【day2】(4)-[5]-(3)
「『いい女』なんていう極めて主観的で感覚的な言葉で『情報』を伝えたけりゃ、『感覚』自体、または、『感覚の情報』を双方で共有出来てなきゃいけない。だが本来、個々で同じ『感覚』を共有など出来る筈は無い、それを敢えてしたければ、しなければならないのなら、前の段階で『会話』や『交流』が必要なんだ。ニック君とリオンには、それが既に充分にあった――自分の理想の女性像を云い合ったり、愚痴を云ったりそれをスルーしたり出来るだけの仲が築かれていたから、『いい女』だけで、この鳥女が巨乳って情報が伝わるんだ。――コミュニケーションが取れていない相手とは、主観的・感覚的な言葉で情報をやり取りすべきじゃない」
「――だから、知らないなら、『どんなだよ』とツッコむのが理想ってか…」
リオンが呟くと、タオが「そうだ」と大きく頷く。
「自分の『いい女』が、相手にとっても『いい女』だと、そんなことを信じて、『確認』を怠る方が余程愚かしい。だったら、その『いい女』って言葉自体、無視して忘れる方が余程マシなんだ――実際、ツッコミ入れるのは躊躇われるケースってのもあるだろうしな」
「ん?」
「――これがニック君でなく……、ギーチさんやタックさん程には親しくもしてない親方が、『いい女』って云ったんだったら、君はツッコめてたか?」
「あぁ~あ……」
リオンはコクコクと頷いてから、「ちょっと無理」と手を振った。すると、何故かアサギが不思議そうな顔をリオンに向けるので、彼は苦笑してアサギに肩を竦めてみせた。
「いくら俺がタオにタメ口きける『生意気な小僧』でも、それなりに基準っつか限度っつうか、あんだよ、アサギ。サウザーでだって、サンハルさんとか、年近くてもギンさんたちとかは、一応敬語になってっだろ」
「ああ……それはそうです、ね…」
じゃあ、何でタオに対しては平気なんだろう? その基準がアサギには判らないが、それを議論すると完全に〝脇道〟だろうから問うことはなく、リオンもアサギからタオへ視線を戻した。
「実際、ちょっと怖ぇ親方で、でも女にはスゲぇモテるって人が居るんだけど、あんまり喋ったこと無いから本人の理想像は知らないんだよなあ……もしその親方がニックと同じタイミングで『いい女』なんか云ってたら、『あ~、そうっすかー』って相づちだけ打って、後でタケさんとか〝イチ兄〟とかにコソコソ訊いたりしたかもなぁ……」
何か思い出すように、こめかみ辺りを突きながら独り言の口調でリオンが云うと、
「ほら、いいぞ、リオン! 俺は、そこに『君は出来てる』つってるんだよ、自覚が無いんだなあ」
再び、ニカッと笑ってタオが彼を指さす。
「はっ?」
「そもそもの話、実際にはニック君も、『いい女』なんて言葉を使うべきではないんだよ。普段から仲良くしている君達だから出てきた言葉でもあろうけども。――仮に出した話ではあるが、君がツッコミを入れるに躊躇うような親方がそんな言葉を使うと、尚のこと面倒なことになる。故に伝える側が、最初から『いい女』なんて言葉を使わず、『乳房が大きくて腰が細く尻も張っている』て云う方がまだしもなんだ。だが、それを『チョーいい女』と伝えるつもりでもなく云う者は、やっぱり居るんだよ。ならば、それを伝えられた側がスルーした方がマシ――しかし、それでは、可も無く不可も無い、何の情報にもならない雑談で終わる」
「……」
「――リオン、君は、それをただの雑談で終わらせず、その親方が『いい女』と云いそうな女性像を、他の、知ってそうな人に訊くという方法――別ルートで確認することで『情報』にしようとする、そうした心構えが、自覚は無くても出来てるってことさ」
タオがコクッと大きく頷きながら、力強くそう云った。
彼が云うとおり、自分で自覚が無いものだからピンと来ず、リオンは戸惑いの表情を浮かべている。が、タオが云ったことは「実際その方が良い」ようには感じられたので、それを自分が出来ているというのなら、褒められたことに自信を持って良いような気がした。それに、今まで自覚が無かったということは、自分では意識してなかったということだ。ということは、もしかすると将来には、タオ曰くの「危険」な方向へ、やはり意識しないまま向かっていたのかもしれない。
故に、今評価してもらった以上、この先は「自覚」や「意識」を出来るだけしなきゃいけない――戸惑いの表情は消して唇を引き締め、師匠に向かってリオンも「うん」と大きく頷いてみせる。
――そんなリオンの横顔を見て感心したふうに「成る程」と嘆息を漏らしたアサギが、ふと小首を傾げた。今度は彼が、「何かつっかえて気持ちが悪い」と云うふうに、首を傾げつつ喉の辺りを擦る。
「どうした?」
そんなアサギに気付いたリオンが尋ねると、「いえ、あの……」とアサギは曖昧な相づちを打った。自分でも今「つっかえているもの」を説明出来ないのだ。
リオンが「?」マークを顔に貼り付けている。――師匠の方が、既にアサギの疑問を察しているのか……
「――今の話も『脇道』なのを思い出したんじゃないか?」
薄笑いを浮かべてそんなことを云った。
それを聞いても、アサギは腑に落ちることが無いらしく、きょとんとした顔でタオの顔を見た。よって、リオンも「何云ってるんだろう」と少々呆れが混じった表情でタオを見つめる。
タオは笑みを浮かべたままあっさりと云った。
「今やってる〝説教〟、アサギが『移動』のイメージを口にしなかったら、始まってないだろ」
「……あっ」
それを聞いて、アサギは目をぱちくりとさせ、背筋を伸ばした。
師匠の今の話を、「聞いて良かった」とアサギは思っている。聞いた本人はネガティブな意味の「説教」とは思っていない、これも「講義」のような気がしている。
しかし、その「講義」は、タオの云うとおり、自分が思いついたことをふと口にしなかったら、そもそも始まらなかった。自分やリオンが「間違えかけているのかもしれない」ことを、師匠は戒めてきた訳だが、自分が黙っていたら、ただ単にそのままだったのだ。
「メビウスの輪に入り込んだ気分にでもなったんだろう。君は意識して自分のイメージを口にした訳じゃない、その時自分が抱いたイメージを、そのままで抱いてても別に構わなかった訳だから」
「は、はい……」
「だけどな。――脱線して余計な説教に入ってしまったことに、君らが『ちぇっ』と思ってるなら、それはそれだが」
タオがそんなことを云い、「そんなことはありません」とアサギは慌てて首を振る。リオンも頷きつつ、
「聞いて良かったとは思ってるよ」
と少しふて腐れて反論した。タオが、「そうかい」と相づちを打ってから先を続けた。
「アサギが『移動』のイメージを口にした時に、この〝説教〟を始めるかどうかは俺の意志次第だから、そこまで不思議なことではない。俺にはアサギの呟きをスルー出来なかった、ってだけ。リオンも、自分の抱いてるイメージとアサギのそれが違うらしいことをスルー出来なかったんだろ、それも好ましい」
「……」
「それに――アサギがそれを口にしたことは、今やってる〝説教〟の本筋にも沿うものなんだよ。だから、この〝説教〟、必然と云えば必然的にやってるんだ」
タオが大きく頷きながらそんなことを云った。リオンとアサギは訳が分からず、顔を見合わせる。
「――アサギが『移動』のイメージを口にしたことも、今云った『確認』、『コミュニケーション』の一つなんだよ。君自身は意識してなかったのだろうが、『俺達三人が、同じ〝情報〟〝イメージ〟〝感覚〟を共有しているかどうか』を確認する意図が、きっとあったんだ。それは、正しい。今云った『ツッコミ』と同じなのさ、君も出来てたんだ」
タオがアサギを指さし、にっと笑う。アサギは戸惑いの表情を浮かべてから、否定はしないが肯定もしきれず小さく俯く。
そんなアサギにタオは表情を苦笑に変え、「そういうとこは少し減点」とおどけた声を出す。
「実際、同じイメージを共有出来ていない――リオンが考えていることは違うらしい、と分かったら、直ぐ自分の意見を引っ込めようとしただろ。そういう引っ込み思案が、君の短所だ。『違うというなら、では〝事実〟はどうなのか。リオンはどう思ったのか』を訊く、その『確認』がもう一押し、あの場合は、あっても良いんだよ」
「……は、はあ…」
だから、師匠はあの時、「構わないから続けろ」と云うように先を促したのか――。
「まあ、しかし……、その前提となる部分が、君もリオンも少し弱いみたいなんだが――それは一旦置いとくかな、夜も更けまくってるし」
二人の顔をそれぞれに見て、頬を擦りながらタオが妙に含みのあることを独りごちる。二人とも気にはなったが夜が更けたのは本当だ、リオンでも、突っ込んで質問するのはやめておいた。
そこで、先に褒められたリオンが一つ息を吐いた後、ふと何か思いついた顔をして「ああ、じゃあ…」と声を出す。
先ほど云われた「出来ていること」を、今まで自分では意識していなかった分、意識するようにしてみたら――先ほどタオが独り言のように云った言葉も合点が行った。
「『情報』と『自分のイメージ』をごっちゃにしてしまうことが、平時の方が良くある、って云ったのは、そういうことか。平和な時ほど、『本当は確認をした方が良いこと』を、ただ面倒くさがりでスルーしちゃったり、自分の思い込みで覚えちゃったり…」
ぽん、と膝を叩いてリオンが云うと、タオが「おう。正にそういうことだ」と頷いた。
「今みたいな非常時には、情報の齟齬が人の生死を左右する可能性を孕んでいるから、そういう役――情報を取り扱う役に就いてる者は、普段よりも慎重でシビアになる。さっき云ったが、ニック君達〝警備隊〟にとって、〝鳥女〟の体型が、フーコーみたいなのかメランジュ君みたいなのかは、絶対に間違えちゃいけないところだよな」
アサギもリオンと一緒に、うんうんと頷いた。
「でも、それが平和な時節に――例えばニック君が君に『今度〝いい女〟紹介してやるよ』とでも云う。君はマダム・ジレやメランジュ君の娘さんのような女性を期待しているが、実際に紹介されたのはフーコーみたいな女性だった。――後でケンカになるほどなのかどうか、俺は知らんが、まあ、こんなことは良くあるだろ?」
タオが肩を竦めると、リオンがクスッと笑った。これはアサギにはピンと来ないらしく「そういうものなのだろうか」と不思議そうに小首を傾げている。
「さっきリオンが云った『人の話を信用するな』ってのも良い例になる――ああ、リオン、蒸し返して済まんが、別に俺が怒ってて嫌味云ってる訳じゃないから堪えてくれ――。俺が今やってるこの話、君が確認したから、俺は『そうじゃない』と否定する意味でやってる。君が確認しないままだったらどうなってたか……は、もう良いだろう」
リオンがぴくりと目を細めたので、タオが苦笑して手を振った後、それでも続けた。
「で、こうして話してることで君達は『そうじゃない』ともう納得してくれただろうな。しかし――だ。じゃあ、君達がまた誰かにこの話をした時、その相手も確認してくれるかどうかは定かじゃない」
リオンとアサギが戸惑いの表情を浮かべて顔を見合わせる。




