【day3】-[2]-(5)
「何だかんだ云ってこの世だけの外交が早めに良い方に収束してくれりゃ、スプープへのバックアップにもなる。それが既に会見で『匂う』程度であっても出てきたなら――勇み足になったとしても――今から各種の『計画』を立てるために情報として有り難いんじゃないか?」
サンハルがそう云うと、タオは素直に「ふむ、それは云える」と肯んじた。よって、イムファルにも「じゃあ頼む」という意味の頷きを見せる。
「そんかし、〝スプープ〟にとって〝かなり重要〟って、君が思うほどじゃないなら、わざわざ伝えなくて良い。それに、サウザーがまだCFCとの戦を同時進行してるのと同様、フリュスもまだやってると考えながらコトを構えてる以上、よっぽど、最悪に、ヤバイ方向に転がりそうなこと云ってるってんじゃなけりゃ、戦は想定内だから、別に良いや。〝スプープ〟の役に立ちそうな情報だけ、頼むよ」
イムファルは「畏まりました」と二人に頷きを見せ、他に何かあるかと確認するような目を見せた。二人も「もういい」と軽く首を振ったので、それでは、と扉まで下がる。
――取り囲まれていたシダーが、何となく助けを求めるような目をしていたが、自分にはこれ以上何ともしてやれない。別にシダーの「お守り役」でもないのだ。シダーだって大人だし、取り囲んでいる者達だって大人だ。本来、今、やるべきことのメインは分かっている筈である。
頑張れよ、と云いたげな薄い笑みだけをシダーに見せて、イムファルが
「それでは失礼します」
と云いつつ扉の向こうに消えた。
――イムファルの代わりにタオが、別に彼を助けるためではないが、
「じゃ、そろそろ再開するか。フーコー、ちょっと外を見てくれ。アサギとリオンが居るなら、もう始めよう」
と宣言して円卓に並んだ椅子を一つ指さし、
「シダー君、君の席はそこだ」
と着席を促すことで、シダーを解放してやった。
結局、「最後尾のどさくさ」になったのは、リオンとアサギだった。フーコーが会議室から外に出てきて、「そろそろ始めましょうか」と声を掛けてきた、既に休憩前の会議に参加していた者から当たり前のように扉の向こうへ吸い込まれていく。その後にアサギとリオンも続いた――と云っても、彼らを連れて来たルナールが「どうぞ」と手を差し出す形で促したから、正確には最後尾はルナールであったし、故に「どさくさ」でもなかったが――。
会議室の中央から若干奥寄りに円卓があり、真ん中最奥の席――この位置だと「最も上座」と云えるだろうか――に、タオが座っている。
タオが座った奥の壁には、ホワイトボードが据えられていた。既に、色々と文字が書かれている。最後に会議室に入ったルナールは、アサギとリオンを追い越し、そのホワイトボードの直ぐ近くにある椅子に座った。円卓に向かう形ではなかったので、もしかすると彼女は今の会議で書記の役目を与えられているのかもしれない。
タオの左側――アサギとリオンから見て右側――にはアエラ・フーコーが座っており、反対側の隣にはサンハルが座っている。
サンハルの隣には、まだアサギとリオンが一度も会ったことが無い老人――リオンは、さっき自分が〝おばちゃん〟と呟く前、オリヴィアと話していた人だとは分かったが、初対面であることには違いない――が座っており、その隣にはバーナード、オリヴィアと続いた。彼らの背後は窓になっているが、完全に「丸出し」にして良い会議でもないからか、今はカーテンを引いていた。
その向かい、タオを「北」とした場合に「東」は、壁そのものがホワイトボードになっており、今は〝投影機〟を使って地図が写されていた。その壁の近くにマッカンが座っている、こちらもルナールと同様、円卓に向かう形では無い。円卓とは別に机が二つあり、そのうちの一つには色々と「機械」が置かれていて、もう一つにはタイプライタが据えられていた。
マッカンはタイプに向かう形で座っている。彼も記録係という意味の書記になっているらしい。昨日の会議でも書記役が手段を変えて何名か居たが、サウザーではこういった会議で「そうする決まり」なのだろうか。
円卓の中央には少しくぼみがあって、そこには〝マイク〟や〝録画機〟も有るのが、リオンには見て取れた。そうした〝記録〟用の機器だけではなく、〝出力〟、壁に映すのとは違う〝投影装置〟もある――それが、サヴァナで開発された〈装置〉だと分かったので、一瞬リオンは目を輝かせた――。
円卓の側でアエラの「隣り」と云える位置には、やはりアサギとリオンは知らない人物が座っている。それがシダーであったから、リオンは「あの人、昨日ロビィに居た人じゃないかな」と思った。
それから、シダーの後ろとも隣りとも云いがたい位置――円卓に「向かっている」とは云えないような、少し下がった位置に、〝三つ子〟が座っている。
そして「北」に居るタオの真向かい、「南」の位置に、ディナム・タイクーン・シンキが座っていた。――サウザーの領主であり、スプープの最高責任者であるタオが一番の上座にいるのは充分理解出来るが、「一番の下座」と云える位置に、恐らく今此処に居る中で最年長の彼が居ることにアサギは少々戸惑った。……が、彼の右横に、木製の車いすと杖があるのを見て、「ああ、そうか」と納得する。それで、扉に一番近い場所に座っているのだ。昨日の会議で「すっく」と立ち上がった姿を見ているから、「足が不自由」という訳では無いのだろうが、本来の自分の生活空間では無い「城」だ、勝手が分からないということもあるだろう。健康を保つための運動という訳でも無い単なる移動の際、体に余分な負担は掛けないようにとの配慮――本人のなのか周囲のなのかは知らないが――なのかもしれない。
「ええっと」と云うふうに迷う目を見せたアサギとリオンへ、タオが、
「じゃ、取りあえず、アサギとリオンは、そこらへんに座って貰うかな」
と云って、「南西」――オリヴィアとディナムの間辺りを示すように指を振った。
直前にオリヴィアと口をきいた分、自然とリオンがオリヴィアの隣を選び、――アサギが結果的にディナムの「隣り」になってしまった。彼との間にはもう一つ椅子があったけれども……。
オリヴィアがにっこりとリオンに笑いかけた。アサギがディナムに恐る恐る会釈すると、ディナムは豊かな口髭をふわりと揺らし、穏やかに笑みを返した。
二人が椅子を引く前に、タオは続けて、
「座る前に、簡単に紹介済ませとこう。会議そのものは先に進んでるんでな、そういうので時間とるのも勿体ないからちゃっちゃとな。――皆の衆。オリヴィアさんの隣、金髪のやんちゃそうな若者は、サヴァナからのお客人で、リオン・エアロ君。銀髪の可愛らしい若者は、フリュスからのお客人、現司祭の末弟であるアサギ・ヴィレ・フリュス君。二人とも、スプープ総本部の所属ってことになるから、宜しく」
タオの紹介に促される形で、リオンとアサギが「宜しくお願いします」と軽く頭を下げる。――ちゃっちゃと、は良いけど、どういう紹介だよ、とリオンは軽く呆れた息を吐いた。
「リオン、アサギ。この中で、『完全に初対面で誰だか全然知らない人』は居るか?」
タオがそう云って、ぐるりと円卓のふちをなぞるように腕を回す。ん?と目を細めた正面のディナムへ、タオは早口に告げた。
「二人とも昨日の会議を傍聴してますから、師匠やオリヴィアさん、バーナードさんの氏素性までなら、もう知ってるんですよ。改めてお互いの自己紹介は、今んとこ後回しにしませんか」
「儂は昨日の会議前に偶々会えましたもんで、既に自己紹介済んどりますよ」
バーナードが軽く手を挙げてそう云うと、「おや、そうでしたか」とタオが瞬きをした。
ディナムが「ああ、それなら」と納得したように軽く頷く。オリヴィアも、アサギとはまだ挨拶も交わしていないが、既にリオンとはかなり親しく会話したのだし、ここで改めて自己紹介の必要を感じていない。
「リオンとアサギが未だ知らない人だけ、今のうちに」
反射的にアサギとリオンは、同じ人物に視線を向けた。サンハルの隣りに居る老人だ。サンハルと同じような〈軍服〉を身につけているから、〈軍人〉なのだろうが、全く面識が無い。老人の方も同じように考えていたらしく、ほぼ同時に、
「それは儂じゃろうて」
とタオに顔を向けて、円卓に手を付きながら腰を浮かせた。
アサギとリオンに顔を向けて、老軍人が挨拶をする。
「やあ、魔術士隊にお客人が来ていることは知っていたんだが、結局今の今まで対面せんままじゃったな。儂はコメット・ブランシュ、サウザー軍元帥の一人じゃ――まあ、引退しそびれただけのロートルじゃがな」
「まーた、そういう拗ねたことをコメっさんは云う」
オリヴィアが首を伸ばし、大げさに呆れたような声を出した。
「そういうことを云わんのよ、昨日ショーちゃんも云うたでしょうが、年寄りは求められることに幸せ感じなさい」
「本当のことじゃよ、アエラ嬢ちゃんが〈軍〉に来てくれてりゃ、儂も今頃、ひ孫に小遣いやるのを楽しみにするような隠居ジジイになれとったろうによ。今この時とて、ディナム君の自由時間にチェスの対戦相手で呼ばれるくらいのお役目しか与えられんかったろうが、その程度の求めだけで充分幸せじゃったわ」
軽く矛先を向けられたアエラが、慌ててそっぽを向いて眉を寄せる――ブランシュ元帥は〈風〉の〈マスター〉である。マルス・サンハルが元帥職に就いた時、アエラ・ヴァン・フーコーも同時に彼から、後継として指名されかけたのだ。いくら〈軍〉に於いては〈剣士〉として属することになっていると言えど、あくまで内政職として城に入っており、軍人としての経歴が結局全く無いことを理由に、硬く硬くご辞退申し上げたのだが……閣下は、まだ根に持っているのか――アエラは軽く溜息もついた。
タオが苦笑し、両手を振り、まずはブランシュを座らせる。
「はいはい、そういう時間が勿体ないから、ちゃっちゃと済ませようと云ってるんです。お二人ともその辺で。――で、他は……」
タオはそう云って、彼も察しが付いているのだろう、ちらっとシダーの方へ視線を向けた。
アサギとリオンも其方に目を向け、リオンが、
「昨日、ロビィで見かけた気はするンスけど……避難所に帰ってったから、一般の人かと…」
小首を傾げつつ、たどたどしい口調で云うと、シダー自身も「ああ」と何か思い出した顔をした。
「そういや、居たね、君達」
笑いながらアサギとリオンを指さした後、卓に手を付いて腰を浮かす。
「お客人二人に限らず、それこそブランシュ閣下とマダム・ライネンもお初ですな。どうも、ジェイコブ・シダーと申します」
「ちゃっちゃ」というタオの言葉通り、シダーはそれだけ云うと直ぐに腰を下ろした。ブランシュは「ああ、君が、例の」と合点し頷きを見せたが、オリヴィアの方は直ぐにピンと来なかったらしく、バーナードへ「何方」と耳打ちをした。バーナードが、「マッカン君達と同窓で、神出鬼没のスゴい研究者が居るだろう、彼だよ」と教えると、彼女も「へぇ~」と目を見開いて、
「まあまあ、そうですか、へえ、はあ」
とコクコク頷きながら、輝かせた目でまじまじとシダーを見つめた。
――アサギとリオンの方は、「で?」としか思えない。タオが一度軽く苦笑し、
「取りあえず、名前の紹介は終わったし、アサギ、リオン、君達も座って」
と二人に着席を促す。二人が座ってから改めて、ブランシュとオリヴィアに向かっても云った。
「現段階では、イムファル君も情報部からまだ外せないし、マッカン君も領主代理の一人ですのでね。大学機関等の研究員も、直ぐさま参加という訳にはいかない。フリーのシダー君が、たまたま城に避難してきてたので、この時とばかりにとっ捕まえて連れてきました。研究員としてスプープに入って貰います」
多少おどけた口調でタオが云うと、シダーが肩を竦めた。マッカンが横目に彼を見て口角を上げる。
アサギとリオンは、それでも「どういう人なのか」分からなかった訳だけども、サウザーに於いてイムファルとマッカンが研究者として大層有名らしいことは既に知った。ということは、シダーも彼らと当たり前の様に並び称される研究者なのだな、とは合点した。
「てな訳で、顔合わせは終わった、ということにしよう。では本題」
タオがそう云って、一度、パンッと手を叩いた。それを合図にしたように、ルナールが立ち上がり、マッカンは机の上に置いていた眼鏡を掛けた。




