【day3】-[4]-(1)
途中と云いつつ、「終わりかけ」ではあったのか、二分もすればシダーはペンを置いて顔を上げた。
「結果は?」
タオが訊ねると、シダーはメモ帳を右手に眺めて、左手で頭を掻きながら、
「……完璧、理想的と云えるほどじゃないですけどね……、リューが化け物じみた成長をしてるとかじゃない限り、問題の無い編成じゃないッスかね」
そう云った。――それを聞いて、チョウが思わず俯き、口元を覆って小さな溜息をついていた。
「サンハルさんが云ったとおり、俺が思ってたよりもかなりアサギ君に〈力〉があったので、リューが加わったら『どうかな』と、不安が無くは無いって感じなんですが……。これも仰ってた通り、『性格』が原因ですかね、持て余してる……というのとは違うな、押さえつけてるというか、生かし切れてない感がありますね。良く云えば、『潜在能力は高い』。でもまだ、『宝の持ち腐れ』で『恐るるに足らず』」
あっさりと随分なことを云う。サウザーに於ける「師匠達」、タオやサンハル、フーコーにルナールは、視線を交錯し合い苦笑を交わした。――当の本人は、恥ずかしげに俯いてしまう。
それを見たシダーが、彼に指を突きつけ、
「そういうとこ」
またしてもあっさりと、それだけを云った。
アサギがびくっと目を見開いて、今度は狼狽の表情を浮かべたが、シダーは直ぐにタオに向き直る。アサギの隣でリオンが軽く彼の肩を叩いた。
「〝そういうとこ〟って、鋭いとこ突くな、あの人。――何俯くことあるんだよ、褒められたって喜べよ、アサギ。そうじゃなきゃ、『何をぅ』って思うとこだろ」
呆れた苦笑混じりにリオンが云うと、アサギもぎこちない苦笑を返した。
「――で……、俺の持ってるリューのデータが古すぎて、現在とよっぽど開きがあるってんなら、アサギ君にあいつが加わると、ちょっと……マズいんですが…」
俯き加減になっていたアサギが、シダーの独り言めいた声で、顔を上げる。今度は、「彼女」でもなく、「あいつ」とは……。
そういえば、昨夜タオが、流優は「研究者」としての一面を持っている、と云っていた。全く知らなかったけれども、流優は実は、シダーと親交があるのだろうか?
シダーが、「どんな感じですか、最近のリューは」とタオが座っている方向へ目をやる。タオに限らず、最近の流優を知っている人なら誰でも良い、というふうに、ざっと視線を巡らせた。
ルナールとフーコー、サンハルとタオの四者が互いに視線を交錯させた後、やはりタオが口を開いた。
「君が持ってる〝データ〟っていうのは、いつ頃の彼女のことだい」
「……え…と…。この――十年、以内、ですかね」
少々云いよどんだ上に曖昧な云い方をしたシダーに、タオ達はぴくっと目を細める。
タオが意地悪く片方の口角を上げた後、
「〝ツッコミ〟はしないでおこう。――無論、この十年で流優が衰えているということは無いが、君の云う『化け物じみた』成長をしている印象も無いよ」
そう云って、ルナールを振り返った。彼女は小さく頷き、シダーに顔を向けてタオの後に続く。
「流優さんは私と年齢がそう違わない割りに〈マスター〉の号を得たのが相当早くてらっしゃいますが……。〈力〉だけなら、私にはそれほど彼女から引き離されている感覚はありません。お若い頃はいざしらず、〈マスター〉になってからの成長率という観点だと、流優さんはそれが緩やかな方なんじゃないでしょうか――参考までに、私とも『握手』をしておかれますか?」
ルナールがシダーに向けて手を差し出す。シダーは、胸の前で手の平を見せ、
「いえ、それなら結構です、大公。ありがとうございます」
丁重に云った。
タオに向き直り、
「となると、アサギ君がフリュスへの往復で、よっぽどドラマチックな『開花』『覚醒』でもしない限り、ッスね。今の計算結果――リューが入った後の予測では、実際、〈水〉が一番強くなるんで、チョウ君の『ベストパフォーマンス』は期待出来ないんですが、幸い、〈土〉のバーナードさんが居るし…。こちらは、自分達の編成が『世界』を構築していることをちゃんと認識した上で、四者が互いに気を遣えば、上手く巡らせることが可能でしょう。サヴァナ側の編成に〈土〉を入れたケースよりは、確実に『良い』です」
「ふむ…」
タオが軽く髭を扱き、何か考える顔をする。
――チョウが自分では絶対に云わなさそうだったので、代わりに云ってやろうとお節介を思いついたギンが――自分自身の好奇心や疑問も当然あり――、軽く手を挙げた。
「シダー教授、僕からも質問良いですか」
ケンとチョウを挟んでシダーが居る、ギンは腰から体を傾けて、彼に顔を向けた。
「何だね?」
「ちなみに、チョウと僕が入れ替わって――このケースだとリオン君は待機してもらうことにもなりますが――〈火〉の術士は入れないっていう、サヴァナ側と同様の、『原則から外れた状態』『〝世界〟を巡らせない編成』だったら、どうなるんですか?」
自嘲という「主観」から質問してきたケンと違い、ギンは客観的に、あるいは純粋に「別の選択肢について」を訊いてきただけだと伝わったので、シダーがまず「ああ…」と息を漏らした。
ギンの「隣り」と云えるディナムも、
「それは儂も興味があるな」
と云って、こくりと頷いた。タオ達も、説明を求める顔をしてシダーに注目する。
シダーは小首を傾げてから続けた。
「うーん……パワーバランスの観点からだと、どっちが『良い』と、断言は出来ないですね。――〝三つ子〟のユニークな能力を優先させるのが『何より第一』っていうんなら、ギン君に入って貰って〈火〉の術士は入れないって編成にすると、正直、チョウ君の場合よりも『良い結果』と云える」
「ほう」
「僕の方が、『ベストパフォーマンス』を出せる、ということですか?」
ディナムが低い声を出し、ギンがシダーの方へ腰を捻らせたまま確認する。シダーはギンの顔を見て、「そうだ」と頷いた。だが、すぐに悩ましげに首を捻り、今度はタオとディナムの両方に視線を振りながら云う。
「ただ、俺とて、『原則』を尊重はしてますよ。サヴァナ側のケン君と、『似てるんだけど逆』っつうか…、原則を外れてまで、三つ子の能力を最優先させなきゃいけない『任務』や『目的』なのか?って、そこは疑問。そういう疑問が湧く程度、チョウ君の〈力〉の低下はそんなに激しくないだろうっていう予測です、〈魔力〉の低下を補える、そもそもの体力や筋力がケン君と比べて相当あるようだし。それに、イー・ルとの戦闘なら〈魔術士〉の『ガチ』は考えなくても良いだろうけど、フリュスの方は、エグメリークと戦ってるんですしね、〝万が一〟ってことがある。原則に従うほうが『適確』じゃないかと、俺も思います」
「ふむ……」
偶然なのか、長い間の師弟関係で「似た」のか、タオとディナムがほぼ同時に、顎髭を扱きながら鼻息を漏らした。
成る程、とギンも頷き、ちらりとチョウの顔を見る。――チョウは既に「達観した」かのように、背筋を伸ばして無表情に前を向いていた、思わずギンは、再び俯いて苦笑する。その後、もう少し念入りに質問した。
「そういうことだと、〈風〉は僕で〈火〉はチョウと同程度の魔術士隊員でも構わない、とも云えますが、では、チョウを入れる編成の根拠、決定打は、リオン君の意志だけ、ということになりますか?」
「ま、そういうこったね」
シダーがあっさり頷く。――先ほど、自分が行きたいと云ったのがマズかったのかと焦った分、シダーの回答に「ぎょっ」としたリオンだった。
「しかし、既に今の、この会議室で原則に従った四人が揃い、別に誰も文句も云ってないのに、わざわざギン君を入れて此処に居ない〈火〉の隊士を新たに見繕うのも妙な話だ。リオン君当人が『行きたい』と云ってるんだし、それを無下にして他の〈火〉を命令で加わらせるのは――俺の計算結果は変わんないとしても、個人のモチベーションの観点で好ましくないとも思うよ。――タオさんは時間の無駄って思うんじゃないかな」
ギンにそう云った後、シダーがタオに顔を向けた。タオは「その通り」と頷く。
「ギン、君の方にもフリュス行きを希望する意志があるんなら、今ちょっとリオンと話してくれるか? いや、そういうのは話しても埒が明かないだろうから、公平に〝じゃんけん〟ででも決めるか」
タオが苦笑して三つ子の末弟に首を傾げてみせる。ギンは慌てて「いえいえ」と手を振り、
「そういう訳ではありません、僕はただ興味で質問を差し上げただけです」
そう云ってぺこりと頭を下げた。――そんな弟を、チョウが横目にチラリと見たが、特に何も云わないままだった。ギンのほうは――シダーの「個人のモチベーションの観点」という言葉がつぼに嵌まり、頭を下げたときに再び笑ってしまった。ギンは、チョウの方に「出来たら行きたくない」理由があるのを知っているのだ――。
「じゃあ、フリュスの方もソレで決定、ってことで良いかな」
タオが全体にそう云うと、皆「異議無し」という顔をしていたが、ふと、オリヴィアが何か思い出した顔をして、
「あ、ちょっとお待ちになって」
と微かに慌てた様子で挙手した。
「どうしました?」
タオが訊くと、オリヴィアがバーナードの顔を見ながら答えた。
「ショーちゃん、会議の時にお内儀さんを呼ぶって仰ってたじゃない。あの後直ぐ呼び寄せたんなら、明日明後日には城下に着いちゃうんじゃないの?」
「んん? あぁ……そうだな…」
バーナードが、少々バツが悪そうに口ごもりながら肯定した。
「で、いつになるかは分からないけど、ショーちゃんは入れ違いでフリュスに行っちまうのかい?」
顔の向きをバーナードからタオに戻して、オリヴィアが――少々「苦言」のような口調になって――続ける。
「タオさんは――というか、タオさんの周り、マルス坊ちゃんにアエラちゃんにラルナーラ、皆が皆『おひとり』なもんだから全然気付かなかったんでしょうけどねぇ……ショーちゃんが領主代理だからこそ外交上の目的も持ってフリュスを訪問するってんなら、こういう場合、『ファーストレディー』は同伴するものよ。それは考えてなかったでしょ」
――名指しされた四人は、誰も反論せず、妙に視線を交錯させ、最後には目を逸らしあった。
ディナムが微苦笑を浮かべ、ブランシュが呆れたような声を出す。
「おいおい、オリヴィアさんよ。それでショート君を編成から外すとなったら、最初からやり直しじゃぞ」
「そうは申してませんよ、ただ、もう来ないことになったってんならそれはそれだったけど、来るんならねぇ…。折角城下まで来て、ショーちゃんは出かけちゃうってのは、プリシラちゃんからすりゃあ、だったら家に居ても良かったのに、って思いやしないかしら、とね? ホントならそういうものだし、プリシラちゃんも本当は『老後の楽しみ』で旅行したかったってんだから、連れてってあげたら良いじゃない」
「……今の情勢だと、そっちの原則は、考えずとも良いと思うがな…。奥方には残って貰ったほうが…」
ディナムが、一度は苦笑を浮かべたものの、重々しい声で云う。
「ですからね、プリシラちゃんも、ど素人のお内儀さんじゃありませんのよ、ディナムさん。ね、ショーちゃん、プリシラちゃんも〈魔術士〉でしょ? 若い頃は、〝派遣所〟に登録してたそうじゃないの」
それを聞いて、ディナムとブランシュも「おや、そうだったのか」と軽く目を見開く。




