【day2】(4)-[10]-(3)
「――それが、『領民を〝味方〟とは、頭から思ってない』と云えるくらいの――もしや自分の〝領民〟から裏切られても平気な顔が出来るのかもしれないと思うくらいの――タオ先生の『軸』、『強さ』だとすれば……それを得るために、どうやって、『恐怖』を克服なさったのですか? 僕には、全然想像も出来ないんです。信頼した村民から裏切られるようなことがあれば、きっと『絶望』するだろうし、『怒り』だって、いくら僕でも抱くと思います、それはとても怖いことです」
「その恐怖から逃れられずに自国の民すら信頼しない『弱さ』と比べたら、君の絶望や怒りは当然だと思うがね」
「……は?」
「自分に危害を加えるかどうか分からないものを『味方』だと信頼しかけてしまうようなブレは『人が好すぎる』と云えるが、それでも――まず、信頼する強さは君にあるだろ。他者を信頼するというのは、『勇敢』なことだよ」
訴えかけるような声になったアサギへ、タオが肩を竦めながら、あっさりと云った。えっ?と拍子抜けしたようにアサギが目を見開く。
そこでタオが、リオンにも軽く目配せをした。リオンは、タオの云いたいことが判ったのか、彼と同じように肩を竦める。
「イー・ルの大導師長は、滅多に――中央政庁であり公邸でもある――〝イー・ル中央大聖寺院〟から外に出ない。礼拝に出る時は、聖壇と信徒の間に、大量の護衛が並ぶ。一体、己が導く信徒の中に、たった数人、たった一人の暗殺者が混じってるとでも思っているのかどうなのか。CFCの市長は、――あの国は一応民主主義国家でもあるし――閉じこもって外に出ないという訳にはいかないが、まあ、SPやら護衛兵やらが結構な数、遊説なり何なり、不特定多数の民衆が集まる場にはついてくのが当たり前だ」
「……はぁ…」
「一体、自分ちの国にどんだけ――それが自国民だろうが他国民だろうが――敵が紛れてると思ってそんななんだろうなあ、と、俺個人としては呆れる。自国民の中に敵は居ないが、敵の手の者が紛れてるかもしれないとでも思ってるなら、相当の道化だ、俺達はそんな無意味なことしないからな。――朝、云ったが、市長一人殺して状況の好転があるなら、最初からやってる。そんなことしても面倒臭いことになるだけだからやらない。市長一人の命に、大した意味など俺達には無い」
軽く口角を上げたタオに、何とも返答がし辛く、アサギはリオンと顔を見合わせる。
「――まあ、俺が〝一国のあるじ〟にしちゃあ、危機感が無さすぎるってのも事実なんだろうけども……、君らが会議を見ていたんなら、俺が恫喝したのも聞いたな? 最高権力者が一人やられたくらいでグダグダになる国なら、居ようが居まいが、いつかグダグダになるさ。ヴァネッサ君が云ってたように、トップに突然何があっても何ともない国、組織の方が、余程強い。だから俺は、周囲の人間や民衆が思うほど俺一人の命にさほどの重みを感じてない、CFC市長を俺が暗殺する理由など持っていないのと同様にな。ただサウザー領の領主だってだけで、馬鹿げた数の護衛を付けて窮屈な思いをするのは御免だ。俺は、領主になってから一度も『俺に何かあったら領土と領民はどうなるんだろう』なんて、心配したことは無い。そんな『心配』、うぬぼれの裏返しだ。気持ち悪い」
それはそれで、タオの、幹部や領民に対する信頼故、とも云えそうだが、やはり――最高権力者としては極端だ。勿論、タオの「私的な感情としては」だろうから、ある程度の護衛に守られなくてはいけない常識、くらいは心得ているだろうが……。リオンがアサギに「サンハルさん達、こういうとこで心労が絶えないんだろうな…」と小声で囁いた。
「――さっき云ったろ、〝味方じゃなきゃ敵〟ってのも『弱さ』故だと。どうもCFCやイー・ル、エグメリークの幹部達ってのは、『国民』って括りで〝味方の名札〟を入れ替えりゃオッケーって楽観の割りに、実際にその〝名札〟付いてる『者』を信用は出来ないらしい。具体的に自分の身を守ってくれるのが判ってる護衛なり何なりのことは『自分の味方』として信頼するんだろうが、そうじゃないのは『取りあえず敵だと思っとく』って感じだよな。味方が多い者は敵も多い、って自意識で〝名札〟付けてる者を疑うのが当然だと思ってんなら、これもとんだ道化だな。自分が味方だと思ってる者が本当に味方かどうかも分かんないのに」
「……」
「そういうのに比べれば、アサギ、君は、村民を信頼する強さは持ってると、俺は思うよ?」
ふふっと笑ってタオが云い、一つ息を吐いたあとで、しみじみと続けた。
「他者を信頼することと味方だと思うことは、同じ意味じゃない。相手を信頼してないのに相手が〝味方の名札〟を付けてさえいれば満足ってのは、まさに疑心暗鬼で、しかしながら相当の楽天家だ」
アサギが戸惑った顔をして、ちらりとリオンにも顔を向けた。
が、最後には、タオに「僕の質問への答えを下さい」と云いたげな真剣な目を向ける。――それに促されるように、リオンもタオに顔を向けている。
タオはそんな若人二人に苦笑を見せ、先ほどと同じように机を肘掛けにし、頭を支えながら「そうだなあ…」と何か考える顔をして間を繋いだ。
「少々――誤解を生みそうな答えになるんだが……」
とタオは独り言のような口調で前置きをして、語り始めた。
ごくん、と唾を飲み、アサギとリオンが軽く前のめりになる。
「〝恐怖〟っていうのは、どんなものであれ、『死』へのそれに行き着くんじゃないかと思う。高いところや水辺が怖い、子供が『幽霊』を怖がる――それは、今皆が抱いている『未知なるもの』への恐怖とも通じるね――、そういうのだけじゃなくて――初対面の人間と喋るのが怖い、とかそんなんでも、根本は全て『死』への恐怖なんじゃないかと」
「……」
「その恐怖が『根本』『最大』であるから、ちょっと冷静になれさえすれば『直接死に繋がるようなものじゃない』恐怖は、『死よりは怖くない』、と思うことが出来る」
「……。じゃあ、タオ先生は……、『死以外の恐怖』は、『それよりマシだ』と思うことで、乗り越えることが出来ている――ということですか? そう思うことで、『勇気』が持てる、と……?」
小首を傾げてアサギが確認すると、タオは「う~ん……」と再び小さく唸って、「いや……」と軽く首を振った。
「俺は、それよりももっと――多分、死に対して『恐怖』より、『好奇心』が上回っているんだろう」
タオの言葉を聞いて、リオンは「何を云ってるんだ?」と呆れたような顔をした。対してアサギは――ギュッと眉を寄せ、まるで師を睨みつけるような、険しい表情になってしまった。
――アサギは、フリュス村のフリュス家……「教会」の法師だ。しかし、イー・ルの体制の基本である「信仰」、それを前提とした「導師等の権力者」と、フリュスの「教会」は、役割がかけ離れている。
アサギは――フリュスは、「信仰」の対象となるような「神」は存在しないことを知っているし、「天国」や「地獄」のようなものは無いことも知っている――いや、もしかして在るのかもしれなくても、それが今直面している「火の玉」「百鬼夜行」等なのかもしれない、と仮想する程に、それが在ることの方を知らないのである。
フリュス家が村民に説くのは、「人の物を盗ってはいけない」とか「人を叩いてはいけない」とか、そういうことだ。信仰を導くことは、フリュス家の仕事ではない。
遠い昔には、恐らくフリュス家も「信仰」の「拠点」としての教会であったのだろうとは思われる――家系図や教会に保管された古い日誌等にはエグメリークの〝最高権力者〟が信仰している「神」の名前とよく似た言葉が「神」として記されていたりするので――。
だが、今のアサギ達は、〈精霊〉を指して、便宜的に「神様」という言葉を使っているだけだ、しかし〈精霊〉は信仰の対象では無い。世界を構成する〝元素〟たる〈精霊〉に、無条件で額ずく畏敬の念はある――そういった意識の点ではサヴァナやサウザーと異なっている自覚もある――しかし、それは「信仰」ではないのだ。
また、「悪いこと」「良くないこと」をすると、「死んだ後苦労する」という意味で「地獄」という言葉を、「良いことをする」「悔いのない人生を送る」と、死んだ後苦労しない・次に生まれる時に楽、という意味で「天国」という言葉を使うこともある。それは、〈魔術士〉になるつもりがなく平凡にして幸せな人生を送るだけなら、〈精霊〉の性格や役割、〝層〟の存在の知識など、「一般人」には特に必要無いからだ。だから、解りやすくするためだけに、「天国」「地獄」といった昔から在る言葉を使うだけである。
――だが、〝死者の層〟を見る目が鋭敏なフリュス家の者は、そんなものは無いことも知っている。〝迷う死者が多い層〟は生きている間の苦しみを引きずったまま、死の痛みと苦しみからも逃れられず呪詛の泥沼に落ち込んだかのよう――それは正しく「地獄」のようだし、〝迷わない死者が多い層〟は、「天国」とは云えないが、生きているが故の苦しみからは解放されているように見えるので、便宜的にその言葉を使っても構わないだろうと――それだけだ。
つまり、フリュス家の法師は、生きる上で必要なことを「説く」のが仕事なのだ――故にアサギは、「人の物を盗ってはいけない」と同じくらいの重みで「野菜もちゃんと食べなさい」を子供に云いもするのだ。
フリュスの者は、「天国に行くため」にすべきことを教えているつもりは全く無い。死後のことを敢えて語るのは、生きるためなのだ。
だから――他の宗教と同様、フリュス家の者も「自死」だけは、頭ごなしに戒める。どんな理由や理屈があろうと、「それが一番やってはならないこと」という指針を、フリュス家とフリュス村は持っている。よって、「殉教」という名の「自死」を賞賛するような「信仰」を、――自分達の方が「教会」として奇妙なのだろうことは分かっていても――フリュス家の者は理解が出来ないし、傍から見ていて余程「神」を冒涜していると思う。
そんなフリュスの法師、アサギだから――、タオの
「〝死〟への恐怖より好奇心が勝っている」
という台詞に、恐らく衝撃を受け、全く理解がし難かったので、彼には珍しいほどの険しい表情になったのだ――。




