【day2】(4)-[9]-(1)
やはり先ほどと同じように、それは一瞬のことで、すぐにタオはニッと口角を上げ、体をアサギとリオンの方に向け、机に肘をつく格好になった。
それからやけにニヤニヤしつつ、アサギに云う。
「アサギ、君は君で、人が好すぎるぞ」
「えっ――」
「〝あれ〟ってのは、恐らく火の玉のことなんだろうな、単数形で今その代名詞が使えるのは、俺らの間では『火の玉』『巨人』だし。だが、その裏には、『竜巻』や『土塊』も併せて、〝あれら〟〝これら〟という意味が含まれてそうだな。そうでなけりゃ、この話の流れで『やっぱり』とは出てこないだろう。チョウが『火の玉』を不気味だと云った時の俺の説教と、しかし彼が『不気味に思っていた』のとは相反する行動をしているっぽい『竜巻』『土塊』も併せて、『やっぱり』が出てきたんじゃないのか? ――アサギ、さっきの説教を、君はどう聞いてたんだ。『少し考えて』出たのが〝それ〟か? 何故、『味方』なんて言葉が、出てくるんだ?」
「……」
「〝あれ〟が〈核の矢〉を、食ってくれたからか? 基地を襲撃して、〈敵〉の戦力を減らしてくれたからか? 進軍の足止めをしてくれたから、和平協議へのキッカケを作ってくれたからか? ――もし〝あれ〟が、次には〝こっち〟……サウザーに引き返して、サウバー山系の防衛軍を攻撃してきたらどうする? あるいは土塊とも合流して、フリュスの『教会』に食った矢を吐き出したらどうする?」
薄ら笑いを止めないまま、つらつらとタオが詰め寄ってくる。アサギは身を引き、答えられずに狼狽えていた。――傍で見ていたリオンは、何だかアサギが不憫になり、眉を寄せて、「おい、タオ」と渋い声を出した。
「別に、アサギだって、アレを味方だと思ってる訳じゃないだろ。そうなんだろうか、って疑問を口にしただけじゃん、その意見を師匠のあんたに訊いてみた形になっただけで……」
「じゃあ、俺は知らんとだけ返すが、それでも良いか? その後、それはそれとして、の新たな説教がまた長引くが、覚悟は良いか?」
リオンの苦言にタオはあっさりと返し、彼に顔を突き出してみせた。反射で身を引き、アサギと同様にたじろいでしまう。
意地の悪いニヤニヤ顔を、一度苦笑に変えてタオが息を吐く。椅子の背もたれに身を預け、再び机についた腕で頭を支えた。
「実際、どうなんだ、二人とも? 〝それら〟が――『火の玉』『土塊』『竜巻』、それが引き連れていた『百鬼夜行』が、〝こっち〟を今度は襲撃したら、その時、君らはどう思う」
「……。え、っと……」
「アサギ、君はリオンの云った通り、『師匠』である俺に、『どうなんだろうか』と質問したつもりだったのか? だったら、俺は『知らん』としか云えんぞ。――俺とて、持っている情報は同じじゃないか、君らと。なのに、君は『味方』という言葉を出した。何故その言葉が出てくるんだ、と俺は云ってる――昨日のチョウと逆方向で、人が好すぎる、そして昨日のチョウと同様に、結局は偏りだ」
苦笑混じりだった声が、真摯なものに変わる。タオは肘掛けに腕を乗せて、真っ直ぐに若人二人を見つめた。
「チョウは『敵か味方か分からない』とは云ったからな、君は彼より偏りが過ぎてる。――アサギ、師匠の俺に、『そうかもしれない』『いいや違う』のどちらかを云って欲しかったのなら、それは『甘え』だ」
アサギは恐れ入って俯き加減になり、リオンは口をへの字にしている。
「もう一度云うが――〝あれら〟が〝こっち〟を襲撃してきたら、どうする? その可能性が、無いと云える根拠の方が、一切無いだろう」
「……」
「――その時、『ああ、味方じゃなかったのか』と思うだけなら、それで良い。『味方だと思った自分がバカだった』と悔やむなら、実際バカなんだが、まだマシだ。……一番愚かなのは、『味方だと思っていたのに〝裏切られた〟』と思うことだ。一方的に根拠の無い信頼を寄せて、勝手に裏切られた気になって、相手を恨む・憎むなど、愚かなことだよ。――最初に偏るから、その分、逆に振ったときの憎しみや怒りが増幅する」
右手の人差し指を立てて〝メーター〟の針のように左右に振りつつ、タオが云う。
「いいか――チョウに云ったが、対象を『敵にする』のは、自分自身の『敵意』だ。自分が相手を『敵だと思った時』に、相手は敵に『なってしまう』んだ。だが、相手が自分を敵視していても、自分が敵意を持たなければ、相手は敵じゃない。――だがな、『味方』は、自分が『なる』ものであって、対象が『なる』もの、『してくれる』ものじゃあない。『対象を味方だと思う』のは、偏りなんだよ」
肘掛けから腕を放し、今度は膝の上に肘をついて身を乗り出す格好で、タオは自分から若人の方へ指を振った後、そちらから自分へ指を振り、最終的には二人が並んだ間辺りの空間へ指を突きつけた。
――すると、アサギは情けなく眉を下げ、リオンは逆に、ギュッと眉を寄せた。それは二人とも、何だか「ショックを受けた」ように見える顔だった。
恐らく、二人が何を感じたのか、タオにも伝わっている。――が、タオは知らぬ振りで、ギュッと口を引き結んでしまったアサギではなく、リオンへ
「どうした?」
と、やけにあっさりした声で訊いた。
リオンが一度口を開きかけ、閉じる。唾を飲んでから、タオに、
「俺は――俺達は、あんたを、サウザーを、『味方』だと思ってたよ? それが『悪い』ってのかよ」
「俺は君達の味方だよ」
唾を飲んだのに、それでも掠れかけた声でリオンがそう云うと、タオは相変わらずあっさりと云った。
リオンはたじろいで一瞬口を噤んだが、それでも続けて問う。
「じゃ、じゃあ……、あんたは俺達の方を、どう思ってるんだ。俺達は自分を、あんたの『味方』だと、思ってるのに」
「有難う、それは、嬉しいことだ」
「……」
にっこりと――決して社交辞令でなく――笑ってタオが云い、今度こそリオンは言葉を失った。
タオは表情を再び苦笑に変えて、「だからな?」と云い聞かせるような声を出した。
「俺が云ってるのはな。『味方』というのは、ただそれだけなんだよ、ってことだ」
「――」
「俺は、君達の味方だ。俺自身がそう決めた。君達が、自分を俺の味方だ、と自分で決めたなら、俺と君らは『味方同士』と呼ばれる。――ただそれだけだ」
左手で自分から二人へ、右手で二人から自分へ、人差し指を振って、タオが云う。
若人二人は、困ったふうに顔を見合わせてから、師匠に向き直った。
「何云ってるか、いまいち解んないか? じゃあ、もっと簡単に云おうか? ――自分が味方しない・出来ない相手を『味方と思う』のは、図々しい」
「……あ…」
アサギとリオンはパチパチと瞬きをして、溜息を漏らした。
「『味方』とは、自分がするもの・なるもの、ただそれだけだ。――その後、味方した対象から、味方して貰えることを『期待』するのは人情として仕方ないが、しかしそれで味方して貰えなかった時に『恨む』、『裏切られたと思う』のは筋が違う。『自分が味方して貰ったから自分も味方しよう』と自分が思うことと、自分が味方した相手から味方して貰えるかどうかは――それを期待してしまうことは、別の話だ」
「……」
「まして、自分が味方しないのに相手を味方だと思うのは全くもって図々しいし、そう思った相手が味方じゃないと分かった時に裏切られたと思うのも厚かましい。違うか?」
二人は、小さく俯くように、頷いた。
タオが一つ、ふうっと息を吐く。
「――君達は、いや、俺もだが……、サウザーとフリュスとサヴァナが〈同盟〉だと、もう決まってる状況に生まれた世代だ。だがな、この三つは、ずっと昔、俺達のご先祖様何代も前から、一度だって、〈同盟〉だと、文書・契約・条約を交わしたことなど無いんだよ? はっきり〈同盟〉だと確認したことが無いのだ。精々、お互いのトップが、『ごきげんよう、また会いましょう』を云い替えたくらいの『又何かあったら宜しくな』って握手をするくらいのもんだ」
「えっ……」
「俺達三者はな」
〝三国〟と云いがたい、国と集団と村である――タオは、自分の胸に指を当て、若者二人をそれぞれ指すようにグルッと円を描きながら、そう云った。
「自分が『味方しよう』と思った時・状況で『味方する』。ただそれを、各々が、相互に、繰り返し、たまたま何処の時代にもそれが途切れなかったから、結果として〈同盟〉だと世界的に見られているだけなんだ。在るのは既成事実だけなんだよ」
「――」
「俺達の代――この〝戦〟が始まった段階で、もう〈同盟〉では居られない、互いに『味方』が出来ないとなっても、一向に可笑しくはなかった。何せ今やってる戦は、自分達の直接的な〈敵〉以外にもガヤガヤやってる、世界規模のものだ。状況がどう転んでも可笑しくない、自分のことだけで精一杯になって、『味方する』どころじゃなかったかもしれない。――だが、互いに『味方し合うことで』踏ん張った。そして、今『筋』『異形』の――〝せい〟と云うべきか〝おかげ〟と云うべきか――『謎』が吹き出したことで、一層結束が強まったと云うことも出来るだろう。――だが、どこかの段階で、理由が何であれ『味方出来ない・しない』となっても、それはそれで全く不思議ではないんだ」
若者は戸惑いの表情を浮かべている。
「じゃあ……、仮に、たった今まで味方面してた俺が、ここであんたを暗殺したとしても、あんたは、それを不思議には思わないのか?」
それはそれで、裏返せば「今まで百パーセントの信用をして貰えていなかった」ことになる――リオンが、ギュッと眉を寄せた険しい顔で、そう訊いた。
タオは微苦笑を浮かべた。
「事象として不思議ではない、『可能なんだからあり得る』ことではあろうが、『不思議に思わない』とは云わない。その場合は流石に俺とて、薄れゆく意識の中で『裏切られた』とは思うだろうよ? 君は俺に、『自分を俺の味方だと思っている』と云ったばかりでもあるのだから。俺は確実に今、君を警戒していない」
「……」
「――それを翻して俺に危害を加えるなら、それは〝卑怯〟なことだ。サウザーは、そういう卑怯な者に味方は出来ないし、嫌いだ。故にその時、君は、サヴァナは、明確に『敵』となるだろう」
それは俺だって嫌いさ、リオンは胸の内で吐き捨てる。――だから自分はそんなことしないのに、何故、タオは「君はそんなことしないだろう?」とは云ってくれないのか――未だ少し、何だか悔しい。警戒をしていないということと、信用をしているということは、同じではない……気がする。
さっき、自分が語ったニックからの情報を、タオが完全には受け入れていなかったと分かった時よりも、今の方が――ずっと、悔しい気がする。
「――だが、君が――『もう俺に、サウザーに、味方は出来ない』と宣言してからだったら、『そうか』と受け入れた上で、俺は抵抗をするだろう。抵抗をした結果として、俺か君のどちらかが倒れ、引き続いてその結果、サヴァナとサウザーがその後どういう関係性を持つのかは、成り行き次第だ。絶縁状態になるのかもしれないし、それ通り越して敵になるのかもしれないし、サウザーはそれでもサヴァナに『味方』するのかもしれないし」
それを聞いて、再びリオンの表情が戸惑いに変わる。
「俺達三者の間には、既成事実である『関係性』があるだけだ。そこに〈同盟〉って名前がついただけなんだよ。一体、CFCとイー・ル、エグメリークの三国がそれを知っているかどうかは分からんが、明確に条約、文書を交わした上で〈同盟〉となっている彼らとは、順番が違う。――だから、ともすると、俺達の間に明瞭な約束が無いことで、『人んちの喧嘩に他人が割り込んでくるんじゃねえよ』って面倒臭いことを連中から云われてたかもしれないんだが、それも不思議じゃなかったし、理不尽でもないんだよ。向こうからしたら、約束も交わしてない第三者が茶々入れてくる方が、話を面倒にしてることになるんだから」
くすっと笑ってタオが肩を竦めた。――リオンとアサギは、横目に互いを見合う、「そうならずに良かったな…」とでも視線で云い交わしているのかもしれない…。
タオは少々、億劫そうな溜息をついてから、独り言のような口調で云った。
「もともと、サウザー領も同じようなものなんだ。――君らはどのくらい知っているか分からないが、サウバー山系を越えて西にも『サウザー領』としての村や国はまだあった。この本部直轄地は、サウザー領の西端という訳ではなかったんだよ。『領』に含まれてはいないが、フリュスとサヴァナと同じくらい親交の深い国・自治体もあった。……CFCから『サウザー』への正式な宣戦布告があってからは五年というところだが――CFCはそれ以前から東に向かって侵攻を始めていた。『領』に含まれていない国は、サウザーからの協力を拒んだ。親交が深いからこそ『手を出さないでくれ』と――味方しないでくれと云ってきたんだ。それをすると、CFC側から見てサウザーが『敵』になる。それは、向こうの思うつぼであるから」
「……」




