【day2】(4)-[1]-(2)
多分、城の中でタオの「私室」と云える場所は此処だけなのだろう。そして、タオという「個人」のためには、本来ならここだけで充分、なのかもしれない。技師でもあるリオンには、本だけが多すぎて物足りないが、アサギは、ほう…と羨ましそうな溜息をついた。
「済まんが、二人ともそっちの椅子をこっちに持って来てくれないか。俺は机を離れたくないんでね」
タオが窓際のテーブルの方を指さしてそう云った。ルナールが大げさに溜息をつく。
はあ…と微かに戸惑った様子もありつつ頷いた若人二人へ、ルナールが、
「暗いから危ないわ。アサギ君、これ」
と自分が手にしていたランプを渡した。――「領主」の私室と思ったら決して豪奢ではない、大変「無造作」で「殺風景」な、ほぼ図書室だが、それでも広いのは広い。夜である今は天窓が明かり取りとして大した機能を持っておらず、テーブルの近くに確保されている窓から差し込む星明かりも心許ない。そして部屋の灯りは消えている。
そんなに重くないとは云え、「家具」をそれなりの距離移動させるのに灯りが無いのは危ない……。
ルナールからランプを受け取って、アサギはリオンと共に窓際に寄った。
アサギにランプを渡すと、ルナールはタオの机の直ぐ横に立ち、少々腰を曲げてタオに耳打ちをする。
「アサギ君とリオン君も、地元に例のことを未だ伝えていないそうです。サウザーの者には尚のこと――お二人とも、ちゃんと機密だと認識していたようですわ」
「おう、そうか。そりゃ良かった」
――窓際に近寄った二人には、そんなコソコソ話は聞こえていない。
リオンが「あんた、ランプ持っててよ、俺が二つとも持つよ」と云い、椅子の背もたれを両脇に抱えた――食堂にもある軽い椅子だからそれが出来る。逆に、これが執務室にあるソファと同様に重厚なものなら、タオは我が儘の方を云わなかったのだろうが。
有難う、とアサギは云って、リオンの足下を照らした。
タオが「其処へ」と云うように手を差し出した辺りにリオンが二脚の椅子を据え、アサギはルナールへ「有難うございました」と云いながらランプを渡した。
それを受け取るとルナールは改めてタオへ向き直り、軽く眉を寄せた。
「タオ師、昨夜は昨夜で、サンハル隊長からお小言を食らわれたのでしょう? くれぐれも、お身体のことはちゃんとお考え下さいね? 明日も朝から幹部会議があるんですよ」
ルナール達がやってきてからも、まだ意識は彼女らの方へ完全には向かっていないらしく、机に向かって紙に何事か殴り書きをしている本来の領主へ、現在はその代理となった魔術士副隊長が、母親のような口調で小言を云った。
ちらりと彼女の顔を見上げてタオは、「解ってるよ」と肩を竦めた。
やれやれ、と云う風にルナールは溜息をつき、「それでは失礼します。お休みなさいませ」、そう云って出て行った。
アサギとリオンは苦笑を浮かべる。
掛けなさい、とは云われていないが、もう椅子を据えたのだ。二人ともタオの声を待たずに座った――何せタオは、まだ完全に手が離せないらしく、机に向かってガリガリと書き物をしていたから。
タオの机の横と椅子の後ろに、衝立のように、車のついた大きなコルク板と黒板があった――アサギは、フリュス村の小学校に置いてある黒板と同じくらいの大きさだと思った――。タオは一度立ち上がり、二枚の殴り書きをコルク板にピンで留めた。
成る程……、思いついたことを吐き出すように取りあえず書き、その覚え書きを次々と張っていくためのコルク板か。黒板の方は、「書いては消し」を繰り返すものであるから、いくつかの……魔術士にだけ読める文字や記号、数字、それが何度も書かれては消された跡が残っている――黒板消しを掃除しないまま何度もそれを繰り返したらしいので黒板は結構白くなっており、何を書いていたのか内容は解らないのだが、そういうことをやっていたのだろうことは判った。
今頭にあることを全部吐きだしてからじゃないと区切りが付かない――先ほど留めた二枚のメモで吐き出し終えた、ということなのか、タオはふうーっと大きく息をついて、「さて」と云いながら椅子をくるりと回し、若者二人に正面向いた。
「済まんかったな、呼び出したのは俺の方なのに」
苦笑して小首を傾げる師である。
アサギが「いえ…」と首を振った。リオンはタオをからかうように、
「あれ、あんたは俺達を呼び出したつもりだったの? ルナールさんは俺達に、眠けりゃ寝て良いって云ってたぜ」
そんなことを云った。タオが気を遣って云ってくれた訳じゃなかったのか?という意味だ。
タオは直ぐに答えは返さず、ただ肩を竦めた。机を脇息代わりに肘をつき、手に頭を乗せて、
「まあ、それもそうだ。君らが、今となっては特に俺に話しておくことがなく、眠かったら寝てても良かったんだ。――が、来たということは、君達の方も何かあるんだろう?」
二人に向かってそう云うと、アサギとリオンは互いに譲り合うような視線をチラリと交わした。
リオンが先に、
「……朝、俺達があんたの部屋……ああ、執務室の方に行ったのは、その時点で入って来たサヴァナの情報を伝えようと思ってだったんだ。アサギもそうらしいんだけど……フリュスの方の」
そう云って、アサギに顔を向ける。アサギは頷き、
「あの後、午後にも通信があったんですが……」
「ああ、そういや、サンハルがそんなこと云ってたな」
「はい。ですから、今までの間に、サウザーの方へ正式にフリュスとサヴァナから、情報が伝わっているようなら、ええと……それこそ、僕らはもうこのまま下がらせて頂きますし、先生にもお休み頂いて構わないんですけど」
小首を傾げてアサギが云うと、タオは微かに笑い、首を振った。
「いや、生憎。俺は会議の後、命令書の作成と代理の五人との間で引継に忙しくてな。情報部か外務部の方に、もしかして通信は来ているかもしれないが、まだ俺まで届いてない」
するとアサギは、少々がっかりした様子で「そうですか」と溜息混じりに頷いた。
「何だ、その溜息。『てことは、まだ寝れないのか』って意味か?」
「い、いいえ、そうじゃなくて……。僕達、ルナールさんから、……その、先生の方が、早めに休むよう勧めてくれないかとも云われたので」
今度はタオがアサギをからかうように云うと、アサギは慌てて首を振って答えた。
「あんた、見るからに……、俺達が情報入れたら、一層興奮して休みそうにないんだもん」
リオンがそう云うと、案の定だ、タオは目をキラキラさせて、ほう、と身を乗り出した。
「そういう情報、通信だったのか」
「……ほら…」
今度はリオンが呆れたような溜息をつく。そんな若者二人に、タオは笑った。
「なに、そんなに君らが案じることじゃない、ルナールが心配性なんだ。昨日のプレッシャーとストレスに比べれば、今日はリフレッシュの一日だったさ」
そんなタオに若者二人も「やれやれ…」と息を吐く。
「いい若い者が溜息ばかりだな、余程俺より心配されて然るべきだ。――で、リオン、朝と昼、サヴァナから来た情報とは?」
からかうようにタオは云い、やはり目をキラキラさせてメモ紙の束から一枚をひったくり、ペンを持ってリオンに顔を向けた――「お医者さん」が問診するときの姿勢と同じだ、顔を患者に向けて、腕が連なる上半身は「カルテ」記入のために机に捻っている。
しょうがないな、と云うふうにリオンが口を開く。此度はタオが食いついてきたので、アサギが積極性を養うために手を挙げる隙がなかった。
「朝と昼の分、もう纏めて云っちゃうけど――。昨日伝えた、『竜巻』な」
「うんっ?」
タオが興味深そうに顔を突き出した。
「……。やっぱり、イー・ル本国まで、もしかしたら、行ったのかもしれない」
「――何と」
目を見開いた後、タオは紙にささっと文字を書いた。
「ふん、ではやはり、君達に入った情報は、まだサウザーまで来てないと思った方が良さそうだ。俺は昨夜の段階で、『竜巻』のことはリオンからしか聞いていないんだよ。サウザーに入ってるのは『黒い筋』のことだけだ。――昨日、グロスからの帰りに聞いた話そのものが、まだサウザーには来ていないんだから、ソレはまだ『追加』として入ってくる情報じゃない」
「……そうなのか? でも……そんじゃ、サヴァナの親方達が、『リオンに云ったんだから改めてサウザーの方に入れる必要は無い』と思ったのかもしれないって、その可能性は?」
リオンが首を傾げると、タオはちょっとばかり何か考える顔をして首を横に振った。
「いや、サヴァナがそう考えてサウザーに情報を寄越してないとは、考えるべきじゃない。『黒い筋』の情報は、改めて情報部に寄越したからな。『竜巻』のことも、もう少し何か分かってから、あるいは、伝えるタイミングが重要で『今は伏せておく』って考えてるか――どちらにしろ、君に伝えたからもういい、っていう考えではないだろう。君には『非公式』に伝えた、って認識の筈だ」
「ああ……」
そういえば、会議で「黒い筋」が出てきた時、リオン自身もそう思ったのだった。
「俺の方も、サウザーに出た『筋』や『異形』、グロスの『火の巨人』について、詳細を伝えるのは、今日の会議が終わって今後の展望が見えてから、と思ってたしな」
「んじゃ、俺に伝えた『非公式』な小出しの情報が、サウザーというよりタオに伝わる分には構わないって考えてるのかな」
「こっちの情報がサヴァナに小出しに入るのと同様でな」
そうか、とリオンは頷いてから軽く唇を舐め、改めて「竜巻」の話を始めた。




