【day3】-[6]-(3)
「今真っ先にやるべきは、『目視の限界点を特定すること』、そっちの『座標』を把握することだと思います。〝万が一〟が起きた場合にリオン君が云った面倒臭い問題を回避するため――難民キャンプ地の策定や決して越えさせてはならない防衛ラインの設定のためにも、それが必要です。……あの〝筋〟そのものが世界にどう影響するのかを考えれば、他国の状況も気になりますけども、現状で優先させるべき、同時にそれが可能である課題は、〝筋〟の位置というより、目視出来る位置を探ることだと」
マッカンはサンハルとブランシュにも顔を向けてそう云った。二人も「うむ」と頷く。――シダーが「…そういう意味か」と小さく息を吐いてから、マッカンの意見を支持するように彼の後に続いた。
「俺も、『アプローチ』として有りだと思います。タオさん達がグロスからの帰路、ある程度の位置まで来なければ城下のを把握出来なかったってことは、『目視の限界はあるらしい』ことが、分かってる訳だし」
「ふむ」
「その上で…、なのにタオさんやリオン君が実際に調べても良く分からなかったってんなら、かなり難儀な課題なのかもしれない。対して、その方法なら目視の交錯点を特定することで、取りあえず〝この世〟基準の座標が――地図にポイントが出来る」
シダーが、背後に投影された地図をチラリと振り返って云う。
「〝筋〟そのものの座標を特定する『方法』は、並行して研究するとして――、そっちでも答えが出れば、それこそ今タオさんが云った通り、いずれ他国で確認された場合でも応用出来ますしね」
タオが「ふむ」と鼻息を漏らし、思案げに頬を擦りつつ、しばし無言で物思いに耽る。
ブランシュが独り言のように
「成る程、最前線のことを考えると、CFC軍には『絶対見せられん』――……最悪のケースで考えて…〝筋〟が、結構な距離で良く見えるもんだとしたら、ウェシュタインからの難民は兎も角、CFC軍の連中には〈幻視〉とかで隠しちまうって手もあるわなぁ……。少なくとも、『しろうと』にも取りあえず――理解はされようがされまいがどっちでもいいが、こっちが説明は出来る程度に落ち着くまではなあ…。リオン君の云うとおりじゃ、〈軍〉という輩に『パニック』を起こされるほど、面倒臭くてややこしいことは無いからのぉ」
やれやれ、という溜息を漏らして呟いた。隣でサンハルが苦笑いを見せる。
「〈軍〉が『万が一』の対処法を模索するのは消極的ですよ、ブランシュさん。その通り、難民は置いといても――、〈軍〉は『絶対にサウバーを越えさせない』って初心を保たねば」
「ああ、それはそうじゃな――『どうするか』考えるのは、タオ君と偉い先生達に任せときゃええか」
ブランシュが喉で「かららっ」と笑う。――タオが軽く口角を上げた後で、
「となると――結局、グロスを後回しにすることは、出来んよなぁ…」
と呟く。
「最低限、〝筋〟が見えなくなる場所を特定せねばならん。――それも、より西でだ。となると……、難民キャンプ地の候補を探すのとサウバーの交替人員の派遣に、座標特定の任務も兼ねさせることになるか」
「完全に、民間人を行かせられる土地じゃない、行くんなら〈軍〉だ。――サウバーに駐留してる隊は、西に飛んでった〝化け物〟の姿は確認しているが、〝筋〟はこっちからの伝達で把握してるだけで、具体的には良く分かってないっぽいんだ。まあ、それもそうなんだけどな、警戒してなきゃいかんのが西だ、〝筋〟があるのはグロス草原――〝背後〟なんだから。今のうちにサウバーから、東側も観察させるか? ごく少数の人数ででも」
「う~ん、それはそれで危ないな…――もし、その場で振り返っただけでは見えないってことだと…後退してでも観察させるのかってことになっちまう…。それはやはり人員を増やしてからの方が…」
タオは腕組みをして渋面を作る。――その会話を耳にしたシダーが、マッカンの方へ身を乗り出し、小声で云う。
「……今の、それはそれで気になる話だよな。サウバーの隊が背後の〝筋〟を認識出来てないってんなら、少なくとも『高度』はそんなに無い。『月』や『太陽』ほどの距離は無いわけだ」
「――。可能性としてあり得るが、見え方が違うのは、位置だけの問題じゃなく、『角度』に因るって考え方もある」
マッカンが、それは云える、と頷きを見せた。が、他にも可能性があるなら反論するのが「学者のやり方」だ。「学者」は、自分も同感しても、それが〝正解〟と証明されない限り、「右に倣え」がなかなか出来ないのだ。
ん?とシダーが首を傾げると、マッカンは淡々と答えた。
「衛星の高さにひびの入った透明のアクリル玉が浮かんでる、とでも考えてみろよ。何処にひびが入ってるのかは知らないって状態で、――そのひびは、自分が居る位置によって良く見える場合もあれば全く見えないこともあるだろう。あるいは陽の傾き――つまり時刻――によって見えたり見えなかったりもするだろうよ」
反論されたシダーも素直に
「成る程、あり得る。――サウバーの友軍は、それが目の前、頭上に、あるのに見えてないだけかもしれない。対して、西側からこっちを窺っているCFCには――リオン君が云ってたみたいに――〝筋〟が見えてるのかもしれない、ってことか」
とマッカンに頷いてみせた。
「最悪のケースは月や太陽と同様『移動もしている』……だな。クソめんどくせぇ」
「やめろ。城壁前のを見る限り、今のところ『それ』は無さそうなんだから、置いとけ。――もしそうだとしても、そもそも今、座標が特定出来てないんだ。〝この世の視覚〟でだけでもソレが判明してから、監視し続けることが重要だ」
――サンハルと話していた筈のタオが、特にマッカンに顔を向けて彼らの話が終わるのを待っている。それに気づき、
「失礼しました、何か」
とマッカンが慌てて背を伸ばす。シダーも姿勢を戻して、円卓に向き直った。
タオは「いや、良いんだけどね」と軽く云ってから、
「視認出来る位置を調べる、ってだけなら、城壁前の〝あれ〟だけでも出来るだろうが――やはり、見晴らしが全然違うだろう? グロスもやっぱり、直接調べた方が良いよなぁ。二人はどう思う」
マッカンとシダーの二人それぞれへ視線を振って問いかける。
そうですね…と二人とも呟き、そして二人とも頷いた。
「〝ややこしいこと〟を避けるって明確な目的が出来たんスから、今となっちゃ、グロスが先でしょうね」
「仰る通り、グロス草原は見通しが効きますから、――城壁前だけでなくポーラや東アルクスのケースと比べても、視認出来る『距離』で云うと最大になるのではないでしょうか。グロスの資料が得られれば、他所でも安全対策や避難誘導の参考に出来るかもしれません」
「――見た目のっぺり黒いだけで大した違いがないように見えるけど……出てきた〝ばけもん〟は随分ヴァラエティーに富んでるみたいだし、もしや〝筋〟一つ一つに『個性』があるんだとしたら、一つの〝筋〟の理屈を全部に当てはめるのは危険かもしんないッスけどね。サウザーに出た分の中だとグロスの視認距離が最大になりそうなのは、俺も納得です。〈一般人〉、〈役人〉、〈軍人〉、〈魔術士〉、それらが近づいて良い『半径』出すのに一番分かりやすいのもグロスでしょうな」
シダーとマッカンが交互に云い、タオは「そうか」とこっくり頷いた。そしてサンハルに再び顔を向け、
「……という訳だ。〝筋〟の調査も兼ねる以上、交替人員、増援は〈魔術士〉隊員の率とバランスを一層重視して選定してくれ」
「了解」
簡潔にサンハルが頷き、後ろでルナールも文字を書く。
そこでシダーが、「ああ、そうだ」と何か思いついた声を出し、チラリとリオンを見た後、タオに云う。
「サヴァナにも〝それ〟は今のうちに頼んでた方が良くないッスか? ……交戦域に近い東からの観察が無理でしょうから、ちょっと曖昧にはなりますが、やらないよりはマシでしょう。サウザーだとグロスが一番見晴らしが良いってことになるでしょうけど、サヴァナはもっと平らですよ」
「……ふむ、それは云えるな」
シダーの提案にタオも大きく頷く。傍で聞いていたリオンも、「そうだなぁ」と感じた。
タオがルナールをちらっと振り返ると、ルナールは直ぐにそれもホワイトボードに書き付けた。
――やっと、と云うべきか、取りあえずの目的や行動が決まった。やれやれ、というふうにタオが首をグルリと回す。
それで他の皆も「今日の会議は取りあえずお開きか?」と思いかけたが――扉をノックする音が聞こえた。
イムファルに「何か役立ちそうな情報が入ったなら直ぐ教えろ」と云っていた、それか?とタオが微かに目を輝かせて扉に目を向ける。
が、ノックの音に続いて聞こえたのは、
「外務部のコルトです。宜しいでしょうか」
という声だった。――露骨にガッカリしてはなんなので、タオが俯く。
いや待て待て、アエラがさっき、外務と一緒に纏めてると云ってたぞ、と思い直して「どうぞ」と答える。――が、「外務のコルト君」は、会議室にちゃんと入ってくることはなく、扉のノブに手を掛けたまま半身だけ覗かせ、
「フーコー部長、ちょっと、宜しいですか」
と恐縮そうに云った。アエラ・ヴァン・フーコーは少々驚いて目を見開き、「えっ、何?」と云いながら腰を浮かせた。――アエラを名指して「呼び出した」のだから、「情報部と一緒に纏めていたスプープに役立つ情報」ではないのだ……、再び、タオが小さく俯いて溜息をつく。
フーコーが一度会議室を出て行く。残された者は、自然と扉に目を向けた。――扉の向こうから微かに、「はっ? 何ですって?」とアエラの高い声が聞こえた。いよいよ気になり、皆して扉を注視し、黙って彼女が戻ってくるのを待つ。
五分はしない間にフーコーが入って来て――何となく顔をしかめて、タオにツカツカと近寄った。そして彼に耳打ちをする。
タオは一瞬目を細めてフーコーを見上げた後、――何故か、リオンとアサギにチラリと視線を向け、薄笑いを見せた。
アサギとリオンが「えっ、何だろう」と焦った顔を見合わせる。
タオは、殊更呆れた声を出して、
「アエラ、おまえ、それを俺にだけ耳打ちしてどうする。今は君も領主代理なのに、俺だけに可否を問うのか? 俺が可否を回答するまえに質問をしたとして、それに答えられるだけの詳細を君は今、聞いてるのか? コルト君との間をまた、往復すんのか、君が」
フーコーは、うっ、とたじろいで身を引く。
タオが苦笑し、
「コルト君を中に入れなさい、直接聞こう。――もしや、彼も伝達だけを誰かから云われたんだったら、直接分かる人を今すぐ呼べ」
そう云って扉の方に指を振り、マッカンが使っている机――ひいては内線機器――も指さした。
畏まりました、と慌てて、フーコーが再び扉に向かう。
……ああ、今のタオの目配せはそういうことか、リオンとアサギが俯き加減に顔を見合わせて苦笑する。昨夜云っていた、「又聞き」の実例を見せられたのだ。タオはタオで、「昨日の今日」とでも思い、此方に顔を向けたのかもしれない。




