第四話
ここに来て、ようやく理解することができた。俺は、この五郎月剛造を殺害した容疑で逮捕されたのだ。そして、安田刑事の「二日前」という言葉にも心当たりがある。俺はまさにその日、五郎月本人に面会しているからだ。
「まさか、会ったのか? 真蔵之介君。この男に」
警察のことだ。とっくに調べはついているんだろう(そうでなければ、いくらなんでも一介の高校生を真っ昼間に逮捕なんてしないはずだ)。俺は自分が知っていること、すべての事実をありのままに話すことにした。
「たしかに会いました。親父の借金のことで、『GO!GO!ローン』の事務所に呼ばれて――――」
駿河真蔵之介景光逮捕の二日前、午後六時。GO!GO!ローン本社ビル一階。
「おお、よう来てくれはったなあ。真蔵之介はん。待っとったでえ」
そう言って、GO!GO!ローン代表取締役社長・五郎月剛造は豪快に笑った。はじめて会ったが、とにかくデカい。俺の見立てでは、おそらく身長二百センチ、体重二百五十キロは下るまい。幕内力士でもめったに見ないほどの大巨漢である。
「まあまあ、こっちお座りや。遠慮することないで、クーラーもキンキン効いとるさかいな」
それにしても、どうしてこの手の商売はみな関西弁を話すのだろう? 俺はべつに関西人に偏見はないが、ここまでステレオタイプの人間に遭遇してしまうと、関西という土壌にこういう人種を生み出す効果があるのではと疑ってしまう。
「は、はあ」
俺は社長室のソファに座り、五郎月と向かい合った。部屋を見回すと「仁義」と大書された額縁に、えらく大仰な造りの神棚に、バカでっかく頑丈そうな金庫に。どこに出しても恥ずかしくない、典型的なヤクザの寝城である。
そう、消費者金融「GO!GO!ローン」の社長というのは、あくまで仮の姿。五郎月剛造(五十五歳)は、悪名高い武闘派極道「五郎月一家」の総長である。
「さっそくやけど、アンタのお父はんの借金について話してもエエか?」
そう言うなり、五郎月社長は洋モクと思しき煙草に火をつけた。どうやら、かなりのヘビースモーカーらしい。
「すでにご承知やと思うけど、先日亡くなった真景はんは、ウチから金を借りとった。とにかく酒好きやったし、競馬競輪競艇と博打やりまくっとったさかいな」
親父が死去したことを知ったGO!GO!ローンは、催促電話や督促状の投函、張り紙や怒鳴り声といった金貸業者特有の悪質な嫌がらせ行為を、ここ数日の間に何度も繰り返していた。隣に住む春乃の家にまで危害がおよぶことを恐れた俺は、五郎月と直接話をつけることを決断したというわけだ。
「で、父の借金は総額いくらなんですか?」
「あー、こんだけや」
五郎月は右手の太っとい五本の指を広げてみせた。
「五百万も?」
「ちゃうちゃう、真蔵之介はん。桁が一個ちゃうで。五千万円や!」
「そんなに?」
「当然、利子も含めてやけどな。見てみいな。ここにちゃあんと、本人が判子ついた証文もあんねんで?」
「でも、親父はもう死んでるし俺は未成年だし、いまさらそんな大金返せって言われても……」
俺の言葉を聞いて、五郎月はふーっと煙を吐き出しながら返した。
「まあ、ふつうはそうやろな。せやけど真蔵之介はん、アンタはすでにスルガ式抜刀術の第十三代正統継承者や。先代からの遺産もすべて引き継いだ。せやな?」
「まあ、はい」
「ということは、アンタはただの高校生やのうて、ちゃんと責任のとれる立場の人間や。せやから、しっかり負債も引き継ぐべきやろ? お父はんの借金五千万円、耳を揃えて返してもらいまひょか!」
この瞬間、俺の中で五郎月一家総長・五郎月剛造社長のキャッチフレーズが決定した。【悪逆極道守銭奴】である。
「それで、真蔵之介君。君は五郎月と会う時に、なにかを持っていったね?」
「え? あー、はい。――――えっと、刀です。日本刀」
「どうして日本刀なんか?」
「五郎月社長に頼まれたんです。事務所に来るときに、駿河家に伝わる刀を持ってくるように、と。それを持ってきて見せてくれれば、親父の借金を大幅に減額してくれるって言うんで」
「それが駿河家に伝わる名刀、『獄門』だね?」
俺は、安田刑事の言葉にうなずいた。
獄門――――。正式な銘は「獄門刀」。わが流派の開祖にして刀鍛冶であった、駿河極龍斎景長が自らの手で鍛えた日本刀であり、スルガ式抜刀術の究極奥義である「極一文字」のために作られた専門の武器だ。
極龍斎はその生涯のうちに、合わせて十三振の獄門刀を鍛造したといわれ、それぞれに通し番号が振られている。しかし長年のうちにその多くが破損や紛失と記録されており、現存しているのはわずか四本のみとされている。駿河家にはそのうちの一本、「獄門刀・四番」が伝わっていた。
「そんなに貴重な宝刀を、五郎月との面会に持参したというのかい?」
「ええ。どうしても見てみたいって言うもんですから。どうやら五郎月は、相当な刀剣マニアだったみたいですね――――」
「ほぅわぁーっ! すんばらしい刀やでぇ。これが、あの『獄門』ですかいな! この刀身の輝き、まさしく国宝級やでこれは。おい、お前も見てみい新吉!」
五郎月剛造は、俺が手渡した獄門刀を見て感嘆の声を漏らした。五郎月は、同席していた社員(というか組員?)と思しき若い男にも声をかけた。
「なるほど、これは見事ですね社長。眼福至極です!」
彼の名は、藤堂新吉。三十六歳で、GO!GO!ローンの経理部長を務めているとのことだが、もちろん彼も立派なヤクザだ。あとで聞いたが、どうやら藤堂は五郎月一家の若頭らしい。
「私も剣道経験者の端くれなので、こんなに美しい名刀を見ると心が躍りますよ、真蔵之介さん!」
誠実で礼儀正しく、有能かつ快活なハンサムガイということで、なかなかに五郎月社長からの信頼も厚いようだ。彼のキャッチフレーズは、【明朗解決計算機】ということにしておこう。
藤堂はあらためて礼を述べると、ほかに仕事があると言って社長室を後にした。
「――――それで?」
獄門を五郎月に見せたときのことを話し終わると、安田刑事はあらためてその後についてたずねてきた。
「その日はもう、そのまま帰りました。事務所を出たのはたしか七時過ぎだったと思います」
「家に帰った?」
「はい。獄門を見せたら、五郎月社長がかなり満足したみたいで。借金の返済についての話は、また今度でいいって」
「それで、獄門刀は」
「とりあえず、そのまま五郎月社長に預けました」
「なんだって? あの刀は、先祖代々伝わる大切なものだろう?」
「いや正直、刀一本で借金をチャラにしてくれたらいいや、くらいの気持ちだったんです」
「そうか……」
安田刑事はゆっくりと息をつくと、ついに事件当時の様子を語りだした。
「真蔵之介君がGO!GO!ローンを訪れたその日の夜、事件は発生した」
俺は、安田刑事の話を黙って聞いていた。
「君が帰ったあとも、五郎月はずっと社長室にこもりきりだった。そういうことはたびたびあるそうで、社員たちもとくに不審には思わずに全員帰宅したそうだ」
最初にそれを発見したのは、事務所の女性社員だった。翌日の朝八時半ごろ出勤してきた彼女は、掃除のために社長室のドアをノックした。しかし、中からの返事はない。恐るおそる、そのドアを開けると、そこには――――
「五郎月社長が、血まみれの床に横たわっていた。そして彼の上半身と下半身は、ちょうどヘソの部分で完全に切断されていたんだ」
安田刑事は、右手のひらを腰のベルトの位置に置いてみせた。ちょうどこの辺りで、五郎月は真っ二つに斬られて死んでいたということだ。
「そして、その遺体の傍の床に突き刺さっていたのが、これだ」
そう言って、資料の中から見せた現場写真。五郎月社長と同様に、血液で真っ赤に染まった日本刀は、紛れもなく俺の「獄門刀・四番」だった。
続く




