【day2】(4)-[6]-(2)
「ただ、その〝地層〟の縞模様が、フィズ君達は――サウザーだとムチやボウガン達も――、一般人・通常と比べて、著しく細く多い。常に新しい情報が重なって重なって、そのたび取捨選択をする……。一番古い地層まで明確に掘ることが出来てこそ『記憶力が良い』と云うことになるわけだが、もうそれを掘れなくなったら、『事実』が無くなったのと同様なんだ、事実を経験した当人に『確認』しても、もうどうにも判明しない事実、ってのもあったりする訳だ」
そこでタオは、一つ溜息をついた。
「――『事実』は、経験した当人が持ってるものが最も純粋なんだが……、その地層には『感覚的なもの』――主観も一緒に重なるもんだから、事象としての事実を経験したそのまま、百パーセント伝えることも難しい。――だからこそ、それが『処理結果』であるとしても、記憶が新しい内に『アウトプット』する方が良い」
「アウトプット?」
「『事実』が『情報』になるとき、『脳内の処理結果』として少しずつ歪んで伝わるのは〝リスク〟と云えるが、『複数人の記憶に留める』と云う意味で〝有益〟でもある。今、君が俺とアサギに伝えたことで、ニック君からの情報が、君の頭だけじゃなく、俺とアサギの頭にも『蓄積』された、そう云えるだろ。――先延ばしにしていたら、君は何処か細かい部分を忘れたかもしれない。だから、出来るだけ記憶が鮮明なうちに『外に出す』のは有益な方法だ」
「あ~……それで、こんな夜中に呼び出したのか?」
リオンが少々からかうような声音で云うと、タオが肩を竦め、苦笑を見せた。
「そりゃまあ、いずれ今話してる内容が、正式にサヴァナからサウザーへ伝わるのかもしれなかったが、そうだな、時をわきまえてないのは、俺の好奇心が抑えられなかったせい、だろう」
リオンとアサギは顔を見合わせ、同じく苦笑を交わした。
「他にも――、サウザーの場合だと、その時どんなに『有益』と思われる情報は無かったとしても、ムチやボウガンら諜報員は、定期的に――『安否報告』という意味もあって――連絡を情報部へ入れるよう義務を持たせている。そりゃ、『バレる』リスクもあるから、そこら辺はケースバイケースになるけどな。――領主から見ると、『結論』が必要な報告書を作るのは必ずしもムチやボウガンの『最終任務』じゃない、それはイムファルやグロウの仕事だ。ムチやボウガンは『情報』を小出しで良いからサウザーへ伝えるのが任務なんだよ。……多分、この〝鳥女〟の話を聞いたことで、俺は明日以降、諜報員には『日記の宿題』出すかもしれないな」
「は? 何だソレ、小学生じゃあるまいし」
リオンが間抜けな声を出して首を傾げると、タオは
「『〝報告書〟にするために、自分が経験したことの〝取捨選択〟をするな』ってことだ。『日記』を提出するくらいに、どんなに細かいことでも『記しておけ』って意味さ」
「……」
「フィズ君は『断言を避ける慎重な性格』って云ってたが――それを『好ましい』って云ったのはお世辞じゃあない。今の段階で、『あの〝鳥女〟は〝あの時の竜巻〟だ』って断言する方がヤバイ『処理』だからな。だが、慎重――〝取捨選択〟の篩の目が細かいが故に、報告書を作成する段階で、『経験した事実』のうち『捨てた側』が多いなら、それをやはり何らかの形で『バックアップ』しておかなきゃ、本当の意味で慎重な性格とは云えんよ。さっき云ったように、脳内にだけ蓄積させてると、どんなに記憶力が良くても、いつか忘れることがある。『事実』と『主観』が曖昧になるって意味で変質もする――。捨てた側にこそ重大な情報・事実が潜んでいるかもしれないんだから、それが失われたら取り返しがつかない」
「ふぅむ……」
「――まあ、そんなややこしい云い方しなくたって、一番解りやすいアウトプットやバックアップは『メモ』だな。というか、『メモをする』という行動は、『アウトプット』『バックアップ』を意味してるってことだ」
軽く喉を鳴らしてからタオはそう云い、自分の机を指さした。――黒板に向かう前に、リオンの話を「メモ書き」した紙が散らばっている。
アサギとリオンも「ふふっ」と笑った。それはそうだ。タオが当たり前のことを随分小難しく云っていたことに気づき、今更気付いたことに思わず笑ってしまった。事実、リオンがニックからの情報を今、タオにある程度細かく伝えられたのも、部屋で――落書きのようなものだったが――一応「メモ」をしたからだ。
「しかし、しつこいがやはり、『自分』の『脳内』を介したもの、蓄積されたものは、『事実そのもの』でなく『処理結果』になってしまうから――」
そう云ってタオは、ピッ、とリオンを指さした。リオンが「えっ」とたじろぐと、タオはニコリと笑う。
「君達サヴァナの技師や職人が作ってくれるような『機械』『道具』が良い仕事をしてくれる訳さ。まあ、その技師や職人はサヴァナの方々だけじゃないけども。――代表的なところで〝レコーダー〟〝カメラ〟……」
「……」
「脳内を介さない分『感覚的』なものに左右されない。事象としての事実を、全てじゃなくても記録してくれるから、『経験』をかなり正確に〝バックアップ〟してくれる。『脳内の処理結果』が『事実』であるか否かの判断材料として相当有益だ。それで〝裁判〟でも、当事者の証言よりそれらのデータのほうが『証拠』として採用されるのだし」
「はあ……」
リオンが再び「いちいち云わなくたってそりゃそうだろ」という顔をして生返事をすると、タオが片方の口角を上げた。
「で……リオン、君に聞きたいが、まさかフィズ君達がそうした道具を持たないまま諜報任務に就いてなどいないよな」
少々意地悪な顔と声で云われ、リオンは瞬きをしたあと、「当然じゃん」と呆れた声で云った。
タオはそれでも意地悪な笑みのままで、
「じゃあ、何故、シェイク君の人相がきの方が先に報告された? ――君はそれに疑問を持たなかったのか?」
「――」
さっきより余程大きく目をぱちくりとさせ、リオンは「あ」と口も開いた。アサギも「おや」という顔をして同じようにぱちぱちと瞬きをする。
「しかし、リオンの話っぷりからすると、ニック君もそういうのをまだ見てないっぽい。今の段階だと多分、タックさんの〝地点〟にも、そういう『ツール』による記録は届いてないのかもな……」
黒板の「T」の字をちらりと振り返ってタオが独りごちると、リオンが狼狽えた顔をして「あれっ…」と首を捻り、最後には助けを求めるようにタオの顔を見た。
タオはそんなリオンに〝助け〟を与えてやらず、笑みを苦笑に変えて小首を傾げた。
「『何故、人相がきの方が先に報告されたのか』の答えを、今、君らが真剣に考えて出す必要は無い。――俺には『推理』していることならある――タックさんの地点に『データ』がまだ届いてないのかもしれないと云ったのも、その『推理結果』に基づいてのことだ――。が、それを君らに今云いもしないよ。『事実』とのすり合わせが出来ない処理結果に過ぎないからな」
「……え~…、問題出したのはそっちなのに? 答えを考える必要も無いって……スッキリしねえじゃんよ」
リオンが口を尖らせると、タオが軽く目を細める――それは一瞬のことだったが、かなり冷たく、どうも「その一瞬だけ憤った」ようにも見える表情だった。それでリオンはたじろいだが、タオの表情はすぐにまた、とても意地の悪いニヤニヤ笑いに変わった。
「そんなにツッコミが欲しいか、リオン? 俺が今出した『問題』は、『何故人相がきが先だったか』じゃないんだぞ」
「えっ……」
「俺は、『何故、これより先に、その疑問を持たないんだ』って、窘めたんだよ」
タオは、黒板の線と楕円形――リオンが抱いた「見え方のイメージ」を表す部分をピシャリと指さした。
「あるいは。これが思い浮かんだのなら、『何故人相がきが先か』の疑問もほぼ同時に思い浮かべるべきだ。――『問題を出した』って云うんならな、俺が出したのは、『そういう意識、発想が出来るようになれ』っていう長期的な『課題』だ。俺から云われて今更首を捻っててどうする、ってことを云ってるのさ」
「……」
「ただでさえ君は、グロスの丘で、送られてきた竜巻の『映像』を見てるんだろうが」
タオが一つ溜息をついて、大げさに戒めるような声を出す。
「つくづく、昨日は君も『出来てた』じゃないか。『〝竜巻〟が退いた後の空に筋が出来ていた』『百鬼夜行をサヴァナの人達は見ていない』この状況から、君は、『サヴァナには〝百鬼夜行〟が出ていない』と一つだけの結論は出さなかった。『竜巻の内側に百鬼夜行は既に集まっていたんじゃないか』という推測もしていた。具体的な映像を見ていたから、その想像が出てきやすかったってことかもしれんが……、あれは『偶々』だったと、師匠をがっかりさせるんじゃないよ」
最後には苦笑しながら、タオが肩を竦める。
口を尖らせつつもバツが悪そうにリオンは頭を掻く。直接に窘められた訳では無いアサギも、気付かなかったのは同様であるから、首を竦ませて小さく俯いた。
――ルナール達が午前中の「説諭」の内容をこの二人にも告げたのかどうかは知らないが、結局直接云ってるようなものだなあ、とタオは腕を組んで苦笑を浮かべた。
「――いいかね。君達が浮かべたそれぞれのイメージ、それが浮かぶこと自体は――何度も云うが――悪くない。しかし、浮かべっぱなしではマズイってことなんだよ」
「――」
「アサギはたった今、『ニック君が云っていたこと』をリオンから聞いて、浮かんだイメージをふと口にした。無意識に『自分の抱いたイメージを他者も持っているのかを確認』しようとした。それが故にリオンが、別の考え方を知ることになり、自分のイメージを振り返る流れになったのはラッキーではあった。それに、引っ込み思案の君が積極的に発言するようになるのは、好ましいことでもある。だが、君は『そのイメージが〝事実〟とは限らない』と考え、もう少し情報が出るまでは黙っておくという行動を選択しても、それも正解ではあったんだ」
口に出して「確認する」ことは「正解」だと云った口でタオがそんなことを云うので、アサギだけでなくリオンも困惑の表情を浮かべる。
「消極的が故に黙ってるのと、慎重を期して黙ってるのは、全く違う」
「……」
「――一旦置いといて、後日機会があるならと思ってたが、結局、今説明することになったな……さっき云ったのは、そういうことだ。『確認』するのも悪いことじゃない。だが、その前にやっておくことがあるんだよ」
苦笑しつつ、独りごちるような口調で云った後、タオが続けた。
「『ふと思いついたことを口にした』アサギと違って、リオン――君には窘めるつもりで云わなきゃいけないのは、君は、アサギと違ってニック君から聞いてより後、時間が空いているからだ。その間に――君自身もアサギと同じイメージを浮かべても良かった。一つしか浮かんでいないイメージをそのまま浮かべっぱなしで居ることが問題なんだよ」
「……う」
「君達が浮かべたイメージは、『処理結果』のうち『推理』にもなってない、『想像』だ。少し云い替えると、『推理』する以前の『仮定』だよ。『仮定』――つまり、そのイメージこそが自分自身に湧いて来た『問題』だ、『情報』から辿りついた『結論』では決して無いんだ。『問題』だという自覚があってイメージを〝浮かべっぱなし〟にするのはまだ良いんだが、その自覚が無く『情報』として覚えるのが不味い――良いか、それを『情報』として覚えておきたければ、まず、自分に浮かんだイメージを疑え」
意地悪な顔をしていたタオが、真摯な目と声で若者に語りかける。若人二人は、こくっと息を飲んだ。




