【day3】-[4]-(3)
いや失礼、と、片手で口を覆い、逆の手を掲げて、サンハルがシダーに向かって云う。
「……それは俺が断言する。シダー君も既に分かっているだろうが、リオン君はとても〝素直〟だから、ふて腐れはしても否定はしないさ。したら、それは嘘だ」
シダーも、ふふっと笑い、「でしょうね」とサンハルにまず答えた。――案の定、リオンは、「そんなことない」とは云わないが、下唇を突き出して拗ねた顔をしている。
まあ、機嫌を直せよ、とシダーはリオンに手を掲げて見せた後で、真面目な声で云った。
「〝世界〟全体で云えばな、〝食うか食われるか〟は『真理』『摂理』と云って良いかもしれん」
「――でしょ?」
「だが、食ったら食われるのも『真理』と云える。だから〝巡る〟」
「……」
何だか煙に巻かれているような気分になってきて、リオンとアサギが困った顔を見合わせた。シダーは、声色を変えずに先を続ける。
「そして、魔術士は、食わせることが出来るんだ」
若者二人が、今度は目を見開いて顔を見合わせた。そして、先を促すような顔をして、シダーに顔を向ける。
「魔術士は、というより、『他の動物と違って人間は』、とも云えるけどな、それはまあ、魔術に限らない『人道』とかってセンチメンタルな話になってくるんで、魔術研究者の俺が云うコトじゃない。〈精霊〉の相克関係をダイレクトに利用するのは、やっぱり魔術士だから、そのつもりで云うけども…」
「――」
「――細かいとこ……効果の違いや程度の差はあるが、〈風火水土〉全ての〝要素〟に〈治癒術〉と呼ばれるものがあるのは、食わせることも可能だからだ。しかも、〈治癒術〉はそれを施す対象を選ばないだろ? 〝克し克される〟関係が一方的だったら、克される者が克す者を、克す者が克される者を、『癒やす』ことなど出来なさそうなものなのにさ。――それは、〝食うか食われるか〟が単なる『強者・弱者』を意味しているのではなく、それに加えて〝食わせる〟ことも可能だからだ、と――少なくとも、研究者が傍から分析して〈術〉を体系化していった時の『説明』……理屈は、そういうことになってる。な、ツゥリー?」
――和解の握手こそまだしていないが、シダーはこともなげに、背を逸らすように振り返ってマッカンに同意を求めた。
マッカンも、若者二人に向かって大きく頷いて見せた後、
「かみ砕いて云えば、だけどね。――研究者が使う『専門書』では、もうちょっと捻くれて小難しい言葉遣いをしてるよ」
と苦笑も見せる。シダーも「まあ、それは否定できんな」と肩を竦めた後で、先を続けた。
「〝食わせる〟という発想――それは、具体的な〈術〉だけの理屈じゃなくて、常の心構えでも云える。というか、〈術〉そのものは覚えれば使える、という意味で『表面的』だ。所謂『はぐれ』『もぐり』は、先ずそこんとこが、表面的ってのも言い過ぎなくらい、浅薄、狭小なんだよな。重要なのは、覚えた後の修業もそうだが、根っこの『心構え』の違いで、効果に変化が生まれるってことだ。また、具体的な〈術〉を使わない時でも、其処にただ存在している者の心構えだけで、一つの〝小さな世界〟の巡りは変化するんだ。――つまりだな、リオン君。〝克される者〟から見て、〝克す者〟は、ただ『恐いもの』ではないんだよ。ちと感傷的な云い方になるが――好意や善意、もっと大げさに自己犠牲心や利他的意志を持って、〝克す〟側に敢えて向かっていくと、〝克される〟側だからこそ出来るサポートやバックアップ、その仕方もあるんだ。――勿論、そのためには、元々の〈力〉の釣り合いも関係してくるし、その時々の体力や精神力、健康状態も影響してくるんだが……少なくとも、『苦手意識』を出来るだけ捨て、〝克す者〟から逃げるんじゃなく、せめて立ち止まることだけでも出来れば――今回の場合、君は、チョウ君のパフォーマンスを落とさずに居させるための『キーマン』であり得るのさ」
「――」
「そうは云っても、やはり――重ねての言葉になるが――それぞれの実力とかその時の環境・状態も影響する。〝克し克される〟関係が、〝食うか食われるか〟ですら無く、単純に〝削り削られる〟関係にしかならないことだって当然ある。――これは、『敵』に対して〈攻撃〉する時に〝基本〟となる有り様だわな。だが、より上級・応用の効いたすげぇ魔術士には、〈攻撃〉に際しても〝食う〟〝食わせる〟を上手く使える人も居るよ――克す側が克される側に必ず〝勝つ〟とは限らないのも、単純な〈力〉の違いだけじゃなく、それがあるから、と云えるね」
彼の言葉を聞いて、アサギがリオンに、
「――グロスの丘で、チョウさんの具合が悪くなったときに、タオ先生はそれを仰ってたんですね。『バランスが良ければ』、リオン君はチョウさんの〈力〉を上手く上げられるんだけど、って……」
そう耳打ちした。リオンはアサギに頷きを見せる。
「あの時、リオン君はチョウさんに〝食わせる〟ことが出来る状態ではなく、チョウさんも、〝食う〟のじゃなく〝削る〟ことしか出来なかった……?」
自分にも説明するようにアサギが呟く。リオンはそれにも「うん…」と応じた。
「俺がサンハルさんから〝やられた〟のも、多分、ソレなんだ……。云われてみたら、そんな気がする」
若者がコソコソと交わしている会話がシダーには聞こえていないが、その内容を気にすることも無い。
「……まあ…、俺がこういう理屈で云わなくても、『はぐれ』やら『もぐり』やらは兎も角、〈魔術士〉は、全く無自覚のうちに、それが『出来てる』ことの方が多いんだけどね…。それでもやっぱり、魔術士じゃない者と比べれば、魔術士は〝克し克される〟関係に、無意識のうちに敏感だから、ちょっと云わせてもらったよ」
リオンが、シダーの方に顔を向け、彼にコクッと大きな頷きを見せた。そして、
「はいっ。良いこと教えてくれて、有難うございました、シダーさん! 俺、頑張ります」
円卓に両手をつき、深々と頭を下げる。シダーはきょとんとした後、笑みを浮かべた。――この子は、「凄く良い子」だ、そんな素朴な言葉が、思わず頭に浮かぶ。
「チョウさんも、宜しくです、俺、頑張るんで!」
チョウにも顔を向けて、リオンが声を張った。――そこでやっと、
「そんなに気負う必要は無いよ――宜しく」
チョウは表情を緩ませてそう云い、リオンほど深くは無いが会釈を見せた。
――いつの間にやら、タオを始め皆が自分とリオンの方に集中しているのに気付き、シダーは何か振り払うように手を振った。
「すんません、結局会議を滞らせてしまいました」
そう断ると、バーナードが「いぃえぇ!」と驚いたような声を出して、少しばかり身を乗り出しながらシダーに云った。何となく目が輝いている。
「いやあ、流石に偉い教授は違うですなあ! 成る程、勉強になりましたわい。そうか、『食わせる』、いやあ、成る程ねぇ」
「ねえぇ、〈マスター〉のあたくしも、仰る通り、そんなふうに『言葉』で『自覚』出来ちゃあござんせんでしたよ。『ガッ』と来て『しゅぱっ』として、ふわっとしてサッとやる、なぁんてことしか云えませんわ、あたしは」
「オリヴィアさんよ、そりゃァあんまりだろう」
同じく感心した口調でそんなことを云ったオリヴィアに、バーナードが流石に呆れた声で云う。
シダーは苦笑を見せた。
「研究者は言葉で表して外に出すのが生業だからってだけですよ。〈魔術士〉は別に言葉にしなくても、自分だけ分かってて実践が出来れば、それで良いんです」
「そうは云ってもねえ、タオさんやディナムさんみたいに、言葉が凄く上手な御方も居られるじゃない? 若い人からすれば、やっぱりそういう御方のほうが『お師匠』としては宜しいでしょうねえ」
「それはもう、お互い様で個々の性質の違いッスよ。〈魔術士〉がそうであるべきかどうかは全く関係無い。講義の上手い師匠が居たとして、それを受け取る弟子の側も、言葉で教えられるのが得意かどうかってのもあります。言葉だったらどうしても理解が出来ないって子もきっと居る。逆に『実行』のほうが教えやすい師匠、理解しやすい子も居る。一言で云えば相性に過ぎません。――オリヴィアさんやバーナードさんは職人だから、そっちでなら解るでしょう? 『言葉』で説明を求める弟子に、『職人の技術は見て盗むもんだ!』って云い放つ頑固な師匠は、今でも沢山いらっしゃるんじゃないですか?」
するとバーナードとオリヴィアは顔を見合わせ、「あぁ~あ」と大げさに納得の声を出した。
「な~るほどねぇ。そう云われてみたら、『実践者』は必ずしも、『言葉』で表せる必要は無いですわ、〈魔術〉も同じなんですな」
「そういうことです」
バーナードが腕を組んで「うんうん」と頷く。――自分と会話しているのではないから黙ってはいたが、リオンも「あ~、分かる」と傍でこくこくと頷いた。サヴァナの親方には、「口が達者」な者も多いが、それが「教え上手」とは限らず「口下手」も多い。
――今度はバーナードが、
「おっと……、失礼。儂がまた脱線させちまいました」
そう云ってタオに手を翳して、軽く頭を下げた。
タオは苦笑を見せた後で、
「いや、誰の役にも立たない話をしている訳じゃないから、良いでしょう。――取りあえず結論として、サヴァナとフリュスに派遣する編成は出来た、と思って良いですな? サヴァナの方の〈土〉をどうするかは、俺に最終決定を任せて貰えますね?」
――異論は出なかったので、
「よし。それじゃあもう、一区切りが付いたと云えるから、今のうちに昼食の休憩を取ろう」
パン、と手を鳴らしてそう宣言した。後ろのルナールを振り返り、
「ルナール、メランジュ君と話したんだろ? 今日の昼食の献立は何つってた?」
「避難所も同様ですが、厨房からは、パンとピクルスにチーズかサラミを添えると聞いているそうです。そういう献立ですから、こちらの会議室には、サンドイッチにしてお持ちしようかと仰ってましたが、どうなさいます?」
それを聞いてタオは、「おお、そりゃ有り難いな」と云った後、会議室に居る皆を見渡した。
「どうだろう。俺達のための昼食はこれから準備ってことになると、それなりに時間が出来る。今からは取りあえずお手洗いとちょっと一服の休憩ってことにして、会議の続きは『食いながら』ってことにしてもいいんじゃないかな。――そういうバタバタした食事は嫌だ、業務と食事はキッチリ分けたいから食堂でフォークとナイフを使いたい、という方は居られますかな?」
そんなことを訊く。――今此処に居る者の中に、そこまで几帳面、あるいは優雅な人物は居ない。代表してディナムが苦笑混じりに、
「否、別に、食べられるだけで幸いと思うべきじゃろうよ。構わぬよ」
と答えた。異論も出ない。
「じゃあ、ルナール。メランジュ君に伝えてくれ。では、一旦解散!」
と、タオはもう一度、パンと手を叩いて腕を広げる。




