【day3】-[2]-(2)
「それで、リオン君とアサギ君、お二人は、直接〝総本部〟に属してもらうことになりましたから、そのつもりで居てね」
それぞれの顔を見やってルナールがさらりと云う。二人は、少々戸惑った顔をルナール越しに見合わせ、直ぐには頷かない。
それでルナールが補足として告げた。
「タオ師が、既にタケヨシさんとスオウさんに話を通して、口頭の承認をされてます。まあ…――これも主にサウザー領の規模のせいで必要になることですけど――文書による正式な合意とか諸々はまだですが、貴方方が手続き上の何を煩うことも無いですよ。必要なのはお二人の意志だけです、やりたくなければ、書類が出来上がる前に今のうちに仰って」
ルナールが軽く肩を竦める。リオンとアサギは慌てた顔をして、ぶるぶると首を振った。
「やりたくないなんてことは、無いッす」
「ゆうべ、タオ先生にもその意志は告げていますから…」
「そう」
ルナールがにっこり笑って大きく頷く。
「……その…最上位の組織に属すことになるというのが、ちょっと、驚いただけです」
小首を傾げながら戸惑い口調でアサギが云う。
「タオ師の主張によれば、貴方方も既にグロスの丘で直接『筋』に接しているのだから、立場がタオ師と同じだ、ってことだそうですよ」
「ああ、そんなこと云ってたっけ…」
「そうすると、サヴァナとフリュスからの出向という形にするのも、サウザー本部の所属とするのも、何だかズレてる感じでしょう? 総本部に所属して貰うのが、一番〝自然〟なんですよ。――ちなみに、サヴァナの本部長には筆頭のタケヨシさん、フリュスの本部長はスオウさんが就きます。あちらから総本部には、ギーチさんと流優さんがいらっしゃることになりましたよ。……サウザーにお越しになる日時は、まだ正式決定してませんが」
「流優姉様?」
「げっ、〝ジーさん〟が?」
そんな会話をしながら歩みを進めて、目的地に辿り着いた。
魔術士隊棟会議室の前は、昨日の総議会議場前ほど広くはないがロビィのような空間になっており、そこにはテーブルや椅子が配置されていた。壁際の長机には、食堂にあるようなハーブティのポットとコップもある。
そういえば先ほどルナールは「少し長い休憩中」と云っていた、まだ見たことのない顔、顔だけは知っているが言葉を交わしたことの無い人が、お茶を手に立ち話をしていたり、椅子に座って書類に目を通したりしている。
今視界に入ってくる人物が、どうも面識の無い者ばかりだったので――隣りに居るルナールは兎も角――、リオンとアサギは、少々緊張をさせられた。良く見ると、辛うじて奥の窓際に〝三つ子〟が居るが、ケンとギンは壁に凭れて伏し目がちに、何かに集中しているような雰囲気だったし、ギンの隣で窓を挟んで立っているチョウは、そもそも窓の外をじっと見つめていた――よって、当然声を掛けづらい。
それでアサギとリオンは却って、「この休憩時間はいつ終わるのだろう」「もう、早く会議再開すればいいのに」というふうな目配せを思わず交わした。
と、そんな中にメランジュが居るのに気付いた。ワゴンからテーブルへ配膳しているところだった。ルナール達三人に気づき、軽く会釈しながら近づいてくる。若人二人は、緊張を緩めて思わずホッと息を吐く。
「アサギさんとリオンさんに特別朝ご飯代わりというより、もう喫茶道具と一緒に摘まむ物を置くことにしました。タオ様に伺いましたら、どうもこの分だと、会議に参加されてる方々のご昼食も、予定通りになるのか分からないようですし」
メランジュがテーブルに先ほど配した皿を軽く手で指しつつ、ルナールに向かってそう云うと、「ああ、それが良いですね」と頷く。
「取りあえず、クラッカーとスコーンを用意しましたからね。お二人も会議の参加者なんですから、どうぞ遠慮せずに召し上がって」
リオンは条件反射のように軽く腹を鳴らし、アサギは恐縮そうな顔をしていたので、メランジュは二人ににっこりと笑いかける。
「どうぞ。ただでさえ、お二人は朝ご飯もまだなんですから……お腹が空いて上の空になられても困ります」
苦笑しつつ、ルナールも二人を促すように背中を押す。
知らない人達――それも、明らかに自分より年上ばかり――の中に入り込むのは、やはり少し緊張するけれども、空腹を自覚してしまったのも確かだ。リオンは遠慮せず、じゃあ頂きます、とテーブルの一つに近寄った。
アサギの方は、そこまで腹が減っているということもなかったし、食事をするよりもルナールにもう少し訊きたいことがあったので、蜂蜜茶だけを貰って、直ぐに彼女の前に戻って来た。
――スコーンを乗せた皿があるテーブルに近づこうとしたとき、リオンの視界に、見覚えのある顔が入った。それでふと、
「あ、〝水飴のおばちゃん〟…」
と呟く。本人ではない、声がそっくりだった――確か、〝東アルクス町〟の代表として昨日の会議に出ていた年輩の女性である。もうサウザーに残って、〝スプープ〟に所属ってことになったのかな……と考えていると、壁際の椅子に座って他の誰か――こちらはリオンの記憶にない――と喋っていた〝おばちゃん〟は、くるっと彼の方に顔を向けた。
〝水飴のおばちゃん〟と声がそっくりなオリヴィアは、年寄りが普通に使う杖をつきながら、リオンに近寄った。
えっ?とリオンは戸惑い、ちょうどスコーンを摘まんだ手を引きながら背を伸ばす。――自分の呟きが聞こえていたのか、〝おばちゃん〟が不快だったのか? そんなに大きな声で彼女に向かって云った訳でも無いのに、年寄りらしくない、なんて地獄耳だろうか。
リオンよりも頭一つは確実に背丈が低い、オリヴィアは彼の顔をまじまじと見上げながら、
「妹を知ってるの?」
と云った。リオンにとっては、突拍子も無い質問である。「はいっ?」と声を裏返らせると、オリヴィアの方が先に何か察したらしく「ああ、ああ」と何度も頷いてからにっこり笑った。
「へえ、はあ、そうか。ショーちゃんが、サヴァナからのお客人が居るって云ってたものねえ。おにいちゃん、あんただね?」
「は、え? はぁ、まあ、俺は、サヴァナから、来ましたケド……」
たじろいでいるリオンに、「お名前は」とオリヴィアが問う。
「リオン・エアロっす。あ、あの……」
オリヴィアがそこで、「ああ、ごめんなさいよ」と軽く手を振った。
「あたくしは、オリヴィア・チーフ・ライネン。エイミー・ティイ・ライネン――いや、今は〝サトオ〟だっけ――は、あたしの妹よ」
「えっ!」
エイミー・ティイ・サトオは〝水飴のおばちゃん〟の名前だ。声が似ているのはそれでか、と合点しつつ、リオンは驚いて目を見開く。
「えっ、エイミーおばちゃんの、お姉さん? えっ、あっ、何で? 何で、えーと、オリヴィアさんの妹って人が、サヴァナに居るの?」
「おや、そんなに驚くほど珍しいこと? 簡単よ、サトオさんちにお嫁に行ったのよ」
「……」
サヴァナの者は、出自がバラバラなのが「当たり前」な分、殊更にそれを語ろうとはしない。今自分がサヴァナに居る、ということが「自分の人生」であるから、「サヴァナに居る理由」が出自と関連するというのでも無い限り、また、訊かれたならあっさり答えても、自分からはいちいち云わない、という人が殆どだ。そして〝水飴のおばちゃん〟から、リオンもそれを聞いたことが、そういえば無い。
云われてみれば、さほど特殊なことでもない……昨日のバーナードに引き続き、世界が意外と狭いことに驚いただけ……か。
左手にスコーンを掴んだままぽかんとしている若人に、オリヴィアが苦笑いを浮かべて、
「まあ、取りあえず、それ、お上がんなさいな。お茶も取ってきてあげましょうねぇ」
リオンの手を軽く指して椅子を引いてやり、いそいそと壁際の喫茶道具に近づく。
指された手をチラリと見て、自分がそれを既に摘まんでいるのを改めて思い出し、リオンは戸惑った顔で椅子に座ると、云われた通り一先ずスコーンを囓った。
オリヴィアはハーブティを取ってくると、リオンの前に置いてやって、自分も彼の隣りに座った。
「それにしたって、じゃあ、あたしこそ不思議だよ、あんたさん、あたしのことをエイミーから聞いてた訳じゃないの?」
首を傾げたオリヴィアに、リオンがスコーンを飲み込んでから軽く手を振ってみせる。
「いや、俺、昨日の会議、中継で傍聴してたんス。それで、声がソックリだったから。……オリヴィアさんのこと、〝水飴のおばちゃん〟でインプットしちゃった」
「あら~、そう。娘時分には、そんなこと、云われたこと無かったけどねえ……。年取ってから似てきたんかな?」
そうかいそうかい、とこくこく頷き、
「もうだいぶ前だけども――あんたがちっちゃい頃、まだ生まれてもいない頃かもねえ――、『今は〝お菓子の姐さん〟とか〝水飴のおばちゃん〟とか云われてんのよ』って、エイミーから聞いたことがあったのよ。近所の子供が遊びに来る度、お菓子やら飴やら振る舞うから、それ目当てに親方の作業場に来る子も多いんだって」
オリヴィアは遠い目をして、柔和な笑みを浮かべた。
「……そうねえ、昔は、サウザー…っていうか、アルクスの娘がサヴァナにお嫁に行くこととか、サウザーの……特にアルクスの殿方がサヴァナでお嫁さん見つけるのも、大して珍しくなかったんだけど、あんたさんが生まれるくらいの頃からは世の中がどんどん不穏になったし、若い子はあんまり行き来してる感じがないんだろうねえ」
その通りだ。そもそも「アルクス・タウン」について、リオンは、昨日初めてギンから聞いたのである。
「そういえば、バーナードさんも若い頃、サヴァナで修業したことがあるって聞いたッス」
リオンはそう云うと、持って来てくれたお茶に軽く会釈を見せて一口飲み込んだ。
「ええ、ええ、そうよ。アルクスの職人はサヴァナに、サヴァナの職人はアルクスに……交換留学とでも云うのかしらねえ、昔は活発に行き来しあって研鑽していたものよ。特に殿方はね」
うんうんと頷きつつオリヴィアが云う。
「あたしなんかは、特に東アルクスでしょ。サヴァナからお婿に来た親方やら、お嫁に来たおかみさんやら、当たり前のように周りに居たよ」
「オリヴィアさんも何かの職人? オリヴィアさんは、サヴァナに来たこと無いの?」
「あたくしはお針子よ。年取ったらば眼が弱ってきたんで引退したけどね。――あたしァねぇ、殿方のように、自身の腕を磨いて上を目指すこと自体が『楽しみ』っていうような、気骨っていうか、そういうのは無かったからねえ。必要に応じて――要するにお客さんの注文だわね――スキルアップはしなきゃあだけども、それが自分の喜びのためじゃあないっていうかねぇ。……腕を、上げるっていうより、錆び付かせないために磨く、っていう修業をしてきたんだろうね、あたしは。だから、わざわざ外まで出て行くことも無かったのね、自分ちの工房で、おとっつぁんとおっかさんの背中だけ見てきたよ」
ふぅん…と鼻を鳴らして、リオンはスコーンをもう一口囓った。
「エイミーおばちゃんも、アルクスに居た時はお針子だったの?」
「いえいえ、あの子はもう、どこまでも普通の女の子でね」
笑いながらオリヴィアが軽く手を振る。
「手ほどきは一応受けたけどね――職人というより、普通にお裁縫が好きで得意。料理人になりたいとは思わないけど、お料理が得意でお菓子作りも好き、植木職人を目指しもしないけど、お花が好きで園芸が好き、そして部屋やお洋服がきれいなのは気持ち良いから掃除洗濯も好き、子供も大好きだから近所のお内儀さんの赤ちゃんとか小さい子の世話を喜んでやってた。――修業というなら、エイミーは結果的に『花嫁修業』だけしてたのね」
「……あ、じゃあ、もしかして、サトオ親方も東アルクスに修業に行ったことがあって、それで知り合ったの?」
今度は「へえー」と嘆息してから、リオンが問うと、オリヴィアは「お察しの通り」と頷いた。




