【day2】(4)-[7]-(1)
「さて。――リオン、本筋。ニック君からの情報は、まだあるのか?」
――今までの「説教」に不平不満は無いから、「脇道」「脱線」という意識も今まで無かったが、改めてそう云われてしまうと……、リオンは、心の底から「何処まで話したっけ」と焦ったことで、相当長い間逸れていたのだと、そこで気付いた。
幸い、思い出す取っかかりは黒板にある。〝T〟〝L〟等の文字は「説教」で使われた部分だし、直線や点線、楕円形等は自分達の「イメージ」を模式図にした部分だ――
「えーと……。俺、〝翼生やした女〟の見た目、三人分と、フィズさん達の地点……まで云ったんだよな」
「そうだな」
「……。あんたが聞きたいメインの情報、って意味だったら、そこまで、かな…」
「俺が聞きたいメイン? 何でそんな判断が付く」
少々からかうような口の歪め方をしてリオンが云ったので、タオが目を細める。
「あんたが今知りたくて仕方ないのは、〝鳥女〟に関する詳細だろ――それに関しちゃ、直接には今んとこ打ち止めかな、と」
「ふっ……」
タオが「お見通しだな」と呟くと、リオンは呆れたように「ダダ漏れだよ」と返した。
「じゃあ、それ以外なら何かあるのか? 『直接』ってことは、間接的になら何か〝鳥女〟に関することも?」
「まあな。――フィズさん達の本来の任務……の部分で」
そう云うと、リオンは苦笑を浮かべた。何となく思い出し笑いのようにも見える。――そう云えば、同じような笑い方を、話し始めて最初の頃にもしていたような。
「タオもそうだし、多分サヴァナの親方達もそう、フィズさん達本人もきっとそうだろう……本当なら、〝その女〟の正体を探るのに集中したいところだけど、生憎、フィズさん達はバレないようにイー・ルの情勢を探るのが本来の任務」
「ふん、それはその通りだな」
「あんたと話してて思ったけど――多分、フィズさん達、イー・ルの民衆にも詳しく『聞き込み』でもしたかっただろうなあ、そっちの人相がきも作りたかったかも。でも、そういう訳にはいかないよな、怪しまれちゃ困るもん。で、……俺は、パンピーが見た『方向』とかは全くニックに確認してないので、それはポカだったと認めます、ハイ」
独り言のようにリオンは云って、自己完結した後、おどけてタオに頭を下げた。
タオも拳を口元に当てて苦笑し、それで?とリオンに首を傾げた。
「人相がきが作れる程の聞き込みは出来てない……ということは、ぼんやりと耳に入ってきたくらいの〝情報〟はあるんだな。パニックになったってことは、『鳥だ!飛行機だ!』みたいな喧騒も当然起きただろうし」
「その通り。ただ、俺達にとっては、何の〝情報〟にもならないような〝悲鳴〟だけさ。――ガフの『黒い魔女』は、まだ客観的だよ、『黒』って情報だけならあるからな」
「……ふん、どういう主観的な悲鳴が聞こえたと?」
「大方三種類に分かれる。――〝悪魔〟〝天使〟〝化け物〟」
肩を竦めながらリオンがあっさり云うと、タオはククッと喉を鳴らした。
「成る程……。そりゃまあ、仕方ないことだが、何の〝足し〟にもならんな。『で、具体的にどういう姿をしているものを見たんだ?』――と、聞くに聞けないフィズ君達のもどかしさも手に取るように分かる」
リオンが再び、思い出し笑いのような苦笑を見せ、――一度、何故かアサギにちらりと目を向けた。
「――リオン、さっきから、何が可笑しい?」
首を傾げてタオが訊ねる。するとリオンは「あんただってずっと、事ある毎にニヤニヤしてんじゃんよ」とまず返した。
「いやさ……。そこで間諜の『本来の任務』。その混乱……イー・ル上層部の『火消し』の仕方、アナウンスがさ、俺には、支離滅裂で、笑えるほどなんだよ」
「ふん?」
「まず――神聖なるイー・ルの都に〝悪魔〟など入り込める道理は無い。万一、その姿を見たとしても、〝悪魔〟に慌て、恐れ、怯み、屈する民が居る筈も無い、居るならイー・ルの民にあらず……だってさ」
再びリオンが軽く肩を竦める。タオは苦笑し、アサギは戸惑いの表情を浮かべていた。
「で、〝天使〟な。――〝神〟と〝天使〟はひとの前に姿を現さない、ひとの目には見えない。それを見たと云うなら〝悪魔〟に唆され、信仰を惑い過った者である。いずれ訪れる罰を恐れよ……だって」
――それを聞いて、戸惑いの表情を浮かべていたアサギが、今度は眉を寄せた。
「最後、〝化け物〟。これはあっさりしてんよ。〝化け物〟などこの世には居ない、とよ」
「くっくっく……」
タオも、抑えきれず笑い声を漏らす。
「つまり、『真っ当なイー・ルの民なら、騒ぐな、黙れ』ってか。取りあえず、そういう『火消し』か」
「そういうことだな。ついでにサヴァナに矛先回して『士気の低下を抑える』ってつもりも、あるのかもな。連中曰くの〝悪魔〟って、今は俺達を指してんだもん」
リオンはこともなげに、軽く肩を竦めてそんなことを云った――眉を寄せていたアサギが、呟く口調で云う。
「黙らなければ、罰せられるか、追放されるか、ですか……」
「――っていうか、追い出される・罰せられるのが嫌なら黙れ、って順番だと思うけどな」
リオンがさらりと云い、アサギは小さく俯く。その表情は、まだ眉を寄せたままだ。
――フリュス村のフリュス家は「教会のおうち」だが、彼らが司っているものはイー・ルの云う「神」や「信仰」と全く性質が違う。フリュスの法師であるアサギは「神」というものが「居る」と思ってはいない。しかし、CFCのように、「信仰」そのものをナンセンスだと考えている訳でもない。
が――ギンもリオンへ諭すように云っていたが――、イー・ルの体制が強いているそれは、明らかに「違う」、アサギにもそう感じられて、一度唇を噛み、ふぅっと音が聞こえるほど、鼻から一つ大きな息を吐いた。
悪魔・天使・化け物――そのいずれにせよ、人民が「今まで見たことの無いものを見た」という状況で、衝撃・不安・恐怖・もしかすると異常な歓喜に襲われている時、そこから「救う」ことを考えず、黙らせる、突き放す、まして罰する――そんな法師、導師、僧侶が居て良いものか? 否――。
アサギが珍しく――というより、初めてかもしれない――気を悪くした様子を見せたので、タオとリオンの二人ともが少しく驚いた。リオンは目をぱちくりとさせ、タオは「ふむ」と感心したふうに鼻を鳴らした。
アサギに特に声掛けはせず、タオが黒板を振り返って、「ふぅん…興味深いな」と呟く。
「リオン、これはニック君からハッキリと聞いてるのかな? そのアナウンスをしたイー・ルの体制側、幹部本人達は、〝鳥女〟――〝悪魔〟〝天使〟を見たんだろうか」
「えっ?」
リオンがきょとんとして首を傾げた。タオが苦笑する。
「……リオン、もしや、それもちょっと、『火消し』って言葉に引きずられて、君自身のイメージが先行して云ってたんじゃないか? イー・ルの幹部本人達は本当に〝鳥女〟を見ていないから、本気で『妙な風聞を撒くな・冷静になれ』って意味でそういうアナウンスをした、とも考えられるだろう――勿論、その内容が為政者として褒められたもんじゃないのは確かだが」
「あ、あぁ、そうか……」
タオの言葉を聞いて、アサギも顔を上げ、今度は戸惑いの表情を浮かべていた。リオンが「合点した」と頷いた後で、手を振る。
「いや、そういう訳じゃあないと思う。そりゃ俺も、幹部が『見た』上で『そう云った』っていうことをハッキリ聞いた訳じゃないけどさ……云ったろ、慎重な物言いするフィズさんが、『火消しに躍起』って感じの表現を、もう使ってたっぽいんだよ、ニックの話しぶりだと。そりゃ、フィズさんはもっと理性的っつか、堅い用語を使ったかも知れないけどさ?」
「ふむ?」
「そりゃまあ……一番エラい奴は、ずーっと屋内に居るだろうから、外に現れた〝鳥女〟を見てないままってこともあるだろうけど…、そいつとパンピーの間で上層部ってことになる『導師』達の連携もかなり混乱してたらしいし――都の『礼拝堂』って結構あるから、そこの『ぼーさん』とか職員が一人も見てないってことも率としてあり得ないしさ――。本気で〝鳥女〟見てない二~三人の幹部が『教え諭す』つもりで出した通達でもなけりゃ、それで収束出来るような限られた地区、規模のパニックでも無かったっぽいよ」
「成る程……」
タオが頷いた後、不意に口角を上げた――「冷笑」に見える。だがそれは、アサギとリオンに向けたものではない。二人に対しては普通の微笑を見せた。
リオンが肩を竦めながらおどけた口調で云う。
「まあ、単純に……〝エラい奴〟が本当に見たとしても、見たとは云わないだろうけどね。悪魔にしろ天使にしろ」
「それもその通りだ。〝悪魔〟が入り込んでしまった責任を負うのも嫌だし、人の目に見えないはずの〝天使〟を見たなどとは、より上層部の信徒ほど絶対に云わないだろう。――引き続き、良い教材になる話だったな。君達二人も、もう、そう思っているだろうが」
「え?」
独りごちたタオの言葉が、直ぐには伝わらなくて二人は首を傾げた。
「――自分の処理結果にそぐわない経験を無かったことにするのは、愚の骨頂だ。自分の価値観、信念、推理、希望、そうしたものにそぐわない、『情報』はおろか、自分自身の経験にすら目を瞑るようでは、お終いだ――な、良い〝教材〟だろ、しちゃいけないことの」
「……」
「イー・ルの幹部、導師がやらねばならなかったのは、『では市民が何を見たのか』を説明することだった。嘘でも良いからそれをやってれば良かったのに、馬鹿正直に悪魔と天使と化け物を否定するだけだから、結局、民衆は『で?』てなるんだ、彼らの方が余程に、自分の経験を無かったことにはしてないよ」
やれやれ…とタオが大げさに溜息をつく。リオンとアサギは顔を見合わせ「ああ…」と納得するように息を吐いた後、タオに向かってコックリと大きく頷いてみせた。
良いだろう、と云うふうに、タオも頷きを見せてから、
「じゃ、そのくらいか、ニック君から伝わってきたのは?」
とリオンに訊ねる。彼はまず小首を傾げて「ん~…」と唸った。
「多分……、云おうと思ってたことは、そんなもんだったと思う。でも、それこそあんた曰くの〝脱線〟で良く分かんなくなってるよ」
「そりゃ済まん。また何か思い出したら教えてくれ」
わざと口を尖らせてリオンが云うと、タオが笑いながら返す。
「あんたは俺達よりもっと〝イメージ〟してることがあるって云ったじゃん。それで、訊いてみたいことが沢山あるって。それ聞かせてくれよ、もしかして俺がニックから聞いてることあったら、云うよ」
そうか?とタオが返した後、再び机に戻り、メモへ目を通してから、黒板の前に戻ってくる。




