【day3】-[4]-(2)
バーナードが少々困った顔をして、
「いや、そうは云っても、今はただの隠居バァさんですよ。畑に虫が付きかけた時に診に行くとか、薬草摘みの手伝いとか、樵についてって斧を入れる場所をアドバイスするとかってぇ、都会の〝派遣所〟の人と比べりゃ暢気すぎる仕事しかしてこなかったですしな」
小首を傾げつつそう云った。シダーが苦笑を浮かべ、オリヴィアとバーナードの二人に声を掛ける。
「……でも、〈魔術士〉ではあるんですな? 成る程、奥方様がフリュスに同行しないならそれはそれですが、するなら〝釣り合い〟はどうなるのか、マム・オリヴィアは、それが気になった?」
「ええ、その通りでござんす。あたくし、プリシラちゃんがどなたの〈友〉や〈マスター〉なのか、生憎存じませんでしたんでね」
――オリヴィアは〈精霊〉に〝どなた〟なんて代名詞を使う人なのか――と、表情には出さないが内心で少々驚きつつ、そうですか、とシダーは納得する頷きを見せた。
改めてバーナードと目を合わせた後、タオ達にも視線を巡らせると、シダーは少々真剣な声になり、
「バーナードさんの奥方様が〈水〉の魔術士であるのなら、同行をおすすめ出来ません。〈マスター〉なら尚更、〈友〉であってもです」
それを聞いてタオも――他の者も、「そうだろうな」と頷きを見せる。先ほど既に、「今の段階で〈水〉が一番強い」と云っていたから、これ以上「足す」のは止めておいた方が良いだろう。
「当然、〈火〉なら理想的なんだろうな」
タオが軽く云うと、シダーはあっさり頷いた。
「その通りッスね、チョウ君のパフォーマンスのためには。――次点としてバーナードさんと同じ〈土〉。――〈風〉は、バーナードさんを〝克す〟ので、『巡り』が良すぎて避けた方が良い」
「で、バーナードさん、奥様は〝何〟の〈魔術士〉で?」
タオが訊くと、バーナードは、
「〈土〉の〈友〉ですよ」
と肩を竦めながら答えた。
「まあ、だったら良いじゃござんせんか」
オリヴィアが明るい声で云う。タオが軽く片方の口角を上げ、
「……バーナードさんに、連れて行きたくない意志があるんなら、それも尊重しますけど?」
意地悪くそんなことを云うと、バーナードは慌てて顔と手を振る。
「いいえぇ、そんなこたぁ無いですよ! いやぁ……、他に若い御方も一緒だってのに、年寄りが一番『旅行気分』じゃあ、示しがつかんというか不謹慎というか照れくさいというか……そんな気がしとるだけですよ。まあ、カミさんのほうが、そんな堅苦しい仕事がてらは嫌じゃと云うかもしれんですし、置いてけぼりにしたって多分、城下のような都会で過ごすだけでそれなりに、退屈はせんと待っておられるでしょう」
「そうですね…。さっき仰ってた話では、〈魔術士〉と云っても『戦闘』関連の案件に携わった経験が一切無さそうですし、〝最悪の事態〟を想定するなら、城下に待機してもらってたほうが安全ではありますね。――『ファーストレディ』が同行するのが本当は好ましいのもそうなんだろうけど……フリュスの司祭殿も独身ではあるしなぁ…。まあ、何にせよ、今決めたメンバーは変更無しで、バーナードさんの出発までに奥方様が到着するようなら、その時意志を訊くことにしますか」
頬杖ついて考えを整理するような独り言口調で云った後、タオは最終的に全体に向かってそう提案した。皆「それで良いんじゃないか」という顔をしている――アサギが一人だけ、俯いて微かに眉を寄せていた。が、「異議がある」という訳では無いので、自分の表情を消すように軽く頬を擦ってから顔を上げた――。
「じゃ、フリュスのほうも一旦決定」
タオがそう云うと、ルナールが「フリュス」と添えた枠線を改めて太くなぞった。
じゃあ、次の議題は…とタオが手元の紙を見下ろして「どうしようかな」と悩む間を空けていると――シダーがふと、「しかし…」と呟いた。今度は何だ、とタオも顔を上げ皆が目を向けたが、彼は「会議での発言」をするつもりではなかったらしく、リオンに顔を向けて、軽く彼を指さした。
えっ?とリオンが背を伸ばす。
「……バーナードさんの奥様が同行するとなっても〈土〉だから、あんまり影響は無いんで考えなくて良い。それを踏まえて――ちょっと忠告のつもりもあって、リオン君、君に確認しときたいんだけどさ。今、ちらっとだけ云ったが――フリュスの方の編成は『〝世界〟が出来上がっている』ことと、『上手く巡らせる』ことを、互いが意識する必要がある。リオン君、君は今まで、そういうのって、意識したことあるかい?」
「……?」
リオンがきょとんとして首を捻る。――これは、俺の問いに否と云っている訳じゃ無く、俺が何を訊いてるのかが全くピンと来ていないだけだな、と察して、シダーはリオンに微苦笑を見せ、
「――〈魔術士〉当人は、自覚しないまま『出来てる』場合があるからな……アエラ」
顔の向きを彼女の方に変えて声を掛けた。――彼がフーコーをファーストネームで呼び捨てにしたので、また、フーコーのほうもそれで気を悪くした様子がないので、リオンだけでなくアサギも「おや」と目を見開いた。そういえば、彼女の先ほどのアクションと、それに対するマッカンとシダーのリアクションを思い出してみても……かなり親しげだった。シダーという人は、「幹部」との人脈が、若いうちに出来ているらしい。
「サウザーでの、リオン君の指導者は、君なのか?」
「いいえ! ――そりゃ、時間が出来た時にちょっと見てあげることはあるけど、師匠だなんて、そんな図々しいこと云えないわよ。それはやっぱり、〈軍〉の誰かじゃないの?」
大げさに首を振って、フーコーがブランシュやサンハルの方へ視線を向ける。シダーもそちらを向いたが、サンハルは苦笑して首を振った。ブランシュも肩を竦める。
「今此処に居る俺の直の弟子は、チョウだけだよ」
「儂も〈風〉ではあるが、結局今の今までリオン君と顔を合わせてもおらなんだからなあ、彼の実力は知らぬよ」
そこでギンが、今度はおずおずと小さく挙手した。
「あの~…、実際のところ、リオン君の訓練の際、一番一緒に居る〈風〉の術士は――今此処に居るかどうかは問わず――多分、僕だとは、思います。指導っていうかアドバイスみたいなこともやってます……が?」
シダー達の視線が一気にギンに向く。ギンは慌てて、挙手した手ともう片方も一緒に、胸の前でぶるぶると振った。
「や、でも、僕が『師匠』だなんて、あり得ないです。だったらアエラ師匠の方が余程そうですよ、僕は『兄弟子』が精々じゃないですかね。そうじゃなかったら、師はやっぱり、〈風隊〉のヤーン隊長ってことになると思います」
表情も慌てて、ギンはリオンの方へ向け、「ね?」と同意を求めた。
リオンはギンに頷いて見せた後、
「うん……でも俺のキモチ的には、フーコーさんも師匠だと思ってるよ?」
彼女の方へ向いて、あっさりとそう云った。――アエラ・フーコーは、きょとんとした後、やけに大げさに顔をしかめ、そっぽを向く。
その態度に、
「そんな照れなくてもいいじゃないか、アエラ」
と云った後、口を開きかけた彼女の反論は待ってやらず、シダーは、そのままリオンに語りかける。
「今、君にちょっと念を押したいことがあるだけだから、ヤーンさんから話聞いて後でってのも間が抜けてるんだよな――じゃあ、君にその意識をしたことがあるかどうかは置いといて、研究者の俺が、客観的というか――座学的に『理論』を説明さしてもらうけどね」
少し真面目な声になってシダーが云う。リオンは居住まいを正して、「何スか」と返した。
「フリュスに向かう編成で、優先させておきたい能力は〈火〉のチョウ君。しかし、往路は兎も角復路――流優が入った後は、〈水〉が一番強くなるので、チョウ君のパフォーマンスは、少し落ちる可能性が有る。が、〈土〉のバーナードさんはかなり『力持ち』だから、〈水〉の、〈火〉に対する――こう云っちゃなんだが悪影響は、そこまで気にしなくても良い。また、〈風〉である君が、いくら〝世界〟が巡る編成でもバーナードさんの〈力〉をどうにかするほどの――気を悪くせんでくれよ――パワーを持ってはいない」
「……はあ、まあ、実際そうだと思うんで、気分が悪くは無いッスけど」
リオンが軽く肩を竦めただけであっさり云うと、シダーが「ほう、そうか」と目をぱちくりとさせてから、――何だか薄笑いを浮かべた。
「『気を悪くしないくらいに』『実際そうだと思う』ってんなら……、やっぱりちょっと、君、自分が無関係のつもりで居るんじゃないか? ――実は、この編成で、チョウ君のパフォーマンスをベストに近く保つためのキーとなるのは、リオン君、君なんだよ?」
「はっ? ――えっ?」
改めて指さされて云われ、リオンはきょとんとした後、びしっと背筋を伸ばした。
「な、何で俺が?」
実際、シダーの云う通り、自分はおみそのような感じがしていた――正確には、ちゃんと思っていた訳では無く、シダーから云われて初めて、そんな気がしていることに気付いた――。
だが、シダーは、リオンが「キー」などと云う。
シダーの表情が、何となく意地悪かった薄笑いから、「先生」のような真面目ながら頼もしい微笑みに変わる。
「君は、〝克される〟という関係性を、ネガティブ、マイナスの意味でしか、意識してないんじゃないか? 〈風〉は〈火〉から〝克される〟関係だから、自分の方がパフォーマンスを落とすことはあっても、チョウ君のパフォーマンスを自分が左右することは無い……と?」
「――違うンスか」
「違う。――世界全体の〝要素〟バランスで考えれば、克し克される関係が恒久的に続いていて、パワーバランスも常に波打っている。それは翻って、パワーバランスが常に〝平均的〟だということになるんだが、魔術士はそうじゃない」
シダーが、手で「波」を表しながら云う。――リオンだけでなく、アサギも真剣な目つきになって耳を傾けた。
「〝克される〟ということは、自分が相手から『削られる』ということではないんだよ――『削られる』んじゃなくて、『食われる』」
「……」
それを聞いて、リオンは少々戸惑いの表情を浮かべ、――彼も聞いていたらしいので――アサギに、「あんた分かった?」というふうな目を見せた。アサギもいまいち分からなかったらしく、困った顔をしている。
「君達は、〝食うか食われるか〟という昔からある言葉も、ネガティブな意味でしか理解出来ていないんだな。少なくとも、俺みたいに、『言葉』では云うことが出来ない」
「いやあ……ネガティブっていうか、実際、そうでしょ? 仮に鼠が山猫から狙われてるとして、鼠が食われる者、山猫が食う者、って立場は変わんない――でも、山猫が鼠を必ず食えるわけじゃない、俺が『鼠の立場』になったって、ネガティブに諦めて、ただ食われるのは御免ッスよ、必死に逃げます。だけど……〈精霊〉の〝克す〟方向は、絶対的なもんじゃないスか。〈風〉の俺が〈火〉から〝克される〟のは、もう分かりきったことで――それが『削られる』じゃなくて『食われる』だなんて、云い替えられただけじゃ、俺、良くわかんねえッス」
リオンがたどたどしく反論し、表情は困ったままで頭を掻いた。
そんなリオンにシダーは苦笑を浮かべ、
「……君は、相当〈火〉に〝苦手意識〟があるな? その自覚ならあるだろ」
そう云うと、リオン本人の答えより先に、サンハルが「ふっ」と思わず吹き出していた。




