第五話
「さて、駿河真蔵之介景光君。ここでひとつ確認しておきたいんだが――」
取り調べがはじまって、もう何時間経過しただろうか。安田刑事は、これまででもっとも重い口調で言葉を発した。いよいよここから、この事件の根幹にかかわる部分だ。
「スルガ式抜刀術の究極奥義、『極一文字』の詳細についてだ」
「はい」
「さっき私は、君のお父さん、駿河蔵之介真景氏の演武の動画を見たことがあるといったね。それはまさに、極一文字の実演風景だったんだよ。だが、できればその奥義の内容は、君の口から聞かせてほしい」
「えーっと、そうですね……なんというか……その…………あ、いいすか?」
俺は椅子から立ち上がり、スチール机の横に移動した。そして、左の腰のあたりに刀を差しているようなポーズで構えを取ったのである。
「内容的には、ホント単純なんですけど。こう、刀を真一文字に繰り出してですね――――」
腰に装着した、目に見えない鞘から見えない刀を抜き、そのまま安田刑事に向けてシュッ! と右手を伸ばした。ちょうど、漢字の「一」の文字を描くように斬るから、極一文字。
「――――斬るんです。ズバッと。それだけ」
安田刑事は、自分の目の前に本物の刀身が突き付けられたかのような感覚に、思わず身をのけぞらせた。もしその手に本当に獄門が握られていたら、自分もあの遺体と同じように腹を両断されていたに違いないだろうと。
「そ、そう、たしかにそれだけだった。しかし、その演武では――」
青ざめた表情のまま、安田刑事は続けた。
「真景氏は、樹齢百年にもおよぶという巨大な桜の木を、たった一太刀で斬り倒したんだ。幹回りは、少なくとも五メートル以上はあった」
「ああ、アレですか。俺もその動画は知ってますけど。ま、それくらいならできますよ。極一文字なら」
かつて俺の親父は、スルガ式抜刀術の究極奥義・極一文字を、実際に衆人の前で披露してみせたのだ。見上げるほどの巨木が、一人の男による刀の一振りでメキメキメキッと倒れるさまは、まさに一大スペクタクル・ショーと言えるだろう。現に親父は、この技によって人間国宝に認定されたのだから。
「安田さん、つまりこう言いたいんでしょ? 幹回り五メートルの桜の木を一太刀で斬り倒せるんなら、たかだか肥満体の大男の胴体を真っ二つにすることなんて容易いだろう、って」
常人の何倍もの脂肪と筋肉で構成された五郎月剛造の胴回りは、おそらく二メートルはあったに違いない。切断には日本刀どころか、クジラを解体するほどの設備が必要だろう。だが、スルガ式抜刀術の正統継承者にとってはその限りではない。
「できるのか? 君に」
「できるかできないか、って聞かれれば、できますよ。俺はやってないですけど」
先ほどから、俺にその実力があるかないかをさんざん問い質しているが、そんなことはとっくに了解済みだろうに、と思った。そうでなければ、男子高校生一人を拘束するのに機動隊や特殊部隊まで繰り出したりはしないはずだ。
「現場に刺さっていたあの刀で?」
「獄門刀は、極一文字のためにつくられた専用の武器です。スルガ式抜刀術の究極奥義には欠かせません。俺は使ってないですけど」
きっと、殺人現場の写真に写っていた獄門・四番が凶器と断定され、証拠品として警察に押収されたのだろう。そしてすなわち、その持ち主こそが殺害の容疑者ということだ。
安田刑事は髪をかきむしりながら、深くため息をついた。
「真蔵之介君。現場となったGO!GO!ローンのビルについて、今いちど確認しておこう」
現場となったオフィスの上面図を見せながら、安田刑事は説明をはじめた。
「君も当時訪れた、GO!GO!ローンのオフィスは一階。ビルの入り口近くに、社員数名が勤務していた事務室があり、その奥に五郎月剛造の社長室があった」
「そうですね」
「社長室に入るには、事務室横にある、この廊下を通ってドアを開けるしかない。部屋の入出口はこのドアのみ。あとはドアとは反対側に、外の駐車場に面した窓があるが、鉄格子があるため出入りは不可能だ。当時は室内にクーラーもキンキンにかかっていて、窓も内側から施錠されていたしな」
「それで?」
「GO!GO!ローンから、事件当時の監視カメラの映像が提供されたんだ」
「監視カメラ、ですか?」
「そのカメラは廊下の天井付近に据え付けられていて、廊下側の社長室のドア周辺を一日二十四時間録画し続けている。警察は、その録画映像を確認した」
「その監視カメラって、社長室の中にはなかったんですか?」
「それがあれば話は早いんだが、あいにく備え付けられてはいなかった。もっとも、あんな会社だ。五郎月が付けさせなかったのだろう」
まあ、ヤクザの事務所だからな。一般人も通る廊下とは違い、社長室には対外的に見せられるものとそうでないブツもあるに違いない。
「さっきの真蔵之介君の証言どおり、当日午後六時ごろ、五郎月社長と経理部長の藤堂新吉、そして君が社長室に入るところが記録されている」
資料を見ながら、安田刑事は続けた。
「そのとき、君は長い布製の袋に入った物を手にしていた。おそらく、あれは獄門刀だな」
「そうです……」
たしかに、俺は五郎月社長に頼まれて、獄門・四番を持参したのだ。
「そして三十分後、藤堂が社長室を出て事務室に戻った。さらに三十分が経った午後七時。君だけが社長室のドアを開けて、GO!GO!ローンを後にした。何も持たず、手ぶらだったことも確認できた」
「獄門は社長のとこに預けてきましたからね。で、それからは?」
「まったく異状なし。翌朝の八時半に、出社してきた女性社員が社長室を開けるまで、この廊下を通る者はだれもいなかった。つまり、密室ってことだな」
「そのカメラ映像って、ホントに信用できるんですか? 内容が改ざんされてたりとか……」
「すでに、警視庁の鑑識が解析した。画像はデジタルデータだが、タイムスタンプによると間違いなく事件当夜の日時に録られたもので、不審な上書きや修正などの痕跡は見られなかったそうだ」
警察の要請に応え、録画データを渡してきたのはGO!GO!ローンの従業員だった。彼らは全員がヤクザというわけではなく、社員の多くはごく普通の一般人であり、特別なにかを疑う余地もないようだ。
「つまり、こういうことだ。事件当時、君は五郎月社長が会った最後の人間だ。父親の借金が五千万円あり、執拗に返済を迫られていた。その手には、日ごろ使い慣れた日本刀。スルガ式抜刀術の正統継承者として、それを振るう腕も技もある」
「…………」
「はっきり言おう、真蔵之介君。動機、アリバイ、凶器、そしてその方法。すべての証拠が事実として、君の五郎月剛造殺害を物語っている!」
安田刑事は、声を荒げて言った。彼の言葉通りであれば、俺は五郎月殺害の罪で正式に起訴され、有罪になる可能性が極めて高い。
「どうだ?」
「――――俺は、やってません」
しばらく、無言の時が流れた。俺は、感情を高ぶらせるでも俯くでもなく、ただじっと安田刑事の目を見据えていた。
「ひとつ聞きたいんだが、真蔵之介君。今回の事件とはまったく関係ない話として、君は今までに――――人を斬ったことがあるのかね?」
沈黙を破るかのように、安田刑事は俺に問いかけた。それは刑事による詰問というより、ひとりの大人からの素朴な疑問といった口調だった。
「それは――――ノーコメントです」
「ノーコメント?」
「ただし、スルガ式抜刀術は見世物や大道芸じゃありません。俺から言えるのは、それだけです」
その言葉は、江戸時代から続く古武術・スルガ式抜刀術の第十三代正統継承者としての宣言だった。
ちょうどそのとき、取調室のドアがノックされ、安田刑事を呼ぶ声が聞こえた。どうやら、終了時間が来たようである。気がつくと窓の外からは、すっかり西日が差しこんできている。
こうして、長いような短いような、最初の俺の取り調べが終わった。
続く




