【day2】(4)-[2]-(3)
タオが「共通と云えば……」と独りごち、自分の描いた「棒人間」を眺めつつ頬を擦る。
「……シェイク君とフィズ君の表現だと、『翼』『羽根』が共通項だが……」
「ああ、そこはな、三人も少し揉めた部分みたいだよ。だから、人相絵を、三人の意見纏めて一つに出来なかったっぽい」
「ふん? どういう意味で?」
タオがリオンに顔を向ける。
「フィズさんは『翼を生やした女』って云ったけど、それだと……一般にイメージする〝天使〟とかみたく、ここから羽が生えてる感じだろ?」
そこでリオンは腰から体を捻る形でタオに背中を見せるようにし、腋に手を這わせて肩胛骨を指さした。
タオが「ふむ」と鼻を鳴らし、アサギがリオンに「そうじゃなかったんですか?」と訊いた。
「フィズさんはそう見えたらしいんだけど、シェイクは『違う』と抗ったらしいんだよ。シェイクは『鳥女』て表現したくらいだから……腕の位置が翼だったって。まさに『鳥』、人間が鳥の真似をする時と同じさ」
リオンはそう云って、今度は羽ばたきの仕草を見せた。
「ほう……。そこは確かに、それぞれ自分の目で見た者としては、スルーも譲歩も出来ないな。明らかなディテールの違いだ」
タオはそこでもう一つ「棒人間」を描いた。最初に描いた方は、腕の横棒も残したまま「翼」の略図――略しすぎて「雫」のような――を描き足し、片方は横棒から「生やす」ように幾つもの斜線を描いて「翼」を表した。
それを少しの間しみじみと眺め、タオは不意に眉を寄せると、「どういうことだ?」と小さな声で呟いて首を捻った。――が、リオンに、今抱いた疑問についての質問をすることはなく、彼に顔を向け、続きの問いを重ねた。
「ガフ君の証言だけ少し趣が違うが、彼は『翼』を見ていないのか? 俺がイメージする『魔女』と云ったら、箒に跨がって飛び回る老婆なんだが」
「ガフは、実際自分でも自信が無いっていうか……、一言絞り出すなら『魔女』だった、って意味らしいよ。要は、『空を飛んでいる女』を見たっていうことなんだ」
「ふむ。――そうなると、どっちか云えばフィズ君の証言に寄ることになる」
「それが、とても嫌な感じがした、そして黒かったから、『魔女』って言葉が出てきただけ、らしい」
「ふうん……、初めて色が出てきたな。黒――」
とは云え、黒板に「黒」のチョークなど使えないから、タオは文字を書いた。
「しかし『はね』は見ていない?」
「――もっと慎重になるなら、『女に見える形』を見た、って云うべきなのかもしれない」
「うん?」
「俺達がグロスの丘で見た、『火の巨人』。あれが、『人型』だったのはそうだよな、それ以外の動物の形には――最初揺らいでた時は兎も角、最終的には――見えなかった。それは良いとして、じゃああんたは――アサギも、どっちだと思った?」
最終的にリオンはアサギに顔を向けたので、先にアサギが小首を傾げてから、ゆるゆると首を振った。
「僕は、断言出来ません……。少なくとも、女性――には見えなかったですけど……」
「あれが『裸』だったとすれば、肝心のものは見当たらなかったからなあ」
タオは腕を組み、軽く眉を寄せて真面目な声でそう云った。リオンは却って「ぷっ」と吹き出す。
「まあ、それに……筋肉質にも見えたから、どっちかいうと『男』だと思ったろ。ガフが見たのも、ああいう感じだったらしいんだ。人型には見えるけどユラユラと不定形――で、奴は俺達と違って、あんた曰くの『肝心のもの』――そのシルエットに乳房が見えたから、『女』の表現が出た、って訳」
「ああ、そういうことか……」
得心したと云うふうに大きくタオは頷き、その後、数秒ほど何か考える顔をして黒板に三つ目の人型を描いた。ただし、今度は「棒人間」ではない。
手を揺らしながら波線を描く。――リオンは、殺人現場にて床に遺体が倒れていた場所・姿勢を示すために輪郭をなぞった白線、それを物凄く緊張している捜査官が描いたら、こうなるかなあ、と思った。そういう波線だ――ただし、「殺人現場」に描かれる白線はそれを見ただけで遺体が男だったか女だったかをわざわざ示すほど細かくない。タオは「女」という証言を生かすため、律儀に乳房と腰のくびれの輪郭を描いていた。
再び、「どういうことだろう」と小首を傾げてから、
「黒、っていうのは、これ全体が黒だったのか?」
タオがリオンに顔を向け、真面目な声で訊く。リオンが「どういう意味だ」と小首を傾げると、
「俺達が見た『火の巨人』は、〝炎〟の固まりだったろ。この輪郭……炎の輪っかがこういう人の形になって向こうの景色が見えてた訳じゃあない」
タオは黒板に描いた波線の内側をトンと指さしてそう云った。
ああ、そういう意味か、とリオンが頷く。
「うん、あの『巨人』と同じ。黒い『固まり』がユラユラしてて、それが『女』の形してたって」
そうか、とタオが頷き返すと、白墨の側面を使って乱暴に波線の内側を塗りつぶした。それを見てふと、リオンが云う。
「そういや、今思いついたけど、それでガフも『髪が長い』とは表現してるんだから、アイツが見た角度は、横からとかじゃないのかな。――あんた、それ前から見たつもりで輪郭描いてるんだろ? 少なくとも真正面から見た形は、見てないんじゃないかと思うんだ」
「そうだが……ああ、そうだな」
黒く塗りつぶした「波線の人間」は丸い頭から肩に至る線をちゃんと描いている。が、正面からだと、いくらなびいていたとしても「長い髪」に隠されてその輪郭にはならないはずだ。なびくというより逆立つという表現が出てこなくては…。
リオンは、ガフが側面から「その女」を見たから、乳房と長髪の両方を認識したのではないか、と云っているのだ。
タオも大きく頷き、再び波線を描いた。ゆらゆらとした線は同じだが、頭の位置は鼻と顎から首、そこから後ろに「なびく髪」と前に膨らむ乳房を横から見た輪郭を表している。
「こういうことだな」
「うん。真正面からだと髪が輪郭を隠しちゃうからさ……。光沢があったりしたんなら話は別だけど……、ユラユラしてたってんだから、大まかなアウトラインだけで『女』って思うってことは」
「よく気付いた」
タオが褒めると、リオンは軽く肩を竦めた。
「ルナールさん思い出して、『あれっ』て思ったんだよ。髪の長さが同じくらいだって云うから。ルナールさんの真正面、輪郭だけ残して全部塗りつぶしたら、正直『人』とか『女』って出てくるかなあって……。もしかして、『唐傘お化け』って思っても違和感無いんじゃねえかな」
アサギは苦笑し、タオは「ははっ」と軽く笑った。確かに。ルナールは長い髪の先をすぱっと直線に切りそろえている。彼女が真っ直ぐに立ち、その影を見たとしたら、胸や腰の輪郭は全く出ず、直線を描く毛先からただ脚だけが生えているように見えるだろう。だからこそ、その影を見たとき「女」だと断言は出来ないかもしれない――。
タオは笑みを消して、少しの間思案げな顔をし、また小首を傾げた。
「これだと、『魔女』ってのが出てくるほど『嫌な感じがした』っていうのが、イマイチ分からんなあ。それはもう、その場に居たガフ君にしか分からない感覚――気配とかから来たものなのかな。そりゃまあ、『真っ黒い固まり』なんだから当然、『良いもの』だとは思えないだろうし……最初は『唐傘お化け』に見えてて後で『女』に見えたってんなら、最初の印象があるだろうが……」
「ああ……、いや、感覚もあるだろうけど、見た目の特徴、追加」
「他に何か視覚的なディテールが?」
「うん、それも俺達が見た『巨人』と似てる。――その『魔女』、笑ってたんだって」
「――」
軽く目を細め、タオが「ふん…」と鼻を鳴らした。
「……しかし、グロスで俺は君達三人にも確認したが、あの巨人の笑い方は『嫌な感じ』じゃなかっただろう? 君達も馬鹿にされた感じはしなかった、と云ってた」
「いや、笑い方に関しては、ガフの方はちょっと違う。〝炎〟の方は高笑いしてたけど、ガフのは……『表情』っていうかさ」
「うん?」
リオンは自分の顔に両手を持っていき、人差し指で口角を指した。それをグッと耳の方まで引き上げようとする。
「ほら、三日月の形に笑ってる、イヤ~な……気持ち悪い感じの道化師の仮面とか人形あるじゃん。あの口」
「ああ……」
分かった分かった、と云うふうにタオが頷き、「こういう」と呟きながら、先ほど塗りつぶした部分の頭を位置する場所に力を込めて白い線を重ね、リオンが云った通り、三日月型の「口」を描く。横から見た図は、耳の辺りに向かい、指を使ってキュッと白墨の粉を拭った。
――アサギが軽く眉を寄せた。成る程……「嫌な感じ」だ。時々――迷っている死人が居る〝層〟に、こういう「顔」をした亡者が居る…。
タオの方は、さほど「嫌な」とは思っていない声色と表情で、リオンに「目は?」と訊いた。リオンが軽く首を振り、
「それはハッキリ見えてなかったみたい」
「ふーん……。成る程、黒くて不定形のユラユラした何かが、人――女の形をして、この口だけがクッキリ見えた……。ひとことで絞り出すなら、『悪魔』か『魔女』、そんなものかもしれんな」
――「嫌な感じ」どころか――感心したように頷きつつ、タオは独りごちて顎髭を扱いた。そこでふと何か思い出した顔をし、
「その、『不定形』の何かは、ガフ君の目に、『物質的』に映っていたんだろうか? 俺達が見た『炎の巨人』と同様に立体的に? あるいは影や幻のような?」
リオンに訊いた。リオンも「そりゃあ確認するよな」と頷いてから答える。
「少なくともガフは、空に『居る』と思ったっぽいよ。印象としては、厚みがある『雲』……入道雲って、見た目はそれなりの重量感あるよな、あんな感じ? まあ、それでも『ゆらゆら』って感じも勘違いじゃないみたいだけど…」
「ふむ。何処かから投影された影のような、実際そこには無いけど見える、という性質のものには見えてない訳だな」
「そうだな」
カカカッと、今度は黒板に文字を殴り書きしながらタオが云う。
「――『横から見て』ってのは今、君が思いついたことらしいが、本当にそうなら、布や紙のような平面のものが『ひらひら』、ってんでも無いだろうな」
「多分な。もしそうだったら、特にそう云ってきたと思うし」
「……そうか…。こう聞いた限りじゃ、ガフ君が見たものは、確かに、俺達がグロスで見た『炎の巨人』と、大まかに似ている気がしてくるな」
「じゃあ、もしかすると、僕らが見た時には『炎』だったあの『巨人』も、CFCで『地獄の怪物』と呼ばれる頃には、もっと実体を持っている――ように見える『巨人』になっていたのかもしれませんね」
アサギが溜息混じりにそう云うと、リオンが彼に顔を向け、妙に真面目な声で
「――何でそんなふうに思う?」
「えっ?」
アサギの方はそんな質問が来るとは思わず、目を見開いた。
「えっ、変ですか? 妙なことで割り込んだのならすみません、先を続けて下さい……」
そう思うのは自分だけなのか?と狼狽し、慌てて手を振って困った顔を師へ向け軽く頭を下げた。が、タオはアサギに微笑を見せ、答えなさい――別に邪魔にはならないから――、と云うふうに手を差し出した。
促されても困った顔をしていたが、リオンにも顔を向けると「聞かせて」と云うふうに頷いたので、アサギは怖ず怖ずと口を開く。
「あ、あの……。フィズさん、ガフさん、シェイクさんが見たのが『ひとつの同じもの』だった、それが確定するならの話ですけど……。ガフさんが『都』の西境辺りに居て、シェイクさん、フィズさんと段々東に行ってる訳ですよね、――移動の間に、その『何か』は姿を少しずつ変えたのかなあ……と、思ったんですが……」
「――」
アサギの答えに、リオンはパチパチと瞬きすると、腕組みをして「ふぅん…」と鼻を鳴らした。
相変わらずアサギは、困った顔をしてタオとリオンの両方に視線を向ける。
タオがにっこりと笑い、
「情報――その伝わり方って、面白いだろう」
そんなことを云った。
アサギは小首を傾げ、リオンは再び「うぅん…」と唸る。




