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THE LAST MAGICIAN the past  作者: 橘隆之
【day3】会議の日
146/174

【day3】-[2]-(3)

「あたしンちのお向かいが革細工の親方でね、そこに来たのよ。親方がやもめおじさんだったもんだから、うちの賄い飯をさ、昔からもう一緒に食ってたの、それで自然とね。うち、おっかさんもお針子だったから、その頃には賄いもエイミーが出しててさ――姉ちゃんのあたしから見ても、エイミーはいいお内儀さんになると思ってたけど、サトオさんはエイミーの飯にまず惚れたんだろうねぇ。おまえアルクスに修業に来たのか、カミさん探しに来たのかどっちだ、って師匠(おやかた)から呆れられたくらい、猛プッシュだったよ」

「へー! サトオ親方って、女の人とはあんまり喋んなくてムスッとしてる感じなのに。他の親方が、俺だって別に何とも無い程度のピンクトーク始めただけで顔しかめて、そそくさ逃げるくらいだよ? めっちゃ硬派だなぁ、って思ってた、女の人を口説くなんて、全然想像つかない」

「あら、そう。エイミーしか眼中に無い、って意味だったら、身内(あね)としては有り難い話だね、バァさんになっても、大事にして貰ってるんだ」

 目をぱちくりとさせた後、オリヴィアはにっこり笑った。それでリオンも、「ああ、そうか」と軽く頷く。

 今まで抱いていた印象だと、サトオ親方は「亭主関白」だと思っていたのだが……それでも、〝水飴のおばちゃん〟が「辛そう」に見えたことは一度もない、「幸せそう」な様子しかリオンの記憶には無い。二人が「いちゃいちゃ」している様子など、若い頃だけに思いを馳せたとて全く想像出来ないが――「〝愛〟って、ああいう感じなんだなあ」としみじみ、リオンの腑に落ちた気がしたのだった。

 オリヴィアがサヴァナの若者に、

「それで、あんたさんは何の職人?」

 首を傾げる。リオンは一口お茶を飲んでから答えた。

「俺は、一応…今んとこ…金工と〝電工〟、修行中ッス」

「はあ、そりゃ、ショーちゃんと話が合いそうだね。――おや…? ああ、そういえば、〝ギーチ〟さんに似てるね、あんた。孫? いや、ひ孫くらいか?」

 サヴァナの元筆頭だった〝ギーチ〟も、金工職人だ――それだけではないが――。身内であるが故の影響か、という発想らしい。

 リオンは苦笑して小首を傾げる。

「似てるって云われることも良くあるけど……あんまり『そっくり』ってことだと、どっかで妙な疑惑が出ちゃってマズいくらい、遠縁ッスよ」

「ふん? でも血縁はあんのね、じゃ、似ててもおかしくないでしょ」

「でも、すげー遠いんスよ、マジで。俺の母ちゃんが、ギイチ親方の従兄の孫。父ちゃんサイドでも縁はあるんだけど、親方の、二番目の奥さんの姪の子供、だから、そっちは血のつながり無いッスもん。タケヨシ親方は最初の奥さんとの子供だから、オヤジ、タケさんとも血縁無いンす」

 するとオリヴィアも「ははぁ、そりゃ遠いね」と頷き、しかし次にはにっこり笑って、妙にしみじみした声で云った。

「……若いあんたさんから、そんな遠い家系図(つながり)がサラッと出てくるくらいに、ギーチさんとこの一族は()()()()んだねぇ。相変わらずのようで、安心したよ」

「――はぁ」

 自分にとってはそれが()()()()だから、ピンと来なくて生返事を返すリオンだった。



 蜂蜜茶のコップを持ってルナールのもとに戻ると、彼女はメランジュと会話をしていた。

 アサギに気付いてルナールが、

「あら、お茶だけで良いの?」

 と訊いた。アサギは「はい」と頷いた後でルナールに、

「あの、ちょっとお訊ねしても宜しいですか?」

 と――会話に割り込むことになってしまうので――恐縮そうに云う。メランジュはまだ離れはしないが、ルナールの代わりに、どうぞ、と手を差し出した。

 アサギはメランジュに「すみません」と軽く頭を下げてから、ルナールに問う。

「〝スプープ〟の総本部に、流優姉様が来られると仰ってましたけど、(フリュス)は、それでも大丈夫そうなんでしょうか」

「――?」

 アサギの質問の意図が飲み込めず、ルナールが「大丈夫というと…?」と小首を傾げた。

「すみません、曖昧な質問で……。ええと……、あの、流優姉様は、フリュスでは――サウザーで当てはめると、サンハルさんとテリーインさんとイムファルさんの役職を兼ねているようなもので…、スプープのフリュス本部長にも大司祭様(にいさま)が就くということでしたから、此方に出てくるっていう姉様の役目をいきなり一度に負うとなると、負担が心配で……。村の運営を前司祭様(かあさま)や叔母様、ユカリ兄様に分担するとかで対処するんでしょうか、その辺りは、ルナールさん、お聞きになってませんか?」

 言葉通り、心配そうな顔をしてアサギが云うと、ルナールは目を細め、軽く眉を寄せた。アサギは、気を悪くするような質問だっただろうかと焦り、「えっ?」と思わず背筋を伸ばしてしまったが、そうではない。

 ルナールはスッと手を挙げ、メランジュの前にそれを翳してから、彼女に耳打ちをした。メランジュが「はい、畏まりました」と小さな声を出して頷く。

 メランジュは、

「それでは、私はこれで失礼しますね、アサギさん」

 アサギに笑顔を見せながら会釈し、その場を去った。

 アサギは「は、はあ」と同じく会釈を返したが――これは、明らかに「人払い」だ。

 ルナールがアサギの手を取り、「こちらへ」と云いながら、人の集まっている場所から離れて壁際まで引いていった。

「あ、あの…?」

 アサギが戸惑っているのは分かるので、ルナールが小さな声で「ごめんなさいね、別にやましいことがあるわけではないの」と前置きをする。

「……アサギ君の質問に答える前に、私もちょっと、念のため確認しておきたいことがあるんです。――アサギ君、フリュスにエグメリークから和平協議の打診が、()()()()()()()来たというのは、間違いないのね? スオウさんからその情報は来たのよね?」

「――ッ?」

 アサギがビクッと肩を強ばらせ、是非を云う前にルナールの顔を見つめる。彼女はアサギの心中を察しているらしく、苦笑して軽く手を振った。

「心配しないで。情報が〝漏れてる〟って訳じゃありませんから。領主代理の五人とサンハル隊長にだけ……、タオ師から、直接聞かされました。他――総司令官(テリーインさん)情報部(イムファルさん)にも、まだオフレコです。タオ師の判断で、その六名にだけ」

「そ、そうですか……」

 それを聞いて、アサギが安心したように息を吐く。

「それで、どうなの? スオウさんから貴方が聞いたのは、()()()()()()()()? そんな打診が来た〝理由〟のようなものは無かったの?」

「はい、それは……。あの、ルナールさんもフリュスに出た〝土塊〟のことは既にご存知……ですよね? それが基地を破壊したらしいことが、国王が停戦を考える契機になったんじゃないかと、そういう推測なら、夜、タオ先生とは、したのですが…」

 スオウ司祭がそれを結びつけて自分に伝えることは無かったから、理由として確定は出来ない。アサギがそう云うと、ルナールは「そういう意味じゃあなくて…」と小さく首を振った後、

「……じゃあ、昨日の段階ではスオウさんもご存知ではなかったと、思って良いのかしら…」

 と独りごちた。アサギが小首を傾げる。

 ルナールは、いよいよ耳打ちするように軽く膝も曲げて、アサギの顔の横に自分の顔を近づける。

「眠ってたのだから、まだご存じないわよね。――アサギ君、()()の朝……、シェリー・マティルダ皇太后が逝去したとのニュースが入ってきたの」

「――!?」

 驚いて目を見張り、思わず声も出そうになったが、グッと口を覆ってそれを飲み込む。一つ深呼吸をして、アサギはルナールと同様、囁くほどの声で

「ほ、ほんとですか。確実な情報なんですか」

 と云った。

 ルナールがこくりと頷き、

「王宮から出された、公式発表なんです。第一報の後、会見を行うとの発表もあったんだけど、それがそろそろ終わる頃かしら。会見の模様は、録画ですが、ワイドにも発信されるそうです」

「……」

 アサギは眉を寄せて思案げな顔になり、軽く俯いた。彼にも、何か――「点と点が繋がった」感覚があったろうか。

 ルナールが、「どう思う?」と小さな声で問う。アサギがルナールに真剣な目を向ける。

「打診が来た〝理由〟というのは、()()()()()()……だったんですか」

「ええ……」

 ルナールは大きく頷く。

「国王陛下が既に厭戦の気分も甚だしく停戦や和平を望んだとしても、それを決して許さないだろう皇太后――。でも、()()()()()()、それが『打診を()()にした理由』としてあるのだとすれば……。理解出来る気がするでしょう?」

「――はい」

「そして貴方が和平のことを聞いたのは、()()()()。となると、――CFCの『例の』時とも、もしかして重なりそうでしょう? タオ師は、『そこに関係があるのかどうかは追々でいい』と仰ってるんだけど……、スオウさんは、皇太后の死亡は知っていたのかどうか、サウザー(こちら)がCFCのことをまだフリュスへ知らせてないのと同様に敢えて隠していたのか、――貴方は、スオウさんからそれを聞いていた? ハッキリと聞いてはいなくても、匂わせるようなことや、逆に何か隠してるような様子は無かった? それを念のため、訊ねてみたいの」

 さほど「問い詰める」ような厳しい口調ではない。だが、真摯だ。

 アサギも真摯に、目を閉じて、昨日の朝と午後の「通信時」の記憶を掘り起こす。そして、小さく首を振った。

「僕の記憶、印象でしかありませんから、断言は出来ませんが――多分、司祭様(にいさま)も、昨日の通信の段階では、皇太后の死亡をご存知ではなかったと思います。和平協議に入ることが、王宮内で一致した意見となっているのかどうか、それが分からなくて()()()()という様子が、伝わってきてましたから……」

「そうなの? その打診を、喜ばしく思うような……明るい雰囲気は、スオウさんに一切無かったと」

「はい。打診の非公式通信を寄越した左大臣は()()()()()で行なったのじゃないか、皇太后に知られたら、左大臣は()()()()()()()んじゃないかと、そんな心配すら、もしかするとスオウ兄様はしてらしたかもしれません…」

 ルナールが「成る程…」と呟く。その時点で皇太后の死亡に勘付いており、それが故の打診だとスオウが推測していたなら、そんな()()はしていないだろう。

 分かりました、と改めて頷いた後で、ルナールが苦笑のような表情を作り、口調も穏やかなものに戻した。

「まあ、その辺りの前後関係や因果関係は、今のところムキになってハッキリさせなくたって良い、というのがタオ師の方針ですから、取りあえず置いておきましょう。――何にせよ、皇太后の死亡は公式発表なんです。ということは、ですね。エグメリーク国内の世論等への配慮や政務調整も色々あるでしょうが、停戦や和平協議の打診も()()()行われるのかもしれません。エグメリーク側からでなく、フリュス(スオウさん)の側からも働きかけて()()()()状況になっている訳です」

「……」

「CFCとの戦も()()してコトを進めなければならないサウザー(わたしたち)と比べて、フリュスの方は、〝この世の外交(せんそう)〟のことをそろそろ考える必要が無くなるのかもしれない……状況が()()しかけているらしい、と云えるのですね。――流優さんをサウザー(こちら)に派遣するにあたって、彼女の役目の引継がどうなったのか、私は明確には存じませんが、多分……『フリュス(こちら)外交(こと)は案じなくても良い』と云えるくらいの、見通しは立っているのじゃないでしょうか」

「――そうですか…」

 ほう、とアサギが再び息を吐き、やっと蜂蜜茶を口に運んだ。その様子を見て、微笑を浮かべたルナールだったが、ふと「あっ」と何か思い出した顔をし、

「ああ、でも、ごめんなさい、アサギ君」

「え、何ですか?」

 コップから口を離し、アサギも慌てた顔をしてルナールの顔を見上げる。

「流優さんが、直ぐにサウザー(こっち)へ来られる訳ではないの。それこそ引継や調整もあるからか、少し日数はかかるでしょう。そうこうしているうちに――まだ流優さんがフリュス(あちら)に居られる間に、停戦協議が始まるということも考えられますし」

「ああ……」

「それに、貴方も一度フリュスに戻る必要があるのよね、フリュス(あちら)も会議をしたいとか…? ――それでタオ師から、貴方とリオン君を呼んでくるように云われたんでした」

 再び、ルナールがバツの悪そうな苦笑を見せた。アサギは首を傾げる。

「え? ……それがどうしてスプープの会議に関係するんです? それに、リオン君も…?」

「『貴方が村に一旦帰る』ってだけの話じゃなくなっているからです。……まあ、その辺りは会議で詳しく、ね」

 困惑してアサギは少々首を竦める。ルナールは軽く彼の背中を撫で、

「ああ、ごめんなさい、変に思わせぶりなことを云ってしまって。そんな深刻なことじゃありませんから、緊張はしないで」

「は、はあ……」

 実際のところ、自分自身が深刻と思うのかどうかが問題なのだが……。取りあえずは、ルナールの口調も表情も穏やかなものではあったので、強ばっていた肩の力を抜き、アサギは甘いお茶を一口啜った。


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