【day2】(4)-[6]-(5)
「俺が今云ったのもな――ある種の『技術』というか、嫌ってほど繰り返した末に獲得した『習性』とでもいうか……そういうのの一つだ。今、一つは云ったよな。一つの『情報』からイメージを複数持つ……持つことが出来たら、翻って、共通する部分が『情報』と云える」
「あ、ああ……」
「それは、『処理』を沢山しているからこそ『情報』が薄まらない『テクニック』、って云えないか? それに――、俺の場合、自分の内側の『処理』が膨大だからこそ、『外』からやってきたものは、『地層』の中で異質にもなるんだよ。だから忘れない」
「異質……?」
「情報そのものの内容は忘れることがあっても、それが『外から与えられた情報だった』ことは忘れないんだ。――言葉として『サヴァナのニック君を介している』という〝注釈〟と、今、この執務室で君が話してる〝映像〟が添付されてれば、君が話した『情報』は、あくまで『外からのもの』として独立していられる。それが『処理』に必要な〝材料〟であることには違いないが、『処理結果』と一緒くたにしてしまうことはないんだよ。添付した言葉と映像が、脳内だけで醸された『処理結果』の中では異質な『目印』になってくれるからな。――それに、俺が云ってる『処理』には〝取捨選択〟も入ってる。膨大な『処理結果』の方を、捨てたり、『下層』や『脇』に追いやったり、そんなこともやってれば、そこまで薄まりはしないさ」
若人二人が困った顔を見合わせる――今の話題は、「そういう発想を出来るようになれ」というところから始まっているのだが……、一体、自分達に其処までの「頭の回転」が出来るようになどなるだろうか…。
そんな二人に、タオが軽く手を振った。
「そこまで膨大な処理を一人で出来るようになれ、とは俺だって云わないよ。それに、チラッと云ったろ、俺も、情報の内容そのものを忘れてしまうことはある、それは『変質』も含めてな――俺だって、外から来た『情報』だと思ってたものが、実は頭の中で歪んで覚えてた『処理結果』だったりすることもある。そもそも――『情報』を受け取るその時に、受け取り方を間違っていることだってある……俺も実践が完璧に出来てる訳じゃない。だからこそ、そうはならないように自戒する心構えを云ってるんだ。――それに、君達が出来てない訳でもない」
「え……」
「云っただろ。アサギには『黙ったままもう少し考える』という方法もあったんだが、無意識ではあったにせよ『自分のイメージは他者と共有出来ているのかどうか』口にしたことも間違いでは無い。俺は、それを無意識でなく意識的に出来るようになれ、って云いたいのさ。口にする前にもう少しだけ自分の中で疑問点や他の発想を炙り出してから、確認するつもりで確認って順番に出来るようにな。――リオン、君も、『情報』と『イメージ』を混同しないクセは既に付いているようだ。だからこそ、アエラと似てる部分――『集中する余り脱線する』そっちのクセと、そのせいで『少し立ち止まるのが遅い』って性質が惜しい」
そう云ってタオは、自分の胸の前から人差し指を、真っ直ぐよりも少し右側に逸らせて、前に延ばす。リオンはバツが悪そうに唇を歪めた。
「まあ、こうして本題から外れて説教かましてる俺が人のことは云えないけどな。――脱線するときは本題を忘れない、ってことが重要だ。そのためには、時々立ち止まって振り返る。本筋が見えなくなる脇道に入ってないかどうか、ってな。それが君やアエラは、少し遅いから、脇道の先に再び出てきた分かれ道に意識が囚われることがある」
「……むぅ」
「そうやって脇道に意識を持ってかれてると、折角クセはついてるのに、最終的にはイメージと情報の区別が付かなくなる恐れだってあるんだ。例えば、〝その時〟、考察――『処理』をメインルートとして頭を使っていたとする。其処に新しい『情報』が入ってくる。それは外側から『内側』に入って来た材料と割り切ってメインルートを進み続けるべきであるのに、その『情報』という〝脇道〟が気になって入ってしまって、結局『外側』の道を歩いてしまう。気付くとそれがまるで本筋であるかのように」
「――」
「本筋自体が一本とも限らないしな。目の前に何本かの道がある時、まずどれを歩いてみるのか選ぶ。歩き始めたら、歩いている道が何本あるうちのどれだったかを常に意識し、引き返す必要が今あるかどうかを考える。このまま前を進むべきかどうか、って意味だけで無く、もう引き返せないところまで来ていないかどうかを自問する――それらは全て、立ち止まる必要がある」
そこでタオがふっと息をついた。
「まあ、あんまり『例え話』を多用してもボンヤリしてナンだ、それこそ今は俺が本題から逸れた〝説教〟してんだし――纏めると、な」
タオがピッと指を立て、アサギとリオンは背筋を伸ばした。
「まず、〝事実〟と〝情報〟と〝イメージ〟――自分の脳内で出来上がったもの――は、いくらそれが一致はしたとしても、『違う』んだと、それを心しておきなさい」
「はい……」
「うん」
若者は神妙な顔つきで頷く。
「外から来る〝情報〟は、質の違いはあれど、自分以外の他者の脳内を通過した産物である。〝事実〟は、それを〝経験〟した当人が持っているものが最も純粋だ、しかし、それが脳内に蓄積した〝記憶〟になっている以上、やはり〝百パーセントの事実そのもの〟ではない。〝事実〟として伝わってくる〝情報〟を受け取る時は、その二つを充分に意識した上で、〝確認〟を怠ってはいけない。――そして、〝処理〟――『思考』は、完全に自分だけのものだ。完全に内なる〝処理〟の結果と、外部の〝情報〟〝事実〟は、決して混同されてはならない。〝情報〟を信用するか否かすらも内なる〝処理〟である以上、『自分』と『外部』は完全に切り離されているべきなのだ。故に、〝処理結果〟を再び外に出す時――それを他の誰かにとっての『情報』にする時は、慎重を期すべきであり、何より――責任も負うべきなんだよ」
「……」
「特にアサギ、フリュス村の幹部でもある君には、領主としての俺が、師としてそれを云おう。誰と誰がアヤシいだとか、何処かの誰かがいい女だとか嫌な奴だとか……一般の民衆が他愛の無い〝処理結果〟を〝情報〟として撒き散らすレベルではない。国・村の幹部、領主の〝処理結果〟――『判断』や『決断』は、一度出力したら、もう引き返せない。自らが選んで辿った道の背後を、自ら削って崖にしながら歩んでいるのと同様だと心得なさい。その時、崖っぷちには自分だけじゃなく民の全てが立っている。俺達の〝処理〟には、それだけの重責があるのだ」
アサギが、こくりと唾を飲む。彼ほどの重責は負っていないリオンも、ギュッと眉を寄せて唇を引き結んだ。
「故に――〝事実〟の把握、〝情報〟の取り扱いには慎重を期し、間違っても〝処理〟と混同してはならない――という具合に、ループする。良いね、君達――崖っぷちに向かう道の背後を崖にするような取り返しのつかない判断をするまえに、あるいは、勝手な自分の勘違いで『あの時、おまえがそう云ったんじゃないか』などと友人を責めて失うことになるまえに。〝事実〟〝情報〟〝イメージ〟、『内』と『外』、それを可能な限り見極め間違わない、意識を、培いなさい」
リオンとアサギが、こくりと力強く頷く。
タオがそんな二人に微笑を見せ、黒板に向き直った。――と、ふと、アサギが感慨深げに、独り言のような口調で呟いた。
「『伝言ゲームを避けたい』というのは、そういう意味だったんですね…」
するとタオが「ん?」とアサギを振り返る。アサギは、タオにだけ「確認」するつもりで声を掛けたつもりではないらしく、振り向いた時にはリオンへ視線を向けていた。そんなアサギにリオンも「ああ、そうか…」と答えている。
タオが小首を傾げた後で、「はあん…」と何かを納得する息を吐いた。
「君達、今日の会議を傍聴してたんだな」
「城の正面ホールで、中継だけど」
リオンが答えた。タオが「そうか」と頷き、
「あの時云ったのは、ちょっと違うが……まあ、さっきの話が根底にあるのは、そうだな。――これに当てはめると……」
黒板に指を当てて二人の視線を其処に集める。タオは最初に「T」を指していた。
「俺は、『最高幹部』だからここに居るように思われるだろうが――同じ〝T〟だから尚のこと紛らわしいな――、実際にはそうじゃない」
苦笑しながら首を振り、タオは「L」を指し直す。
「日常的に俺が居るのはここだ。ムチやボウガンが〝ここ〟なら、受信役の情報部員がここ、次にここのグロウやイムファルに伝わる。内容によってはここがすっ飛ばされることもあるが――」
次に「F」「T」「N」を順に指し、「T」を迂回する形で「F」と「N」を繋ぐ矢印も描いた。
「これまた内容によっては、俺までその情報がやってこず、イムファルの権限でムチやボウガンに直接〝処理結果〟、つまり彼の判断による『命令』が下されることもある。俺にやってくるのは、『事後報告』。または、俺に来る前にフーコーやらサンハルやらメランジュ君やら――別の部署の幹部に情報が行って、そちらから俺にやってくることもある――」
「えっ! メレンゲさんって、そんなにエラい人だったの!?」
「N」から放射状に線を描きつつタオはさらりと云ったが、リオンが驚いて思わず頓狂な声を上げる――それが明らかに「脱線」だとは、思いつかなかったらしい――、外務部長のフーコー、〈軍〉の元帥・〈魔術士隊〉隊長であるサンハルと並べて例を挙げるほどの地位にあるとは、知らなかった。
タオが苦笑を浮かべて「まあ、それなりに」と頷いた。
「地位の高さで云えば、フーコーやサンハルと比べりゃ低いけどな――フーコーが外務部長だから、それと同じ位置だと総務部長ってことになるが、そうではないんで。でも、上司通さず領主に直で発言出来るくらいの位置ではあるよ。――サンハルと同じ魔術士隊のルナールよりは、違う部署で君らも知ってる人物を例に出した方が良いと思っただけさ、丁度今までの話に出てきたし」
両手の平を床に向けて「高さ」を表す仕草をしながらタオが云う。へえ~、とリオンは感心の溜息をついたが、タオが肩を竦める。
「質問だったから答えたけどな。それに、脱線の脇道カマしまくってる俺が偉そうにも云えんけども。――リオン。君のそういう、気紛れというか、好奇心故の『脇目』は、重い空気を振り払うのに役立つこともあるが、今のは完全に『話の腰を折った』と云う。〈風〉なんだから、〝凧〟を飛ばす時のように、もう少しちゃんと空気を読め」
「う……、ハイ……」
苦笑を浮かべてはいたが、明らかにタオから窘められたと――自分でも「子供っぽい」リアクションをしてしまったと――解るので、リオンは殊勝に首を竦めた。




