第六話
現在の時刻は、午後七時すぎ。辺りはすっかり夜だ。
GO!GO!ローン社長、五郎月剛造殺害の容疑で逮捕された俺は、陣風警察署から桜田門にある警視庁本部へと移送されることになった。
陣風高校で逮捕されたときは物々しい警備態勢が敷かれたが、どうやらそれほど危険な人物ではないとわかっていただけたらしく、今回の護送車はごく普通の警察ワゴン一台だった。
「悪いな、真蔵之介君。こんな時間になってしまったが、ウチの署には晩飯の用意がなくてな。本部に着いてから食事を取れるように手配しておいたから、もうしばらく我慢してくれ」
「いえ、べつに大丈夫です」
ちょうど俺の前の席に座っていた安田刑事の話に、俺は軽くうなずいて応えた。そういえば、俺の鞄も財布も携帯も、逮捕されたときにすべて没収されたままだ。まあ、ことこの期に及んでは、それらが俺の手に戻ってくる可能性は限りなくゼロに近いだろう。
「用意いいですか? それでは、出発します」
護送車のハンドルを握っていた警察官が、後部席の俺たちに確認したのち、車を発進させた。俺は、ちょうど二人の刑事に挟まれるような形で座席に座っていた。
両手に手錠を掛けられ、制服のズボンには腰紐も括りつけられている。ふつうの高校生なら絶望しそうな風体だが、俺は不思議と落ち着いていた。やはり俺は、どこか感情の制御弁が外れかけているのかもしれない。その原因が、「修行」と称する親父からのシゴキによるもののせいかどうかは、俺にはよくわからない。
「――なあ、真蔵之介君」
「なんですか、安田さん」
都心へと向かう警察ワゴンの車中で、安田刑事が話しかけてきた。
「君はこれから警視庁本部へと送致され、捜査の主導権もそちらに移行することになる。陣風署の刑事として、今後我々が君の事件にかかわることはない。――じつは、本当はこんなこと伝えちゃダメなんだけどな。ま、ここだけの話ってことで」
「そうなんですか」
俺は、人差し指を口の前に立てながら話す、安田刑事の言葉を聞きながら考えた。わずか半日ばかりの聴取だったが、この白髪頭の老刑事にすこし親しみのようなものを覚えていたのも事実だった。それは、彼にとっても同じなのだろうか。
「なあ、ちょっと雑談してもいいかい? 今後の捜査にはまったく関係ない。完全オフレコだ」
「ええ、どうぞ」
「私はね、はじめて君と面会したとき、正直まったく信じられなかった。まさか、一介の高校生がこんな凶悪事件を? ましてや、こんなにごくありきたりの外見の――――おっと、すまんな。失言だ」
「いいですよ。よく、『普通が服着て歩いてる』って言われますし」
「だが、実際に言葉を交わしてみると、うーん……。なんというか君には――――心の芯に信念というか、覚悟のようなものがあるね。それがなんなのかは、私にはわからなかったが」
「…………」
黙ったままの俺に、安田刑事はさらに続ける。
「真蔵之介君。君もすでにご承知だろうが、今回命を落とした五郎月剛造という男は、有り体に言ってしまえばヤクザだ。それも、悪名高い金貸し業者のな」
「はい……」
「あの男とあの会社によって、人生を滅茶苦茶にされた者が数多くいることも事実だ。だがな、真蔵之介君――――」
安田刑事は、俺の目を見据えて言った。
「そんな男だから、殺してしまってもいいのだと、君は思うかね?」
「安田さん……。殺してもいい命なんて、この世にはありませんよ」
「そうか」
俺の言葉に、ほっと安心したような、それでいてどこか納得もしきれないような不思議な表情を浮かべた安田刑事だった。
「ん? なんだあれ」
護送車を運転していた警察官が、バックミラーに写った影を確認しながらなにかつぶやいた。
「どうした?」
「いや、後ろからバイクがついてくるんすけど――――なんだろ? あのバイク、なんか持ってるぞ」
彼がそう言った、つぎの瞬間だった。
ガッシャーーーーーーーーン!
すさまじい音と衝撃が、白黒に塗られた警察ワゴンを襲ったのだ。俺はとっさに防御姿勢を取り、とくに影響を受けなかったが、車中の警官たちは心身ともに多大なダメージを与えられたようである。
「いったいなんだ?」
俺は、首を伸ばして前方を確認した。ボロッちい銀色のセダンが、横付けになって止まっている。これは、単なる追突事故ではない。おそらくは、この車はわざと正面からぶつかってきたのだ。それも、あろうことか警察車両に向かって。
「安田さん! 大丈夫ですか?」
俺は、さっきまで傍で話していた安田刑事に話しかけてみたが、彼は頭部から流血して気を失っていた。ほかの座席の警官たちもほぼそんな様子で、声を上げられる者はいない。
それにしても、どうする? 俺。よりにもよって警察車両が、容疑者の護送中に交通事故を起こすなんて前代未聞だぞ。
そのときである。警察ワゴンのドアの外から、モーターを回転させる猛烈なエンジン音と、金属同士がこすれるような甲高い騒音が響いてきたのだ。
キイイイイイイイイイイン!
ガリガリガリガリガリガリ!
しばらくして金属のドアを突き破ってきたのは、火花を撒き散らしながら猛スピードで回転する刃先だった。どうやらこれは、携帯型チェーンソーである。
チェーンソーの回転鋸歯が、警察ワゴンのドアを強引に切断すると、その持ち主が叫び声を上げながら車内に侵入してきた。それも、先ほどからずっと俺たちを追跡してきていた、大型バイクに乗ったままである。
「オラァ!」
俺の記憶が確かならば、そのバイクは排気量一八〇〇CCという化け物。かつて米国でのみ製造販売されたという、クルーザー級アメリカンバイク「ホンダ ワルキューレ・ルーン」に間違いなかった。
「なんだあんた! いったいだれだ?」
狭い車内に飛び込んできた、大型バイクに乗った闖入者の姿を見て、俺はさらに度肝を抜かれた。なんとそれは、俺と同世代と思しき女の子だったからである。
「おう、やっぱりここにおったんやなマクラノスケ! やっと見つけたでぇ!」
「なんだって?」
その少女は、顔を覆っていた黒いスカーフの覆面(ご丁寧に、白い頭蓋骨の模様が描かれている)を取りながら叫んだ。
これは、いわゆる「特攻服」というやつだろうか? 大昔の暴走族が愛用していたような白い上着を羽織り、胸にはサラシを巻いている。赤毛の長いサイドテールが、しなやかに夜の風になびく姿が印象的だ。
そして……またもや、関西弁である。俺のことを探していたようだが、もちろんこっちは見たことのない顔だ。いったいこの娘は何者なのか。
「オラ、手ぇ出さんかい!」
俺は両手を揃えて前に出すと、その少女は乱暴にチェーンソーを振るって、手錠の鎖を切断した。すると今度はバイクを車外に出し、発進する準備を整えだしたのである。
「早よ乗れや、こっち! なにしとんねん?」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
俺は、このワゴンに乗せられる前に一瞬目にした、後部ボックスのほうに目をやった。するとそこには、普段俺が愛用する通学用鞄が置いてあったのだ。やはり、この鞄も警視庁本部に持っていくつもりだったらしい。
その鞄を引っ掴むと、俺は少女のバイクの後部に跨った。彼女の特攻服の背中には、「真剣上等」と大書されているのが目に入った。とにもかくにも今は、この船に乗るしかない。それがたとえ、前途多難な泥船であったとしても。
「ほな行くでぇマクラノスケ! しっかり掴まっときや、振り落とされんでぇ!」
かくして、大阪生まれの走り屋娘が駆るワルキューレ・ルーンは、漆黒の街へと消えていったのだった。一人の殺人容疑者をタンデムシートに乗せて。
続く




