【day2】(4)-[3]-(1)
タオは顔の前でピッと指を立て、
「リオン。まず大事な確認をしておきたい」
とキッパリした声で云った。リオンはたじろぎ、「な、何」と肩を竦める。
「君は最初に、『一つの問いに対して表現が変わる』と云った。――それが、『名前の無いもの』に対して『出てきた表現が三つ』という意味であるとして……、フィズ君とシェイク君が見たものも、結局は黒雲のようなものだったという訳では無いんだろうな?」
「え、えっと、どういう意味……」
「ガフ君が見た『黒雲』が、フィズ君は『羽根を生やした女』のような形に見えた、シェイク君は『鳥女』のような形に見えたってことじゃないだろうな、と云っている」
「……」
「俺が『山』だと表現した入道雲を見て、『美味しそうなソフトクリーム』だと表現する子供が居てもおかしかない。そういう意味だ」
戸惑いの表情を浮かべている彼にタオが苦笑を見せて云うと、リオンはぶるぶると首を振った。
「そういう意味じゃないことだけは確かだよ。シェイクの書いた〝人相〟はそんなじゃなくて、かなり写実的だったらしいから。――流石に、そんな『雲』の絵を見て『いい女』って表現するほど、ニックもただ〝おっぱい好き〟じゃねえよ」
今度は少々ふて腐れた顔をしてリオンが云い、タオは「ぷっ」と吹き出してから「そうか」と頷いた。
その表情を何か含んだ笑みに変えた後、「では、それを念頭に先を続けよう」と云いながら再び黒板に向かい、まず
「ちょいと面倒だから、面じゃなくて線で描くぞ」
と前置きをした。
それから、棒人間や文字よりも下に横線を描き、左側に〝西〟右側に〝東〟と文字を書いた。
「ガフ君が都の西端辺りに居て、シェイク君がほぼ中央、フィズ君が東よりに居た」
云いながら、直線の上に黒丸――白墨によるので実際には白丸――を重ね、それぞれの名前を添えていく。
「アサギはこう思ったわけだろう。――まず、ガフ君が『黒い魔女』を見た。それが東に向かって『飛んでいく』。――どこかで見えなくなる」
〝ガフ〟と添えた黒丸の上に、人差し指の長さほどの間を空けて「×」印を描いた。そこから、実線を「東」側に向かって少し描いた後で点線を描く。途中でまた実線に変えた。
「その後、中央に至る頃、シェイク君が『鳥女』を目撃する。この点線の間――」
そう云って、タオは点線の下を指でなぞった。
「この区間は、ガフ君に魔女の姿が見えなくなってからシェイク君が鳥女を目撃するまでの『空白』と云える。その間に、『黒い魔女』が『鳥女』に変化していた、アサギはそういうイメージを持ったんじゃないか?」
「はあ……」
戸惑いつつもアサギが頷く。リオンは神妙な顔つきになり、少々前のめりになりつつ、黙って口元を擦っていた。
タオは同じように、より東側に点線と実線、×印を描いた。
「同じように、シェイク君が『鳥女』の姿を見失ってから、今度はフィズ君が『翼を生やした女』を見た……と。要するに、リオン、アサギは、君の話――『同じ一つのものを見ながらにして、答えが三つ』という状況を、こういうふうに受け取ったわけだ。西から東へ飛んでいく間に、姿を変えたと。――恐らく、『翼を持ったものにも見えていた竜巻』が、イー・ル基地を壊した後、本国に移動したらしい、という話も、そのイメージを誘導するキッカケになったんだろうな。それに、俺達は火の玉が色んな動物らしき姿を取った後、最終的に人――男らしき姿に変化したのを見ているし、ガフ君が見た黒い魔女は、それと同様の不定形に見えていたと云うんだから」
「あの、違うんでしょうか……」
膝の上で右手の甲を左手で忙しなく擦りつつ、アサギが消え入りそうな声でそう云った。タオが軽く肩を竦め、
「さあ、俺はそれに答えられないな。リオンはどういうつもりで云っていたのか、正解を知らないから」
そう云ってリオンに顔を向けたが、彼は口元を擦りつつまだ何も云わず、思案げな表情になっていた。
アサギが相変わらず小首を傾げるのを見て、
「逆に、アサギ、君は君で『それ以外のどういうイメージがあるのか』と、それも疑問に思っているんだろう?」
「は、はい……」
「――こういうイメージの仕方もあるだろ」
……いよいよ、黒板まで使って、今日最後の「講義」のようだ。
タオは、先ほど描いた実線と点線をザッと黒板消しで消すと、今度は「東西の直線」の上に大きな楕円形を描いた。そして、その内側を塗りつぶす。
「これが、三人の『見たもの』だとすればどうだい」
「……」
「これでも三人が居たそれぞれの地点から、同じ一つのものを見た、――と云えるだろう?」
ガフ、シェイク、フィズ――直線上の黒丸からその楕円に集中させる形で、タオは三本の矢印を描いた。
ほう…とアサギが溜息をつき、
「変化したのではなく、事実、同時に一つのものを見ながらにして、三者三様の見え方をしたと……そういうことですか」
「これが正解なのかどうかは、つくづく俺には判らんよ? リオンの話からは、そういう受け取り方も出来る、というだけだ」
再びタオは軽く肩を竦めた。
「何故、同じ話を聞いて、受け取り方が変わったのか、それは『情報がまだ足りないから』ってのがあるわな。――まずは、尺度の問題だ。リオンはまだそれを語っていない」
「スケール……」
アサギはリオンに顔を向けたが、リオンはちらっと彼を横目に見ただけで何も云わず、再び黒板を注視した。未だに何か考えに沈んでいるふうだ。タオも「何か思うところがあるのだろう」と察してか、リオンに先を促すこと無く、アサギに「講釈」を続ける。
タオは立つ位置を変え、黒板のまだ空いた別の場所に再び「東西の直線」を描き、直線上に「三人」それぞれの地点を記す。
「アサギ、君の『移動しながら変化した』というイメージが、大体、この高さだとするとな」
そう云ってタオは、やはり先ほどと同じような点線と実線を描く。
「この『点線』が、君のイメージに於いて有効になるのは、その『何か』――『女』の大きさが、大体『このくらい』だった時、ってことにならないか?」
点線の端っこに、タオが黒丸を描く。直線上に三人の地点を描いた黒丸よりは大きいが、先ほど描いた楕円形よりはかなり小さい。
「かつ、この高度って意味になるわけだが――細かいことを云うと、イー・ルの都にある建造物の高さにも依る。この直線の間に高層の建物が多ければ、見えなくなるのが早かったり、逆なら、いつまでも見えてたりするよな」
東西の直線から垂直方向に矢印を書いて、タオが「高度」を示す。
「この大きさでこれより高い位置を飛んでると、今度は、『女』と断言出来るほど、形がハッキリ見えないかもしれないし、しかし高くてももっと大きければ、見えるかもしれない。が、それならそれで、移動している間に変化している様が、ある程度見えても良いんじゃなかろうか?――つまり、この点線部分が実線になっても構わないんじゃないか、ってことだ」
「……」
「ガフ君は『魔女』が見えなくなる頃『鳥女っぽい』形を見てても良いだろうし、シェイク君は、形が『鳥女』にしか見えなかったとしても、それが最初は『黒雲』に見えてても良かったんじゃないか――。となると、今度は横方向、ガフ君とシェイク君の間にある『距離』も重要だ」
タオは西側の点と真ん中辺りの点を結ぶ形で、二往復ほど線を重ねながら云った。アサギが「判ります…」と頷くと、師が少々声色を変えて、「さて、ここでもう一つ」と続けた。
「忘れてはならない、とても大事な『尺度』――『数値データ』が、まだあるだろ?」
「――時間……」
タオの問いかけに「答えた」というよりも、口から零れた、という風情で、ぽつりとリオンが呟いた。
アサギが隣りに目を向ける。リオンはアサギには顔を向けず、タオをちらりと見上げて「違う?」と小首を傾げた。
タオがにっこりと笑って「そうだ」と大きく頷いた。
「この点線は、ガフ君とシェイク君が視認した空間の余白であると同時に、『時間の空白』でもある。というか、アサギのイメージが成立するためには、そうでなくてはならない」
タオが点線の下をつっと指でなぞった後、点線の両端に「×」印を素早く描いた。
「ガフ君が『見失った点』とシェイク君が『それを見始めた点』、この間には、ある程度の時間差がある筈だ。すると、必然的にもう一つの数値データが導かれる、『速度』というね。――が、もしや、この〝×〟の目撃時刻が異なっていないとなったら、……アサギが抱いたイメージは崩れてしまう。この通り、〝点線〟にはそれなりの『長さ』があるのに、時間がゼロかほぼそれに近いとなれば、速度が存在せず、それは『移動』を意味していない、ということになるのだから。まして、この地点」
そう云って、タオは、より右――「フィズとシェイクの〝間〟を示す点線」の端、「フィズ」の目撃地点にも「×」を描いた。
「この地点すらも同じ時刻のことだったとしたら、えらいことだ。――午前中、『物騒な話の考察』でも出てきたよな。イムファルが云ったろ、魔術士でも時間と空間の超越は出来ない。その『魔女』だか『鳥女』だかが『時間と空間の超越が可能なもの』なのだとしたら、端的に、この世の常識から外れているものと云って良い。……だから、怖い」
……そんなことを云いつつ、タオ本人はさほど恐怖を感じている顔でも声でもなく、むしろ口元に笑みを浮かべて「うんうん」と小さく頷いている。
「しかし、〝それ〟が、同時に視認出来る大きさと高度だった、ってんなら話が変わる。単に、アサギがイメージした『尺度』が違っていた、というだけだ――ああ、アサギ、それは君が間違ってたんじゃなくて、まだデータが示されていなかっただけだから気にすんな――。こうであれば、『時間と空間を超越』という、そっちの非常識はあまり考えなくて良い。これはリオンの方が持っていたイメージなんじゃないか?」
先ほどと同じように、タオは実線と点線の上――二つの点線に被るくらいの大きさで、再び楕円形を描いた。
タオの問いかけに、リオンが「うん…」と頷く。
アサギが戸惑った顔をして、
「タオ先生はどちらのイメージを持たれたんですか…?」
と訊ねた。タオは目をぱちくりとさせ「俺?」と自分を指さした後、肩を竦めてみせた。
「俺はどちらでもない」
「――」
「というか、どっちでもいい」
今度はリオンもアサギに顔を向け、二人して小首を傾げ合う。




