100 疾走
対峙する魔物の群れと、俺が使役する相棒たち。
緊迫した空気が流れる中――真っ先に声を上げたのはリーベだった。
「はあっ、ようやく外に出られたわね!」
彼女はストレッチでもするかのように両腕を高く伸ばし、開放感たっぷりに息を吐いている。それだけ【異空間住居】の中が不満だったのだろうか。
「ガルゥゥゥ!」
『ヴァァァァ!』
そんな一方、ガレルとアヴァルスの両者はこの時を待っていたと言わんばかりに駆け出し、魔物の群れと切り結び始めた。
狼の咆哮と共に風が唸り、漆黒の騎士の剣が閃く。
――その光景を、フィーネは目を見開いたまま凝視していた。
「う、そ……魔物に……まさかあれは魔族!? を、召喚した……!? いったい何が起きて……」
目の前の光景が理解の範疇を超えているのだろう。
声は震え、明らかに混乱している様子だった。
そんな彼女に対し、俺は努めて冷静に説明する。
「あそこにいるのは、俺が使役する魔物たちです」
「貴方、が? あの魔族も含めて、ですか?」
「はい。俺にはそういう力があるんです」
「…………」
やはり、すぐに受け入れられることではないのだろう。
フィーネはしばらく呆然としたまま、戦場を駆けるガレルとアヴァルス、そして遅れてようやく戦闘に復帰し始めたリーベの姿を見つめていた。
その様子を眺めれば、彼女の中に様々な疑問と葛藤が生じているのがよく分かる。
しかし、状況が状況だ。
残念ながら、いつまでも彼女の反応を待っていられるほどの余裕はなかった。
「すぐに受け入れてもらえるとは思っていません。それでもどうか、今は見逃してください――エルナさんを、助けるために」
「っ!」
その名を聞いた瞬間、フィーネの肩が小さく跳ねた。
ハッとしたように表情が変わり、やがて彼女は唇を引き結ぶようにして、
「……分かり、ました。貴方を信じます」
絞り出すような声で、そう言った。
「ありがとうございま――っ!」
礼を言い切るより早く、轟音が鳴り響く。
視線をそちらにやると、ガレルとアヴァルスが勢いよく吹き飛ばされ、魔物の群れから遠ざけられている光景が視界に入った。
「ガレル!? アヴァルス!?」
「ガルゥ!」『ヴゥゥゥゥ』
着地した二体に呼びかけると、力強い声が返ってくる。
どうやら大きなダメージを負ったというわけではなさそうだ。
それでも、ガレルたちが押し返されたのは事実。
見れば、魔物の群れの中に一際大きな魔力の圧を放つ個体が何体も混じっていた。
恐らくはAランク上位クラス。しかも一体や二体ではない。
一対一ではガレルたちに分があろうと、複数相手ではそう簡単にはいかないのだろう。
数と実力ともに、先刻のドゥラークの軍勢とは比べ物にならなかった。
さらに、俺たちにとっての脅威は続く。
「っ!? これは……!」
再び、眩い閃光が視界を覆う。
光量は先ほどよりもかなり控えめだったが、その理由はすぐに判明した。
光が収まった時、そこにはまるで討伐された分を補給するかのごとく、新たに数十体の魔物が召喚されていたのだ。
「そんな、また……」
「…………」
絶望の声を漏らすフィーネの横で、俺も思わず表情を強張らせていた。
(どうする……?)
俺は鉄鎚剣の柄を握り直しながら、必死に思考を巡らせる。
(【纏装・千里絶空】で殲滅を狙うか? いや、補給がいつまで続くかわからない以上無理筋だ。それにここで魔力を使いすぎれば、仮にエルナさんのもとへ辿り着けたとしても力になれるかどうか分からない。かといって強引に突破したところで、残されたフィーネさんは犠牲になるだろうし、残った魔物たちとアトロスに挟み撃ちにされる可能性だってある……)
今のフィーネの状態では戦うことはおろか、逃げることすら難しい。
仮に俺たちが転移してきた魔法陣のもとまで辿り着けたとしても、彼女一人では肝心の魔力が足りないため転移も叶わないだろう。
進めば後ろが死ぬ。留まれば前が死ぬ。
どちらを選んでも、何かを取りこぼす。
(いったい、どうすれば――)
「先に行きなさい」
「――え?」
堂々巡りになりかけた思考を、凛とした声が断ち切る。
その発信源は他でもないリーベだった。
彼女は群れを見据えたまま、俺の方を振り返りもせずに続ける。
「ただでさえ連戦だっていうのに、このまま全員で戦い続けたところで消耗するだけよ。だったらアナタ一人だけでも先に向かって、残りが足止めに徹する方が合理的じゃない」
「…………」
「それにそもそも、アナタがこれから影王と戦うのなら、並の戦力じゃ何の力にもなれないわよ。私も、そこの犬っころも、戦闘バカも、下手をすれば足手まといになるだけ。結局のところ、単独で一番強いアナタが行くしかないの」
リーベの言葉は正しかった。
俺たちの状態的にも、場の状況的にも、確かにそうするのが一番だろう。
「……そうだな、分かった」
決意と共に頷きつつ、俺は最後に一つだけ、仮にも魔王軍幹部であるリーベに聞いておきたいことがあった。
「けど、今さらだけど本当にいいんだな? 俺がアトロスと戦うことになって」
「本当に今さらね!?」
リーベが思わずといった様子で振り返る。
「いいわよ別に! アナタが決めたことでしょ!」
それから一息置いて、やれやれと言わんばかりの顔で付け加えた。
「そもそも私、昔から嫌いなのよね、あの根暗野郎のこと。アナタがぶっ飛ばしてくれたらスカッとするくらいだわ!」
「……さすが、魔王軍内に友達が一人もいないだけあるな」
「うるっさいわね! もう協力しないわよ!?」
そう言いつつも、リーベはため息を一つ吐いてから真剣な表情を浮かべると、魔物の群れへ手を向けた。
「さあ、ちょっと強引に行こうかしら」
瞬間、リーベの纏う雰囲気が膨れ上がる。
その姿に俺は見覚えがあった。
【魔力の女王】――かつて彼女と俺が戦った時にも発動した、触れる者全てを消滅させる魔力の鎧をその身に纏ったのだ。
続けて、放たれる魔力砲撃。
その砲撃は群れの一角を薙ぎ払い、直撃を受けた半数以上の魔物を瞬く間のうちに消滅させ、一筋の道を切り開いてみせた。
同時に、魔物たちの中で最も警戒すべき対象がリーベと見做したのか、敵の注目が彼女に集まるのが分かった。
「ほら、とっとと行きなさい! 言っておくけれど、そう長くは持たないわよ!? 速攻で片付けてきなさい!」
「……助かった。ここは任せる!」
短いやり取りを最後に、俺は【蒼脈律動】を発動して地を蹴った。
背後で、道を塞ぎ直そうとする魔物たちの気配が膨れ上がる。
だがその悉くがガレルの風とアヴァルスの剣撃、そしてリーベの魔力に阻まれ、俺の背中へ届くことはない。
魔物の群れの突破に成功した俺は、再び背後に眩い光が生じるのを感じながらも、ただ前だけを見据えて全力で荒野を駆けた。
(頼む、間に合ってくれ――!)
記念すべき第100話ということでレストの活躍シーンを書くつもりだったのですが、気付けばリーベが一番目立つ回になっていました。
これだとまるで、リーベがこの作品の顔みたいですね。不思議です。
そして次回、エルナ視点。
時間が少し遡り、フィーネを送り出したところからになります。
影王との戦い。レストは間に合うのか、果たして――――




