【day2】(4)-[8]-(1)
こくんと頷いて、アサギが口を開く。
「えぇと、僕の方は、大きく二つ……お伝えすることがあるんですけど…」
そこでアサギは迷うような目をして、リオンにチラリと顔を傾けた。その態度に、タオが
「リオンの耳があっちゃマズい話なのか?」
と訊く。リオンが、わざとのことだろうか、プッと頬を膨らませた。
アサギは困った顔をして曖昧に首を捻る。
「兄様――司祭様から、タオ先生へ伝えておくようにとは云われたんです。ただ、二つのうち片方については……、サウザーの、他の方には、まだ云わないようにと念を押されていて。あくまで、タオ先生に直接伝えられる機会があれば、と」
「ふん、それじゃ、リオンの耳は気になるわな。――リオン、腐るな」
やはりリオンが口を尖らせるので、タオが手を振って云う。それから、彼に真面目な顔と声で、
「じゃあ己は少し出ておく、って素直に云えないんなら居ても良いけど、リオン、他言無用を心しろよ。フリュスの大司祭がサウザー領主だけに、って釘刺してんだ、これは、完全な『機密』だからな」
「う、うん」
これは道化たリアクションなど出来ない。リオンはたじろいだ後で、大きく頷いた。
で? とタオがアサギに首を傾げてみせる。――これはサウザー領主が、リオンに「居ても良い。故に聞いても良い」と許可したことになるのだろうから……アサギも一度唇を引き締めてから、口を開いた。
「まず、政治――外交上のことなんです、これが、『タオ先生だけに』って念を押されたことなんですが。もうちょっと正確に云うと、司祭様は『サンハルさんやフーコーさんにも、君からは未だ云ってはいけないよ』と仰ってて」
「ほう……。スオウ君は俺がサンハルやフーコーと近しいことも良く知っている筈――君とも既に親交があることは分かってて、わざわざ二人の名前を出し、そう云ったんだな? 君を介した上だとしても、あくまで司祭から領主へ、ということか……」
「――。んじゃあ、そのスオウさんって人からサヴァナに行くなら、タケさんに直接行く筈で、俺を介することはあっちゃいけない、ってことなんだな?」
今度は拗ねた口調でなく、真面目に確認するようにリオンが口を挟んだ。アサギには答え難かったが、タオが大きく「そういうことだな」と頷く。
「ふぅん……。となると、アサギ、君は朝の段階では、どっちにしてもそれを伝えることは出来なかったな」
「ええ、そういうことになります……」
何せ、リオンも一緒だったし、執務室に着いた時点では総務部の職員やイムファル、ルナール、フーコーと大所帯になったから。
「ただ、朝の段階では、フリュスの方もまだ確認作業や整理をしている途中って感じだったので、伝える機会があるんならタオ先生だけ、他の方には、『混乱の元になるだけだから』云っちゃ駄目って意味だったんですが」
「へぇ? てことは、午後の〈通信〉で、やっぱり今の段階では領主にだけ、って念を押す格好になったのか?」
「はい」
「ふむ……。――で? サンハルやフーコーとも共有しちゃいけないってんなら余程のことだが、その内容は?」
タオから促され、アサギが一度唾を飲み込む。
「エグメリークから、和平協議の打診が、来た……そうなんです」
「何ぃ?」
驚いた、というよりも呆れた、そんな様子でタオが片眉を上げた。
「〈核〉飛ばした昨日の今日でか。いや、もう〝一昨日の昨日〟か」
アサギが頷くと、リオンもタオと同じく「呆れた」と云いたそうに、一瞬口をぽかんと開けた。
「午後の〈通信〉では、その……『状況』の詳細が追加で来まして……『内容』――協議の時期や和平の条件、要求等は、流石に僕にも、伝えられることは、未だ無いみたいです」
「いや、そりゃそうだろう。それは、スオウ君にだって未だ来てないだろうさ、『何月何日に和平協議するぞ、条件はこれだ、さあ飲むか?』なんて、どんな上から目線の〝和平〟だよ。『うちの配下になれ、じゃなきゃ攻撃する』って〝宣戦布告〟と何が違う。アエラだったら、他人様振り回すのもいい加減にしろよ、ってぶち切れてるぞ」
相変わらず呆れた口調でタオは云い、苦笑を浮かべた。
「そうか…、確かに、その情報は、まだ『ここだけの話』だな。他に告げるなら、君を介してスオウ君からじゃなく、俺が判断して俺から、だ。――で、その『状況』ってのは?」
「もしかしたら、CFC――UCFCの大統領とアスール幹事長からサウザーへ来た〈超指向性通信〉と似たようなものかもしれません、その打診をしてきたのは、エグメリーク国王の腹心――側近である〝左大臣〟からだったそうで……」
それを聞いてタオが軽く眉を寄せ、先ほど、独り言を呟いていた時と同じように指で頬の肉を揉みながら「ふむ…」と鼻を鳴らした。
――傍で聞いていたリオンは、少々「混乱」したらしく、
「……あのさあ、俺は『聞かなかった』ことにしなきゃならないってのは分かってんだけど――意味が分かんない。エグメリークの国王の腹心が和平の打診してきたのが、どうしてUCFC大統領とアスール幹事長の〝難癖〟と似てることになんの? 『国王の側近』ってんなら、もう『正式な代理』っていうか、そんな感じで、公式なやり取りって思って良いんじゃないの? そりゃ、まだそんくらいだから、他の人に云うと混乱の元になる、ってのは解るんだけど……」
「――ん?」
「それとも、その左大臣も、大統領とか幹事長とかと同じくらいの『イエスマンだけど小心者』って意味で側近なの? もういい加減、センソーにこりごりで死にたくないってだけで、公私混同して通信してくるくらいの人間性、って、二人は知ってる……とか?」
今は自分がグイグイと割り込んで良い時ではない――それが理解出来ているので、リオンの口調は怖ず怖ずとしたものだったが、その疑問をさておくことは出来なかったらしい。アサギとタオのどちらにというでもなく問いかけた。
アサギは小首を傾げながら困ったようにリオンへ顔を向け、タオは訝しげに目を細めている。
タオが「ああ…」と息を吐き、
「そうか、リオン……君は君で、エグメリークについては、そんなに明るくないんだな」
納得、というふうな声でそう云った。何に明るくないのかが本人には分からないから、悩ましげに首を捻る。
――ここで完全に「それは云えない」としてしまうと、リオンの性質からして他の誰かに訊こうとしたり、それが気になって他の〝情報〟が疎かになったりするかもしれない……。
アサギが「どう答えるべきか」と戸惑っているので、タオがリオンへ
「リオン、今話してることを、君は『聞かなかったこと』にしなきゃならないのは、実際そうだから、ごく簡単に云っとくぞ」
まずそう念を押した。「う、うん」と狼狽えがちに頷いたリオンへ、タオが少々早口、小声で告げる。
「先に云っとくと、左大臣はそれなりに賢明な人間――ちなみに男性――だ。UCFC大統領とアスール党幹事長とは、明確に違う」
「あ、そう……」
「じゃあ何故、スオウ君に打診が来たのが『非公式』になるのかつったら――エグメリーク王国の現在の〝最高権力者〟が、実は国王じゃないからなんだ。だから、国王の側近が打診してきたって云っても、それはまだ、エグメリークにとっても、『外交上の正式な方針』とは云い難い、……そういう状況なのさ」
「……え、え?」
リオンは「一層混乱した」と云うふうに、焦った顔をしてアサギにも目を向ける。タオが取りあえず、それだけは簡潔に伝えてくれたので、アサギは彼に額を寄せるようにして、小声で追補した。
「――リオン君、先ほどギンさんが、〝一番えらい人〟っていう云い方を、ずっとしてたでしょう?」
「……あ?」
自分もイー・ルの「大導師長」を「一番エラい奴」などと呼ぶことがある――それと同様の、単に皮肉めく表現を使っているだけかと思っていたのだが――リオンがぱちぱちと瞬きをする。
「……そういうことなんです。世界規模で『公的』なことじゃないけど、――それなりの自治体の権力者であれば、『知ってる』あるいは『勘付いてる』って感じで、暗黙の了解とでも云いますか――あれは国王陛下への揶揄じゃなくてですね、エグメリークの体制を表現するのにオブラートに包んだ云い方…っていうか。〝最高権力者〟である筈の国王が実質的な最高権力、執行権を、持ってない状態なんですよ、今のエグメリークは……」
「――」
リオンが再び「そうなの?」と云うように、タオへ視線を戻す。
「かと云って、役職の名称で云うのも難いんだよなあ。君らがギンと何を話したのかは知らんが、まあ、〝一番えらい人〟って云い方は、そう外れてはいないな――とは云え、〝偉人〟では絶対にないから、その意味では大間違いだが」
タオも頷いてから軽口も交えてそう云い、リオンは腕組みをして「うぅん…」と唸る。
「――リオン、一応それを知った、ってだけで今は良いから。この先、エグメリークとフリュスの間で『戦争責任』を問うことになったとき、国王に集中してそれを負わすのは『酷すぎる』ってことだけ、知識として覚えてろ。――で、アサギ」
タオが苦笑してリオンに手を振ってみせてから、アサギに顔を向けた。リオンは「あ、ああ」と慌てて腕組みを解き、その手を膝の上に置いて背を伸ばす。また「集中する余り脱線」しかけてしまった。
「左大臣から和平の打診があった――のはそれとして……、サウザーに未だ情報が――というか、俺まで未だそういう話が届いてないんだが、〈核〉の後、戦線はどうなってんだ? 陸上の最前線は。交戦は止まらないまま、完全な非公式――国王と云うより『左大臣が自主判断で』と云っても良いくらいにコッソリと打診が来たのか? それとも、エグメリークの軍は動きを止めた上で、ある程度の公的ルート……『城』『王家』、せめて『後宮』から届いたのか」
「……〈核〉の無人機より後、『攻撃』と云えるような動きは、全くありません。実質、休戦状態と云っても良いような――ですが、打診が『何処』からなのかは、司祭様にもちょっと判断し難いみたいでした。決して左大臣の独断というのではなく国王陛下の意志だとは感じられたようですが、城内での意見が一致しているかどうかは定かじゃない、と――それがあるので、『伝えておくなら今はタオ先生だけ』ってことかもしれません」
「ふむ、成る程」
その判断は納得だ、と云うように頷いた後、タオは眉を寄せて顎髭を扱いた。少しの間だけ、それでも深く思考に沈むように目を閉じる。その――恐らく途中だろう、何か思いついたふうに一度アサギに目を向け、「お」か「う」の形で口を開きかけたが、直ぐに閉じる。




