【day2】(4)-[10]-(4)
アサギが明らかに気分を害していることへ、その理由も判っているらしく――タオは「違う違う」と苦笑しながら手を振った。
「だから誤解を生みそうだと云ったんだ。――アサギ、俺が云ってる好奇心ってのは、それを『望む心』『欲求』じゃない。俺は、『死にたい』と思ってる訳でも、過去に思ったことがある訳でもないんだよ。むしろ、常々『死にたくない』と思っている。それが恐怖故じゃないって意味だ」
アサギの険しい表情が緩み、困惑の色が濃くなった。リオンも相変わらず「何を云っているんだろう」という不思議そうな顔をしている。
「イムファルの講義に割り込んで云っただろ? 特に〈土〉は『不殺』の精神が強い、だから俺は死にたがってる者を殺してやることもしない――って。そんな俺が、自分自身は『死にたがってる』訳は無いよ、そんな図々しい」
「それは……そうなんでしょうけど……」
「……君ほど得意じゃないが、俺は〝死者〟の〝層〟も見ることはある。だから、死んだらどうなるのか、は大方知ってるよ。当然、〈土〉の〈マスター〉の俺は、死んだら肉体がどうなるのかも理解出来ている。――だが、な。それは、あくまで知識として、情報としてだ」
「――」
「……さっきまでしてた話で、俺が何を云ってるか、大体分からないか?」
分かる……ような気はするが、飲み込むことが出来ない、だから、「こういう意味か」と言葉で確認も出来ない。そんな悩ましげな顔をして、アサギとリオンは顔を見合わせた。
タオは、自ら先を続けた。
「『死』ってのはさ――、たった一回しか経験出来ないことの、究極だろ。九十まで生きたとして九十回誕生日はやってくるが、五十歳の誕生日は一回しか来ない、なんていう〝一期一会〟の意味じゃなくて、ごく単純に、たった一回」
「――」
「〝経験した当事者〟になることが、たった一回しか出来ないんだよ。そりゃまあ、臨死体験をした人は多く居るが、あくまで臨死だろ、何度も死んだ経験がある訳じゃない。たまに『前世』の記憶を持っている人も居はするが、それにしたって『その人』が何回も死んだことがある訳でもない。死そのものは、一人の人間がたった一回しか経験出来ないものだ。一度の生涯に存在する誕生と死は一回ずつだけ」
「そりゃ、そうだろうけど…」
戸惑った声をリオンが出す。そもそも、それを「経験」と云うのも可笑しな気が、リオンはしていた。
「俺はその経験を、出来る限り濃密に味わいたいんだよ。ただでさえ、俺は誕生の記憶を、生憎と持ってないからさ、その分、終わり側の記憶は可能な限り鮮明にしたい。それが『好奇心』さ。――誕生の記憶だけでなく、『前世』の記憶も俺は無いからなあ、もしかして、かなり濃密に『死』を経験出来れば、『次の人生』で『サウザー領主だった前世』を覚えられてたりもするんだろうかと、自分の『人生』を、究極的な実験と捉えている部分もあるのかもしれん。――故に俺は『死にたくない』。体壊すほどのハードワークはしたくないし、命を賭けるような真似も滅多にしない。グロスに向かうときだって、俺は命を賭けてたつもりなんか全く無いよ、もしそうだったら、大事なお客人である君達を連れてってなんかいないさ」
「……」
「だから俺は、自分自身に〝安楽死〟とかを欲してない気がするな。あろうことか〝拳銃自殺〟なんて真似、俺にはそっちの方が怖くて、気が知れないね。銃口こめかみに当てて、あるいは口にくわえて、一瞬で呆気なく死ぬなんて、勿体なさすぎて怖ろしいよ」
大げさに「ぞっとする」というふうに、タオは自分の肩を掴んだ。アサギとリオンは、小さく俯いてから顔を見合わせた。お互い、同じようなことを考えたらしい――リオンがとても小さな声で「俺、今ほどタオを『変な奴』って思ったこと無ぇよ」と囁いた。
しかし、そういえば――
グロスの丘からの帰り道、二つ目の「筋」に出くわしたとき、既にタオは「そういう性質」を見せていた――新たな「筋」に恐怖などしているよりも、冷静に、好奇心を持って対峙しろと……そう云って、リオンには「筋」の高度を測らせた。そしてリオンは、タオに、〝チキンレースで勝った〟気分になったのじゃないか。
それを二人が思い出したことに、気付いているのかいないのかは分からないが、タオがニッと笑う。
「――だったら俺も、一瞬で胸を撃ち抜かれたりしないように、CFCやらイー・ルやらのトップと同様、護衛は何人も付けて、あんまりちょろちょろしない方が良いんだろうけどな。それはそれで、『新たな経験』の少ない詰まんない人生だ。たった一度の『死』という経験を濃密にするために、生きている間の沢山の経験をフイにするのも馬鹿げてるもの、俺はあくまで、『死』という現象に対して好奇心があるだけで、『死』のために生きてるつもりも無いんだしな」
皮肉めいた笑みを、ただの微笑に変えてタオが云う。
「だから俺は、常日頃『死にたくない』と思ってる。たった一度しか出来ない経験のために、生きている間に出来る無数の経験を可能な限り零さないために、〝やるべきこと〟〝やりたいこと〟〝やってはならないこと〟を秤に掛けながら生きてきたのさ」
「――」
「よって、俺が傍から見てよっぽど『自殺行為』に近い無茶をしようとしてたとしても、俺自身にはそんなつもりが無い。常に、『死なない方』に賭けた上で『無茶』への欲求を満たしてるよ。好奇心ってのは、そういう意味だ」
とはいえ、その旺盛な好奇心故に、昨夜はサンハルから小突かれもした訳だが――。それを思い出して、タオは二人に分からない程度、微かに苦笑を浮かべたが、今、その言い訳を二人にする必要も無い。一つ息を吐く間を空けて、
「俺が死にたくない理由は、怖いからじゃなくて、好奇心旺盛だからなんだ――多分、だけどな。今、アサギから訊かれて考えついたってだけだし」
そう云ってタオは軽く肩を竦め、今度は苦笑を作って、さっきと同じように手を振る。
「まあしかし、さっき君達に〝恐怖を克服しろ〟と云ったのは、そこまで極端なことじゃないよ。――人生の折り返し地点くらいに辿り着いた俺が、振り返ってみたらそうなのかも、と思いついただけだしな……君達はまだ、『死』を考えながら生きる齢でもない」
「……」
「だから、参考にはならない話だっただろうが――〝体を大事にする〟ってことだけは、若い君達も覚えとけ。若者のほうが『無茶』をするのも世の常だしな。……さ、そろそろ本気で夜が明ける」
タオが天窓と壁の窓を交互に見てそう云った。この部屋は城の西側にあるので、空が白む様子を見られる訳では無かったが――ついでに、実は部屋に時計も置いていないようだったが、窓から見える星の位置で、それが分かるらしい。
「俺も引き留めたようなもんだから偉そうに云えないが、流石にもう、質問は受け付けないぞ。まだ何か湧いて来たなら、夜明け以降にしてくれ。君達も仮眠を取るべきだ」
そう云うとタオは腕を広げ、何か掬うような仕草をした――交響曲の指揮者が演奏者を起立させるような仕草だったので、アサギとリオンは戸惑いの表情を浮かべつつも、条件反射のようにゆるゆると腰を浮かし、ぺこっと頭を下げた。
リオンが椅子の背もたれを掴んだので、タオが少々慌てた声で
「ああ、椅子は片付けなくても良いよ、そのままで。――っと、そうか、ランプはルナールが持ってったんだな。君達、これを持って行きなさい」
二人を引き留め、机の上のランプを取り、アサギに向かって差し出しつつ自分も腰を浮かせた。――このランプを自分達が持っていったらタオはどうするのか――夜明けは近くても未だ暗い――、差し出された持ち手を取り、アサギが「先生は……」と口を開き掛けた。が、その前にタオは寝台のほうへ歩いて行く。
ああそうか、と合点してアサギが声を飲み込む。今自分が手にしているランプの明かりがあるうちに、ということだろう、タオは慌てた様子で、寝台の脇のチェストに置いていたランプを取ってきた。
それに火を最小限入れて机に戻りながら、二人へ
「じゃあ、お休み」
とタオは笑みを見せた。
――若人二人は、戸惑いつつも「お休みなさい」と小さな声で応じ、再びぺこりとお辞儀して扉へ向い、出て行った。
残されたタオは再び椅子に座り、――流石に自分も仮眠は取るつもりだったので――先ほど諸々を書き付けた数枚の紙を一つに纏めるだけにして、ランプと、机に立てかけた杖を手に取った。
ちゃんとベッドに入ったら寝坊をしそうだったので、服は着替えず、毛布を捲りもせず枕も使わず、タオは杖を握り締めたまま大の字に寝そべった。
アサギとリオンは――流石にずっと仕事をし続けている職員も居ないらしく――静まりかえった廊下を、出来るだけ足音を立てないように気をつけながらゆっくりと自室のほうへ歩いて行く。
「……濃いぃ一日だったな」
「そうですね」
「――あんた、眠れそう?」
「……。いえ、直ぐには無理っぽいです」
「俺も。一人で布団に入っても、考え事で悶々としそうなんだ。――あのさ、何のことも無いこと、ぼつぼつダベらないか、そんで、どっちかが居眠りしだしたらお開きってことでさ」
「……残された方は、結局悶々としちゃいますよ?」
クスリと笑ってアサギが云うと、リオンは本気で困った顔をし、「あ、そうか」と頭を掻いた。
しかしアサギは、「良いですよ、僕も、同じような気分です」と答えた。
そっか、とリオンは溜息をつく。
――言い出しっぺがリオンだったからか、タオの私室からの帰路で先にあるのが彼の部屋だったからか、自然と二人はリオンの部屋へ入ることになった。
結局――タオは殊更夜明けが近いことを強調していたが、二人が同時に舟をこぎだしたのは空が白み始めたころだった――。
【day2】学習の日
-over-
/2015.9.9
……お疲れ様でした。
(書いてた当時、「まだ終わらない…まだ終わらない…何故終わらない…」と青ざめ、txtファイルで1MB越えたとき自分でヒきました)




