【day2】(4)-[5]-(2)
「あ。あんた、〝ジレ姐さん〟のこと知ってんだ?」
リオンが目をぱちくりとさせた。タオが「面識はあるよ」と頷いたのを見て、「何だ、そうだったんだ」とリオンが一つ息を吐く。
タオが苦笑し、
「その方が話が早かった、とか思うんじゃないよ、リオン。俺は折角、君がメランジュ君の名前を出したのを褒めてんだから。それに、俺が知らなかった〝メレンゲ〟って、君が呼んでるだけの云い方したのも、実はちょっと減点な」
少々おどけた声でそんなことを云う。
「――だが、『今』になってそれを俺が云ったことで、君らは〝マリー・ダニエラ教授〟がフーコーと似た体型らしいことを知ったし、アサギは、サヴァナの〝マダム・ジレ・ウィルヘルム〟が『色白で小柄の可愛らしい女性』らしいと知ったよな。これは『情報』が出る、あるいは出す順序、タイミングの話だ。――が、君らが、この先〝マリー・ダニエラ教授〟や〝マダム・ジレ〟と一生会わないだろうから覚えててもしょうがないと思うなら、『ふーん』ってスルーして完全に忘れても良い情報でもある。それは、『情報』を受け取る側の『処理の仕方』の話」
「……」
「で……、リオンが『ニック君は巨乳がタイプ』だと知っていた上でそれを云い、彼が『チョーいい女』と云っていた、ってんだから、『これ』は、悩む必要が無いくらい見るからに女性の体型していた、むしろ平均的な体型よりも『ボンキュボン』、俺達は、髪の長さが彼女と同じくらいだとしても『唐傘お化け』と見まごう恐れのあるルナールより、フーコーの輪郭を思い描いても良いらしい、ってことも分かった」
「棒人間」を指しながらタオが云う。まだ続きがありそうだったが――アサギが恐る恐る挙手しつつ口を挟んだ。
「あの……。――『例』として分かりやすいのは僕にも伝わってますけど、その……女性の見た目、特に体型を云々する必要、まだ、ありますか? もし此処にルナールさんや、それこそフーコーさんが居たら、相当怒ると思いますけど」
話に割り込むことになるのは恐縮だが、個人名、それも自分が知っている人物の名前が出てきた上だと、「雌」の「型」として意識することがかなり難しくもなってきていた。
タオがそれを聞いて、大げさに「ふふん」と鼻を鳴らす。
「居れば怒りそうだが、居ないじゃないか。それに、別に俺達は、彼女らの体型ネタにして猥談してる訳でもないんだ。こんなのをセクハラとか云い出したらキリ無いぞ、女性の犯罪者は〝特徴〟の把握から始まる追跡もしないまま、皆見逃せってか? ――少し我慢しろ、アサギ。たまたまソレが例になっちまっただけだから」
「はあ……」
フーコーが此処に居たら、と云いはしたが、アサギ本人の居心地が悪くなっていたことはタオにも伝わっていたらしい、最後には苦笑を浮かべ、なだめるような声で云った。仕方なく、アサギも手を膝の上に乗せて師匠の次の言葉を待つ。
「リオンがニック君の理想像を知っていたから、俺達がそういう『想像図』を得られた。――ってことは、じゃあ、リオンが知らなかったら、どうなってる?」
「そりゃ……、まあ、フツー思い浮かべる平均的な、女の人の体型イメージして、背中から羽根生やしたり腕が翼になってたり、って空想してると思うけど…。でも、それを『情報』として覚えちゃうのは間違ってる、って云いたいんだろ?」
もう分かったよ、と云いたそうに、若干ふて腐れた声でリオンが答えると、タオは「ああ、俺の質問の仕方が悪かったな」と独りごち、軽く首を振った。
「今はちょっと違う場所、君の無意識下の意識を訊いてる。――リオン、君が、ニック君の理想像を知らない状態で、『チョーいい女』ってのを聞いてたら、どうしていたか、『今』どうなってたか、だ」
「え~……?」
タオの質問に、つくづく表情豊かに情けなく眉を下げ、リオンは腕を組んで首を捻った。――実際、知っていたから口にしたのだ。知らなかったらどうだったかなんて、想像がつかない。それも本人は、たった今の此処の雰囲気が余りにも堅苦しくなっては嫌だから「蛇足」「余談」のつもりで――ニックの軽口を自分の軽口にもしただけなのだ、まさかこんなに追求されるなんて、それこそ想像していなかった……。
答えは待たずにタオが先を続ける。実際にリオンがどうするか、を考えさせたい訳では無かったので――。
「――その場合、ニック君の『チョーいい女』ってのは、リオンにとって『情報』じゃないんだ。ニック君が回覧文書を見て感じた『ただの感想』だろ? それは、ニック君本人が『文書』って情報を得た後、脳内で処理した結果」
「あ、ああ……。そういう意味か……」
タオが「T」から「N」に伸びる矢印をなぞった後、先ほどと同じく、今度は「N」を突っ切るように指を滑らせる。リオンが「そうか…」とたじろぎつつも頷き、隣でアサギも真面目な顔になって「成る程」と頷いていた。
「その『感想』が、君まで届いてきたときに――」
タオの指がそのまま「L」を囲んでいる丸まで届く。
「君は、どうするべきだろうかってことを訊いたのさ。――ああ、いいよ、二人とも、真剣に答えを考えなくても。これは、常々どういう意識を持っているべきなのか、無意識の心構えって云える話だから、『今考えて』理想の答えを出しても意味が無いんだ――」
真剣に首を捻った若人二人に、タオが苦笑して軽く手を振る。少々戸惑ったリオンとアサギだったが、タオは、黒板に指を当てたまま続けた。
「――一番理想的なのは、『知らねえよ、どんなだよ』ってツッコミを返すことだ」
「L」を囲む線から、タオは「N」へ引き返す形でもう一度指を滑らせた。次には、
「可もなく不可もない――いや、『今の状況』だと少々マイナスだが、まだマシなのは、『ふーん』とスルーすることだな」
同じように「N」から「L」へ指を滑らせた後、直ぐに黒板から離してしまう。
無視する方がまし? どういうことかと二人が首を傾げたが、タオは彼らに質問させる間は与えず――少々苦々しい声色になって、
「一番危険なのは、ここでリオンが『マダム・ジレを思い浮かべること』だ。よって、これはすべきではないこと」
そう云い、再び「L」を突っ切っていき、その先に「×」を描いた。
「メランジュ君は、今俺から問われて絞り出した『例えば』だから、ふと思い浮かべることはないだろうが――何せ『若い頃はもっと細かったなら』という仮定もしなきゃいけない例えだったしな――、マダム・ジレは、リオンが身近に良く知っている『理想像』だから、ふっと出てくる可能性が無きにしも非ずだ。――これは、ニック君の脳内で処理された結果に過ぎないものが、リオンにとって『情報』になってしまい、それを元にしてまたリオンの脳内で別の処理結果が出てしまった、っていう、危険な状況なんだよ」
「『危険』……ですか?」
「そう。――ニック君が云う『チョーいい女』はフーコーみたいな体型。対して、リオンは、〝マダム・ジレ〟、あるいはメランジュ君の若い頃――アサギ、大体具体的な想像は出来てるか?――が思い浮かんでる。さあ、アサギ――警戒すべき〝鳥女〟の容姿は、どっちなんだ? 二人の体型は正反対と云っても良いぞ」
「あっ……」
「云い替えれば――これは、ニック君の『チョーいい女』が、ただの感想だという判断がついていないと云える」
アサギは「成る程…」と神妙に頷いたが、リオンは「うーん…」と唸りながら、腕を組んで首を捻った。
「云ってることは解るけど……。そんなの、いちいち『すべきじゃない』なんて云わなくたって、誰もやんないんじゃないの? そこで俺がジレ姐さんをフッと思い浮かべることはあっても、それをそのまま『外からの情報』として記憶するなんて、無いと思うけどなあ。まして、それを誰かにまた伝えるなんて……」
納得いかない、というふうに軽く口を尖らせたリオンに、タオは「そうだな」と軽く笑った。
「俺も、かなり極端に削いだ話、シンプルにしたパターンを挙げたんだ。当然、一瞬はマダム・ジレが思い浮かんだとしても――彼女に限らず、今実際に好意を寄せている女性が居るなら、その人物が真っ先に思い浮かぶのもごく自然なことだろう――、最終的には『どんなだよ』って突っ込むってんなら、それで良い。――だが、現実には意外と、君の云う『誰もやらないだろうこと』は起きてるものなんだよ。人それぞれ、それを『やってる』つもりは無くてもね、だから『無意識』って云ってる」
「ん~…?」
「――ニック君が、自分の理想像を君は知っていると思い込んでいる場合。同時に、君も、ニック君が自分の理想像を知っていると思い込んでいる場合、ってのはどうだい」
タオがそう云うと、リオンがぱちぱちと瞬きをした。きょとんとしているリオンに、タオが苦笑する。
「実際には知っている分、ピンと来ないか。じゃあ、こうだとどうだ?――自分が『いい女』だと思う理想像は、誰でも『いい女』だと思う筈だと考えている」
「……」
「そりゃあな、フーコーみたいな女性に、指笛鳴らす男性は多いよ――だからこそフーコーは、異性そのものにうんざりしてるんだしな――。だからって、自分が『いい女』だと思う女性像を、『いい女』って云っただけで誰でもイメージしてくれると思うのは可笑しいだろ」
「あ、ああ……うん、まあ、そりゃそうだよな」
「これは、『情報』ってより、『感覚』の共有の話だ。どんなに異性愛者の男性にとりフーコーのような女性が理想像としてマジョリティだと、統計的な『情報』があったとしても、あくまで多数派、世界に存在する同性全てと『理想のタイプ』っていう『感覚』を共有出来ているなどと思うのは、図々しくて可笑しい。フーコーみたいなタイプが、完全に好みから外れている、ぶっちゃけ、『嫌い』って男性も居て当たり前だ――それは理解出来ているつもりで居ても、『自分のイメージの方が多数派なんだから、多数派をイメージするべきだ』と思うのも図々しいだろ」
「――まあ、うん…」
分かる、というふうに頷きはしたものの、まだ釈然としない様子で小首を傾げるリオンに、タオは苦笑ではない微笑みを見せた。
「リオン、それでもまだ『いちいち云わなきゃいけないことか』と君が思うなら、それは君が、自分では意識してなくても『情報』の取り扱いを慎重にするよう心がけてるからだよ。そして、世の中の皆が皆、君と同じくらいに『情報』と自分のイメージ、外と内の『感覚』に線を引けている訳じゃない」
「……?」
そこでタオは、ここまでの話を一旦「まとめ」に掛かったらしい。声色と表情が少しばかり、師匠らしく凛としたものになる。




