【day2】(4)-[5]-(4)
「確認されないということは、『ちゃんと伝わった』ことと同義ではない――確認されないまま、向こうが『人の云うコトを百パーセント信用するものじゃない』と聞いていたら――さあ、ここから面倒臭い齟齬、枝分かれも始まるぞ。『タオがそう云った』『タオがそう云ったとリオン又はアサギが云った』『リオン又はアサギがそう云った』――『脳内での処理』には、まずそんな三パターンが想像出来る」
――指で「三」を示し……、面倒臭いなどと云いつつやはり、タオは愉快そうに笑みを浮かべて続けた。
「処理される段階で『感覚』『主観』が入ると、これがまた奇天烈に拗れるんだ。まず――相手が、『人の云うことを信用しない』のは『良くない』『悪い』『駄目』という価値観を持っている人物だと仮定しよう。この時、『リオン又はアサギがそう云った』と受け取ったならば、君達を『嫌な奴』だとか思うだろう。『タオがそう云ったとリオン又はアサギが云った』と受け取った者が、『タオがそんなことを云う筈が無い』と思う割りに確認しない人物だったら、君達が『タオを悪く云っている』とも感じ、やはり君達の方を『間違っている』だとか『駄目な奴』だとか思うだろう。――そして、君達を信用しなくなる。酷いと其処から『リオン又はアサギは嫌な奴、駄目な奴だ』という〝情報〟が何処かに広がる」
今度は狼狽の表情を見合わせてから自分に縋るような目線を向けてきた若人へ、タオは苦笑して「仮定の『お話』だよ、本気で狼狽えるなよ」と肩を竦めた。
「では、『タオがそう云った』と受け取った者が、やはり『タオがそんなことを云う筈が無い』と思いつつ確認しない人物であったら? ――自分で云うのもナンだが、ショックを受けて俺に失望したりするかもな。『見損なった』と幻滅して、俺を嫌う。――どちらにせよ、自分が聞き損なったんだと思える人間は、そんなに多くない」
「……」
「な、こういうことは『よくある』と思わないか?」
肯定は出来ない――というより、したくないが……否定も出来ない。アサギは困ったように首を傾げ、リオンは口をへの字にした。
「しかし、これでもまだ『無意識』での話をしてるんだぞ。ここに『意識』――『故意』が入ってくることだってよくあるだろ。既に君達のことを気に入ってはいない人間が、待ってましたと『君達を悪く云う』ためのネタにする。俺のことを、個人的にでも良いし公的――領主としての俺でも良い、嫌ってる人間が他者へ、俺への不信感を植え付けるために吹聴する……『意図を持って』情報を広げるということだって可能だ」
「……」
「――『タオが〝人の云うコトを信用するな〟と云った』ってんなら、『タオは人の云うことを信用しない』『他人を信じない』、こう云うことだって可能だろう?」
どうしてそんな表情でそんな「お話」が出来るのだろう――タオはニッと口角を上げた。
流石にアサギも軽く眉間に皺を寄せ、
「それは、曲解というものですよね……」
そう云った。すると、タオはあっさり「そうだ」と頷く。あんまり当たり前に肯定されたので、アサギは――リオンも、目をぱちくりとさせた。
「曲解という処理の仕方だ――だが、誰も嘘はついていない」
タオはやはり薄く笑ったままだが、声色は真面目である。別に、ふざけて若人を煙に巻いているわけではない。
「『誤解』という無意識下での処理結果、『曲解』という意図的な処理結果――それが『情報』として、重なりながら広まった時、『事実』が何処にあるのか、あるいは『情報の出所』が何処にあるのかも解らないから、最早、何処に・誰に『確認』もしようがない。そんなことは、よくある。特に『意図』を持って『曲解』を吹聴したがっている者は、確認の必要があることは解ってて、敢えてしないということもある。――そうして、『その情報』が最終的に『完全な誤り』になったとしても、誰も嘘を云っていない以上、誰も自分の咎とは思わない。それも、よくある」
「……」
「俺も、大学やら教育機関やらで定期的に講義や講演をしている身だから、『一国の主』にしちゃあ一般市民と直接交流しているほうだろうが、それでも、『領主は他人を信用しないというのは本当か』と、市民が直接、気軽に『確認』出来る環境には無いな。だが、『タオ領主は他人を信用しないらしい』なんて、あまり宜しくない噂話――醜聞やゴシップみたいなものほど、やたら早く広まりやすいってのも、そうだよな。『確認』が出来るとしてもするのが躊躇われるってのもあるだろう。――実際、俺はこの齢まで一回も結婚をしていないもんだから、一時期、『同性愛者なのだろうか』という噂が巡ったことがある。別にサウザー領主は世襲って決まってる訳じゃないんだが、そこを誤解している人達は『跡継ぎ』をやたら心配してな」
タオが肩を竦めてそう云うと、リオンがお愛想のような苦笑いを浮かべた後、真面目な声で
「で……、自分の耳にまでその噂が届いたとき、あんたはどうしたんだ?」
と尋ねた。今度はタオが目をぱちくりとさせ、「どうするもこうするも」と大げさに呆れたような声を出した。
「どうもしてないさ、我関せずでそのまま現在だ。そりゃ、俺自身に『実際のところどうなのか』と確認してくる人物に対しては、正直に『少なくとも自分で自分をそうだと思ったことは一度も無い』と答えたよ。だが、こちらから、訊かれてもいないことを敢えて否定したって、『ムキになって否定するならやっぱりそうなんじゃないか』なんていうふうに、そんな噂ほど残るのもそうだろ?」
「……」
「よく考えてみれば、その噂話の根拠は薄弱で、文字通り『根』がないんだよ。根が無いから葉も無い。何故なら、サウザー直轄地では同性間の婚姻も認められているんだから、俺が一回も結婚してないことが理由で同性愛者なのかと噂するのは論理が破綻してるだろう。だったら、同性愛と異性愛のどっちにしろ『領主は役立たずなのか』って噂が巡る方が、まだ筋が通る。そこに噂してる本人が気付けば、俺がゲイなのかどうかって噂は、放っておいてもそのうち消える、実際消えた、多分だがな。『役立たず』って噂はまだ聞こえたことがないが、そっちなら明確に『違うよ』って証拠は提示出来るぞ、目に見える身体のことだけだからな」
くくっと喉を鳴らしてタオが云うと、リオンとアサギは顔を見合わせた。アサギは微かに頬を染めて困った顔をし、リオンは苦笑めいて口を歪ませた後、からかうように
「俺は、あんたがゲイかもって噂になった『根拠』、もう少し云えるけど?」
などとタオに向かって云った。タオはまた瞬きをして、「何だって?」とリオンに顔を突き出す。
「サウザー領民じゃない君が?」
「っていうかさ、結婚したことが無いってだけで、そんな噂は巡らないと思うけどな。『もしかして』って思う要因が、他にもあるから、まことしやかに広がったんだよ、多分」
「何だよ」
自分が察していないことを、地元民でもないリオンが察していることへ、少々ムッとしたのかタオが――ふざけてのことか――軽く口を尖らせた。
「サンハルさんも独身だろ。――傍から見りゃ、あんたとサンハルさん、もう〝フーフ〟みたいじゃねえ?」
「……」
「学生時代からずー…っと〝一緒〟で、上司と部下には違いないけど妙な気兼ねも無く『良い関係』っていうか――フーフってか、『デキてんのかな』って一度は思う人、居てもおかしくないんじゃない?」
リオンがそう云うと、タオは目を細めて呆れたように肩を竦めた。
「それもそれで『想像力が豊か』って云えるな。『根拠』と云う程じゃないだろ」
「いや、もう一つあるよ。フーコーさん。――あんた、サンハルさんとフーコーさんの二人ともと学生時代から――ほぼ同じだけの時間の付き合いがあるんだろ。フーコーさんって、それこそ『ボンキュッボン』、今の齢でも『いい女』って男が思う代表じゃないか、若い頃はもっと――本人はそんなの嫌がっても――モテたんじゃないの? そーいう女の人が傍に居て何にもないってのもあるから、何となくでも疑惑が出てくんだろ」
「――疑惑、ね」
「この条件だと、『他人の色恋沙汰』が好物の人間は、そーいう噂話、そりゃァしたがるよ。あんたがゲイかどうかってより、サンハルさんとあんたに『そーいう関係』があるのか無いのかって噂がサウザーで立つのは、まあ、俺としちゃあ、自然なことのような気がするな」
リオンの言葉を聞いて、タオは一瞬口を噤んだ後、「ふん、なるほどな」と苦笑を見せた。――やはり、気を悪くした様子は、あからさまには見えない。最初、少々拗ねたような顔をしただけで……、その後に続いたリオンの説明が、タオには納得出来るものだったらしい。
それが、アサギには不思議だ。
「成る程なぁ。……となると、もしかして俺――とサンハルには聞こえないだけで、『俺とサンハルがアヤシい』って見方が、どっかに根強く残ってたりすんのかな? ――だが、一応云っとくが、俺がゲイなのかって噂、俺自身に『実のところどうなんだ』と訊ねてきたうちの一人が、まさにサンハルでもあるぞ」
再びタオがくくっと喉を鳴らす。
「まあ、サウザーの者じゃない君にも思いつくような『根拠』があるにしたって、それもそれ。敢えて否定すりゃあ一層残る風聞なのは確かだ。どちらにせよ、その手の噂はな、事実はどうあれ、その噂自体をしたくてやってるって部分がかなり多いから、肯定も否定もしなくて良いんだよ、それこそ『時間の無駄』だ。領主の俺が市民の楽しみを敢えて潰すような野暮な真似、しちゃいかんしな」
今度はおどけて「俺って心広いだろう」などと云いながら、タオは両腕を広げた。やはりお愛想の苦笑を浮かべてから――アサギは軽く眉を顰めた顔を、ちらりとリオンに向けた。
彼は気付いているだろうか――彼も思い出しただろうか、ギンの講義を……。
支配とは懐に入れること――そして、権力者……支配者は、「平凡」という名の「秩序」を守るために、「愚者」である被支配者より懐の内側から攻撃されることすら想定しつつも、己が「礎・犠牲・生け贄」となることを厭わない――。
今、タオが話したのは他愛の無い風聞に過ぎないが、そんなデリケートなプライバシーに関わることを噂されるのは、決して気分が良くはないだろう。それも一種の「懐からの攻撃」なんじゃないだろうか――サウザーの民衆に「攻撃」のつもりはないとしても、アサギには「その噂で誰かが不快になったり傷ついたりするかもしれない」という思慮を欠いている、無神経なものではあるように思えた――。
それを「どうもしない」とあっさり捨て置けるというのは――。文字通り「懐」が深い、ということなのだろうか。
アサギの視線に気付いて、リオンがちらりと彼を見やる。アサギの考えていることが解った訳ではないが、リオンは曖昧な小さな頷きを見せてから、軽く肩を竦めた。




