云った。サンハルも目だけで笑みを返す。
「お待たせを致しました」
そう云いながら、メランジュとルナール、それにアサギとリオンも手伝って、円卓の上に配膳を始めた。と云っても、一人にひと皿宛がう形ではない、椅子から腰を浮かさずに取れる程度の間を空けて、大皿を置いていく。お茶のグラスを、ルナールがさっきまで使われていた椅子の前に一つずつ置いていく。
立っているサンハルにタオが紙を渡した。サンハルはそれを四つ折りにしてからメランジュに近づき、
「メランジュさん、これをテリーインに渡して頂けますか」
と彼女に差し出す。メランジュは凛とした顔付きで、「畏まりました」と受け取る。
「さて、じゃあ、頂きながら喋るか」
とタオが宣言する。立ち上がっていた者達はわらわらと元の席に戻り始めたが――、
「ツゥリー、さっき何云いかけたんだ?」
自分の席を振り返ったマッカンの背中に、シダーが声を掛ける。
「そういや、おまえの方が先に声掛けてきたんだった」
マッカンは肩越しに振り返って、一息間を空け、首を振った。
「いや、後で良い」
素っ気ない声で返す。――シダーもあっさり、「ああ、そう」と返した。
メランジュがお茶のポットが乗ったワゴンを部屋の隅に持って行く。もう片方の空のワゴンを引きながら出て行き、一礼して扉を閉めた。それを合図にしたかのようにタオが再び、
「頂きます」
と宣言し、皆もそれぞれ「頂きます」と云ったり一礼したりして、やっと昼食にありついた。




