【day3】-[5]-(2)
「……そうなると、マッカン君にあれほどデカイ口を叩いたのに、君の『計算結果』は少々信憑性を失ってしまうぞ? 〈精霊〉の〝エネルギー〟を計る〈装置〉の開発に、〈実践者〉が全く関わっていないというのは、あり得ん。俺は、君のハッタリを信じてしまったのか?」
声色と表情を険しくしてタオが云う。機器の調整をしていたマッカンもチラリと顔を上げたが、今は口を出すのを堪えて自分の仕事に集中する。
シダーは「怖いな」とおどけた声を出して、やはり苦笑混じりに首を振った。
「いいえ。云ったでしょ、俺には、ハッタリを必要とする理由も無いんスから――ご心配なく、誓って、俺はいい加減な仕事はやってません。――実はコレ、四代目でしてね。あるいは〝バージョン4〟とでも云いますか。これで〝最終〟になるんかな、もっと改良出来るかな…」
「うん?」
タオが「どういうことだ」と目を細めた。バーナード達も「え?」と首を傾げる。――「四」という数は魔術士である自分達に縁が深いものではある……が――
「三代目までだったら、俺もタオさんに『計算結果』を、あんなに堂々とアドバイス出来ませんでしたよ。――今のコレでやっと、俺自身も信頼する精度を持った〝道具〟になってくれた」
手元の〈計器〉を眺めながら独り言のように云った後で、シダーが一つ息を吐き、タオに云う。
「――この〈計器〉の目的というか……、俺が必要としてた〝道具〟に求めてる役割って云った方が良いか――それ考えると、〈友〉や〈マスター〉に協力されても、却って困ることになりそうだったんですよ。〈魔術士〉は人それぞれで、〈力〉もそうだし人格とかも違うから、調整段階で〈要素〉の質にブレが生じる。もし四要素全ての〈友〉または〈マスター〉って魔術士が居るなら、その人に是非ともお願いしたいところだが、そんな人は居ないし、万が一居ても、雇うのに大金積まなきゃいかんでしょうしね」
「……ふむ? 俺でも駄目か? 俺は四精霊の〈友〉だが?」
タオが首を傾げると、シダーも悩ましげに首を捻り、
「〈土〉だけは〈マスター〉ですからねえ。やっぱ、ブレになりそうな気がする。第一、一研究者が個人的に使う道具のために、領主様にロハで協力してもらう訳にもいかんでしょうよ」
大げさに苦笑いを見せる。タオが軽く肩を竦めた。
「まあ、そういう理屈で――正式な〈魔術士〉である〈友〉や〈マスター〉を各要素で一人ずつ雇うくらいなら、〝意志の疎通〟で終わってるほうがよっぽど好ましかったんス。――で、タオさん、俺が〝そこ〟までなら〝行ってる〟ことは知ってたでしょ?」
「いや、しかし、四精霊全てで達成してたのはイムファルだったろ――……って、シダー君、きみ」
そこで、タオが目を見張り、バーナードやオリヴィアも「あらまあ」と驚いた顔をした。
――机上で機器の調整を終え、再び地図を壁に投影するため、一旦シダーの書いた線や文字を消そうとホワイトボードにイレイザーを当てていたマッカンも、びくっと耳をそばだて、思わず振り返る。
シダーは、マッカンの視線には気付かないまま、フッと笑みを浮かべたが、それは決して自慢げではなかった。
「〝学位〟取って研究室に入った辺りから、構想は練ってまして。暇見つけてぼちぼちと設計まではしたものの、『さて、どうすべぇ』と……ぺーぺーも良いトコの助教に、スポンサーなど付く筈もないッスからね。ダニエラ君が研究室に入ってきた頃だから、設計から二~三年経ってたかなあ、実験設備のメンテに来てたパインさんと、たまたま知り合うことが出来ましてね。話振ってみたらあちらも興味持ってくれたんで、ホンット『少~しず~つ』ですが改良重ねていきまして」
「……」
「――〝今のセンソー〟が始まるちょっと前に、〈水〉とのコネクトに至れましたんで、今の四代目がめでたく完成した訳です」
自慢げでも無く殊更苦労をひけらかすでもなく、シダーは相変わらずあっさり云って、目の前でその〈計器〉を軽く揺らした。
タオ達〈魔術士〉が、最早呆れた、と云うふうな顔を見合わせる。
「何ともはや……。〝かっ飛んだ〟理論を〝ぶちかます〟イケイケかと思いきや、そんな地道な面があるなんて、今更知ったよ、シダー君」
タオが溜息混じりに云う。オリヴィアもしみじみ頷き、
「ねぇえ、本当に。〝意志の疎通〟だって、頑張ってれば必ず成せるものでもござんせんよ、それも年を取れば取るほど難しくなりますのよ、もしかしたら死ぬまで出来ないかもしれないのに。それをまあ、若い頃に練った構想をそんな長い時間掛けて形にするなんて――形に出来ると思ってたなんて。貴方、本当にタオさんの云う通り、バカげて純粋な研究者でございますね、それ以外のこと、出来やしませんよ」
「――それ、褒めてるんですか? マム・オリヴィア」
シダーがプッとふきだして云うと、オリヴィアは大まじめに、「勿論褒めてますよ」と頷いた。それでまた笑ってしまう。
――シダーの背中を見つめていたマッカンが、脇に垂らしていた手をギュッと拳にする。それに気付いたタオがチラリと横目に彼を見たが――よそでやれと云ったのが自分だ。ふ、と笑みを浮かべ、タオは知らんぷりを決め込んだ。
マッカンは、何か振り払うように首を振り、再びイレイザーを使い始める――。
「ふぅむ……。つまり、その〈計器〉、きちんと四精霊全てに適応している……ということなのじゃな」
まじまじと〈計器〉を見つめ、ブランシュが呟く。
「ええ。察して頂けてるでしょうが、三代目は〈水〉に信憑性が無かった、ってことです。今なら、少なくとも俺自身は、俺の出した結果に自信を持ってます」
「それは、君にしか使えないものなのかね。分解されちゃ困る程、代替がないってことは」
「そうッスね。もう自分が使うことしか考えずに設計と最終調整してますから。それに、後の『計算』には専門知識が要るし…。――『三代目』までのも壊れず有りはするので、代替が全く無いって訳じゃないンスけど……、先に云いましたが、〈要素〉によって信頼性に難がある」
「ふむ……、汎用性を持った〈装置〉には出来ないものなのかね? ――それ、その『四代目』が〝全て〟の〈要素〉を計るとして、『三代目』までは〝欠け〟があるというなら、逆に、一つの〈計器〉で一つの〈要素〉、と振り分けることも可能なんじゃないかね? それなら、設計や調整ももう少し簡便になりそうじゃないか」
「……。出来るんなら、もう誰かが作ってると思いますけどね。俺、一応この〈計器〉の理論だけなら、論文を発表してるんです。――まあ、実物の設計は、内緒にしてるとこも多いですけど、その論文読んだなら、自分なりの設計で作ってみようと思った人が居ても可笑しくはないんスよ。でも、そんな製品が今まで出てきた様子が無いってことは……少なくとも、汎用性持たせた上で『生産』するには難がある、ってことじゃないッスかね。パインさんから、量産しても良いか、なんて訊かれたこともないし。俺みたいな物好きしかこんなの欲してなかったっつーか?」
一度目を細めた後で、シダーは肩を竦めながら云った。ブランシュは、「そうなのか」と相槌を打った後、
「そういう〈計器〉があるなら、中隊長あたりが持ってると小隊の編成時に役立ちそうな気がしたんだがなぁ……。〈精霊〉だけでなく〈力〉も見られるとなれば、一隊辺りのバランスがもっと良くなる」
「……。駄目ですよ、本物の〈魔術士〉、しかも〈軍人〉さんが、〝こんなもの〟羨んじゃ」
シダーは苦笑を見せてから、〈計器〉を懐に収めた。
「『実践者』である〈魔術士〉が存在し、見て、感じている〝世界〟を、外から解釈しようとしている『傍観者』が研究者です。どうしたって言葉には出来ないようなことを言葉に置き換えるための〈計器〉なんですから、それは絶対に『本質』ではない。この〈計器〉は、客観的で分かりやすい数字を出しはしますけど、それだけなんスよ。主観的なもの――『人格』や『勘』のようなものは、出ない」
「ふん?」
「例えば、閣下がこの〈計器〉を使ってバランス良く隊を編成したとするじゃないスか。でも、閣下御自身は『本当にこれで良いのか?』と疑問を持つのかもしれない。例えば、『この二人は絶対に一緒のグループに入れてはいけない』ってくらいにソリ合わないのを、もう判っている人物同士が、〈計器〉からのデータでは『理想』の組み合わせになっちまうかもしんないんスよ」
「……」
「そういう、もう傍から既に解ることだけじゃなく……、その組み合わせに閣下は、〈計器〉には絶対に出ない、長い人生で得た経験から来る『嫌な予感』みたいなものを、感じるかもしれない。そして、閣下の感覚の方が正しいのかもしれない。でも、客観的なデータが有る所為で、迷ってしまうかもしれない――そういうことッス。本当の〈魔術士〉は、こんなものを持たず・使わず、ご自分が感じるものを信じた方が良いです」
シダーの訥々とした声に、ブランシュが「成る程…」と呟いた後、首を振った。
「儂も耄碌したものじゃな。それが故に、儂の『勘』の方が外れることのほうが多かろう気がしてきたよ。全く、本気で引退しそびれたわい」
タオに顔を向けてブランシュが云う。タオも苦笑を見せて、「いえいえ、まだまだ頑張ってもらわなきゃ」とおどけた声で云った後、しみじみ続けた。
「そこが、シダー君に居て貰う意味と価値、そして、俺の最終的な裁量ってことですよ、ブランシュさん。俺自身が、シダー君の持ってる〈装置〉を使うのは危険。俺は彼から客観的な『資料』を貰って、自分の総合的感覚で判断を下す」
「ああ…、成る程、そういうことか」
耄碌したと嘆いたブランシュも、気を取り直して素直に肯んじた。
――タオはシダーに顔を向け、
「で、シダー君。〝筋〟を観測したのも、ソレを使ったのか」
彼の胸元を指さしながら訊く。シダーは頷いた。
「コレしか持ち歩きが出来ないので」
「……ん? そういや、さっきも何かそんなこと云ってたな。携帯できない『簡易じゃないやつ』もあるのか?」
「ええ、――でもそちらはまだ、『四代目』にはなってないんスけどね。俺が今『宿無し』みたいなものなんで、パインさんの工房に保管してもらってます」
それを聞いてタオは目をキラキラさせた。
「『簡易じゃないやつ』の方が、信頼性や精度がより高いのか」
「……ええ、まあ」
「じゃ、そっちも早く完成させよう! 勿論『汎用性』はそんな考えなくて良い、どうせ君が本部に居るんだ、君が使えば良いんだ。――それに、君が『手柄』を気にしないんなら、イムファルやマッカン君だったら使い方を知っても、別に構わないよな!?」
タオがまた興奮してまくし立てる。シダーも再び呆れた苦笑を見せ、
「そりゃまあ……」
「よし、一個政治的手続きの宿題が出てきたぞ、マッカン君、覚えといてくれ、シダー君の云う四代目の開発予算も載っけて通さなきゃいかん。先に見積もりが欲しいな、シダー君、パイン君に連絡取ってくれ――いや、君は他に『宿題』があるな、バーナードさん、オリヴィアさん、パイン君の連絡先はご存知ですか? 宜しければ、ちょっとその話をフッておいてください。そしてシダー君、君にスプープ付の研究者として何よりの宿題だ。さっき云った『観測結果』を出来るだけ早く文書にすること」
「畏まりました、領主サマ」
マッカンは「はっ」と凛々しい声で応じ、バーナードはオリヴィアと目配せを交わして「はあ、まあ、直の連絡先は知らんけど、職人仲間に声かけりゃ何とかなりましょうな」と暢気に応じた。そして、シダーはおどけた声色で恭しく頭を下げた。
「んじゃ、ブランシュさん、さっきの話ですけどね……」
興奮冷めやらぬまま――さっきまでは何を話していたのか知らないが――タオはブランシュに向かって話し始める。
もともと休憩時間中の雑談として始まった会話だ。タオがそういう形で「区切り」をつけたようなものだったので、バーナードやオリヴィアもそれ以上シダーに何事か話しかけることはなく、二人で顔を合わせてお喋りを始めた。




