【day3】-[3]-(2)
「合理」、そのための「滅私」、堅物の〈軍人〉であるチョウの頭に、そんな言葉が浮かぶ。一つ深呼吸をして、
「畏まりました。異議はありません。――済みません、少々、その、大したことではありませんが、思うところがありましたもので」
隊長や領主、ディナムにもそう告げて、チョウは頭を下げた。思うところとは何だ?という疑問は、当然、会議室に居る全員の頭に浮かんだが、突っ込んで訊ねるのは脱線である。チョウが無口なのは隊長もよく知っているが、云わなければならないことなら訊ねられずとも云う筈だ。
サンハルが「そうか」と頷き、タオも、「宜しく頼むよ」と改めて云う。
チョウは再び頭を下げた。――その時、兄は素知らぬ顔だが、弟が俯いて笑いを堪えるふうだったのにやっと気づき、チョウはギンを肘で軽く突いた。
――ルナールが、「サヴァナ」と書いた下に、サンハルとケンの名前を書き、少しずらした場所へギーチの名前を書く。まだ枠で囲みはしない。
「じゃあ、改めて……、どうしようかな、サヴァナに派遣する、〈土〉の要員」
タオが意見を求めるように、ざっと視線を巡らせた後、
「何なら、サヴァナには俺が行こうかなあ? サヴァナの〝筋〟も見たいし……」
二周目は、何だかおもねるような、機嫌を伺うような――上目遣いで皆を見回し、猫なで声を出した。
隣りに座っていたアエラ・フーコーが、横目にじろりと本来の領主を睨む。
「却下。――万が一、そんな命令書の自作自演でもしようなら、『権力の私物化』で訴えますわよ、タオさん」
タオが大げさに口を尖らせて、「分かってますよ」とふて腐れた声を出す。
今度は本音で困ったふうに、
「しかし、だったらどうするって話だよ。……そりゃ、メインの目的では無いが、俺としては、フリュスにチョウとアサギとリオンを遣るのと同様、出来たらサヴァナにも……、〝筋〟を、より初期の段階で見てた者に、行って欲しいんだがな。城下の筋を、最初に確認した魔術士隊員は、把握出来てるのか?」
そう云って、タオがサンハルとブランシュに目を向ける。
サンハルが肩を竦め、ブランシュも渋い顔をして首を振った。
「いやぁ……、タオ君よ。城下のやつを真っ先に把握したのが誰かと云うたら、ほぼ民間人じゃろうて。あの時は、魔術士隊は勿論、〈軍〉全体で〈核の矢〉への対応しか頭に無かったからな。本当なら、比較的安全な筈だった彼処らへんをジッと見てた者など、〈軍〉には居るまいて」
「でしょう? もし、民間の術士でアレのごく初期段階を見てる人が居れば、スプープには協力して欲しいけども……サヴァナに派遣する訳にはいかんよな…」
「――今この中で、〝筋〟を真っ先に見た者が誰か、つったら、俺でしょうけどね」
渋面を作ってタオとブランシュが云い交わしていると、シダーが、ふと割り込んだ。
なぬ?とタオが驚いた顔をして彼に顔を向ける。驚愕しつつも目を輝かせているタオにシダーは苦笑を漏らした。他の者も、好奇心や驚きを浮かべた顔をしてシダーに視線を集中させている。
「マジか、シダー君」
「多分、そうだと思いますがね。――マダム・ライネンが、東アルクスのを、いつ頃把握したのか分かりませんから……どっちが早かったか、知りませんけど」
シダーはそう云って一度、自分に集中していた視線をオリヴィアの方へ散らせた。オリヴィアは首を振り、
「いいえ、あたくしは生憎と、〝怪物〟も全く見ておりませんでね。ソレがどっかに散らばった後、残ってる〝筋〟を見ただけ」
「そうですか。じゃあ、やっぱり、俺なんかな。――でも、今の本題には関係無いッスね」
ぽりぽりと頭を掻いて、シダーはとぼけた口調で云った。それでもタオが、やたらまじまじと見つめてくるので、仕方なくシダーは、もう少し詳しく云うことにした。
「……〈核エネルギー〉、それも〈兵器〉が、〈精霊〉に及ぼす影響なんて、一生調べられるようなもんじゃないと思ってましたしね。良い機会ですから、城下周辺を半径一~二キロくらいで――避難所は城の東側でしょう? 特に西方面を、目視と〈計器〉で観測してたんスよ」
「! シダー君、きみ、まさかグロスの〝筋〟も、出てくる〝瞬間〟が見えたのか!?」
万が一、その〈兵器〉が有効に働いたならば、今頃タオは居ないし、サウザー領はえらいことになっている筈なのだが――シダーの不謹慎な表現は何の意にも介さず、タオが思わず身を乗り出して声を高くした。アサギとリオン、チョウも「えっ」という顔をしてシダーに視線を向ける、実際グロスの丘に居た自分達も、筋が顕れた瞬間は確認出来ていないのだ。
シダーは肩を竦め、
「生憎、グロスの方は距離があるせいで、それをハッキリとは云えませんね。ただ、城下の方は、『その瞬間』を、俺は観測出来ていたのかもしれません」
断言が出来ないのは、それこそ「過去に全く経験のない」現象だから、まだ整理が付いていないせいだ――理論上のみならず、自分の精神・感情的にも――。シダーがそう付け加えると、それでもタオは「グッジョブ」と云うように親指を立ててみせて、ニカッと笑った。
「流石だな、シダー君、やはり、君をとっ捕まえて正解だった! どんなにそれが嘘くさかろうが不謹慎だろうが一向に構わん、全く論理的じゃない日記やポエムになってても構わんから、まずはその観測結果を文書にするんだ!」
シダーに見せる指を人差し指に換え、彼に突きつけてぶんぶんと振りながら、興奮気味の声でタオが云う。
――自分のことは棚に上げて、シダーは「相変わらずだな、この人は」と胸の内で呆れた溜息を吐いた。
突きつけられた人差し指から自分を守るように胸の前で手の平を見せ、
「いや、だから、タオさん。それは兎も角として、今の本題からは外れてるでしょうよ」
わざとらしい諫める口調でシダーが云うと、タオは興奮を収めて椅子に座り直し、腕を組んで「それはそうなんだけどさあ」と天井に息を吐いた。
「――そういう話聞いちまうと、シダー君、君にサヴァナに行って欲しい気がしてきたよ」
「そりゃあ、俺も、出来ることならそうしたいッスよ。しかし、此度の遠征は、あくまでギーチさんを迎えに行くのがメインの目的なんでしょう。サヴァナの筋を観察するのは〝ついで〟じゃないんですか? 隊士どころか術士でもない民間人を、サンハルさん達、軍人が護衛しながらサヴァナまで行くってことになるのは、本末転倒でしょ」
冷静にシダーが云うと、サンハルやフーコーも頷きを見せ、タオもふて腐れつつ「それは分かってるけどね」と再び息を吐いた。
「じゃあ、やっぱり、〈地隊〉から誰か任命してもらうかな? ギーチさんの護衛ってことも考えたら、近衛隊か騎士小隊か……」
それは全体に向けての提案のつもりではないらしく、「ちょっと訊いてみた」という風情で、タオは元帥二人――ブランシュとサンハルの方へ顔を向けて云った。
そこで少々怪訝そうに目を細めたシダーが、少しだけ後ろに居るマッカンを振り返り、ぼそぼそと何か訊ねる。そして、何か考える顔をして、ジャケットの内ポケットをごそごそと探り、まず簡素なメモ帳とペンを取り出して卓に置く。次に、懐中時計のようなものを取り出して左手に握りこんだ。
その後、マッカンとは反対側で少し後ろに座っている三つ子を振り返り、自分の直ぐ横の位置に居るケンを軽く指さして、
「えーと、君が、ケン君だったね。〈水〉なんだよね、〈友〉?」
そう訊ねた。ケンが「はい」と頷くとシダーは、体を捻って右手を差し出しながら、
「ちょっと握手してもらえるか。――ああ、そう訝ることはない、これから宜しく、とでも思ってくれよ」
唐突な申し出に目を細めたケンへ、苦笑を見せ、そう云った。
――少々戸惑いはしたが、こんな場でシダーのような研究者が「無意味」なことを云いだすとも思えなかったので、ケンは応じ、右手を差し出す。
ギュッと普通に握手をして、直ぐに離れた。
「どうも」とケンに云ってからシダーは、左手に握った懐中時計のようなもの、愛用の〈計器〉に目をやりつつ、メモ帳にサラサラとペンを走らせ始めた。
――何を始めたのだろう、と、研究者ではない魔術士達が、彼の挙動を見つめる。
シダーは、直ぐにペンを置き、一度タオに向かって、
「すんません、ちょっと失礼」
と手を立てて見せ、椅子から立ち上がる。――まさか、退出するんじゃなかろうな、とタオを含めて皆が一瞬慌てた顔をしたが、そうではなかった。
シダーは、直ぐ近くに居るマッカンの脇に近寄り、書き物をしたメモ帳を彼にだけ見せる形で、かつ、ぼそぼそと――魔術士にしか分からない言葉・文字があるのと同様、研究者にしか通じない用語・言語を使い――小声で耳打ちをした。マッカンもそれに小声で返事をしているが、途中、彼は微かな渋面を作って、何らかの苦言か、反論を出したようだった。それに対し、シダーが平然とした顔で、
「――俺はただ提案するだけだよ、決めるのはタオさん達だろう」
というのが聞こえたところで、シダーは再び、「失礼しました」と云いながら、席に戻った。
「優秀な博士が二人で、何の内緒話をしていたのかな」
タオが揶揄う口調で問うと、シダーは軽く肩を竦めた。
「内緒じゃないッスよ、今から云います」
「何だね?」
「――俺はイムファルやマッカンと違って、一度も〝役人〟になったことが無いんで良く知らんのですけど、こういう場合に、〈風火水土〉全ての魔術士を揃えて隊や班を編成するのは、厳格な『規則』なんですか? 軍規?」
「……どういう意味だ?」
タオが軽く目を細める。オリヴィアとバーナードは、基本的に素朴で平和な社会の営みに身を置いているから良く知らない。アサギとリオンは、サウザーの領民ではない客人だ。故に彼らは、シダーが何を云いたいのか解らないので、様子を見ているだけだった。が、彼らを除く高位の権力者、〈軍人〉も、タオと同じように訝しげに、しかし真剣な面持ちで、シダーに視線を向けた。
「それが完全な『法』、『軍規』に則ってるってんなら、俺も違法行為を敢えて勧めるほど過激じゃないんで、すごすご引っ込みますけどね。……そうじゃないんなら、何でそんなに〈土〉の要員、欲しがってんのか、俺にはちょいと疑問なんですがねえ」
「何?」
今度は、目を見開いてパチパチと瞬きをするタオだった。――マッカンは背後で、「大人になったもんだな」と皮肉交じりの溜息を誰にも聞こえないように吐いた。もっと若い頃なら、ルールなどさておくほど〝過激な問題児〟だったろうに…と――。
シダーがメモ帳を眺めつつ、タオに語る。
「復路に、ギーチさんが加わること考えるとねえ……――まあ、俺が持ってるギーチさんの〝データ〟は古いですけど、余程衰えてるってんじゃなけりゃ、大して結果に違いは無いと思うんで――、今、ケン君と握手して、計算してみた結果……、〈友〉であれ〈マスター〉であれ、〈土〉の術士足すのは、俺だったら、やりません」
「……」
タオが珍しく困惑した顔をして、サンハルやフーコー、ディナムとも目を合わせる。
〈魔術士〉である彼らには、シダーの云う、「計算」の意味が良く解らない。シダーの場合だと、〝研究職だったら基本的なこと〟という訳でも無く、彼独自の理論に基づいている可能性もあるから、その講義を今求めるのは、それこそ時間の無駄だ。故に敢えて訊ねはしない――が、〈魔術士〉でもある〈政務従事者〉〈軍人〉にとって「原則」を否定されたようなものではあるので困惑し、「先を続けろ」と云うふうにシダーへ険しい視線を向けた。
シダーは、そんな視線に怯むこともなく、平然と――いや、少々冷徹にも聞こえるほどキッパリと
「彼のパフォーマンスが落ちます」
振り返りはせず、肩越しに親指を使ってケンを指し、そう云い放った。無礼な仕草に気を悪くしたという訳では無く、純粋にたじろいで、ケンは思わず目を細めた。




