【day2】(4)-[6]-(6)
一つ息をつき、タオが続ける。
「――今のは直接『情報を扱う』のが主な職務である情報部に限った話だが、他部署は他部署で、独自に『情報』を仕入れもするわけでさ、そっちはそっちで責任者が自分の判断で、俺に持ってくる前に実務役へ指令を出したりなんだりしてる訳だよ。最終的に俺んとこに来るのは『事後報告』とか『サインの要求』だけ、ってことも多いのさ。それがサウザー直轄地だけじゃなく領内各国を含めた規模にもなると、俺は、『Lの位置』どころか、一体〝事実を経験した当人〟から何人経由して、何パーセントの事実になった『情報』を得てるんだって話だ。――自分の手元に来た『情報』を疑いはしないが、頭のどこかで『相当人数の脳内を経由した処理結果である以上、数パーセントになった事実でしかない』と思っていることが、『人の云うことを百パーセントは信用してない』って表現されるなら、それはそれで俺を評する『事実』ではある、とも思うよ」
それを聞いて若者が唇を歪めたり眉を下げたりと複雑な表情を浮かべたので、タオは「ああ、すまん」と苦笑混じりに手を振った。
「たった今、リオンを窘めたばかりだと云うのに、俺が脱線しかけてしまった。――要するに、領主は『又聞き』するのが日常的なんだ。それでいて領内全土の行く末に関して重要な決断を下さなければならない立場でもあるんだから、根も葉もない噂話には一喜一憂してる暇なんか無いし、〝取捨選択〟や〝優先順位付け〟はやらざるを得ない。『事実』が百パーセントじゃないことは解っている以上、自分の中に湧いた疑問は確認して潰さなくては先に進めない。――君達の云う通り『規模が大きい』からこそ、身についた習性だ」
「……」
「しかしそれにしたって、俺一人でこんな規模の大きい領土、完全に采配なんか出来るかよ。――だからこそ、俺は手元に来た情報はまず百パーセント信用する。疑う方が面倒臭いし疲れるんだ。その上で、それでも湧いた疑問は確認して解消する。それは、部下を信頼しているからだ。故に、『タオ領主は他人を信用しない』という曲解を経た表現は、現象として否定出来る。で、日常であれば、物凄くトリッキーな業務なんかそうそう無いわけだから、自分自身の経験や歴代領主等の実績の積み重ねで、『又聞き』であっても、各種の判断に大それたミスなんか滅多に起きない――まあ、それはつまり『慣れ』でもあるから、『惰性によるミス』が起きないよう心しておくことも必要なのだが――」
ああ、それは解る、というふうに、特にアサギが頷いた。
タオが其処で言葉を区切り、一度唇を舐め、真摯な目をして云った。
「しかし、今はそれが通用しない。俺達は今、初めての事態に直面しているのだから、過去の経験や知識の集積が、何の役にも立たん――というより、役に立つのか立たないのかすら判らない。だから俺は、『〝事実〟を経験する当人』の立場で居たい訳だよ」
「――」
「通常のように――ムチやボウガン、諜報員に限らず部下が集めた情報を別の者が纏めて俺に報告する、それを元に俺が判断して次の行動を指示する……ってのは、悠長すぎるし、何より危険だ」
「危険――」
「そうだ。俺自身が今まで一度も経験したことの無い事態にある訳だから、どんなに詳細な情報を部下が持って来たとしても、俺にとっては想像の域を超えない。そんなものからの『判断』で領民や隊員の安全を左右する施策など、俺には絶対に、怖くて出すことが出来ないよ。だから本当は、全ての『黒い筋』について、観察等の情報収集から結論まで俺一人で研究したいくらいなんだが、それでは却って悠長、時間の無駄だ、それこそ部下を信用してないことにもなる。故に、せめて『又聞き』の数を減らすべく、領主業務を減らしたってことさ。俺自身の経験も併せられるならば、部下からの報告も『経験に基づく具体的な想像』にはなってくれるからな。――それにな、俺自身が『又聞き』するだけじゃなく、俺から発信する『命令』も又聞きで伝わるのを避けたいって意味もある。これは『齟齬の恐れ』ってだけじゃなくて、単純に時間の無駄遣いも生じさせるだろ。ヴァネッサ君に云ったのは、それも含んでる」
「ああ……」
「――俺はもう既に〝当事者〟でもあるしな。グロス草原に出た『筋』と『火の玉』、君曰くの『百鬼夜行』、それを俺はこの目で見た、〝事実を経験した当人〟になってる訳だ。その経験を、例えばイムファルなりに伝えて『後は頼むよ』って形じゃあ、それもまた、彼にとって『又聞きからの想像』からのスタートになっちまうだろ」
それもそうだな……と若人二人が顔を見合わせて頷き合った。タオがクスリと笑い、
「――俺は、会議で、ヴァネッサ君以外にも異論を唱えてくる者が居たら、領内の他の地域は我慢したとしても、グロスに出た『筋』に関してだけは、どんな屁理屈を捏ねてでも、絶対に自分自身が動くつもりで居たよ」
そんなことを云ってから、「ああ、そうだ」と二人それぞれを指さした。
「それで、君達にも今のうちに聞いておきたいんだが……。君達、その〈通信〉の際に、地元から、帰還については、何も云われてないのか」
「はい?」
「ん?」
突然、今の話に全く関係無いことを訊かれた気分だったので、アサギとリオンの両方が、きょとんとして首を傾げた。
「本来なら、君達、帰る予定まで――えーと、あと十日くらいじゃなかったか」
二人は再び目をぱちくりとさせて、そういえばそうだった、と戸惑いがちに頷く。
「〈核〉やら、何より『筋』やらで、かなり状況が変わったが、〈通信〉の時にその辺のことは云ってこなかったか? 状況が変わったから『予定を切り上げて一旦帰ってこい』とか『しばらくサウザーに居ろ』とか」
「俺は別に……。タケさんと直接話した時にも、そんなこと云ってなかった」
「僕も、特には――帰ってきたら改めて〝会議〟をする、とは司祭様が云ってましたが、いつ帰れとは云われてないので、取りあえず予定通りで考えて良いと思ってました…」
「ふむ、そうか」
何だか満足げに大きくタオが頷く。
「じゃあ、それはサウザーとサヴァナ・フリュスで改めて確認するとして……、その前に、君達個人に意志を聞いとくよ。――俺としてはな。リオン、アサギ、君達もグロスに関して既に当事者であるから、サウザーの『特殊対策本部』を拠点とした要員になって欲しいんだ」
リオンとアサギは顔を見合わせた後、見開いた目をタオに向ける。その眼光が好奇心でキラキラしていたので、タオが口髭の奥で口角を上げた。
「無論、チョウも『当事者』だから、朝の会議を待たずに俺はもう編成メンバーに入れるつもりだ。必然、ケンとギンもね、チョウが当事者なら、あの二人も感覚的には当事者の筈だから。――で、君ら……」
「――」
「それぞれの地元でも、『筋』に専ら対応するメンバーや対策組織を設けるとは思うんだが、君らには地元よりもサウザー側に属す形で動いて欲しいんだよ。リオンはサヴァナの、アサギはフリュスの『筋』、それが生じた瞬間は〝経験〟してない訳だから、今から地元側で研究要員になると、結局又聞きから始まるだろ? いくら領主代理は決まったとしても、俺自身が直ぐに軽々と動けるようになるわけじゃないから、君らがグロスの状況を経験している上で、地元の『筋』と比較・観察とかをしてくれる、人員になって欲しい。まあ、そういうので『行き来』は頻繁にやって貰うことになるだろうがね、今回の件に関して、人員としての所属というか拠点はサウザー側で、って」
「俺は全然問題無いよ! やりたい!」
食い気味にリオンが「はいはい」と手を挙げてそう云った。タオがにっこり笑って「そうか」と頷く。
「今更、予定通り帰って、サウザーどころかサヴァナの『筋』にも関われないような通常業務に回されたら、すげーヤだもん」
「それは流石に俺がさせんよ、リオン。相手がタックさんだろうが〝ギーチ〟さんだろうが、サウザーでってのは無理であっても、君を『筋』の対策要員に充てるよう、絶対にごり押しするさ」
拗ねたような声でリオンが云い、拳を口元にあててククッとタオは喉を鳴らした。
タオが、それで君は、と云う風に彼に目を向けると、アサギは好奇心に満ちた目をしては居るが、表情は少し戸惑いがちに、
「司祭様が云っていた〝会議〟というのが、どういう目的や内容なのか分かりませんから、それによっては、どうなるのかハッキリ申せませんが……、僕自身は、やりたいです」
そう云って、最後にはこくんと頷いた。――アサギが明確に意思表示をしたことへ、タオはやはり笑って「そうか」と頷きを返す。
「君ら二人がそれを望んでくれるのならば、組織上の調整は俺達がやる。……スオウ君が〝会議〟を持つと云っていたんだな、じゃあ、アサギはまず、それが先だな。俺もスオウ君に話聞いて、アサギが一旦戻る段取りを考えるか…」
独り言を呟くような口調で云って、タオは一度机に戻り、メモ紙にささっと何事か書き付けた。
「――と、いう訳で。改めて心しなさいよ、二人とも? ……君達は、これから初めての事態に取り組む。それは、君達が生まれて初めて、じゃない。もしかすると、世界が生まれて初めての事態だ。ならば、君達が、いや、俺達がこれから経験する全てのことは、過去に誰も経験したことが無いことだ。俺達は、『先遣隊』なのだ。――その〝事実〟の〝記憶〟は、全てが重要な〝情報〟となる。過去の経験や知識から記憶違いや認識の誤りを指摘してくれる先達など居ない」
「……」
「精々、同時に同じ経験をした『仲間』と、記憶を照らし合わせるくらいのことしか出来ん。その時、勝手な――希望的観測や楽観から来る〝過小評価〟、必要以上の嫌悪感や敵意や不信感から来る〝誇張〟、そういう『処理結果』など交えてしまったら、どんな悲劇が起こるとも知れない。――分かったね、今俺がした〝説教〟は、今まさに直面している問題に取り組むために心得ていなきゃならないことだったんだ」
真摯な目をしてタオが云うと、二人はごくんと息を飲み、アサギは「はい」と、リオンは「うん」と、師匠と同じような目をして大きく頷いた。
そこでタオは少しおどけた声で、
「では、それを〝まとめ〟として、本筋に戻ろうかね。――脱線が甚だしかったな」
そう云って苦笑した。その表情は、それこそ〝授業中の先生〟が、雑談に夢中になりすぎた自分に照れているような――きさくなものだった。




