【day2】(4)-[2]-(2)
狼狽の表情を浮かべているアサギを尻目に、タオはさらさらっとメモ書きをする。それから彼に微笑を見せた。
「アサギ、そこまで驚くようなことでもない。サウザーでも、黒い裂け目から出てきた『異形』はみんな見てる。それで恐慌が起きて負傷者や昏倒者が出たってのは、君も聞いたろ」
「は、はあ……」
「ただ、『竜巻』と対応しそうな『火の玉』『火の巨人』に関しては、〈魔術士〉である俺達しかその場に居合わせなかったんで、対照させるには心許ないんだがな。……イー・ル本国のケースが特に興味深いのは――魔術士でない民でも〈魔術〉に対する理解や造詣……最低限『知識』は持っているサウザーだけでなく、また、都合の良いときだけ〈魔術〉や〈魔術士〉に頼るようなCFCとも違い、〈魔術〉〈精霊〉を完全否定している上に特定の信仰を持っているイー・ルの民衆も見た、ってこと――見えるモンは見える性質のものだ、ってことだよ」
「ああ……」
アサギはそこで溜息を吐きつつ頷き
「じゃあ、タオ先生はイー・ルの状況から、〝それ〟が、〈魔術〉とは関係のないもの……、この次元に実体を持って出たものだと確信なさって、それで興味深いと……お考えなのですか?」
そう云うと、タオは軽く肩を竦め、「ん~、そこまで云うと、ちょっと先走ってるけどな」と云った。
「〈魔術〉とは『無関係』って云い切っちまうのは精霊と無関係って云うのと通じてしまうから、そうなると俺達の『世界』、その理解自体が無に帰してしまいかねない。それは流石に……俺でもその可能性をいきなり考えるのは怖い」
「あ……」
「まあ、そこまで怖ろしいこと考えなくても、見たのが『シロウト』や〈力〉がそこまで強くない者という点で、集団催眠、トランス状態等々からの幻覚とか、それこそ何処かに隠れてた、俺なんか足下にも及ばない物凄え魔術士による〈幻視術〉なんてことも百パー否定は出来ないから、この次元に於ける物質と同様の『実体』ってのを確信は出来ん。が、その可能性が高くなったっぽい、って意味で実際、興味深い。資料が増えたと云えるからな」
すると、何故かそこでリオンが軽く笑みを浮かべた。タオが「どうした?」と問うと、リオンは「いや、ちょっとな」とだけ云い、話を続けた――または逸らした――。
「――イー・ルって、もともと国家と政治の体制とか方針がチョー秘密主義で、直接の〈敵〉になってるサヴァナはおろか、他の『外国』の人間も簡単には入れない、世界的に見たら謎だらけの国だけどさ。今、民衆の間にどえらいパニックが起きてて、お偉いさんが火消しに躍起になってるみたいだよ」
「ああ……そりゃそうだろうなあ」
タオは腕組みをして「うんうん」と頷いた。リオンが肩を竦め、
「それを『全世界』にリークするのは、サヴァナがやる仕事じゃないから、ほっといてるけどね」
そんなことを云った。タオは薄く笑みを浮かべる。
「だろうな。そんなことより、フィズ君、ガフ君、シェイク君にとっては『自分の見たものが何なのか』、その謎の方が重要だろうから」
「その通り。サヴァナの親方達にとってもな。――それで、三人ともまず、それぞれが『何を見たか・感じたか』を確認し合ったそうだ」
「ふむ?」
タオは鼻を鳴らし、ちょっと待て、と云うふうにリオンへ手を翳すと机の奥に積まれた新しい紙を取った。どうぞ、と手を差し出されてからリオンが続ける。
「フィズさんとガフにシェイク、三人とも、見たものは『同じ』らしい」
「? 何か妙な云い方だな。同じものを見た、と何故云わないんだ」
タオが首を捻り、リオンは苦笑混じりに肩を竦めた。
「――複数の何かが現れて、そのうちの一つを三人が見た、って意味か? 『何か』は複数現れたんだが、三人はその時バラバラに離れていたから、そのうち同じものをたまたま三人とも見ていた、とか?」
「いや、イー・ルに出たものは――イー・ルの民衆も見たもの、と思ったら、一つ……と思っていいっぽい」
「……。じゃ、先にその位置関係をデータとして確認しとくか。三人は、同じ場所で一つのものを一緒に見たのか、それとも、離れた場所で同時に一つのものを見ていたと後で確認出来たのか。君はそれを聞いているか?」
タオがペンを握り直してリオンに聞く。リオンは「細かいなあ」と口に出さないながら軽く溜息をつき、質問に答えた。
「イー・ルの『都』に三人とも居た、って意味では『同じ場所』だな。ただ、それぞれが単独行動してたから、三人で同じものを目視してるとお互いに分かる状況で見たかどうか、って意味なら『離れてそれぞれ』ってことになる」
「ふむ。では、何を見たのかお互いに確認したのは、集合した後のことだな?」
「うん、それはフィズさんが確実に、招集かけてお互いに議論出来る状態にしてからのことらしい。――で、それぞれの位置も先に云っとくと」
「そりゃ助かる」
こくっとタオが頷き、顔もリオンから背けて紙に目を向けた。
「……フィズさんは、『中央政庁』の近く――『都』の真ん中より少し東よりだね。シェイクは『都』の中央市場、これはほぼド真ん中。フィズさんとシェイクは比較的固まって居た感じだな。――ガフは、少し離れて下町……っていうか、『貧民街』って云って良いような区域に居たって。これは『都』の西境辺りだよな」
「ふむ……」
タオは自分が書き付けた文字を見ながら、少しの間何か考える顔をしたが、リオンにその先の問いかけはせず、元々の問いを繰り返した。
「……で、何故『同じものを見た』ではなく、『見たものは同じらしい』、という表現になったわけだ?」
「人それぞれ『何を見たのか』という質問に対して、『表現が変わる』って云うか、そういうことなんかな」
リオンが再び、軽く肩を竦めた。
「ふん……?」
「フィズさんが隊長として、ガフとシェイクに『何を見た?』って訊くと、ガフは『魔女』と云い、シェイクは『鳥女』って云った。フィズさん自身は、『翼を生やしたデカイ女』だと思った、って」
「ふっ……」
タオがそこでやっと笑みを浮かべ、頷きを見せた。リオンの「妙な云い方」が何故か理解出来た。
「成る程ね、同じ一つのものを見ながら質問に対しての『表現』が違う、か。そりゃそうなるわな、今まで見たことが無いものとは、名前が無いものでもある。だから、敢えて絞り出すと一つの問いに対して答えは三つになった……当然っちゃあ当然だな」
くくくっと思わずタオが喉を鳴らす。
「辛うじてその答えから明白なのは、その『何か』には乳房があったってことのようだな」
タオがそう云うと、リオンも軽く笑みを見せ、再び肩を竦めた。アサギは何だか恥ずかしげに一度俯いて、フウと息を吐いた。
「埒が明かないんで、フィズさんはシェイクに絵を描かせることにした――シェイクって人相がきが得意なんだよ」
「ほう、それは良い」
「その上で色んな状況も総合して、三人とも『同じものを見た』――というか、『自分達が見たものは同じ、一つのものだった可能性が高い』って考えたらしいよ」
「ふん……。回りくどいが慎重な云い方だ。この場合好ましい」
「多分、フィズさんが報告したんだと思う。慎重で、断言や即決を避けるっていうところあるから――」
「ほう。こう云っちゃなんだが、サヴァナには直感型で行動力のある人が多いのに、その点でも珍しいな」
「……会話してるとイラッとする時もあるけど、親方達も、フィズさんみたいな人が居るとクールダウンが出来て有り難い、って云ってるよ」
リオンが苦笑してそう云うと、タオも「だろうな」と云いながらフッと笑った。
「俺はその絵を見ていないんだけど、通信して来た奴――〝ニック〟ってんだけど――が云うには、あんたの云う通り、〝おっぱい〟が確実にあったみたいだ。ニックって巨乳の女がタイプなんだけどさ、アイツが『見た目だけなら〝チョーいい女〟』つってたし」
「二つか?」
タオがさらりと問うと、リオンがプッと吹き出した後で、「うん」と頷いた。
「ここに二つだから三人とも最初から『女』って思ったんだろうよ――ついでにニックは『いい女』とまで云ってんだぜ――。それ以上あったら、『雌』って思ってたんじゃないか?」
「ああ、そうか。そりゃそうだな」
自分の胸板を指してリオンが云い、その後、腹の方にも何度か――恐らく猫や犬の乳首の位置を例えるつもりで――指を当てた。リオンの言葉に、タオは再びあっさりと頷く。
こともなげに二人はそんな会話をしているが――アサギは生まれてこの方、異性の「体」について議論するという行為自体を全くと云って良いほどしたことがないので、どういう顔をして聞いていれば良いのか分からず困惑していた。そういえば、辛うじて――乳牛の成育状況などについてならば抵抗なく会話や議論が可能だ。それを思い出し、リオンの発言をヒントに、「女」じゃなくて「雌」の、それも「型」だと切り替えるよう意識することにした。
「――その〝シェイク君〟ほどの絵心は俺には無いだろうが、人相がきの体験がてら、君の証言を元にした素描をやってみようかな」
それは紙に書き残す必要が無い、と考えてのことなのか、タオは立ち上がって黒板を振り返った。
が、白墨を取る前に、何か思いついた顔をしてテーブルの上のランプに手を伸ばす。自分一人なら良いが、若者二人にも黒板を見せるためには照度が足りないと思ったのだろう、ランプの下部にあるつまみを捻って、灯りを少し大きくした。
改めて白墨を手に取ると、まず独り言のように
「まず、乳房が二つあったという点で『女』という表現が出たということは……、『大前提』とも云える共通の認識が三人にあったんだろうな。即ち、『人』の形をしていたと云う――四つ足の獣や蛇等の長虫、昆虫、そういうのが浮かんでくるような要素、あるいは、そのどれとも断言出来なくて悩むほどの混合生物に見える要素は無かったと思っていいんだろう」
そんなことを呟きながら――、人相がきなどと云うと図々しい、大変簡素な「棒人間」の図を乱暴に描いた。丸を描いたその下に「大」という字を繋げたような。
それから「女」という証言に基づき、「大」という字の真ん中あたりに、頭より小さな円を二つ描く。
リオンがアサギに顔を向ける。二人で苦笑を見せあった後で、「うん」と頷く。
「三人が三人とも、『猿』とどっちなのかは悩まなかったんだから、俺としては……多分、骨格が作るシルエットが、完全に『人』に見えたんだろうなと思うよ。例えば、腕と脚の長さの比とか、骨盤から足までの……膝の曲がり方とかさ」
「ふむ。成る程。……『鳥女』という表現が出ているということは、『女』に見えるシルエットはしているが、パーツとして、例えば『猫女』とかに見える要素は無かったと思って良いんだろうな? 頭に三角の耳のようなものが見えたとか、または尾が見えたとか」
「ああ、そういうのは無いね。あ、じゃあ、『頭』ってことで云っとくよ、『髪が長い』ってのが、三人とも共通っぽいよ」
リオンが「思い出した」という声色で云うと、タオが「ほう」と声を上げた。
「長さは多分、ルナールさんと同じくらい――あ、勿論、体との対比でだよ――。腰くらいまでは確実にあるって云ってた――空を飛んで、前から風を受けてなびいてる感じだったから、長さも具体的に判ったって話だったんで……、あんたがさっき、『幻覚』って云うまで、俺ももう『実体』のようなつもりで居たなあ……」
「ほう……いや、そこはそう自戒することはない、リオン。風を受けてなびく髪、だろ。そりゃ、あまりにも『自然』なことだ、『其処に女が居る』と思って全く不思議ではないさ。それが、デカかったり、この世に居ない形――『はね』を生やしてたりするから、民衆は、自分の足場である『世界』をひっくり返された気になって『パニック』に陥るんだ。それは自然だ」
軽く頭を掻いたリオンに、タオが軽く手を振りつつ云う。そういうもんか……と、リオンが一つ息を吐いてから「うん」と頷く。




