【day2】(4)-[6]-(3)
「自分の頭に浮かんだこのイメージは、果たして『事実』なのか? まず前提としてそれを自問する。ニック君からの情報とそのイメージは矛盾しない――故に、『事実』に近づいたような気になる。が、それが『事実』だと確定するためには、今ニック君から与えられた情報だけで足りるか? ――そこでもう『否』だろ」
「――うん……」
神妙に頷くリオンに、タオがにっこりと笑う。
「ならばそこで、一旦途切れても良い――『イメージ』はイメージ、『情報』は情報、それを別にして、衝立を立てて頭に蓄積しておく。リオン、君は自覚が無いながら、無意識にそれが出来ているから、アサギが違うイメージを持つことが出来たんだ。その部分は、改める必要は無く大事にしてて良い」
今度は褒められた、らしい。リオンは戸惑いつつも、今度は照れた風にガシガシと乱暴に頭を掻いた。
「ただ、そこで一旦途切れて置いておくとな、〝衝立〟が薄れて頭の中で発酵しちまう恐れがある訳だ、『情報』の中に『イメージ』や『感覚』が混ざって醸されて、『事実とは離れた情報』として頭の中に残っちまう。それを避けるためには、『自分のイメージは、〝情報〟でなく〝事実〟と矛盾しないだろうか』『否、自分はまだ〝事実〟は知らない』という自問自答を、常に繰り返す必要がある。――だが、『事実』が入ってくるまでそんな自問自答の方を覚えておくのは、相当なストレスだわな。新しく全然別の……この件とは関係無い『情報』だって次々と入ってくるのに」
「――」
「だから、そこで、もう少し突っ込んで自分のイメージを振り返り、〝取捨選択〟をするんだよ。その『情報』自体を無視する・忘れるって意味だけじゃなくてな」
タオはそう云って両手を使い、粉か何かを篩にかける動作をした。
「手前味噌だが、俺は、君達よりはそれが出来てる。だから『何故フィズ君から〝動画〟なり〝写真〟なりの客観的な資料がやって来てないのか』、その〝問題〟に関してはスルーが出来てるんだ。リオン、君は、その問題自体の〝解答〟が気になると云ってる段階で、取捨選択が出来てないのさ」
そこでリオンが、軽く口を尖らせた――ふざけてのことか本当に気を悪くしてのことかは解らないが――。タオが薄く笑った後、「良いかね、リオン」と彼に向かって顔を突き出す。
「君は、『同時に三者三様の見え方をした』というイメージを浮かべた段階で、『待てよ』と思うべきなんだ。フィズ君達〝間諜〟が、七つ道具を持たないままイー・ルに入った筈はないのに、何故、人相がきしかサヴァナに届いていないのだろう――と」
「……」
「で、俺は、その『何故』に対し、既に持っている他の情報も併せた上で〝推理〟して、その結果、自分の中では合理的な説明が付いている。だから、その『解答』を気にしていない」
「合理的説明って……、それだって『推理』、あんた曰くの処理結果だろ。『事実』とは違うかもしれないじゃん」
口を尖らせたまま、リオンがそう返すと、「その通り」とタオはあっさり肯んじた。リオンの方が困惑し、ぱちぱちと瞬きをする。
「だが、それが事実と異なっていてもいなくても、構わないのさ。俺が云ってんのはな――実際そうした記録データが有るのかどうかは解らないが――俺がタックさんの立場だとして、フィズ君に『どうして写真等の記録データを送ってこない』『早く送ってこい』と叱責や命令をする必要は無いな、と判断出来る程度の『合理的説明』が、自分の中で出来てるってことなんだよ」
「……」
「記録が有るのだとしたら、そしてそれが送られてくるのが今後相当遅れるようなら、催促して、その時『送れない理由』も聞こうとするだろうが、現状では必要無い。自分自身の『推理』で合理的説明が付いたから、『何故人相がきが先か』は、確認しなきゃいけない事項の優先順位として、今ンとこ俺の中で低くなったのさ。それはつまり、自分の推理結果が事実と合致している必然性は無い、ってことだ」
今度は「うーん…」と腕を組んで首を捻り、リオンは隣のアサギに目を向けた。「あんたには解る?」と云いたそうな顔だ。アサギも困った顔をして小首を傾げている。
「それにさ。こんなこと云ってる間にも、サヴァナにはフィズ君からのデータが届いている、または近いうちにフィズ君達がその記録データを送ってくるようなら、この疑問自体をすぐさま忘れて良いだろ? 故に優先順位が低い、――この理屈は解るよな」
それを聞いてアサギは、少し気が楽になったのか、苦笑のような表情になって「ああ、それはそうですね」と頷いた。が、リオンはまだ納得行かないらしく、腕を組んだまま眉を寄せている。
そんなリオンに、タオは軽く口角を上げた。
「リオン、それでも釈然としないっていうんなら、後で君も『推理』してみろ――今、君がその『答え』に辿り着くだけの時間は、流石に待ってやれないからな――恐らく君も、俺が辿り着いたのと同じ『合理的説明』が出来るだけの他の情報を持っている筈だ」
「うん? ――どういう意味……」
「フィズ君達から〝写真〟なりの記録データが送られてきた後でも、それを君が気にしているとして、だ――。フィズ君は兎も角、ガフ君やシェイク君に後日会ったとき『どうしてあの時〝人相がき〟を先に送ってきたんだ』と何の悪意も無く尋ねたとする。するとガフ君やシェイク君がムッとして『しょうがないだろ』と返してきたとしても文句は云えない。そこでもし喧嘩が起きたとして、俺やタックさんが仲裁する立場に居たら、『それは君が悪い』と窘めるんじゃなかろうか――そのくらいの『情報』を既に君は持っているんじゃないのか?ってそういう意味さ」
「……」
「大して難しい〝問題〟でもないんだよ、これは。――君が、どんなに考えてもその『説明』に辿り着けないようなら、もしかすると、『君はそれに辿り着ける情報を持っている筈』っていう俺の認識が誤っているのかもしれない。もしそうだったら、謝った上で答え合わせをしてやるよ、頃合いを見て聞きに来なさい」
タオが苦笑して肩を竦める。リオンは小首を傾げて目を細めた。
「――そこまで云うんだったら、今『説明』を教えてくれても良いじゃん。その方が手っ取り早くて時間の節約だろ」
「それは流石に師匠として出来んな。俺自身は、それを優先順位が低い事柄だと思ってる。今のところ『些事』だ。本来なら、君自身も今の段階でそう思ってていいのに、俺から云われた途端そんなに気にしていることが変なんだよ――君も、そういうところはアエラと似ているな、『集中するあまり脱線する』」
くすっと笑ってタオが云うと、リオンが困ったふうに頭を掻いた。フーコーと似ている、と云われてふて腐れるのは、何だか失礼な気もしたので、どういうリアクションをすれば良いのか判らない。
「云ってるだろう。君は本来、『三者三様の見え方』のイメージを持つのと同時に、その疑問に自分で辿り着き、そして答えを出しているべきだった。自力で疑問を持つところからして出来ていなかったんだから、俺はサウザーでの師匠として、答えまでそのまま教えてやる訳にはいかない。――これは『演習』だ。俺がそれを今のところ『優先順位が低い』『些事』だと思う理由について、考えてみなさい――後で、な」
最後の言葉を、念を押すように指を立てながらタオが云う。今度こそ少し拗ねて口を尖らせたリオンだったが、「うん…」と小さく頷く。
と、そこで何故か、アサギが怖ず怖ずと挙手した。
「あの……タオ先生。ちょっと、良いですか。これも脱線かもしれませんが、少し気になることがあって…」
「何だい」
ん?とタオがアサギへ顔を向ける。
「『何故人相がきが先だったか』を説明するのに必要な『他の情報』をリオン君が持っている筈……ってことは、僕は確実に、それを持ってないんですね?」
「ああ、うん。多分な。君はイー・ルの地理にも暗いし――おっと! これはヒントになってしまう」
おどけたふうにタオは口を覆い、リオンにちらっと目を向ける。リオンは「んっ?」と片眉を上げた。――タオの云う「他の情報」とは、イー・ル関連――なのか。「後で」と念を押されたが、今はアサギがタオに質問しているのを良いことに、リオンは腕を組んで眉を寄せ、自分の記憶にある「イー・ルの情報」を掘り起こす。
「それじゃあ……、僕がその『問題』について考えたとしても、『推理』の演習にはならず『想像』の域を超えないことになってしまうのでしょうが……」
「まあ、そういうことだね。――それが理解出来ていて、何が気になったってんだい。君はその『問題』をスルーしても良いんだよ?」
「……。『人相がきが何故先だったか』の答えは優先順位が低い、ということに、タオ先生が、先ほどから『現状で』とか『今のところ』とか、そんなふうに仰ってるのが、何だか引っかかったんです。『人相がきが先に』……既にサヴァナに情報として送られていることは確かで、それは過去の出来事なのに、『何故』の答えや優先順位は、将来変わるかもしれないんですか?」
「――」
アサギ自身は「ちょっと気になっただけのこと」を恐縮に思いながらも問うただけなのだが、タオは目をぱちくりとさせて一瞬絶句し、次には拳を口元に当ててククッと笑った。
「――鋭いな、アサギ。君、もしや解っててリオンへのヒントを引き出そうとしてないか」
「え、えっ?」
俯き加減になっていたリオンも「うんっ?」と顔を上げ、アサギに顔を向けた。そんなつもりは全く無いアサギが、目を白黒させ、リオンとタオの両方へ焦った様子で顔を振る。
「いえ、あの……僕は何も解ってない……というか、タオ先生が何を解ってると云ってるのかが判りませんが…」
「じゃあ、やっぱり鋭いんだよ。俺のその言葉が気になったってのは、良い着眼だ」
「……」
「リオン、アサギに感謝しろよ。――俺は今から、凄くヒントになることを、多分云うぞ」
ふふっと笑ってから、タオはリオンに顔を向け、人差し指をピッと立てて見せた。しかし、質問をしてきたのはあくまでアサギ、ということだからか、次には彼にだけ視線を集中させた――「俺はあくまでアサギの質問に答える。君がそこから何を得るのかは君次第だ」、とでも云いたげな態度だった。




