第八話
「復讐? ってことは、キミは――――」
「見てわかるやろ? 五郎月一家総長、五郎月剛造の娘、五郎月猪子や!」
そう名乗った特攻服の走り屋少女、猪子は回転するチェーンソーの刃を俺に向けながら大見得を切った。「見てわかるやろ」と言ったが、大巨漢の剛造と目の前の猪子とは、共通点と言えば関西弁を話すことくらいで、正直似ても似つかない。
怒りに燃える猪子は、客観的に見てかなりの美人顔だ。おまけにサラシを巻いた胸部は、はち切れんばかりの巨乳である(まあ、こちらの方はさして興味ない。俺は貧乳派である)。
「五郎月の娘、だったのか」
「せや! よりにもよって、大事なお父の腹ブッタ斬って殺しやがって。マクラノスケ、いうたな! お前も同じ目にあわしたるさかいな」
そう言い放つと、倉庫の陰から十数人の男たちが姿を現した。猪子と同じ暴走族風の出で立ちで、手にはは長ドスや金属バットといった、物騒な得物を持ち合わせている。
「ウヘヘヘヘ……」
多勢に任せた男たちは、不気味に笑った。
「ウチは、走り屋集団『猪一番!』のリーダーや。まずはこれから、親衛隊の男らにじっくりかわいがってもらいぃ?」
「俺はなんにもしてねえよ!」
「ウソつけコラァ! 現場に「獄門」っちゅうお前の刀もあったし、なんでも真っ二つに斬るっちゅうけったいな技持ってるんやろ? おまけに、現場にはだれも入らへんかったんやで? そんなん、どう考えても犯人はお前しかおらんやろが!」
「だから、やってねえって!」
「ああん、もうええわ。今から大阪のお父の墓ん前まで連れてくさかい、その場で首と腹チョンパしたるわ」
RRRR―――― RRRR――――
そのとき、電話の鳴る音がした。猪子の懐にある携帯のようだ。
「ちょっとアンタら、適当にシバいとき。せやけど、殺したらアカンで?」
「へい!」
そう言いながら、携帯電話に応答しつつ倉庫を出ていった猪子に向かって、走り屋の男たちは返事した。
「殺すなってよ」
「でもよぉ、これだけの人数がかかったら」
「うっかり死んじまうかもな。へへへ……」
そう話しながら、男たちが近づいてくる。総勢十一、いや十二人か。走り屋とは言え、相当ケンカ慣れしていると見える。それにしても――――
「やっちまえオラァ!」
見くびられたものだ。俺は、スルガ式抜刀術の第十三代正統継承者だぜ?
こちらは素手。対して、武器装備の屈強な男たち総勢十二人を完全に無効化するのに、俺は一分とかからなかった。
「――――ああ、ちょうど今ここにおるわ。これから大阪連れてくさかい、アンタも早よ……」
そう話しつつ帰ってきた猪子は、倉庫の異変に気づいて驚きの表情になった。十数人の走り屋たちが全員、ひっくり返って失神していたからである。猪子の顔が、怒りでヒートアップしてゆく。
「マクラノスケ! オッラァ~~~~!」
携帯を足元に投げ捨てると、チェーンソーのエンジンを起動させながらバイクに跨った猪子。俺は、逃走時に持ってきていた通学鞄を手にすると、倉庫の出口めざして駆け出していた。
彼女も、親衛隊の男たちと同じように叩きのめせればいいのだが、猪子の実力は彼らを大きく上回っている。獄門刀を持たない今では、とても無理だ。
「待てや!」
猪子のバイクは、あっという間に追いついてきた。そして、手にしたチェーンソーを俺に向けて振り下ろす。
チュインッ!
思わず俺は、鞄を盾にしてチェーンソーの刃を防ごうとしたが、鞄はあっけなく真っ二つにされてしまった。鞄の中の教科書やノート、そのほかの小物があちこちに散乱する。
俺はその中からいくつかを拾い上げると懐に入れ、そのまま倉庫を飛び出した。
「くぅっ!」
倉庫から出たすぐそこは、東京湾に面した桟橋である。俺は暗い海の中に、躊躇なく飛び込んだのだった。
ザブーン!
相手はバイクだ。まさか、海の中まで追ってはこれまい。俺は全力で潜航しながら、港の倉庫街を後にした。
倉庫に帰ってきた猪子は携帯を拾い上げて、話し中だった相手にふたたび言葉を続けた。
「……ゴメン、アイツに逃げられてもうたわ。――――せやけど絶対に見つけて、ウチがこの手で殺ったるさかい」
五郎月猪子は、俺の鞄の残骸を空中に放り上げると、チェーンソーを振り回して一瞬で粉砕した。
やがて海から上がった俺は、街灯すらない路地裏に身を隠すと、ようやくふっと息をついた。そして、現状の自分について再確認する。
怪我なし、体の異状なし。所持品は――――幸い、携帯があった。しばらく海中に浸かったため、動くかどうか心配だったが、どうやら起動自体はしてくれるようだ。だが、電力が心許ない。どこかで充電できるだろうか。
それから、財布。中身は、一万円足らずだ。とても潤沢な金額とは言えないが、スマホとともにこれからの俺の生命線になる。
そして、いちばん大きな包み。これは今朝、春乃が俺のために作ってくれた昼飯用のおむすびだった。
「はあ……よかった…………」
アルミホイルに包まれた、大きいおむすびが二個。いろいろあって、ぺっちゃんこに潰れてしまっているが、中を開けると海苔のいい香りが俺の食欲をそそった。
そう言えば、今日は昼間の取り調べの後、何も口にしていない。俺はゆっくりと手を合わせると、潰れたおむすびを口に運んだ。
「……春乃、美味いよ。……春乃、会いたいよ………………」
俺は、美味すぎるおむすびを咀嚼しながら、ぽろぽろと涙を流した。こうして、長くて短い俺の逃走初日が過ぎていった。
続く




