【day2】(4)-[6]-(4)
「――『何故人相がきが先だったか』は、実際……本来ならリオンが、既に自力で思いついてて良い、些事だと結論付けてて良い程度、事実としての情報が既にある。――俺がそれに『今のところ』という表現を使ったのは、アサギ、君の云うとおり、将来には、優先順位が変わるかもしれないからだ。即ち――〝新しい〟情報や〝今後の状況〟によっては、その順位が跳ね上がる可能性も否定しきれない、っていうな」
そう云って、タオは腰の辺りで立てた人差し指を頭上までピンと掲げた。
「人相がきが先だった理由の優先順位が変化……とだけ云うと若干語弊があるんだが――、もう少し云うと、その『問い』が変化する可能性、とでも云うかな。現段階でその理由が些事なのは実際そう。が、将来――もう少し日数が経ってだな――写真等の記録はあるのに『いつまで経っても送られてこない』という状況が判明するとか、あるいは〝間諜〟たるフィズ君達が〝七つ道具〟を持たないまま任務についている訳は無いのに、『記録データが全く無い』ことが判明するとか。そうなると、『何故』という問いは、相当に重要なものとなる。判るかね?」
「あ……はい」
「となると、その〝将来〟から見た過去である〝現在〟の話題の『何故人相がきが先になったか』も、もしかすると俺の『推理』とは違う理由を含んでいるのかもしれない訳だから、それが将来もし判明したら、その時優先順位が跳ね上がる。――人相がきが先に来た、という出来事自体は完全に過去だが、それが何故か、理由は、進行形で謎を含んでいるのかもしれないってことだ。それが、〝今のところ〟って言葉を使ってた理由さ――質問に答えられたかな?」
タオが微笑を見せてそう云うと、アサギは「はい」と頷き、
「――話を逸らして済みませんでした」
そう云って頭を下げつつ「どうぞ」と手を差し出した。
では気を取り直して――、とタオがリオンに顔を向けると、リオンは腕を組んで床を見つめ、ブツブツ何事か呟いている。
タオは苦笑し、「リオン、そこまでだ」と云った。
「続きは〝後で〟。――授業中、他の課題に取り組むのは、内職っていうんだぞ」
師匠からそんなことを云われ、リオンは腕組みを解き、ちぇ、と聞こえるように舌を打った。それからニッと笑う。
「今、何とか〝レポート〟に出来るとこまで纏められそうだったのに」
「ほう、では『答え』自体には辿り着いたのか?」
「多分。あんたが云ってる『合理的説明』に必要な『情報』は思い出した――」
「では、それが〝後〟だ。な、簡単だったろ? そこまで辿り着いたなら『答え合わせ』は必要無いと思うが、君がそれをしたけりゃ、明朝以降、文書を提出するか、口述しに来なさい」
ふふっとタオが笑い、「さて……」と一つ息を吐く間を空けた。
「――『解答』も何となく思い浮かんだところで……、解るかな? 君が、『イメージ』を思い浮かべたのと同時にその疑問と解答も思い浮かべていたら、こういう発想も同時に導き出されたんじゃないか――フィズ君達からの〝映像〟〝写真〟データが、『送られてくるまでは、そのイメージが事実かどうかまだ判らない』あるいは『送られてくれば、その時イメージが事実かどうかが判る』。どうだい?」
リオンが軽く首を傾げたので、「解んないか?」とタオが訊いた。すると彼は横に首を振り、
「いや、解るけど……、あんたが云ったその二つ、何が違うの」
と云った。「あるいは」で繋げた二つは、同じことを云ってるんじゃないか、そこを不思議に思ったらしい。
タオは苦笑して、「ああ、そうか」と頷いた後、説明した。
「まあ、ほぼ同じことだな、最終的に云いたいことは『一つ』だし。――どちらにせよ、『イメージ』を思い浮かべたのと同時に、『疑問と解答』『それから導かれる発想』も出てきたら、『イメージ』と『情報』を混同しない作用が働くだろ? 前者は『待てよ、まだ〝イメージ〟を確定出来ないぞ』っていう〝ストッパー〟として働く、後者は『どうせいつか判るんだから』と、自分の処理結果の方を脇に引っ込める……〝スルー〟として働く――人それぞれ性格等にも依る、って程度の違いさ。君の云うとおり、本質的な部分に違いはないよ、『イメージ』と『情報』を混同しないための方法って意味で」
「ああ、そういう……」
「――君は、ニック君と話していて『まだ煮え切らないところで切り上げた』気分だった、と云ってたな。もしかしたら、今、ここまで俺が畳みかけなくても、もう少し〈通信〉の時間があれば、話してる間に、君自身も『そう云えば間諜は、〝映像〟を撮ってないんだろうか』と、疑問をふと思い浮かべてたのかもしれない。そしてニック君にそれを訊ね、彼が『それはまだ来てない』『来てるかどうか知らない、自分は見てない』とでも答えれば、『それを見ることが出来れば〝事実〟は分かる』と、一旦自分のイメージを脇に置いとくこともその時出来てただろう」
「う~ん……」
「生憎その時間が無かった訳だが――、煮え切らないと感じたんなら、その『煮え切らない原因』の方を整理すれば良いのに、それを今になっても未だしてなかったから、こうなる」
「――」
意地悪くタオが笑う。「こうなる」とは……、今の「説教」のことだろう。リオンが軽く口を尖らせた。
「で……、自分のイメージと外から来た情報を混同しないだけだったら、そこで止まってても良いんだが、これだけだと、実際データが送られてから『イメージが事実と異なっていることが分かった』場合に、少々Uターンすることになる」
「Uターン?」
今度はアサギが首を傾げた。
「そう。云ったろ、言葉で伝わってきた情報を覚えておくのに、『具体的なイメージをすること』自体は悪いことじゃないんだ。ただ、その『主観』を疑う目を持つ必要がある、ってことでさ――それを端的に、『客観視』『俯瞰』って云う。『自分を客観的に見る』ってのはな、自分自身を疑うことも〝出来る〟ことを云うんだ」
「……」
「しかしそれだけだと、事実と違っていた場合にイメージが完全に消えてしまって、残るのが最初の『情報』だけになってしまうだろう? もう一度そこまで戻らなきゃいけなくなる――だからUターン」
口では〝U〟ターンと云っているが、実際には〝∩〟記号をタオが空中に描く。アサギが「ああ、はい…」と溜息混じりに頷いた。
「それはそれで何か空しいから、もう少し、今のうちに『情報』の方にも、能動的に『突っ込んで』行く。今分かっている『情報』から、他にイメージ出来ることは無いか、と、そういう『想像力』を膨らますんだ。――まあ、それも『自分を疑う』のと似たようなもんだけどな、最初のイメージを一旦脇におく、ってことだから」
「――俺は間が空いてたんだから、アサギがイメージしたことも、自分で思いついてて良かった……って、それか」
「そうだ」
今の段階でも本気で気を悪くしている訳ではなく、リオンがおどけて拗ねたように軽く口を尖らせると、タオは彼と同じく軽く、口角を上げた。
「二つのイメージが、一つの情報からもたらされたんだから――」
タオが指を立てて、「二」「一」を示す。
「両方が『情報』として脳内に定着することはまさか有るまい。まして、『事実』だと思い込むことも無いだろう。イメージとしての記憶になるはずだ。イメージとしての記憶が『二つ』あるならば、逆に、二つに共通する部分が『情報』としての記憶、とも云えるだろ?」
「ん……まあ、そりゃ、そうだろうな……」
今度は本音でバツが悪そうに、リオンが口ごもる。
「二つ浮かんだイメージも自分自身に浮かんだ『仮定』『問い』である以上、どちらかが果たして事実であるのかどうか検証しようとしたら、新たな疑問も派生して生じるよな。すると新しい、別の『情報』も欲しくなる、『確認』したい事項が増える、増えたら確認の優先順位を篩に掛ける――一つの情報から、複数……たった二つくらいの『想像』が浮かぶだけで、〝やんなきゃいけないこと〟が増えてくんだから、事実が確認出来るまでの間にイメージが情報として定着するヒマも無くなるのさ――まあ、ヒマが無くなるもんだから即座に定着しちまうっていう処理の恐れも無くは無いけどな、そんなことにはならないように、と戒めも含めて自分を疑う必要があるんだ」
成る程……とリオンは腕を組んで小さく唸り、アサギは膝に手を乗せてコックリと頷いた。
「君達二人が描いたイメージに、俺がどっちでもいいと云ったのは、そういうことだ。――またまた手前味噌だがな、俺も、君らが描いたイメージの両方を思い浮かべてた。それだけじゃなく、……えーと」
そう云ってタオは指を折った。
「あと、三つくらいは、主なものを思い浮かべてるな。アホみたいなことも想像しようと思えば幾らでも出てくるが、キリが無いから、一応、あり得そうな『候補』として、俺自身が主と決めたのが大体三つ」
「三つも……?」
「そう。だから、この先段々分かってくる情報で、一つが消えても、残り四つがまだ候補として残る――最初の情報まで遡って考え直す必要が――しばらくは――無い」
「……」
「その代わり、その三つには、リオンがニック君から聞いた話を否定するような想像も含まれてるんでな――そのせいで俺は君に、ニック君から聞いてるかどうか、もっと細かく質問したいことがかなり有る。……主に五つのイメージ、『仮定』が俺にはあって、それぞれを検証するために、あるいは完全に消去するために、確認したいこともわんさか溢れて来てる。当然、さっき云った話みたいに、事実と合致している必要が必ずある部分、必ずしもそうじゃなくても良い、自分の頭で説明が付けられれば構わない部分、故にスルーして良い事項――、こうして話してる間にも、そーいうのが渦を巻いているんだ。――故に、俺は外からやってきた『情報』と、内にある『処理』とその結果は切り離して覚えてられる」
三つ、と聞いた瞬間――特にリオンが好奇心に満ちた目をしたが、ここでその内容を語っては再び脱線になってしまうので、タオは気付かぬふりで先を続けた。
しかしそれならそれで、リオンは首を傾げてタオに尋ねた。
「……でも、そんなに『処理』が渦巻いたら、『情報』が何て云うか……薄まっちまわない? ほら、あんたがさっき云った……〝地層〟の下の方にさ、埋もれてって――」
「ああ……」
その疑問はもっともだな、とタオが軽く頷き、リオンは自分のこめかみを軽く抑えた。
「俺は、一度最初の情報に遡る、ってのが、〝地層〟掘りかえすことになって、良い気がするけど……?」
「君にとってはその方が良い、ってんなら、それでも構わないよ」
今度は大きく頷いて、タオが云う。
「俺が云ってるのは、手法はどうあれ、『イメージと情報を混同しない心構え』がメインなんだから」
「……」




