【day3】-[3]-(3)
「――魔術士が複数人で活動する際、出来るだけ〝四大要素〟揃えてバランス取るのは別に悪くないし、俺だって『当然』だと思ってますよ。特に前線に入る小隊とか、災害現場で活動する術士なんかが、非常事態、想定外の事態に対処しなきゃならなくなった時、欠けがあっちゃ悲劇が起きますから。でもね、タオさん。エレメントのバランスを重視しすぎると、パワーバランスが悪くなることもあるンすよ」
シダーの方も熱が入ってきたらしく、無意識に卓に腕を置いて若干身を乗り出し、真摯な声でそう云った。タオも「む…」と唸り、同じように身を乗り出す。
――今度はバーナードにオリヴィア、アサギとリオンも、真剣な顔、あるいは好奇心に満ちた顔をしてシダーに注目した。それに気付いたタオが、
「シダー君、もうちょっと具体的に頼む。何なら、後ろのボードも使って構わんから」
彼の背後の壁を指さしつつ云った。全面がホワイトボードになっている壁を振り返り、
「じゃ、失礼して」
とシダーは立ち上がって、マッカンからペンを受け取った。マッカンはその後、手元の機材を弄り、壁に映していた地図を一度消した――書記係というだけでなく、機材の調整係も彼がやっているらしい。
「ある小隊に、四大要素を全て配置するってのは、原則として悪かないんです」
そう云いながら、シダーは壁に、〝上下左右〟の動きで○印を四つ描いた。次に、〝上〟の位置から時計回りの順で、丸の中に「heat」「gas」「solid」「liquid」と走り書きをする。それから、その四つを纏める大きな丸を描き、
「ただね。こうすると、この隊に一つの〝小さな世界〟が出来る」
シダーが皆の方に体を向け、外側の大きな丸をもう一度指でなぞりながら――本当の授業のようだ――、誰にとも無く語りかけた。
「それがいかんのかね」
ディナムも卓の上で手を組み、若干顔を突き出すようにして重々しい声を出した。低い声にたじろぐことも無く、シダーはあっさりと返す。
「何度も云いますが、悪くはありません。俺が云ってるのは、良いとは限らないってことです」
「ふむ……?」
シダーが再び壁に向く。
さっきよりも大きめの○印を書き、その中に「Sunhal」と走り書きをする。その右隣りに、同じくらいの大きさの丸と「G」の文字を書き、下に少し小さな丸と「Ken」の走り書き。
「サンハルさんが〈火〉、ギーチさんが〈風〉、ケン君が〈水〉――」
と云いながら、それぞれの丸に、h、g、lと文字を添えていく。
「要素だけで見ると、克す方向がこうですよね」
ケンから出発して、サンハル、ギーチの丸に向かって矢印を乱暴に書く。
皆、「そうなるな」と素直に頷いていた。
シダーは、丸の「大きさ」を強調するようにその線を指でなぞりながら語る。
「〈火〉と〈風〉が〈マスター〉、〈水〉は〈友〉――俺個人としては、〝号〟を〈力〉の目安にするのを好ましく思ってませんが、まあ、その通りの違いが出るのは事実なんで、簡単にそう云っときますけども――、この三人だったら、ケン君の〈力〉に、サンハルさんやギーチさんと比べて開きがあるとしても、特に問題は無い」
シダーは矢印を順に辿っていき、Gの位置で指を止め、
「何故なら、ここで〝克す流れ〟が、止まるからです。ここにはまだ〝世界〟が出来上がっていないんですよ」
そう云って、Gの下にまた○印と、文字は「?」「solid」を書いた。
先に「解りますか」と全体に軽く首を傾げてみせてから、「?」を指して続ける。
「此処に、〈友〉であれ〈マスター〉であれ、〈土〉の術士が入ると、途端に〝世界〟が出来上がり、巡り始める」
四つの丸を結ぶ中心に、シダーはぐるぐると渦を描いた。
「こうなると、四者のパワーバランスが大問題になる。いいですか――」
今度は、空いた場所に横線を引き、「0」と文字を添え、その上に長短織り交ぜた縦線を書いた。縦線の下には、S、G、Kと添える。……それぞれの丸の大きさと、縦線の長さは大体比例しているように見えたので、それは「棒グラフ」のつもりらしい。
「サンハルさん、ギーチさん、ケン君の持つ力、最大値が、大体こんなもんだとするじゃないッスか。三人なら、サンハルさんとギーチさんが、『ちょっと調子悪い』くらいで済むんですよ」
そう云って、シダーは「S」の縦線と「G」の縦線を、少しだけ指で拭って短くした。
「『ちょっと』で済むのは、ケン君が〈友〉に収まってる〈力〉だから、と云えます。例えばコレがルナール大公やマダム・ライネンだったら、終着点のギーチさんが一番不利、本来の能力を発揮できない。〝パワーの値〟が拮抗しているから要素でバランスを揃え〝世界〟を構築して巡らせなきゃ、そういうことになる。四精霊の魔術士を揃えるのが『原則』なのは、パワーバランスの拮抗、ってのが『前提』にあるからだ。――しかし、実際にはケン君が入っている……此処に〈土〉を入れて〝小さな世界〟を作ってしまうと、一番損をするのはケン君なんですよ」
シダーはそう云って、Kの縦線を半分くらいの長さまで拭った。
「それって、好ましい状況ですか? ――この編成の目的が、魔術士同士の喧嘩なら、そりゃ、四つとも揃ってた方が良いですよ。例として云わせて貰うと――俺ならではの乱暴な例題ですが――、仮にタオさんのパワー値を二百としてみる。だが、タオさんは一人。つまり、絶対値二百が百パーセント」
今度は大きな丸の内側を乱暴に塗りつぶした後で、上に「200」と書いた。
次に、最初に描いた「四つが揃っている仮の小隊」を示す図の下に、また大きな丸を書き、適当に四分割した――今度は円グラフだ。
「この四人の術士が全員〈友〉で、パワー値の合計が二百を下回ってたとしても、四人で百パー。一人対四人、まず数で勝る。そして、この百パーを上手く巡らせて、最終的に〈風〉術士の最大パフォーマンスを引き出せたら、幾ら新人の隊員、術士であっても、タオさんとガチの喧嘩は出来るかもしれん訳です」
「成る程――」
声を出したのはディナム翁だった。一番の年長者が大きく頷いてシダーの言葉を飲み込んでいる。シダーの「講義内容」が既に頭に入っている同じ研究者のマッカンはさておき、他の者も同じように、ふむふむ、と納得の表情を見せていた。――ただ、ケンだけが――普段から冷静で余り感情を表に出さない癖が付いている分、微かな変化だが――「承服しかねる」と云うふうに渋い顔をしていた。気分を害しているのか落ち込んでいるのか、俯くという程ではなくても、顎を引いて視線が下を向いている。
「こっちの、〈土〉を欠いた方、ギーチさんが克される終着点になってる編成なら、たとえパワー値の合計が二百を超えても、タオさんが有利です、ガチとは行かない。いっそ、サンハルさんは脱けた方が良いくらいだ」
そう云って、シダーが「Sunhal」の丸を手で覆う。
「そうでなきゃ、やっぱり、〝巡らせる〟ために、原則に従って〈土〉は入れた方が良い。だから、繰り返し『悪い訳じゃない』と云ってます。――だけどね、今回の場合、そんなこと想定する必要はありますか?」
「――」
「サヴァナにギーチさんを迎えに行くのが目的なんスから、万が一の戦闘相手は、まずイー・ルになるでしょ? ――イー・ル相手に、〈魔術士〉がガチの喧嘩を想定する必要が、何であるんスか。サンハルさんとケン君が、既に〈軍人〉であるだけで充分じゃないッスか?」
シダーが腕を組み、苦笑混じりにそう云った。タオを含め魔術士達は顔を見合わせて、「成る程…」と先ほどのディナムと同様の呟きを漏らしている。
「まあ、昨日ツゥリーが云ってたみたいに、一つ〈要素〉を欠くが故に生じる――精神的な不均衡とでもいうかな、意志決定の場で、無意識のブレが生じる可能性は在るんですが」
シダーがちらりとマッカンを振り返ってそう云った。――シダーの説明に口を挟みはしないが、彼から意見を求められたときにマッカンが渋面を作っていたのは、それを考えたからなのかもしれない。
「俺としてはやはり、そこまで繊細に考慮しなきゃならないような『目的』『任務』とも思わない。そこまで考えて編成すべきかどうかは、タオさんが最終的に決めて下さい」
軽く肩を竦めてシダーが云い、タオは苦笑を見せた。
「目的を再確認したところで、ですよ。――じゃあ、この編成の中で、一番優先すべき、最後まで守られるべき『能力』を持つのは誰ですか? 〈通信〉のケン君なんでしょ。だったら、もともとパワーの最大値が高い〈マスター〉であるサンハルさんとギーチさんが多少克され――終着点であるギーチさんがベストの状態とはならなくても、ケン君の能力を最大でキープするべきです。故に、この編成で〝世界〟を巡らしてケン君を克してしまう要素の〈土〉術士は、入れない方が良い。俺はそう思う」
「ふむ……」
シダーが〝過激な問題児〟なのは、相手の「原則」「常識」を、いきなりひっくり返すことを云うから――云うことに何の躊躇いも無いからだ。だが、ちゃんと聞けば、その内容まで、必ずしも「過激」な訳ではない――少なくとも今の話は、偉大な〈魔術士〉達が異議を申し立てる必要が無い、説得力のあるものだった。
「当然、タオさん、貴方がサヴァナに行くのも、俺だって『却下』って云いますよ。今までの話に基づいてるのもそうですが――バーナードさんがフリュスに行くんなら、貴方はサウザーを離れちゃ駄目だ。これも、俺より真っ当なツゥリーが昨日云ったでしょう。ディナム翁が〈火〉と〈土〉を兼ねると思ってはいけない。それでバーナードさんが入ったってのに、本来の領主であり〈土〉の貴方が、よりによって〈風〉の強いサヴァナに行くなんてのは、『あんたアホか』って話ッス」
シダーが頭を突き出しながら云うと、タオが思わず「ははは」と笑い「そりゃ残念だな」と嘯いた。
無理に〈土〉術士をサヴァナへの編成に入れる必要は無いかな――最高責任者であるタオがそういう気分になっていた頃、ケンが
「シダー博士」
と云いながら挙手をした。
「何か」
彼の隣りに立っていたシダーが、端的に問う。ケンは彼の顔を見上げて、冷静な声で訊いた。
「ならば、私と同程度の〈友〉も加えて〈水〉のパワー値を揃え、その上で〈土〉の術士で要素のバランスも整えるというのでも構わないのでは……それが最善なのではないでしょうか」
「――それは君が云うことじゃない」
腕を組んだままケンの顔を見下ろし、シダーは、冷たくも聞こえるほどあっさりと云い放った。――ケンには珍しく、目に見えて狼狽の表情を浮かべ、うっと息を飲む。
「ケン君、君は、自分の力不足を実感し、そのために『原則』を外れることとか、上司やギーチさんの能力を抑えさせてしまうこととかを、自嘲だか恐縮だかして、そんなこと云ったのかもしれないけどな、――それを、幹部でもない君が云うのは『僭越』だ」
やはり、「子供じゃあるまいし〝一足す一は二〟をわざわざ説明させるな」と云いたそうなほど、素っ気ない口調だ。――実際、その通りのことを考えていた……図星をさされたと云えるケンは、相変わらず、二の句が繋げずにいた。
その様を見ていて、リオンが思わずアサギに、
「あの人、何か、タオに似てるな…」
と耳打ちをした。アサギも否定せず、小さく頷いた。
「俺の意見を聞いて、どういう編成にするか決める、決めた後の責任を負うのは、サンハルさんやタオさんだろ。俺だって、今の話をしたことで、編成上の『責任』を負わされる筋合いは無いよ」
シダーが飄々と云う。それを聞いてタオやサンハルは苦笑していた――反論するふうではない、ディナムに至っては「君の云う通りだ」というふうに、大きく頷く。




