【day3】-[3]-(4)
「君がサンハルさんやギーチさんの〈力〉と釣り合わないことに恐縮するのも、おかしな話だ。――君は、『それが最善』などと云ったが、俺は今のケースでは全くそう思わないし、タオさんが君の案を採用するなら、『無能か』と呆れるね」
「――?」
「――そりゃ、まさかそれだけでサヴァナまで遠征する筈は無く、他にも運転手やら警護兵やらで人数は増えるだろうが、今は魔術士の話をしてるんでね――『原則』に従うなら最低人数は四要素揃えて四人だ。それを俺は、非常識な問題児らしく、三人でも良いんじゃないのか、と提案したんだよ。それを、君は五人が最善じゃないのかと云う。……このご時世に、『貴重な人材』と云える〈魔術士〉をどれだけ効率よく配置出来るかは、上役に求められる能力、有能か無能かを分ける『判断』『裁量』の違いだよ。勿論、そこまで念を入れた方が良いケースもありはするだろう、『最善』というなら、それはそうかもな? が、ケン君、今、君の目前にあるのは――原則でも四人なのを五人に増やすのが『最適』と褒められるような、『任務』『目的』か?」
「……」
「魔術士隊は、君より強い力を持つ者が居れば弱い力の者も居て当然だ、個人的な感情として〈力〉不足を自嘲するなら、単に今から修業すりゃ良いだけだ。しかし修業して〈力〉を付けた結果、今度は他の〈力〉が弱い者とのバランスが取れなくなることも、あって当然だ――君が今自分の力不足を自嘲するのは、そうなったとき自分より力の弱い者に自嘲を求めるのと同じだぞ」
ケンが思わず――珍しく――「うっ」と声が出るほどの狼狽を見せた。
「そういう『個々の力』の強弱に文句など付けず、どうにかこうにか釣り合わせて隊を編成するのが『上役の裁量』だよ。――考え違いをしちゃいかんよ、ケン君。今回、君に求められているのは、〈魔術士〉としての漠然とした〈魔力〉じゃなく、〈通信〉〈感〉〈識〉という、君ら三つ子だけが持つユニークな能力だ。そして、タオさんがそれを君に求めているんだから、特に根拠の無い『原則』に従うことで君のパフォーマンスを落としたり、貴重な人材を余計に費やしたりするのなら、それは、君の力不足じゃなくてタオさんの采配が下手なんだ」
平然と云って、シダーはタオとサンハルの方へ顔を向けた。タオが口元に拳を当てて、「くくく」と笑っている――気を悪くしている様子はやはり無い。シダーの云う通りだ、彼が云わなかったら、自分がケンに云っていただろう。
アサギとリオンは顔を突っつき合わせて、「やっぱり、タオと似てる」と囁き合った。
ケンの方は、――窘められたのか励まされたのか良く解らず、同時に、シダーが領主に揶揄か皮肉も口にしたことで若干ムッとした気分もあり、珍しくいつまでも混乱して、戸惑っていた。が……やはり、「反論」出来るほど、シダーの言葉が「間違っている」とも思えなかったので、
「……はっ」
とだけ声を出してから、口をへの字にして俯くように頷いた。
そんなケンを横目に見下ろして苦笑を浮かべ、シダーは椅子を引き、席に戻る。
「俺の見解は、大体ここまでです。勿論――結局ちゃんと確認しないままでしたが――『軍規』で『原則』の四精霊編隊が決められているのなら、俺は強引に自説を押し通そうとはしませんよ。たかがギーチさんを『お迎え』に行くくらいのことで、俺の不用意な提案のせいで誰かが軍法会議に掛けられても寝覚めが悪いですもん」
――マッカンが「こう、いちいち嫌味めいたことを云うから、〝問題児〟でもあるのだよな」と溜息をつく。世の中の皆が皆、言葉の「本意」にだけ目を向けられる訳じゃない。「表現」や「言葉尻」の方にばかり気が向く者だって居る。そういう者を相手に「嫌味めいた」言葉を使うと、「キレることで逃げる」のを可能にしてしまうのだ。マッカンの直属の上司であるウィリアム・ヴァン・フーコーなら、もう少し遠回しに本当のことを行って、逃げ道を塞ぐのだが……。
幸い、タオは「キレて逃げ」たりしない。苦笑してから取りあえず返す。
「君が心配はしなくて良いよ、シダー君。原則は原則だが、軍法会議に掛けなきゃならなくなるほど厳格じゃあない、例外は幾らでも設けられる。君の云うとおり〈魔術士〉は貴重だ、そんなことを軍規で定めちまったら、そもそも隊が編成出来んよ。後は俺の采配次第だ」
「ふん、そりゃ良かった。――一応、補足はしておきます。騎士や近衛と云ってたから、それだとまず〈友〉〈マスター〉になりそうなんでああ云いましたけど、〝意志の疎通〟までの隊士であれば辛うじて、ケン君への影響は抑えられるかもしれません」
「ほう、そうか。――しかし、それはそれで〝新人〟をいきなり重大任務に就けるようなものでもあるから、どっちもどっちだな」
「それに、サウザーに居る筈は無いので『蛇足』ですが、『はぐれ』『もぐり』の類いでもね、ケン君はものともしないでしょう」
平然と云ったシダーにタオが苦笑を見せる。ふうっと息を吐く間を空けてから、タオは再び顔を魔術士隊長と老元帥の方に向け、ぼそぼそと何か言葉を交わし始めた。
――それが分かっていて、ふと、
「シダー先生、ちょっと宜しい?」
オリヴィアが声を出しながら挙手した。タオが彼女の方にチラッと目を向けたが、オリヴィアは完全にシダーに顔を向けており、タオに発言の許可を求めているつもりではないらしい。――となるとそれは「雑談」や「私語」だ、シダーはタオの意を気にして一度機嫌を伺うような視線を向けたが、タオは彼に「いいよ、どうぞ」と云うふうに手を差し出した。
シダーが、
「何か、マダム? ――ところで、マダムのような方から『先生』等と呼ばれると、かなりケツが痒くなるんですけど」
と肩を竦めながら小首を傾げる。それを聞いてオリヴィアは、「ほほほ」と笑った後、
「ならば、あたくしも『マダム』なんて柄じゃござんせんよ。せめて『おかみさん』程度にしておくれ」
「ならば俺も、呼び捨てか、精々『君』『さん』でお願いします、それで何か? マム・オリヴィア」
「今の話からすると――、それじゃあ、フリュスに行くショーちゃん達は、どうなんですの? そちらは〝世界〟が出来上がっておりますよ、パワーバランスは大丈夫なのかしら?」
オリヴィアは、隣の若者二人と、チョウに顔を向けた後、バーナードと顔を合わせ、彼を指さしながらシダーへ云う。
「こう見えて、このおっさま、結構『ぶいぶい』云わす力持ちでござんすよ。若い人三人を、潰しちゃわないかしら」
タオ達も、それを小耳に挟んでシダーとオリヴィアを一瞥したが、まだ聞き耳を立てる程度にしておいた。その代わり、マッカンが顔を上げ、シダーの背中をジッと見つめる。
シダーは「ん~…?」と小さく唸った後、改めてアサギとリオンを数秒ずつ見つめ、次に横を向いてケンの隣りに居るチョウを同じくらいの時間見つめた。
軽く首を振り、
「そちらは心配無いんじゃないですかね。バーナードさんが突出してるのはそうですが、こっちは他の三人が上手くバランス取れてるみたいだし……『原則』の典型例って感じじゃないッスか? ――それこそ、さっきタオさんが云ったみたいに、この四人のパワーバランスにまで神経質になってたら、小隊など組めませんよ」
「おや、そう。……何をなすってたのかは分からないけど、さっきの、『計算』とやらは要りませんこと?」
オリヴィアが目をパチパチさせて云う。シダーがまた苦笑して、
「……もしかして、それに興味があって訊ねられましたか? その必要は無いと思いますよ」
そう答えると、マッカンが机の面を軽く叩きもしながら「おい、ジェイ」と旧友の気を引く。
シダーが振り返ると、マッカンは真面目な声で、
「待て、もうちょっと慎重に考えろ。バーナードさんは視察や会談の目的もあるが、フリュスに向かう目的の第一は、流優様を迎えに行くことだぞ」
「……んっ」
「サヴァナの方ではギーチさんが加わった後を考慮して、ケン君の『能力』を第一に考えろって云ったんじゃないか。チョウ君は〈火〉の術士だぞ」
険しい声で云われ、シダーは改めてアサギとリオンに目を向ける。二人もシダーと目を合わせた。それから、今度はチョウを、さっきよりも少し長い時間、何か考える顔をしながら眺めた。
「ん~……、そうか、年齢考えても、ギーチさんと違って流優は……進歩こそすれど衰退してる筈は無いしな…」
シダーは、眉を寄せつつ、渋い声で独り言のように云った――その呟きを聞いたアサギが、ふと目を見開く。マッカンは「流優様」と云ったが、シダーは「リュー」と、愛称で呼び捨てだ。「姉様と知り合いかしら」と、アサギは胸の内でだけ首を傾げた――。
「まあしかし、〈水〉を克す〈土〉にバーナードさんが突出して居るんですし……。実は、結構めんどっちいんですよ、『計算』は」
「いや、シダー君。さっき、あれほどデカイ口を叩いたんだ、ちゃんと確認しといた方が良いんじゃないか。そりゃ、最終的な裁量の責任は俺達にあるが、見解を口にした君が恥をかく」
――聞き耳を立てていた領主と〈軍人〉のうち、今度はサンハルが、ブランシュとタオに「ちょっと待って」というふうに手の平を立てて見せ、シダーの方へ身を乗り出して割り込んだ。
シダーが「はい?」とサンハルに首を傾げると、サンハルは――タオやシダーのようにその表情を作り慣れてはいないが――片方の口角を上げた。
「君、もしかして、アサギ君を侮ってないか? 人は見かけによらないぞ。〝号〟を〈力〉の目安にするのを好ましく思ってない、と云ったのは君だろう。――云っとくが、アサギ君が〈マスター〉じゃないのは、ただ『性格』に理由……というより原因がある、って程度だぞ」
「……」
それを聞いてシダーが目を細め、今度はアサギをジッと見つめた――「性格」のせいで〈マスター〉になれていないだけで、〈力〉はそれなりに持っていると?
アサギはたじろいで、つい、目を伏せてしまう。それを見たシダーは「成る程、〈マスター〉に到達出来る胆力は、まだ無いな」と、思わず苦笑を浮かべた。
「分かりました、俺もちょっと、興味が出てきた――念のため、やっときますか」
そう云ってシダーは立ち上がり、一度収めていた〈計器〉を再び取り出すと、まずチョウの前に立った。
「座ったままで結構。さっきのケン君と同様、握手してもらえるかな」
チョウはこっくりと頷き、直ぐさま右手を出して、差し出されたシダーの右手をギュッと握った。
「握力も強いね、見かけ倒しの体格じゃない」
シダーがそんなことを云う。――チョウの横顔を見ていたギンは、また俯いて喉で笑いを堪えた――「もしかしたらフリュスに行かなくて良くなるかもしれない」などと考えちゃいないだろうな、と想像し――。
ギンが笑いを堪えることになった想像を、シダーの方は「真剣に」していたらしく、彼はギンの前にも立って、
「一応、君も〝見て〟おこう、ギン君。もしかすると、チョウ君と君は役目が入れ替わるかもしれない」
そう云って右手を差し出した。ギンは慌てて頷き、シダーと握手する。
「君は〈風〉だったね」
「はい」
どうも、と軽くシダーは云って、ディナムの後ろを回り込み、アサギへ握手を求める。差し出されたシダーの手を、アサギが怖ず怖ずと握り返し、シダーはチラリと左手の〈計器〉を見た――少しく目を見開く。サンハルの云う通り、自分は「見かけ」で判断していたらしい。だが、性格だけが〈マスター〉になれない理由というのは、ちょっと誇張だ。




