【day2】(4)-[3]-(2)
不思議そうな顔、あるいは戸惑った顔を自分に見せる若人二人に、タオは薄い笑みを見せた。
それから、黒板に書いた実線や点線、矢印、黒丸などを指で差しながら云う。
「今云った『尺度』のうち、フィズ君達が目にした何者かの『サイズ』については、まだリオンが云っていないだけで、これから出てくるのかもしれないと思っていたから、それがリオンの口から出てきたら、俺はメモに記したろう。出てこないならこの先何処かの時点で訊ねたかもしれない。何せ、サヴァナは『技師』の集まりでもある、フィズ君達は、目測だけでも、ある程度の具体的な数値で『身長』を伝えてるんじゃないかと想像するからね。が、リオンが知らないなら――ニック君とやらがリオンに云っていないなら、まあ、それもそれ、とも考えてた」
「……」
リオンが少々後ろめたそうに頭を掻いた。――タオが笑みを浮かべ、リオンに「それはどういう意味だい、リオン?」と訊ねた。
「知ってて、まだ云ってなかった、という意味なら、そう気にすることはない、まだ、それを云うタイミングになってなかっただけだからね。ただ、――ニック君が云わなかったとしても、技師でもある君が訊ねなかった、故に『知らない』ことを後ろめたく思っているのなら、それは確かに少し反省すべき点かもしれんな」
「……いや、それは…」
リオンが、後ろめたそうだった表情を少しふて腐れたものにした。そこで再び、タオが口角を上げ、頷いてみせた。
「聞いてはいるんだな?」
「ああ。――その『女』のタッパ、俺達が見た火の巨人より少し高い、くらいだったみたいだ。そりゃまあ、俺は巨人の大きさを具体的に云ってないから、ニック達が比べて云った訳じゃなく、俺が想像で比べてのことだけど」
「ほう、そうか」
そこで軽く目を見開くと、タオは一度机に戻り、紙に素早くそれを書き付けた。
「それは三人ともがその『身長』だったと云っているのか? 著しい差は無かったのか」
「案の定、って云えるだろうけど――ガフが見たものだけは曖昧だな。何せ、ユラユラと不定形だったってのもあるし、『長い髪がなびいてるように見えた』んだから、断言はしてないっぽい。ただ、メインの固まりは、フィズさんとシェイクが見たものと比べて、極端に大きくも小さくもなかったみたいだ」
「ふむ。それこそ、俺達が見た『巨人』、あれも、『炎』だけあって、サイズを断言など出来なかったものな……」
「まあ、ああいう感じらしい。――ただ……、そいつのサイズは兎も角、俺、『高度』はそういえば、ちゃんと確認してなかったんだ――それが、何だか恥ずかしくなってさ」
「ふん、そりゃそうだろう」
ペンを置き、また黒板に戻ってから、タオは薄く笑って「それで〝正しい〟」と云うふうに力強く頷いた。
「それに、――何より、フィズさん達がそれぞれの地点で、いつ、どの方向に、その『女』を見たのかは、ニックに確認しなかったから……それが『ヤバ』かったと思ったんだ」
再びリオンが口ごもり、黒板を指した。
「楕円に『矢印が集中してる』っていうこのイメージ……この矢印の方向を、俺は確認してねえじゃん、って。それに、目撃した時刻、時間差もそういえば……ちゃんと聞いてない。だから、もしかしてアサギのイメージの方が、合ってたのかなって気がしてきて……」
リオンがそう云うと、タオは相変わらず笑みを浮かべたまま、うむ、と力強く頷いた。
「良いだろう、リオン。それに気付けたことは、君の収穫だ」
――するとリオンは目をぱちくりとさせ、今度は照れたふうに頭を掻く。
次に、それならそれで戸惑いの表情を浮かべているアサギへ、タオは続けた。
「対して、アサギ。――君は、イー・ルの地理感覚がイマイチだろう? 実のところ、俺とリオンは、それが多分、君よりはある」
タオはそう云いながらアサギに、「ニッ」と笑いかけた。
「アサギ、君がたった今新たに抱いた疑問を、云い当ててみせようか?」
「は、はい……?」
「君、今こう思ったんじゃないか? 『炎の巨人とサイズがそんなに変わらないのなら尚のこと、同時に一つのものを見た、というイメージが何故浮かぶのだろう』」
「……その通り、です」
アサギが恥ずかしげに俯き、膝の上で手の平を擦り合わせた。リオンが目を細めて隣のアサギに顔を向けたが、タオが肩を竦めてリオンに云った。
「リオン、アサギの疑問はもっともなんだよ? そう不思議そうな顔をするもんじゃない、アサギと君とでは持っている情報量が違う」
どういう意味だ、とリオンは、タオに首を傾げてみせた。
「云ったろう、アサギは君や俺と違い、イー・ルの地理に恐らく暗い」
リオンへ簡単にそう云ってから、タオはアサギに向かって続けた。
「アサギ、君は多分、俺達が見た火の巨人がCFCの方角へ飛んで行って見えなくなった、その記憶とも相まって、無意識にそのイメージを持ったんだろう。だが、此処――」
そう云って、フィズ達が居た地点を表す直線をもう一度指さし、〝ガフ〟と〝シェイク〟の位置を表す黒丸の間をツッとなぞった。
「この距離は、そんなに長くないんだ」
「……」
「さっき云った……、此処の『尺度』のデータは、実はもうある――と云って良い。現在、イー・ルの『都』と呼ばれる範囲は――そうだな、昨日、俺達が戻ってくるときに二つ目の『黒い筋』を見たあの丘。城を中心として彼処までの直線距離を半径としたくらい、かな?」
そう云って、タオは確認するようにリオンへ顔を向けた。リオンは少し考える顔をしてから、「んー、そんくらいかな…」と頷いた。
「丘の頂上よりはもう少し、西に延ばしたくらいかな。チョウさんが登り坂で速度落とし始めた頃…のあたり?」
「あ、はあ……そ、そうなんですか…」
口ごもるアサギにタオは苦笑を見せ、「ふう」と一つ息を吐いてから「だからね」と云った。
「――リオンのイメージも、可能性としてアリなんだ。想像してみてご覧。あの丘の位置にガフ君、城門前辺りにシェイク君、城の裏手の森辺りにフィズ君が居たとして、『女』は城の上空に出てきたとすると――あの巨人とサイズがそんなに変わらなくても、三人は『同時に同じものを見ることが出来た』と思わないかい?」
するとアサギは「思います……」と消え入るような声で云い、恥ずかしげに俯いた。そんなアサギの様子にタオは相変わらず苦笑のまま
「そこまで恥じ入ることじゃないよ、アサギ。平面の地図とその縮尺だけで、『高さ』が生じた視界――その土地に立っている自分を直ぐにイメージ出来るかどうかってのは、個々の素質や慣れで差が出る。それに、ただでさえ外国人を入れたがらないイー・ルだ、君は生まれてこの方一度も、行ったこともないだろ? 戦が始まる前だってさ」
「はあ……」
「君が持っているイー・ルの『地理』の情報は、恐らく古くもあり、曖昧でもあるだろう。あの国はとことん排他的で、『異教徒』の『外国人』には明瞭な地図を持たせないし、作ることは尚のこと許さないからな、特に『都』は。――アサギ、君は知らないだろうが、物凄いんだぞ、あの国は。航空写真や衛星写真も簡単には撮らせないようにするために、砂漠の中にあるにも関わらず、どえらいエネルギー使って定期的に、結構な厚みの人工雲を作るんだ」
「はあっ?」
「まあ、国全土を覆うほどではないが、明瞭な最新地図は作れない程度……、虫食いで、新旧のズレが生じるような感じでね」
アサギが目を見開き、リオンにも「そうなんですか?」と云うように顔を向けると、彼は肩を竦めた。
「いや、タオが云ってるのは極端っちゃあ極端……砂漠の中の国には違いないんだから、人工降雨っていう本来の目的もあるだろうよ? ――ただ、それだけにしては俯瞰が出来なさすぎる国、ってのは実際、そう。……今は確か、サヴァナに限らず、『同盟国』であるCFCとエグメリーク以外の外国籍の〝飛行機〟が領空に入ったら、故意・過失問わず即撃墜、って通達してる筈だし」
アサギは呆れた顔をした後で、タオに視線を戻した。タオが薄く笑みを浮かべた。
「――そういうイー・ルの地理について、リオンと俺がある程度の情報を持っているのは、それこそ諜報隊等が良い仕事をしてくれてるからなんだが、フリュス村にとってはイー・ルが直接関係ない以上、現状をそこまで詳しく調べなくたっていいだろ。フリュスにそれが必要になったらサウザーかサヴァナが教えれば良いだけだし。しかし、その必要も今まで無かった。だから、アサギにはピンと来てないだけなのさ」
これはリオンにも顔を向けて云う。リオンは、そういうことか、と納得する顔をして頷いた。
「これが、炎の巨人がそうであったように、グロスの丘からCFC東部基地、CCFC中心部と――まあ、CCFCまで巨人が向かったって情報は入ってないが――似たような長距離であったなら、明らかにアサギのイメージの方が可能性として高い。その三点で同時に同じ『巨人』を目撃ってのは、常識では、あのサイズじゃあり得ないな、もっと馬鹿げてデカくなきゃ。……それこそ俺達は蟻くらいちっちゃい虫と同じ、『巨人』は、俺達の存在を認識もしないだろうよ」
タオは腕組みをして独り言のようにそう云うと、――やはり、薄く笑んでいた。
――グロスの丘で、チョウに云ったように……タオにはつくづく「敵意」が無い。「印象が悪くなるのは仕方ない」などと云っていたが、タオ本人にはそれすら見えないのが、リオンには不思議だ。
リオンは――恐らくチョウやアサギも――、タオのように、あの「炎の巨人」をただそうであるものとして、受け止めることは到底出来ない。先ほどタオが云った、「自分達の世界を根底から覆す存在」を見てしまったことによる「恐怖」を、全く感じないという訳にはいかない。そりゃあ、しろうとのようにただ恐慌に陥っているだけでは〈魔術士〉の資格がないと云えるが、それでも「不安」だけは胸の奥底に――リオンのようなやんちゃ者でも――わだかまっている。
それがタオには全く、少なくとも傍から見ている分には、見当たらない。こうであるからこそ、「偉大な」〈魔術士〉ということなのだろうか――。




