【day2】(4)-[9]-(3)
「だからってな、――『味方』を求めることは、人の弱さの証にしかならんのだよ。『味方してくれて有難う』と思うことと、『味方してくれ、感謝はする』ってのは、全く違うだろう? そういうのは、『互助』や『友愛』とは違う『打算』であり、誠実な『感謝』の表現じゃない。まして、『感謝はするつもりなのに味方して貰えなかった』時に、対象を『恨む』なら、結局は弱さだ。そういう弱さは、『味方なんだから味方するのが当然だ』という価値観も生むからな、そこには『感謝』すら無くなる。味方されることを感謝せず当然だと思うから、味方されないときに相手を『恨む』んだ。ともすると、自分は味方されても感謝しないのに相手には『謝礼』を求める、それが無いことすら恨んだりもする。完全な打算だ。自分が一人では生きていけない『弱さ』をそうやって表現してるんだ」
「……」
「――その弱さが突き詰められて、対象を『攻撃する』なら、それが、今やってる戦争だ」
タオは随分と穏やかな声で云ったが、アサギとリオンが、フッと息を飲む。
「そうじゃないか? イー・ルはちょいと趣が違うが、――サウザーの場合、CFCはそう云って、進軍してきてるようなもんだ。『国土』増やして其処に住んでる人間に『UCFC国民』という名札付けることで、『味方』増やそうとしてる。実際『味方』かどうかなんか分かりゃしないが、取りあえずその名札さえ付けてれば、『味方内部のルール』で互いの助け合いを強要出来るからな」
「――」
「人間以外の動物の方が、まだ分かりやすい。縄張りを拡張したとき元々棲んでた者は明らかに味方ではないから、追い出すか皆殺しにするかで、ちゃんと味方だけを残すことが出来る。――しかし人間は一人で生きていけないことが分かっているから、『味方』を増やそうとするので、そういう『名札』の入れ替えだけになる」
「……その名札が付いてさえいれば、〝互いの助け合い〟をしなかった者を、罰することも出来る……」
リオンが独り言のように云う。タオは「うん」と頷いた。
「――そんなもん、『味方』とは云わない」
さっきタオが云ったことを、今度はリオンが真摯な声で、やはり独り言のように云った。そして、膝の上でギュッと拳を作った。アサギも唇を引き結び、こくっと頷く。
そんな若人二人を見て、「そうだ」と厳かに告げる。
「〝敵じゃなけりゃ味方〟っていう、愚かな二元論とも云える。元の国名がついてた名札を引っぺがしてUCFCって国名を付けさせるだけだ。〝昨日の敵は今日の友〟を楽観的に捕らえすぎだな」
「……」
「――そういう弱さを突き詰めて生まれた『関係性』に、『味方』とか『同胞』とかいう言葉を使うような理念を、俺達は持ってないんだ。味方し合うことが出来なくなっても、味方する、その時、『味方』という言葉で、自分を表現するだけなんだ」
真摯な声でタオが云い、アサギとリオンは唾を飲む。
「少々、誤解を生みそうだが――俺自身は、〝サウザー領民〟として生まれて、その〝名札〟がついた民衆を、俺の、『敵』と思っていないのは当然だが、『味方』……とも思ってない。領主として守るべき対象とは思ってるが、『味方』ってもの自体が〝偏ってる〟以上、民衆が『自分は領主の味方だ』と自覚・自称する状態になった時は、俺自身が偏ってるってことになってしまう。俺はそうならないように努めているんだから、民衆を『味方』とも思うことが出来ない訳だ。――そりゃ、今みたいな戦時、『友軍』を完全な『味方』だと信頼する常識くらいは持ってるが……――さっき云った、元サウザー領でUCFCに入ったところは、俺のそういうところも気にくわなかったのかもしれんな。離脱は親父の代だが、親父も俺とそう変わり無く、『自分の味方』という概念を自分の領民に――息子にも、きっと持っていなかった」
タオが軽く肩を竦めて云う。アサギとリオンは顔を見合わせて、何か確認し合うように頷いた。
「自国の民衆を〝味方〟だと思っていない」というのは、確かに誤解を生みそうな表現だ。だが、多分今タオが云ったことは、ギンが云っていたこと、即ち、「懐の内から攻撃されることも想定しつつ、それでも覆い入れて背負う」――「領民の中にこそ自分の敵が居たとしても、それでも領主として守らねばならない」、それを示しているのだろう…、二人ともがそう感じた。それを、言葉でなく視線だけで確認したのだ。
――タオ自身が、「偏りを持つな」と云う言葉で、自分を「残酷」「非情」だと思わせようとしている気がしたので、若人は、それこそ「その偏り」を持たないために、彼の言葉を否定する――タオを庇護する思考を、無意識のうちに巡らせていた。自分自身が、タオに抱いている「敬意」の方を、彼自身のそういう言葉で否定されたくないからだ。
目配せを交わした若人に、「ん?」と首を傾げはしたが、タオはその意味を問うことは無く――ふぅっと深く息を吐いて続ける。
「味方してくれる者に感謝をするのは当然だ――、だが、その感謝すら出来ない状況、つまり、自分に味方してくれる者が誰も居なくなったとしても、自分が『味方したい』対象が居るなら、それだけでも人が生きていく価値や意味はある。そして――チョウに云ったように――自分が対象を『敵』だと思いさえしなければ、人が生きていく上で『敵』も居ないんだ。〝味方じゃなけりゃ敵〟っていうのも、弱さ故だ。味方という『関係』が無い時――その恐怖が、せめても敵という繋がりを求めさせるほどに『己』が無い。――そういう二元論は、軸に『己』が無いブレ、全て〝偏り〟だ」
再びタオが、右手の指を左右に振った。
「強いて云えば――『味方を求める』んじゃなく、『味方して貰える己』になる、『軸である我』の確立が、『するべきこと』だ。だが――堂々巡りに聞こえるが、その『軸』故に味方が居なくなったり、敵が増えたりすることはある。――それでもその時、『己』を見失わずに居られることが、強さだ」
きっぱりとタオが云い、アサギとリオンは顔を見合わせ――直ぐに頷くことが出来なかった。
確かに、グロスの丘でチョウに、タオはそう云っていた。アサギとリオンもそれを聞いていた、が……少し意味の分からない部分があったのだ。それが今、分かった気がする――
「孤独を喜ぶ強さを持て」
とは、そういう意味だったのか……。
敵すらも居ない孤独を喜ぶ――そんな「強さ」、「己」など、自分達に持つことが出来るんだろうか――若い二人には、師匠の言葉に頷くことが、出来ない。
タオは、じっと二人を見つめて、黙ったまま少し待った。頷いたり否定したり、そんな明瞭な返答を待つつもりも無かったが、二人の動揺は、感じ取っている。それがある程度落ち着くまでは、言葉を畳みかけるつもりも無い。
だが、その間が少々不自然に――ここで黙って時間を使うくらいなら部屋に帰してやるべきだろうと思いつくくらいの――空いたので、タオがまた息を吐いて、「そうは云ってもな」と呟いた。
「君達はまだ若い。〝他人〟との『関係性』を失うのが怖くて、『軸』の強さを鍛えるよりも、関係性を『失わないようにする』っていう〝やるべきこと〟の方が、重要に思えてるだろう。まあ、かといって、年を取ったら自然と軸が鍛わるかって云ったらそうでもない、むしろ年を取るほど、失うのが怖い『関係性』が増えて、ブレまくることもある。『ブレ』と云いつつ、『関係性』にがんじがらめになって〝己〟を見失うとも云えるな。そっちが人情でもあるさ」
「……」
「何にせよ、自分が死ぬときに虚しさと後悔ばっかり、ってことにならなきゃそれで良いのさ。後悔もあるけど充実もしてたって往生の仕方が出来るなら、それは良い人生と云えるだろう――俺は師匠面して君達に説教したが、それを頭から信用する必要も無い、君達自身が〝幸せ〟な〝己〟で居られるために、〝己〟の〝やるべきこと〟を考えるなら、それで良い」
そう云って、ふうっと溜息をついた後、タオは「しかしアサギ」と名前を呼びながら彼をピッと指さした。アサギが、「は、はい」と声を裏返して背筋を伸ばす。
「それでも、念を入れてこれだけは云っておくが、今、火の玉や土塊などを『〝味方〟だと思いたい』気分があるなら、それだけは確実に消すんだぞ? 『敵』だと思う必要は無いが、警戒はしとかなきゃいけないのが現況だ。むしろ、今の方が『敵とも味方とも思っちゃいけない』っていうデリケートなところだからな、敵だと思わずに警戒など出来ないってんなら、せめて『無心』『平静』を心がけろ。さっき云ったが――『過小評価』『誇張』『極端な恐怖』に加えて、『期待』も、御法度の〝偏り〟だ――アサギだけでなく、リオンもだぞ」
これは「念を入れる」という言葉の通り、一応成人もしている若人を幼児扱いするかのように、人差し指を立てて大げさに眉を寄せつつ、二人それぞれに云い聞かせるタオであった。
こくりと頷いた二人へ、「うん」と頷きを返して――場の空気を変えるためなのか、不意に窓の方へ目をやった後、天井にも顔を向けた。
「……俺の好奇心が逸ったところから引き続き、説教で随分時間を取らせてしまったな。もう夜が明けそうだ、済まんかったな――君らの方から、もう何も無ければ、そろそろお開きとしようか」
ペンをペン立てに戻しつつ、苦笑混じりにタオが云う。
今はアサギがフリュスからの「情報」を伝えていたところから突入した「説教」だったので、リオンも、物問いたげにアサギへ顔を向けた。
アサギはリオンに軽く首を振った後、タオに改めて告げる。
「僕の方からはもう……――司祭様から、タオ先生へ告げておくように云われたことは、終わってます」
「そうか」
分かった、と頷き、「で、君の方は?」と念のためリオンにも、タオが顔を向ける。
リオンは一度小首を傾げた後、こくん、と息を飲み、リオンが小声ながら随分と真剣な声で、
「一つ、訊きたいことがある――出来た」
と云って、少々前のめりになり、タオへ顔を突き出した。
タオはパチパチと瞬きをし、「何だね」と聞き返す。
「あんたが今云った、『強さ』。――あんたは、若造の俺達に『人生訓』として〝説教〟したらしいことは、分かってるんだけど……――それってさ、〈マスター〉にも――〈マスター〉になるのにも、必要なことなのか?」
「……」
タオと入れ替わりに、アサギが目をぱちくりとさせ、タオの方は、今度は訝しげに目を細めた。
「いや、そりゃ、〈魔術士〉にその〝号〟がつくかどうかは完全に〈精霊〉次第っていうのは、分かってるんだけど――だから、あんたにも分からないっていうんなら、それはそれでも良いんだけど……、どうなんだろう……?」
リオンも別に、タオから〈マスター〉に至る「方法」を指南して欲しくて訊いた訳ではない――タオの云った「強さ」を手に入れれば〈マスター〉になれるのか、という意味の質問ではないのだ。
ただ、ふと――ギンの云っていた話が、頭を過ぎったのである。
ギンは、さっき、こう云っていた。
――本来「支配者」とは、民や国を懐に覆い入れて背負う者、それが故に、外敵からの傷を真っ先に受ける――
――〈精霊〉の支配者と云える〈マスター〉には、敢えて言葉で云うなら、〝星を懐に入れて背負う〟くらいの、「覚悟」とも名付けられるだけの「意志」が必要――
しかし、
――会ったことがあるかどうかは知らないが、そんな崇高な理念を持っているとは到底思えないような〈マスター〉も居ることは居る――
とも云っていた。
もしかすると、それが、今説教された、タオ曰くの〝強さ〟のことなんじゃないだろうか、と思いついたのだ。
ギンの云っていた〝そんな崇高な理念〟というのは、それこそタオのような――領土・民を守るために、たった一人ででも〈矢〉に向かって行くような、そういう形をした意志のことだろう。
それを持っていないような〈マスター〉というのは、実際ギンが云っていた通りリオンもまだお目に掛かったことはないが、想像をしてみると――「支配」の形がCFC、イー・ル、エグメリークと似た――「世界征服」のようにも見える傲慢な「欲」がある者、しかし、それら三国の権力者のようにぬるくない者、なのではないだろうか。
〝星を懐に入れる〟ほどの〝己〟――そのせいで、味方が全く居なくなっても、世界の全てが敵に回っても、ぶれない「強さ」――それを持っているから、〝崇高な理念〟を持っているとは思えない〈マスター〉も居る、そういうことじゃないだろうか、と、リオンは思いついたのだ。
タオはあくまで、まだ若い自分達の「これからの人生」のために「説教」をしたのだろうけども、実は、〈魔術士〉として、〈マスター〉に必要な要素のことも、話していたのじゃないだろうか――?




