【day2】(4)-[3]-(3)
「――だからこそ、ビミョーな感じだよな。リオンが『高度』をハッキリ聞いていないというのもあって」
タオはそう云うと、〝ガフ〟の地点を意味する黒丸に指を当て、〝シェイク〟の地点へ滑らせた。それから天井にその指を向け、独り言のように語る。
「サウザー城の上空にその『女』が、まあ、浮かんでたとして、あの丘からも裏の森からも同時に見ることは出来る。が、最終的に、『翼を生やした女』になりはしたが――、仮にあの炎の巨人がグロスに現れた後、CFC側でなく反対方向、城の方に向かったとしよう。あいつがそれなりの高さまで飛んでいたら、あの丘に居た人物は――実際には居なかった筈だが――ガフ君が見たのと似て『人のような形をした光・炎の固まり』を見たと証言するだろうし、それが城に向かい上空に到達するまでの間に姿を変えたとしても、別に可笑しくはない」
少しぼんやりとしてタオの顔を眺めていたリオンが、はっと黒板に向き直り、「でもさ…」と首を傾げた。
「ガフの居た地点から中央市場までって、あの丘からお城までと似て、ある程度視界は開けてる筈だよ。フィズさんの居た政庁近辺になって、ちょっと入り組んで高層ビルが増えてくるんだ。ガフとシェイクの間にもそこそこ高い建物はあるけどポツポツだし、グロスから何度か丘を越えた俺達と違って土地自体も平坦だから、変化してる途中を見失うって程じゃないと思うんだけど…」
「ふむ」
「あの丘で仮に『光る何か』を見た人が、ずっと目で追ってたとして、お城に着く頃……ハッキリ見えなくても、まあ、『鳥男』みたいになったって証言しても、それも可笑しくないだろ?」
だから、「変化した」というなら、それをガフがちゃんと云っていないのは妙なのではないか、リオンはそう思いついた。決して、アサギのイメージを「否定」したい訳でもないから、そこまで強い反論の口調ではなく単なる疑問というふうに云うと、タオは「尤もだな」と云った後でニッと笑った。
「リオン、だからここで『高度』のデータが、本来なら欲しいところなんじゃないか」
師匠から意地悪く云われ、リオンは「うっ」とたじろいだ。
「だけど、ガフ君はそうは云ってないんだろう?」
「……」
「――その通り、『移動』のイメージが本当なのだとすれば、三人のうちで最初にそれを見たのかもしれないガフ君だけは、その『黒い魔女』を出来るだけ目で……いや、本当の意味で、自分も移動しながら追っていたと考えても可笑しくはない。シェイク君とフィズ君は、それが『見えるようになってから見た』、その時点では『鳥女』『翼を生やした女』になっていた、ということなのかもしれないからな。――が、ここでガフ君が『黒い魔女』を目撃したとして……こうだと話は別だろ?」
「ガフ」が「黒い魔女」を見始めた点、それを表す直線の端にタオは白墨を当て、そこからグッと勢いをつけて腕を上げた、意欲満々の学生が「はいっ」と挙手するように。腕を上げたまま少しだけ水平に線を描き、ガフとシェイクの間の「空白」を示す点線の上で角度を付けつつ腕を降ろしていく、最終的に、「シェイク」が「鳥女を見始めた点」で止まる。
つまり、「移動しつつ変化する様」をガフが目で追えたとするなら、それは「魔女」が水平に移動していた場合であって、見失うほどにまで高度を上げたのなら話は別――ということだ。
リオンはガシガシと頭を掻く。タオは尚、意地の悪い笑みを浮かべたまま続けた。
「俺は『面倒だから線で』と云ったが、そのせいで君は、直線ルートと距離でしか考えてないだろ。――こうも考えられる」
同じように、「ガフ」が魔女を見始めた点に指を当てた後、今度は黒板から離れ、リオンに向かってその指を突きつけながら近づいて行き、振り返って「シェイク」の点にその指先を再びぶつけた。つまり、直線的な移動をしなかった、方角を変えたのなら、それも話は別、方角を変えた上でガフが見失うほど遠くへ向かった後、シェイクの目に見える位置に再び現れたのかもしれない。当然、それに加えて高度を変えたことだってあり得るのだから、直線距離がそんなに長くなくても、「見失うことはない」ということこそ無いのである。
「リオン、この線は、『上下』だぞ、南北じゃない」
フィズ達が「居た地点」を表す黒丸を記した実線。その上に描いた実線と点線。――両者の間に描いた「矢印」を指さして、薄ら笑いを浮かべながらタオは云った。
リオンは、今度はムッツリとへの字に口を曲げた。
「ここまでは『しろうと』でも思いつかなきゃいけない次元の話だが、君達は〈魔術士〉だからとどめを刺すぞ。リオン、――サヴァナの人達は〝層〟を移るのが得意な人が多い――というかそれが当たり前とも云えるが、ガフ君は……他の二人、シェイク君やフィズ君も、〝層〟を『見る』のはどうだ? 得意不得意で云えば」
質問を投げかけられたリオンはふて腐れた顔をして、
「正直……、今自分が居る〝層〟と他の〝層〟を同時に『見通す』ことが出来るかって意味なら、フィズさん達は『得意』とは云い難いな…。サヴァナで間諜に就いてるのは、今の層に敏感な人達ばっかりだから…」
「成る程。――じゃあ、俺の云いたいことは解るな? ガフ君が東に真っ直ぐ向かう『魔女』をずっと目で追いかけたとしても、途中で魔女が別の層に入ったなら、やはり見失っていたかもしれない」
「……」
「――仮に、ガフ君の位置にアサギが居たら、もしかして君の方が長く追いかけられたのかもしれんな」
ふっ…とタオが笑みを柔らかいものに変え、アサギに目を向けてそう云った。アサギは目をぱちくりとさせ、リオンも「えっ、どういう意味」と――アサギとは違って――疑問を口にした。
タオはリオンに向かい、
「アサギに限らずフリュス家の人達は、法師のお家だけあって、特に『死者』の〝層〟を視る目は鋭敏なんだ。最早『血筋』と云っても良いな、〝訓練の賜物〟で得る能力じゃない感じだ」
「へえ~…」
リオンが感心したふうな息を吐いたが、アサギは困ったように小首を傾げる。……リオンの詠嘆には羨ましそうな響きがあったので、それを否定するために軽く手を振った。
「そんな凄いことでもないんですよ、リオン君……」
「そうだな。『見えすぎて困る』というくらいだから、普段は抑えてるんじゃないか? むしろ、〝訓練の賜物〟は『抑える』能力の方」
タオの問いかけにアサギは「はい…」と肯んじた。
「僕は、まだ修行が足りなくて、その『抑え』が未熟なんですけど……」
リオンが「そんなもん?」と不思議そうに首を傾げるので、タオが苦笑を見せる。
「リオン、アサギって一言で云って『優しい』だろ」
「まあ……そうだよな。『人が好い』とも云えるけど」
「そういう性質の人物がだな、死者、特に迷う亡者の多い〝層〟を日常的に目にしてるようだと、メンタルにキツイと思わんか? 君や俺なら、そうでもないかもしれんが」
「ああ、成る程……そういうことか」
「が――普段抑えていると云っても、元々が鋭敏なアサギの方が、ガフ君よりは長く目で追えたかもしれない。多分、『〝層〟を移った』と解った瞬間にその『抑え』を解除出来るだろうからな。しかしそれでも、もっと深い〝層〟まで入られたら、見失っていたかもしれない」
そう云って、タオが話を戻す。再びリオンが「うぅん…」と唸った。
「まあ、それならそれで、『〝そいつ〟は、層を移ることが〝可能〟なものだ』という推測が出来る訳だが……、そういう話も、伝わってないんだろ?」
「う、うん……」
「――だから、この直線距離がそんなに長くなくても、『移動しながら変化した』というイメージは、あり得る。しかし、同時に、ある一点に現れた一つのものを見て三者三様の見え方をした、それもあり得る。君達がそれぞれ抱いたイメージは、そのどちらもあり得るんだ。だから、君達のどっちかが『間違っている』ということは無い」
そこでタオは腕を組み、「ふう」と一つ息継ぎをした。そして次に、先ほどまでとは打って変わった真摯な声で云った。
「俺が今の段階で君達に云っておきたいことはな――、しかし、君達が抱いたイメージは『事実ではない』ということだ」
「……」
アサギとリオンが顔を見合わせた後、同じく真摯な、こちらは視線を、師匠に向けた。




