【day2】(4)-[7]-(3)
「……それを、俺が自分で思いついて確認してれば良かった、ってのは、もう嫌ってほど解ったけど…、『自分が見たのとそっくり』と思った親方が何人か……三人は居て、イー・ルの三人のそれぞれの証言と合致してた、でも竜巻は一つ、ってんで、『同じ一つのもの』ってなるのも、ありっちゃ、ありかな?とも思う…」
「それはまあ、『仮定』としてアリだとは思うが、サヴァナの御方がそういう論理展開で『同じ一つ』と――推測としてだが――結論付けたってんなら、俺は思い切り反論するけどな」
タオが苦笑してリオンに小首を傾げる。
「竜巻の中には『三体』、あるいはそれ以上いたのかもしれないじゃないか。そのうちの一体ずつを一人ずつが視認しただけかもしれない。俺はまだ、『三つ別々』の仮定を覆す気にならんね」
「あ、ああ……まあ、それもそうだよな」
リオンはバツが悪そうに、頭を掻きながらも素直に頷いた。
ふむ、とタオが鼻を鳴らした。
「まあ、ひとまず、竜巻と〝鳥女〟の同一性、その可能性は置いといて、〝イー・ルに出た鳥女〟についてだけ考えてみたときに、だ――『別々の三つのもの』という可能性、そこが君達にも納得出来た――イメージ出来たなら、俺が思い描いてるものも、そこからバリエーションで想像出来ないか?」
「……うーん…」
再び若人二人は首を捻る。――今度はアサギが先に、小さく挙手した。
「タオ先生が思いついた〝イメージ〟というか……、『疑問』、『確認したいこと』なら、明確に出てきました…」
「云ってご覧」
にこっと笑ってタオがアサギの方へ手の平を指しだし、促す。
「繰り返しになってしまいますけど、まず何より、『目撃時刻』です。それと、その時点での目撃した方向……ベクトル」
「うん、そうだ。『変化しながら移動』のイメージを持った君なら、まず確認したいことは〝それ〟の筈だ」
大きく頷いてから、タオが先ほど垂直の矢印を書き加えた図を指さす。
「ガフ君、シェイク君、フィズ君がそれぞれが目撃した時刻、これは必須だな。もっと厳密に云うと、その三人というより、それぞれの地点で最初に目撃された時刻だ。間諜の三人よりも前にイー・ルの民衆が目撃しており、騒ぎが起きてから三人も空を見たら『居た』、という順番なら、優先されるべきはその最初、騒ぎが起き始めた時刻。――これが三地点で殆ど変わり無い、同時多発的だったってんなら、『移動』のイメージは、常識で考えると覆される。〝三地点でそれぞれ別のものを見た〟、あるいは、リオンのイメージ、〝特定の一箇所に在る同じ一つのものを見て、人それぞれ別の見え方をした〟、そっちの方が『あり得る』感じになってくる」
「……はい」
「加えてベクトルも確認しなきゃな。リオンはそのイメージを持ってなかったために、ニック君にそれを質問もしてない訳だけど、そもそも、『移動のイメージが正しければ最初にガフ君が目撃しただろう』という予想も、〝竜巻〟と〝鳥女〟を同一視した場合、という前置きが事実だったら、って二重の仮定があってのことだ。もしかしたらフィズ君の方が先に『翼を生やした女』を見ていて、ガフ君に至るまでに『形が崩れた』のだという考え方も、今俺達が持ってる情報からだとあり得る。もっと云やあ、てんでバラバラに動いた、ってこともあり得る。ガフ君が見た『黒雲』は、西に向かったかもしれないし、シェイク君が見たハーピーは北、フィズ君が見た翼を生やした女は南東、とかな――こうなるとやはり、〝三人は別のものを見た〟と思う方が、常識的だ」
リオンが少々バツの悪い顔をしたが、タオはそれに言及しないまま、さらりと続けた。
「で、既にリオンは、自分のイメージが事実であるためには必要となる『確認事項』を分かってるよな。高度と、こちらは視線の矢印。本当に、三人の――加えてイー・ル民衆の視線は、一箇所に集中していたのかどうか」
「うん……」
「三人、そして民衆が、てんでバラバラの方向を見て何某かを見たと騒いだのなら、やはり『複数』のものが現れたのだと思って良い。しかし、ある程度集中していたのなら、『一つのものが違う見え方をした』というイメージも有効になってくる。が、やはり『高度』の問題もある――さっき整理する時には云わなかったけど、縦横……XYの座標は同じでも、高さが異なっていたら、視線が同じような方向に集中してたとしても、少しずつ高さを違えて三つのものを見たのかもしれないし、しかし、この時それぞれ違う姿の目撃時刻が数秒ずつででも違っていたなら、XY座標は同じでもZ方向に一つのものが移動したってイメージも考えられるよな」
少し混乱した、というふうに悩ましげな顔をしてリオンが首を捻ってから、「うん、まあ、そうだな…」と結局は相槌を打った。アサギも小首を傾げてから「はあ」と応じる。
「この通り、君達が抱いたイメージが事実だったのかどうかを検証するために、『確認すべき事柄』が未だある。そして、それはな、実は、〝同じ一つのものを見たらしい〟という随分初めの頃に出た『情報』を、俺は、きちんと内側に入れてもいいのかどうか、って意味でも必要だったんだ」
「……」
「――が、それらが判明したからって、『三つそれぞれ別のものを見た』、一つのものが『変化しながら移動』『別の見え方をした』、これらのどれかを消しても良いという確信は、恐らくまだ、俺は持てない」
「えっ?」
今度こそ意表を突かれて混乱した、というふうに、アサギとリオンは前のめりになり、狼狽えた顔をタオの方へ突き出した。
「それが、俺のイメージが『大体五つくらい』って云った理由さ。分岐、バリエーションで、そういうことになるんだ。君達が抱いてるイメージ、その二つの具体像は確認済みということにして……」
そう云ってタオは、まず「アサギのイメージ」の模式図へ指を当てた。黒丸と点線を指さしつつ――
「この〝点線〟。この『長さ』は『距離』を表している。しかし『時間がゼロ』――つまり三人の目撃時刻が全く一緒だった場合」
「……」
「さっきは『ならばリオンのイメージの方が有効に思えてくる』と云ったが、俺は、今云ったように、『それが故に三つ別のものだった』というイメージも持っている。――しかし、それでいて一つのものだった、かつ移動したという仮定も持ってる」
「え……えぇ?」
アサギだけで無くリオンも、呆れたように声を裏返したが、タオはそのまま、次にリオンのイメージの模式図を指した。
「そっちの仮定を持ってるんだから、こっちも『対』としてある。――XYZ座標は全く同じでありながら、間諜三人と民衆は三つ別々のものを見た」
「た、タオ? 何云ってんだ?」
「ここで『大体四つ』になるな、後の一つは、『その他』だ。最初の方で云ったが、ディナム師匠やら〝ギーチ〟さんやらも足下にも及ばないような物凄ぇ魔術士が実は居て、そいつによる〈幻視〉だとか、あるいは集団催眠だとか。あるいは、何らかの意図を持ってるのか持ってないのかは分からんが、魔術に限らない特殊技術による人形や〝ロボット〟だとか」
「ちょ……ちょっと待ってよ、タオ」
アサギは表情を強ばらせて肩を竦めている、リオンがタオに手を翳しながら云う。
「その他、は置いとくとして、その前……。あんたが云ってるの、それじゃあ、『時間と空間を超越』してるってことに――」
「超越してちゃいかんのか?」
「――」
声を少々震わせながらリオンが問う、タオはその言葉尻に被さるようにあっさりと返した。思わずリオンも絶句する。
ニッと笑ったタオの顔が、何だか怖い。机の上のランプが一方向から照らして陰影を強くしているから尚のこと――。
「――俺は、『常識では』って何度か云ったろ? 先に『その非常識は考えなくて良い』って云ったのは、あくまで、『イメージ』と『情報』を混同しないように、って説教の中で、単に『整理』するために出した話だぞ。この〝鳥女〟そのものを考察する時に、考えなくて良いとは云ってない。――この〝鳥女〟は、君達の中でまだ『想像』に過ぎないから、ピンと来ないようだな」
「……」
「なあ、アサギ、リオン。あの今まで見たことの無い、唐突に現れた『火の玉』が、時間と空間を超越していて何が悪いんだ?」
背筋を伸ばしてこくんと若人が喉を鳴らした。リオンも、アサギと同じように――微かながら何かに怯えたように、表情を強ばらせる。
タオが表情を苦笑に変えた――やはり、午前中の「説諭」をこの子らに改めて繰り返すようなものだ、と思いついた。
「あのなあ、二人とも。――もうちょっと、自分の立ち位置も変えて、物事と、自分を見てみろ。魔術士である俺達も時間と空間を超越することは出来ない、それは俺達がこの世に生きてる人間として自覚してる『縛り』だが、魔術士じゃない者からすれば、魔術士は、かなり時間と空間を超越してるんだぞ。だから、イー・ルの〝連中〟は、『神でもないのに』、神と見まごうような『人間に出来ないこと』を可能にする魔術士を嫌悪して『悪魔』呼ばわりするし、――サウザーの場合だと、魔術士に対して妙な憧憬や期待を持ちすぎないように、小学生の時分から〝心構え〟の教育をする方針を持ってるんだ。〈精霊〉に対する敬意や畏怖と〈魔術士〉に対するそれを混同しないように、って」
「――」
「〈マスター〉のルナールほど、鮮やかにはいかないが……」
そう呟いてから、タオは左手の平を上に向け、そこからゆっくりと拳を作った。三秒くらい経ってから再び開く。午前中、ルナールがそうしたように、しかし、彼女が作ったものと比べると「球」とは云えない、歪な形の氷の塊があった。
アサギとリオンがぱちぱちと瞬きをする。
「アサギ、君も作ってみろ」
タオからそう促され、アサギは「は、はい…」と頷き、彼も右手を拳にする。開いてみると、ルナールが作ったものよりは少し小さいが、タオが作ったものよりは形の美しい、氷の玉があった。タオが「俺より綺麗だな」と、軽く笑った。
リオンが「へぇー、あんたもなかなかやるじゃん…」と感心した声を出しつつ、アサギの手にある〈礫〉を見つめた。
「リオン、君は〈風〉の友であるためか、こうして『目に見える』術に出くわすと、そういう反応をするだろ? 魔術士の君であっても」
「……」
再び、リオンが目をぱちくりとさせた。
「魔術士でない民衆なら、尚更だ。本来、『氷』は、〝冷凍庫〟で数時間、〝氷室〟で数ヶ月、年単位、じっくり待たなければ手に入らないものだ、それが魔術士でない者にとっての『常識』なんだ。それを、魔術士は、何も無いところから一瞬で目の前に出すんだぞ。何処かに隠してたものを分からないように出す、っていう『手品』でもなく。魔術士は『時間と空間を超越した存在』だと、思うなという方が無理だ」
「――」
「……アサギ、君、〈昇華〉は出来るか?」
一先ずそこで言葉を区切り、アサギにタオが訊く。アサギは困った顔をして、
「いえ、ルナールさんのように、直ぐには……」
口ごもりながら、タオの顔と手の上の礫を交互に見る。
「そうか、じゃ、俺に寄越しなさい」
自分の作った氷が乗っている手の平をアサギに差し出しながら、タオがそう云う。困惑の表情を変えないまま、それでもアサギは云われた通り、タオの手の平へ氷を乗せた。
タオは二つの氷を拳に握り込み、先ほど二人が椅子を取りに行った窓辺へ近寄った。窓の近くに、若い針葉樹を植えた鉢がある。軽く腰を屈め、タオはその根元に手の平を差し出す形で、「水」を注いだ。
――若人二人がずっと自分の方を見ているので、タオが苦笑混じりに、
「俺も、〈昇華〉は不得手なんでな」
と言い訳がましく呟いた。――リオンにそれを耳打ちこそしなかったけれど、アサギは、「でも、あの二つの〈礫〉を、樹木に与えられる程の温度で直ぐ水に戻せたのは、タオ先生が〈火〉の〈友〉でもあるからだろう」と嘆息混じりに考えた。




