第七話
「おにーちゃんがタイホされちゃった! どーしよー!」
俺の所属する、陣風高校寫眞部(つまり写真部)のドアを勢いよく開けながら、恋ヶ窪春乃は叫んだ(いつも思うのだが「入室する前にドアをノックする」ということを、そろそろ彼女は覚えた方がいい)。
それは、まさに俺が警察に逮捕された当日の放課後のことだった。部室内には、いつものように俺以外の部員の面々がたむろしていたのである。
部室の窓際で、ひとり煙草を燻らせていた寫眞部部長・天玉喜一朗が、ゆっくりと立ち上がった。留年しまくっていて、すでに二十歳を超えている彼は、それをいいことに部室で自由に喫煙している。
「あー、そのことは聞いておるよ、恋ヶ窪女史。大変なことになったねえ」
「ぐすっ、天玉さあん……」
心配そうに声をかけてきた天玉部長の顔を見て、春乃の目には大粒の涙があふれ出した。そんな様子の春乃を、彼女のクラスメイトである烏山千晶がそっと抱きしめる。
「大丈夫だよ、春乃ちゃん――」
「うわあん、千晶ちゃあん……」
春乃は俺の寫眞部にしょっちゅう出入りしているため、すっかり顔パスになっているが、正確には彼女は文芸部所属である。
ところで、なぜこの場にいないはずの俺が寫眞部室内の様子を描写できているのかというと、今回の事件が片付いた後に、あらためて関係各所からくわしく事情を聞いているからである。
そのため、俺が存在しない場面での語りには、俺自身の主観が入っていないことに加え、記憶違いなどによる若干の齟齬があるかもしれないが、そこはご了承いただきたい。
「それにしてもよー、いったいなにがあったんだよ。真蔵之介がヒトゴロシって、本当かよ!」
「おにーちゃんがそんなことするわけないよ! おにーちゃんはいつも穏やかで優しいもん!」
俺の親友、右野陽平の言葉に、顔を上げて反論する春乃。その真剣な眼差しに、いつも強気な右野も思わずタジタジとなった。
「春乃ちゃん、んなこた俺もわかってるけどよー。……なあ修身、どうなんだよ」
たまらず右野は、隣にいた同級生の祖父江修身に助けを求めた。祖父江は、右手の指で眼鏡のブリッジを上げながら答えた。
「そうですね……。この件については、ぼくも先ほどから父に問い合わせるなどして、情報収集しているところです」
「お父さん?」
「うむ。祖父江氏の父君は、警察のお偉いさんなのだよ。たしか、警視総監だったかね?」
「いえ、ちがいます天玉部長。警視庁トップの警視総監ではなく、警察庁長官なんですが」
「警察庁長官って、えらいの?」
「偉いですよー、春乃さん。今現在この日本に、ぼくの父親・祖父江厳正より地位が高い警察官僚はいません」
祖父江はそう言って、いつもの温和な笑みを浮かべた。祖父江家は、代々警察官僚を輩出してきた家系で、彼自身もエリート警察官を目指して猛勉強しているらしい。そしてこの祖父江修身は、警察庁長官の実子という立場を利用して、今回の俺の事件の解決に大きな役割を果たすこととなる。
なお、「警察庁」と「警視庁」の違いがよくわからんという人は、各自で適当に検索してくれ。じつは、俺もよくわかっていない。
「ところで祖父江氏。逮捕された駿河氏は今どうしているのだろう?」
「所轄の陣風警察署で、聴取を受けているでしょうね。その後は、おそらく警視庁本部へと移送されると思います。ぼくの考えですが、少なくともひと月は面会すら許されないでしょう」
「おにーちゃん、ずっと帰ってこられないの?」
「駿河先輩と連絡を取る方法はないんですか?」
青ざめる春乃を心配して、烏山が祖父江にたずねた。
「むずかしいですね。殺人事件の容疑者が未成年の少年、それも若くして剣の達人であるという事件の特殊性と重要性から、通常とはまったく異なる捜査方法を取られているようです。今のところマスコミも完全シャットアウトで、対外的な公表もされてませんし」
「そんな……。おにーちゃん、かわいそう……」
「元気出せよ、春乃ちゃん! いざとなったら、俺たちが真蔵之介の無実を証明してやるからよ。なあ、テンタマ!」
「そうだな。我輩たち寫眞部が今こそ力を発揮して、部員である駿河氏の身柄を取り戻そうではないか。なあ、諸君!」
「おうよっ!」
「そうですね」
「は、はい!」
天玉部長の力強い宣言に、部員たちは呼応した。部長は昔から、こういう騒動を前にするといてもたってもいられなくなる性分なのだ。
「――ただし、金のかからん範囲でな」
「んだよーテンタマ。こんなときにケチケチすんじゃねーよ!」
「いやいや、我輩は『お金は大事だよ』と言っておるだけだよ右野氏」
「天玉部長。こんなときに使わないで、いつ使うんですか? いっぱい貯めこんでるくせに」
「そ、そんなに貯めこんどらんよトリヤマ女史」
「カラスヤマですっ!」
「間違えんなよテンタマ」
「天玉だっ!」
(おにーちゃん、春乃たちも応援してるから、がんばって……)
そんな寫眞部員たちとともに、心の中で俺の無事を祈ってくれる春乃だった。
一方、陣風署からの移送途中に警察車両から抜け出し、見知らぬ走り屋娘の駆るワルキューレ・ルーンの後部座席にしがみついて現在絶賛逃走中のこの俺は、駿河真蔵之介景光である。
いったい、あれからどのくらい時間が経っただろう。爆走を続ける大型バイクはネオン煌めく夜の街を抜け、いつしか薄暗い倉庫の立ち並ぶ、どこかの港へと辿り着いていた。
走り屋娘は、そのうちの倉庫のひとつにバイクを滑り込ませて停車させると、辺りを確認してからエンジンを切った。俺は後部シートから降りると、ようやくホッと息をついた。
「――――あ、あの、助けてくれてありがとう。キミは……」
ドガッ!
「ぐふっ!」
礼を言いかけたとき、白い特攻服の少女は右足を振りあげて、俺の胸のあたりに強烈なキックをかましてきた。不意打ちを喰らった俺は、そのまま無様に後方へと倒れこんだ。
「アホか! だれがお前の命なんか助けんねん?」
「……じゃあ、いったいなんで? あんな風に、わざと警察車両を事故らせるなんて……」
「お前がずっと警察に捕まっとったら、でけへんやろがい」
「な、なにを?」
「決まってるやろ――――」
その少女は、手にしたチェーンソーのエンジンを起動させながら、俺に向かって不敵な笑みを浮かべた。
「――――お父を殺したヤツへの、復讐や」
続く




