【day2】(4)-[7]-(2)
――タオは腕を組み、リオンに顔を向け……何だか、「そうは云っても」と困ったような顔をして首を傾げた。
「多分……ニック君から君が聞いてる……とは思えない疑問が、やっぱり、今の俺には一番なんだよなあ、根本的に…」
それでは何を云っているのか全然リオンに解らない。ほぼ独り言だ。
「あのな、リオン。今君が話した内容が、ニック君から聞いた順番そのままなんだとすれば、きっと、君自身は全く疑問に思っていないのだろうが……」
「解んねえよ、その前置きが」
ぷっとリオンが口を尖らせる。
「何なんだよ、その、根本的な、あんたの一番の疑問って」
「――フィズ君が『断言を避ける慎重な性格』だと云うんならな。そもそも、どうして、『間諜三人は、同じ一つのものを見たらしい』と結論付けるんだ? 俺がさっきから不思議なのはそこだ」
「……」
「同時に……というか、君の話し方だと前後関係がハッキリしないんだが、〈核〉を吸った〝竜巻〟が〝イー・ル本国に行ったらしい〟、その〝鳥女〟が〝竜巻だったらしい〟、というのも、俺としては『どうしてそんなことが云える』と首を捻ってる。釈然としない。いくらフィズ君だけは『竜巻のような風を〝感じた〟』と云っても、少なくとも俺は今のところ、『根拠として薄弱だ』と反論せざるを得ない」
リオンが目をぱちくりとさせる。
「実際、断言は避けてるが、〝らしい〟って推測も現段階では先走ってるように、俺には感じられる。『慎重』だと云うフィズ君が何故? ――いや、フィズ君が果たしてそう云ったのか、フィズ君からの報告書を元に上層部がそう結論付けたのか、……それもまだハッキリしてないから、何よりそれを確認したいが、どうなんだ? リオン」
リオンは困ったように首を傾げ、頭を掻いた。答えは口ごもっている。
「うぅん……。悪ィ、それはあんたの云う通り、もう、順番も内容もその通りにしか聞いてないや……。多分ニックも、そこは額面通りっつうか……書いてたのをそのまま云ってたんだと思う。――だから、フィズさんがそう報告したのかタケさんが判断したのか、判んないな」
タオは「そうか」と頷きながら、フゥと一つ溜息をついた。だが、それはそこまで落胆してのことではない、「やっぱりな」と云いたげだった。
「……となると、俺に浮かんだ〝イメージ〟で、消せるものは未だ無いな…」
黒板を振り返って独りごちる。
「フィズ君が慎重な性格の隊長だってんなら、〝鳥女〟が〝竜巻〟だったのかもしれないってのは、タックさん達の判断なのかもな。――フィズ君本人は〈核〉が発射されたときもイー・ルの都に居て、〝竜巻〟は全く見てないんだろう?」
「あ、うん、そうだと思う。フィズさんはタケさん達から、こういうことがあったって聞いてただけかも」
「ならば、フィズ君自身が現段階で〝鳥女〟と〝竜巻〟を結びつけはしないだろうからなあ。やっぱりタックさん達が、〈核〉を食った〝竜巻〟を実際に見た時の経験と総合して判断したのかな――しかし、三人が同じ一つのものを見たらしい、ってのは、どうも先走ってる気がするが……、それはフィズ君とタックさんのどっちが、推論としてでも結論付けたんだろうかなあ……まあ、いつか分かることではあろうが…」
「――あのさ、タオ」
組んでいた腕の手を片方顔に持って行き、頬の肉を揉むように弄りながら、ぶつぶつと一人呟くタオに、恐る恐るリオンが割り込んだ。
タオが振り返り「ん、何だ」と首を傾げてみせる。
「俺、それはホンット最初の方で云った筈だけど、そんな疑問があったなら、どうしてその時に云わなかったんだ? ソレ、ずっと頭に置いたまんま、俺らにも説教してたの?」
「そりゃあ、おまえ」
少々呆れた響きのある声でリオンが問うと、タオは――彼の方が余程「何云ってんだ」と呆れたように――軽く目を見開いた。が、一瞬口を噤んでニッと笑い、頬を擦っていた手でリオンを指す。
「――リオン。それが、俺の持ってる習性さ、『手元に来た情報を一旦〝百パーセント〟信用する』『少し立ち止まる』っていう。具体例だな」
「……」
「それに、俺は、君曰くの『最初』に訊いたぞ。複数のうちの一つを見たという意味か、一つのものを別の場所で見たという意味か、って。――何ならその時、君の頭にも、アサギと同じイメージが湧くチャンスはあったぞ?」
意地悪く云われて、リオンが「うぅっ」と口ごもる。タオは表情を苦笑に変えて続けた。
「――その段階で、君はその時出せる情報を推量の表現も使いつつだが、答えはした。俺は俺でその時、君はまだ他の〝情報〟も持っている――君の話にはまだ先があると思ってたから、そこまでを一旦全部飲み込んで、疑問も後回しにした。その先の話に、今の疑問を解消する〝情報〟があるのかもしれなかったからさ。結局、その疑問を君に問うてみる前に、相当の脱線があって『今』な訳だが、俺としては、その疑問を解消するよりも脱線話を余程優先すべきだと思われたから、君達がどう思うかは兎も角として、まるっきり無駄な時間を使ったとは思ってない。――で、『今』になって、君から促されたから訊いたけども……、どうも君はニック君から聞いたその話に――もしかしたらニック君自身も、違和感は持たないままだったらしいと、何となく想像はついたので、さほど落胆もしてないんだよ」
リオンは少しばかり拗ねたような顔をしたが、「ふぅむ…」と鼻を鳴らした後で質問を続けた。
「……結局あんたの頭には、俺達が思い浮かべたイメージも含めて〝大体五つ〟が、残っちゃってるんだろ。じゃあ、残りの三つ、教えてくれよ」
「……今か? そんなに興味があるのか。そのうちのどれも『事実』ではないかもしれないんだぞ? それこそ、フィズ君達が何か具体的な記録を取っているなら、まずはそれがサウザーに来る時を待てば良いか、と思ってるしな」
今度はタオが、呆れた響きの声を出すと、リオンはまず頷いた後で小首を傾げた。
「俺の興味もそうだけど、あんたの『疑問』もわんさかあるって云ったじゃん。サヴァナの親方達から正式にサウザーへ情報が来る前に、俺から〈通信〉で色々訊く機会があるかもしんないし」
そう云うと、タオがパチパチと瞬きをしてから
「ああ、そうか…それもそうだな」
と大きく頷き、「では……」とチョークを改めて摘まんで黒板に向き直った。――タオの目にも「好奇心」が浮かんだのが明白だったので、アサギとリオンは一度顔を見合わせて苦笑し合った。
「――たった今云った俺の疑問、もう一度確認しとくとな。実はアサギも、『移動』のイメージを口にする時に前置きとして云っただろ? 『それが同じ一つのものだったと確定するなら、の話だけど』って」
タオが、今度は彼を指しながら云う。アサギが戸惑ったような顔をした後で「はぁ…」と応じた。
「君は、〝そうだったらしい〟という推測の『表現』が、リオンの――ひいてはニック君の――言葉にあったから、そういう前置きをしたんだろうが、俺としては、それすら先走ってる気がするって云ったよな。――ということは? 俺が抱いてる他のイメージ、どんなだと思う」
ということは……、リオンが軽く胸の前に手を挙げて答える。
「フィズさん達三人が見たのは、別のもの。三人がそれぞれ別のものを見た、って?」
「そう。俺はそれも考えてる」
大きく頷いた後、タオが肩を竦めた。
「さっき、リオンにアサギのイメージを解説する時に、ガフ君がここで一度見失って、次にシェイク君が見た時には変化してた、って云い方をしたけどもな……」
アサギのイメージを模式図にした部分の黒丸を指しつつタオが云う。
「本当は、ここで『見失った』んなら、同じ一つのものが移動した、っていうイメージは成立し難い」
「――」
「これもちょっと云ったよな――『移動』が本当なら、恐らく最初にそれを目にしただろうガフ君は『黒雲』を目で、あるいは実際に移動しながら、追いかけただろうと。それはまさにそうなんだ。『黒雲』の段階から、せめて『鳥女』になるまでを、追いかけることが出来てこそ成立するイメージの筈だ。そうじゃないと――なあ、君達。ここまで姿の違うものを同じ一つのものと思う方が、余程難しいと思わないか」
今度は棒人間を指さして云う。リオンとアサギは顔を見合わせた。
「俺のイメージはまず、其処で分岐したんだ。つまり――リオンが、ひいてはニック君が云ったとおりに『同じ一つのもの』だった場合と、実はそうでなかった……『三者はそれぞれ別の三つのものを見た』という場合」
タオはそう云いながら、三人の地点を表す黒丸から垂直に矢印を描いて、三者が〝それぞれの地点〟で〝それぞれ別のもの〟を見た、ということを表した。
それで、「ニックの云っていた情報を〝疑う〟イメージ」とタオは云ったのか――。
それはつまり自分が云ったことを、タオはそのまま受け入れてはいなかった、ということにもなるが……、リオンは、それで「気分が悪い」という感覚も無かった。むしろそれも、「情報を一旦受け入れはする。しかし、内側の〝処理結果〟はまだ出さない」という、タオ曰く「習性」の、実例として大いに納得が出来た。
――リオンは腕を組んで「うぅん…」と唸り、アサギは戸惑ったような表情を浮かべてから小さく頷くように顎を引いた。アサギはリオンの言葉を、リオンはニックの言葉を――ニック自身が恐らくそうだったから――額面通りそのまま受け取ったがために、それを「前提」として想像した――してしまったのだと、今になって強く自覚した。
本来なら――
「そのイメージが、最も常識的だろ?」
タオが云い、アサギとリオンもこっくり頷いた。
「俺達はグロスで炎の巨人についてった百鬼夜行も見ている。サヴァナやイー・ルではそういう〝集団〟の目撃が無いようだが、俺達三人にしてみれば、ここまで姿が違うのだから〝複数の個体〟のイメージが思い浮かんで自然だ。いや? むしろ俺達の方が、あれだけバラエティに富んだ集団を見たんだから、比較的似たような姿をしている〝鳥女〟を、『もしかして同じ一つのものなのかな』と思っても良いのか? サヴァナの側が『これら』を『同じ一つのもの』と判断する方がおかしい……と云えないだろうか」
若者に説明するのと同時に、自分自身も考察を進めているような口調で――つまりは独り言のようにもなって――タオが云う。
リオンやアサギも「それはそうかも」という顔をしていたが、リオンがふと何か思いついた顔をした。
「あ、そうだ。――『同じ一つのもの』ってサヴァナが結論付けるのはおかしいんじゃないか、ってのは、俺もそういう気がしてきたんだけど……。タオ、『〝竜巻〟が〝鳥女〟だったのかもしれない、それがイー・ルに姿を現したのかもしれない』ってのは、……やっぱフィズさんじゃなくて本陣の親方達が、可能性として有力視したんじゃないかな、それはそれで自然って云えないか?」
「ん?」
「ほら、〈核〉を〝吸った〟竜巻。その中に影とか、実際にそれが崩れて実体としてでも、親方達とか、〈力〉の強い人が〝鳥〟とか〝翼を持った何か〟の姿を見てるってのは云っただろ」
「――ああ、そうか…」
リオンの言葉に、タオも何かを飲み込むように大きく頷いた。
「『断言』するのは、やっぱり早いだろうけど――もしかしたら、シェイクの描いた人相が、『自分が見たものとそっくり』って親方が居たのかもしれないし」
「ふむ、それは〝竜巻〟と〝鳥女〟を結びつける要因としてあり得るな」
「でも、それはそれとして。フィズさん達が『同じ一つのものを見た』ってのには何かもう少し根拠が欲しいって、それは、今は俺も思うよ」
「僕も……今の段階ではそう思います。それこそタオ先生が仰ったみたいに、僕らは『沢山』見てますから、〝複数〟のイメージが浮かんだ方が本来なら自然だったし、でも、結構似ている〝これら〟を『一つのもの』とすんなり受け入れてしまったのが、あれだけ『色んな形』を見てたからだっていうのも、そうかもしれないな、と…」
リオンの言葉にアサギも続いて云う。




