【day2】(4)-[8]-(2)
アサギは「何か自分に問おうとしたのではないだろうか」と思ったので首を傾げたが、タオは結局何も云わなかった。
――アサギは〈通信〉で司祭自身と喋ったらしい。それで特別動揺した様子も無く淡々と、伝えられた情報だけをこちらに云った。リオンも――ニックから何も聞いていないようだ、ニック自身がそれを知らなかったからなのか……。
タオは「スオウ君の体調はもう大丈夫なのか」と問いかけたのだが、アサギだけでなくリオンも、結局今まで何も知らないようである。フリュスとサヴァナが、この二人にはそれを伝えないままだったのなら、自分が迂闊に問うことで知らせるのは僭越であるし、自分のことについても「藪蛇」になる可能性があるから、その問いは飲み込んだのだった。
――ふん…と、一人で何か納得したような息を吐いてから、アサギに向かって
「で、もちろんスオウ君は、その打診に対して未だ返答をしてないんだろう? 協議のテーブルに、付くとも付かないとも」
「あ、はい。それはやはり、もう少しエグメリークの現状を把握して、向こうの意図が明確に分かってから――正式にサウザーとサヴァナにもご報告出来そうな状況になってから、と申しておりました」
「ふむ、そうか。――ああ、でも、念のため云っとくけど、協議を開始するかどうか、その内容とかまで、サウザーとサヴァナに『窺う』必要は一切無いからね。一応〈同盟〉だからって、和平協議を一緒にやるような意識は持たなくて良い」
「そうですか? ――〈装置〉等の技術や物資の交換とか提供とか……サウザーから派遣して下さっている人員の引き上げのこととかもありますし、少しは打ち合わせをした方が良い気がしますが…」
「そういうのは、協議の『裏』で同時進行とか、極端な話、事後になったって一向に構わないよ。――俺としてはぶっちゃけ、一刻も早く『筋』『異形』の方に集中出来る態勢を整えたいんだから、フリュスとエグメリークが真っ先に、とっとと停戦や和平に持ち込めるようなら、有り難い話なんだ。それこそ俺達への報告とかの『一手間』介すのはタイムロスでしか無いんでね、その辺り、――ああ、サヴァナのタックさん達はどう判断するか分からないが――サウザーとは『相談』や『同調』を全く考えなくて良い、独断で進めてくれて良いから。そりゃまあ、サウザーからの『協力』があれば話がより早くなる、ってことが出てきたら、それも遠慮なく云ってくれて良いんだが――機会があれば俺から直接云うんで、君からまた伝達する必要は無いよ」
「はい――分かりました」
戸惑いがちではあったが、頷いたアサギにタオも頷き返して、タオは体を二人に向けたまま、紙に何事か書き付けた。自分で書き物をした紙をしばらく見つめて、タオは小首を傾げ、改めてアサギに問う。
「アサギ、それで、スオウ君は、打診が来た『理由』について、何も云ってなかったか? 推測でも」
と問うた。アサギは困ったように首を捻る。
「司祭様は、特に何も云ってませんが……、というか、僕がタオ先生の質問をちょっと、理解出来てないかもしれません、『理由』と仰いますと?」
恐縮そうにアサギが質問を返した。タオが苦笑し、「ああ、すまん」と軽く手を振る。
「〈核〉ぶっ放しといて、ほぼ昨日の今日で和平って、『何をいきなり虫の良いことを』ってなるだろ。アエラが居たら――『何度も云うな』って怒鳴られそうだが――あの子は確実にキレるよ。彼女と比べりゃ相当温和なフリュスの人でも『はぁ?』つってんじゃないか」
「そうだよなあ、俺だってそう思った、どんなにツラの皮が厚いんだって、呆れた」
アサギが曖昧に小首を傾げるだけなので、リオンがはっきりとリアクションをした。
「〈核〉の投下が仮に成功してて、『どうだ、もう降伏しろ』って云ってきたんなら、まだ分かるけどさぁ、和平って」
「それを云う方だって、もう少し『ほとぼりが冷め』てから――取りあえず正式に〈軍〉を前線から退却させた後とかじゃないと、『何か裏があるんじゃないか』って警戒させてしまうことくらい分かってるだろうし、まともな返事を貰えると思わないわな、普通。――理由、というか……そんな〝普通じゃない〟ことを、敢えてやった『背景』と云った方が良いかな」
そういう意味か、と一つ息を吐いてから、アサギは困った顔をして、「いえ……」と小さく首を振った。
「やっぱり、司祭様は特に何も仰ってませんでした。フリュスは、ボウガンさんやフィズさんのような諜報役をエグメリークの城下までは派遣してないので、そういうルートからの詳細情報がありませんし……、兄様は普段、『推論』とか『仮定』のようなことを、ご自分からは余り口になさいませんから――ただ…」
タオが「ん?」と目を細め、完全にペンを置いた。リオンもアサギの顔を覗き込むように首を傾ぐ。
「――兄様は、和平協議の打診とそれを関連づけるような云い方をしていないので、僕自身の推測とか想像なんですけど……、もしかしたら、二つ目の情報も、『背景』として関わりがあるのかもしれません。いえ――、敢えて、自分の考えを強く申し上げますが、『無関係の筈が無い』と、僕は思います」
出だしは怖ず怖ずとしていたが、最後にはキッパリとした口調でアサギが云った。
「そうか、大まかに二つ、と云ったね。一つ目が和平協議の話か。で、〝二つ目〟――スオウ君は、それぞれ単独の情報として伝えて来たが、君自身は、繋がっていると思った、そういう意味か?」
「はい」
「ふん、で、その二つ目とは」
タオから促され、アサギは軽く唇を舐めてから答えた。
「例の土塊――『土の獣』も、エグメリークの基地を、襲撃したようなのです」
「――!」
「えっ!」
タオがぎゅっと眉を寄せて息を飲み、リオンは思わず声を裏返してしまった。
素早く紙にペンを走らせた後、タオはアサギの方へ顔を突き出す。――その目は、気のせいでなければ、きらきらしていた。
「で? 詳しく頼む。――いや、その前に。諜報隊のような人員をフリュスはエグメリークに潜入させてないのに、どうしてそれが分かった?」
ペンを持ったままタオが早口に問う。――ある程度予想はしていたが、タオの食いつき様に一度「は、はぁ…」と狼狽の表情を見せてから答えた。
リオンにもちらりと目線を向けて、
「人員を派遣してはいませんが、隣国や首都周辺にフリュスの『協力者』と云える国や人は居られますので、そういった方々からの情報とかがあります。それと、フリュスからの『人員』は居ない分――〈識〉の魔術と装置、〝レーダー〟等の機械の性能を上げることで情報収集に努めてますから……。サヴァナから提供して頂いた〈感識〉の装置や、フリュス独自に開発致しました〈識〉装置の操作役は、流優姉様が主導で務めておりますし」
「ああ、そうか。フリュスに於ける〝情報部長〟と〝参謀〟って云えるのは、流優だろうからな」
アサギが答え、タオが頷く。――脱線になるのは分かっていたが、湧いた疑問は解消しないと気分が悪いので――何となく仲間外れになっている感覚もあったし――リオンが小声で早口にアサギへ耳打ちした。
「割り込んで御免。その〝ルー・ユー〟って人が、さっき云ってた従姉? ホントの兄弟は兄ちゃん二人だけつったよな」
「あ、はい。そうです」
早口に聞かれたので、アサギも端的にただ首肯した。――そんな二人にタオが小さく笑い、
「別に、それはそこまでコソコソしなくても良い。リオンだって予備知識が無いと、傍で聞いてて訳が分からんだろうし」
そう云って軽く手を振った。
――アサギは、自分や自分の身内のことに関して「謙遜」したがる性格をしている。それは「美徳」と云えるが、「情報」と考えた場合〝アウトプット〟が正確じゃないとも云えるので、タオがリオンに視線を向けて簡単に説明をする。
「流優・ヴィレ・フリュスは、フリュスの前司祭であるアサギの母御、その妹君の娘さんだ。〈水〉の〈マスター〉なんだが、イムファルと同様『研究者』としての側面もある。実践者であり研究者、というのは、ある意味矛盾しているとも云えるんだが、故に『かなりの才能の持ち主』だよ、その二つの立場は両立が可能なのだと、彼女は証明しているって意味で」
「えっ?」
軽く驚いて目を見開いたのは、彼女をよく知っている筈のアサギである。おや、とタオが瞬きをした後、「ああ、そうか」と一人、何かに合点したように頷いた。
「そうか、アサギ。君もリューが『研究者』の側面を持っていることは知らなかったんだな?」
「は、はい……」
従姉が「研究者」だったなら、朝、イムファルからの講義をあれほど新鮮に受けることは無かった。
「でも、彼女が〝勉強熱心〟なのは、そうだろ? フリュス村には『大学』とか『研究所』のような施設が無いのだし、彼女はイムファルのように〝教授〟として他人にその一面を見せる機会がまず無いから、研究者っぽい面を、たまたま君は見たことが無かったってことだと思うよ。それに、リューも〈魔術士〉であることが先にあっての『研究』だから、より実践的な方面に偏ってるだろうしね、イムファルは概論とか〈精霊〉そのものの理解についてがメインだが、リューは、〈魔術〉の体系や応用が主だから……――執務室でイムファルがやったような講義を君が、フリュスでリューから受けられたかどうかは、ちょっと定かじゃないね」
「はあ……」
タオが苦笑して云い、アサギは、従姉の新たな一面を異郷で知ったことで、「そうだったのですか…」と嘆息した。
気を取り直して、というふうに、タオは一度軽く手を振り、リオンに再び顔を向け、
「で、流優は、それに加えて、〈水〉の〈マスター〉でありつつ、世界に存在するもの――特に生物――の持つ〝熱量〟の感知能力が鋭い。――執務室で、ルナールがアサギに云ったろ、〈火〉の理解に目を向けてみても損にはならないって」
「あ、うん」
「それを、流優は実践してる感じなんだよ、〈火〉の〈魔術士〉とは云えないんだが、〈水〉の範囲で応用に応用を重ねたというか……、〈水〉の術式体系は越えたところで〝熱量〟に敏感なんだ。よって――」
そこでタオはアサギに目を向けた。
「〈識〉の〈装置〉、レーダーと合わせれば、――破壊が起きた箇所のエネルギー変化は、かなり明確に察知出来る」
そういうことだな、と云いたそうな真剣な目と声で云われ、アサギはコクッと唾を飲んだ後、「はい――」と頷いた。
リオンも、それで何となく理解出来たらしい。
「その、流優さんが、エグメリーク基地が『破壊』されたのを感知した、ってことか……」
――タオの頭の隅っこに再び、「流優も体調はもう万全なのか」と疑問が湧いたが、やはりそれをアサギには問わず、リオンへ「恐らく、そうだろう」と頷いてみせた。




